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繋がる因縁 9/村へ

「これでっ…… どうですか? キツくはないですか?」

「んっ⁈ ……ああ、ありがとう。大丈夫だ」


 髪の毛先からポタポタと水滴を垂らし、真剣な面持ちで精一杯の治療を続けるヴィート。雪色の髪が濡れたおかげで灰色のように濃くなっている。

 慣れない手当て、傷口を触られて痛みに顔を歪めるニコラウスだが、すぐに問題ないと相好を崩す。

 

 断崖から決死のダイブを果たした二人は、なんとか一命を取り留めて、川岸へ上陸していた。

 ニコラウスの脇腹に当て布をし、包帯で固定を終えるとヴィートはどかりとその場に座り込んだ。

 肺の中から安堵の息を大きく吐き出して(おもむろ)に上着を脱ぐ。

 川の水を含んで重く冷たくなった洋服を力一杯にキツく絞るとポイッと脇に投げ捨て、その背を川砂利の上に投げ出した。


「あー、しんどかった……」


 ヴィートは安堵の言葉を呟く。

 無遠慮であるが、その素直な物言いにニコラウスは好感を覚えた。

 回復薬と薬草や包帯などを収納していたポーチはその役目を果たしたため、ニコラウスは自分の腰から外しながらヴィートに頭を下げる。


「ヴィート。君の勇気ある行動に深く感謝する。君には大変大きな借りができてしまったな。必ず返すことを約束しよう」


 ニコラウスの言葉に慌てて起き上がり座り直す。

 裸であることに気がつくと、先ほど絞って捨ててあった上着を着てからヴィートは首をブンブンと横に振る。


「いえ、借りだなんて滅相もありません! 私は――」

「ヴィート、そんなに畏まらないでくれないか。君は私の命を救ってくれた恩人だ。それに私は君の友人になりたいんだ。どうかな?」

「えええっ⁈」


 ヴィートは更に恐縮しそうになったが、ニコラウスの優しく暖かい眼差しを受けて嫌とは言えなくなってしまう。


「……はい。承知―― いえ、分かりました」

「そうか。ありがとう。では君の友人のように私もヴィトと呼んでいいかい?」

「はい! 勿論です」


 ニコラウスは嬉しそうに頷くと、少し上を見上げて話題を変えた。

 その視線の遠く先は、先ほど二人で落ちた崖に向けられている。

 滝壺に落ちる直前、ニコラウスの魔法により落水したダメージが緩和され、また、その深い滝壺へ対流により巻き込まれることがなかったのは幸運の他ない。

 そのまま川の流れに乗り、二キロほど下ったところで川から上がり治療をしていた。


「しかし、いくら勇気があるからといって、あの高さから人を抱えて落ちるとはな」

「すっ、すみません……」

「いや、凄いことだと驚いているんだよ。並の胆力では無理だ。騎士の精鋭でも、いきなり飛べと言われて飛べるような者は少ない。ヴィトの度胸は大したものだとね」

「そんな大層なものではないですよ。ニコラウスさんのいる位置から、滝壺までの位置関係はわかっていましたし。それに…… あのままではニコラウスさんも俺たちも殺されるのを待つだけでしたから。一か八かの賭けでした」

「そうか。それにしてもあの高さから落ちて無事に済むと思ったのか? いくら下が滝壺の水面だとしても、私が衝撃緩衝魔法を使わなければ大怪我では済まなかったかもしれんぞ」

「……そうでしたね。なにも考えてなかった…… とにかくあの二人の前からニコラウスさんを一時的にでも逃がせられればと思っただけで。助けてもらってすみませんでした……」

「自分のことを考えてなかったのか?」


 血の気が引いたように蒼くなった顔でコクリと頷くヴィートに、ニコラウスは大声で笑う。


「ふははは! 何という漢だ! まさに英雄だな」


 治療を終えると、休憩もそこそこに二人は歩き出す。

 ハンスが次に何をするかニコラウスには予想できたため、早く村に戻らなければならなかった。


「川の流れに乗って結構下っちゃいました。でも少し戻れば最初に別れた人たちと馬がいると思います」

「そうか。馬はありがたい。しかしこの森の中…… ヴィトがいなければ迷ってしまうな」


 傷口を抑えながら歩を進めるニコラウスを、横から支えるように担ぐヴィート。

 ニコラウスは回復薬のおかげで血は止まってはいるが、大きく深傷を負った怪我人であることには変わらなかった。

 しかし、今のところ命の別状はない。これは幸運…… ではなくハンスのお陰であった。

 短剣で刺された傷口は決して浅くない。

 しかし、不意打ちの余裕か、いつでも命を奪えるという油断かハンスは致命傷になるような内臓を破るような刺し方はしていなかったのだ。

 ハンスほどの剣の腕を持つ男が、その切っ先で、その感触でわからないはずも無い。

 あえて内臓を避けて刺したのだ。

 それはニコラウスとの対話を楽しむためだったのだろう。

 

