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繋がる因縁 8/決死のヴィート

 ハンスは自分の目を疑った。

 脇腹に短剣を刺されているニコラウスが、今まさに抜刀しようとしている。


(――マ ズ イ ⁈)


 まるで世界がスローモーションになった様にハンスが感じた刹那――。


 「――はあぁぁあああああああ‼︎」


 一閃。


 ニコラウスから放たれた一撃は、流星の如く光の糸を引く。

 その切っ先を天に向けて止めると、虚空には血飛沫が舞い散った。

 鉄をも切り裂く、その刃でハンスを切り裂いた…… はずであった。


「くっ⁈」


 ハンスは抜刀の体勢に入っているニコラウスに気がついた瞬間、意思とは関係なく回避行動に移っていた。

 ニコラウスの居合を目で追い防御する時間などない。

 体が本能的に危険を察知して、回避行動をとらせていたのだ。

 

 ニコラウスに突き刺していた右手の短刀を瞬時に胸の前まで引き戻し、全力で後方へ逃げる。

 刹那、激しく右手の短剣に衝撃が走ると、腹から胸にかけて一筋の熱さを感じた。

 短剣は耳に痛いほどの残響を残し破壊され、胴鎧もその用途を全うする事なく切り裂かれる。

 しかし、瞬時の回避行動により致命傷にはならない紙一重で躱した。

 

 そう、ごく少量の血飛沫が舞っただけで、ニコラウスの必殺の剣は防がれてしまったのだ。

 

「――っ⁈ 痛ぇ――‼︎」


 かなりの距離を後方へ飛び、その勢いによろめきながら片手を地面について着地をする。

 痛がっているのは、短剣を持っていた右手か、それとも斬られた胸部の傷か。

 いや、そのどちらもだろう。

 その証拠に折れた短剣を持つ右腕は震え、左手は胸部の傷跡に添えられていた。


「……流石ですね団長。隙などをみせたつもりは無いのですが…… 団長にしか捉えられないほどの僅かな間をついて斬りかかってくるとは……」


 先ほどまでより濃い笑顔を引きつらせて、ハンスが右手の刃が折られた短剣をチラリと見やる。

 呆れたように首を振り、折れた短剣を投げ捨て立ち上がった。


「凄まじい威力ですね。まだ腕が痺れている。それに短剣が粉々だ。あれ、最年少で副団長となった名誉として国王から頂いた一級品のものだったんですがね」

「ふん、今の貴様が持つ資格は無いものだ。きっと国王様もお喜びになるわ」

「ふっははははは〜〜〜〜、それはそうかも知れませんねぇ」


 愉快そうに双眸を細め笑うハンス。しかし、瞬時に豹変して真顔となり、ニコラウスへ忠告する。


「しかし、短剣が脇腹に刺さっている状態で攻撃してくるなど…… そんな無茶したら死にますよ?」


 現にニコラウスは脇腹を抑え、未だ立つことはできていない。

 傷口の脇腹を抑えている左手の指の間から、今もなお血が溢れるように流れ出している。

 一見