 足元を確かめながら慎重に歩を進めるが、回復しきっていない足取りは度々よろけてしまう。

 崖に飛び込んでも決して離すことがなかった大剣を杖代わりにして歩き、少しでも体力の消耗を抑えるためにヴィートが肩を差し出した。

 ニコラウスは礼を言おうと青年の横顔を覗き込むが、オッドアイの双眸はなんの憂いも無くただ真っ直ぐ前を見ていた。

 その眼差しに頼もしさを感じ、心の中で黙礼をした。


「そう言えば聞いていなかったが、なぜあんな物を持っていたんだ?」


 大小様々な石が敷かれた川辺を確かめるように慎重に踏みしめながら進んでいると、不意にヴィートへニコラウスは素朴な疑問を投げかけた。

 あんな物?と一瞬分からなかったが、ニコラウスが何のことを言っているのか理解したヴィートは、聞き返すことなく返答した。


「えっと、集合する前に自分のうちの倉庫に行って何かの時にって持ってきていたんですよ。まさか人に投げつけるなんて思ってもいなかったけど……」

「あれは爆薬だろ? なんでそんな物が家の――」


 ニコラウスはそこまで言って気が付く。

 朝方の会話を思い出すと、自分の疑問に自分で回答することとなった。


「――ああ。建築用のものか。ヴィトの家は有名な建築屋で君は大工だったな」

「はい。たまに大きな岩を砕いたりしますし、道の整備なんかも手伝うので爆薬は用意してるんですよ」

「なるほどな。しかし咄嗟によく判断したもんだ。ん? その前に着火した火種はどうしたんだ? あの状態で火を起こせたのか?」

「それは――」


 ヴィートは腰からぶら下げている鉄製の丸い籠をニコラウスに見えるように持ち上げた。


「ああ、熊除けの」

「はい、俺もオリヴェルたちも最初から火種は持ち歩いていたってことです」

「なるほど」


 ニコラウスは納得がいったというように大きく頷いた。


「では、あの後に続いた爆発音はオリヴェルたちが爆薬を爆発させたのか」

「はい。あの魔物が俺たちの側からニコラウスさんの方へ向かった隙に渡して伝えたんです。俺が最初に爆発させてニコラウスさんと崖から逃げるから、その隙にオリヴェルとニーロには追手が通れないように道を崩してから逃げろって」

「そうか。落ちる時に三度ほど爆発音があったから、彼らも上手くやったに違いないな」

「はい。今頃は村に残っているアンさんへ状況を伝えるために、懸命に走っているはずです」


 支えているヴィートの手が少し震えていることに気がついたニコラウスは、ヴィートの肩をグイッと力強く引き寄せて励ます。


「大丈夫だ。君の友達だろ。信じるんだ」

「……はい。きっと無事に逃げていると思います。オリヴェルは近々結婚するんですよ。だから絶対に無事に帰らないといけないんです」


 ヴィートのオッドアイの瞳に炎が宿ったように決意の色が見え、ニコラウスはその瞳の奥にある強い思いに感嘆した。


(他人の事を第一に考える…… 騎士の手本のような男だな)

 

 抱き寄せた肩を強く叩きながら「ああ、皆で無事に難局を乗り切ろう」と賛同すると大きく頷く。

 そんなヴィートが足を止めて周りを見渡した。

 いつの間にか目的の場所まで川辺を走破したようだ。いよいよ深い山中へ分入る。

 二人は重い気分を紛らわせるために、取り留めが無い話をしながら険しい山道を慎重に先を急いだ。


「――そうなんですよ、もうオリヴェルは結婚する前からエステルに頭が上がらないんです」

「わははは。まあ男なんて女の尻に敷かれているくらいが丁度いいんだ。私だってそうだぞ」

「え! ニコラウスさんがですか! 想像ができない……」

「何を言っているんだ。私だって普通の男さ。女房には頭の上がらない、な」


 ニコラウスの思いがけない話にヴィートは目を見開き、そんな驚いた顔を見て笑うニコラウス。

 ふとニコラウスからヴィートへ興味深い質問が飛ぶ。


「ヴィト、君には意中の女性はいないのかい?」

「えっ!? それは――」

「ん? その態度はいるな。これだけ体が密着していると、体の筋肉の強張りで嘘かどうかわかるからな」


 さすが騎士団の団長である。筋肉の動き一つで人の心が読めるというのか。

 ヴィートはニコラウスの規格外の能力に素直に驚き、思わず感嘆の声を上げてしまう。


「す、凄い…… そんな些細なことで人の心まで見抜けるんですね」

「ん? もちろん冗談だぞ」


 はははと笑うニコラウスに呆気にとられてしまった。

 まさかニコラウスが真面目な顔で冗談を言うなどと思ってもなかったヴィートは、まんまと騙されて本気にしてしまった。

 それ以前に冗談のセンスが余りよろしくないと密かに思うが、それは心にしまう。

 このまま誤魔化そうかとも思ったが、ヴィートは何故だかニコラウスに聞いてもらいたくなっていた。それに嘘は通じないだろうし。


「実は…… 俺も結婚したいと思っている女性がいるんです」

「ほう、それは良いことだ。どんな女性なんだい」

「それが…… 妹なんですよ」

「……ん⁈ それは……」


 王族などでは近親婚が多くされているので、近親婚自体は珍しくもないが、一般人で妹となると話が違う。

 困惑するニコラウスにヴィートは苦笑いしながら続ける。


「親父とは養子で血が繋がってないとお話ししましたよね。実は妹のラウラも俺と同じ養子なんです。俺たち誰も血が繋がってないんです。だから問題は無いはずなんです」

「なるほど。そういうことか。びっくりしたぞ」

「すみません。でも、兄妹という間柄だけではなくて、他にも問題があって……」

「簡単には結婚できそうもないということか?」

「……そうですね。でも俺はどんなに困難でも絶対に諦めず、彼女と一緒になりたいとも思っています」

「そうか。妹さんも同じ気持ちなのか?」

「う! それは…… まだ聞いてませんが。でも…… ラウラも……」


 なんとも面白い反応をするヴィートに若さと純粋さ、そして心からそのラウラという少女を好きなんだということが、ニコラウスにはひしひしと伝わってきた。

 この若者たちの前途が明るいものになるよう心の中で祈ると、おもむろに首にかかっているペンダントを外した。


「ヴィト。命を救ってくれたお礼と言うわけでは無いが、これを貰ってくれないか」


 ニコラウスの手にあるのは、一目見ただけでも高価と分かるペンダントであった。

 見事なカットが施されているチェーンに宝石が埋め込まれたペンダントトップ。

 台座には見事な紋様が細かく刻まれており、その中心には深く落ち着いた紫色に光り輝く大振りの宝石が埋め込まれていた。


「ええ! そんな―― こんな高価な物は頂けませんよ」


 余りの驚きに思わず声も大きくなってしまう。

 初めて見る高価な宝石。一体どれほどの価値があるかも想像がつかない。

 しかも騎士団の団長から賜ったものとなれば、その価値は計り知れない。

 ヴィートは慌てて固辞するが、ニコラウスはヴィートの手を掴み、その手の中にペンダントを握り込ませた。


「君に持っていて欲しいんだ。このペンダントはマジックアイテムでもある。幸運をもたらすね。ヴィト、君はこの後、ラウラさんにプロポーズをして結婚するんだろ。その前に怪我でもしたらどうしょうもない」

「いや、でも…… 大事な物じゃ無いんですか?」

「ああ、勿論。私にとってとても大事な物だよ。だからこそヴィト、君に持っていてもらいたいんだ。本来なら私は崖の上で命を落としていただろう。しかし、君に救われた。命を一つもらったようなものだ。今、私にできる精一杯の気持ちを汲んでもらえないかな」


 ヴィートは掌に握らされたペンダントを暫く眺めると、ニコラウスへ目を向ける。

 そこには優しさの中に力強い眼をしたニコラウスが大きく頷く。


「わかりました…… ありがたく頂戴します!」

「そうか。では私がつけてやろう。 ほら、これでよし」


 ヴィートは首から下がっているペンダントをまじまじと手に取ってみる。


「こんな高価な物を首から下げると緊張します」

「なぁに、ただのお守りだよ。そんなに気にすることはないさ。さあ、先を急ごう」

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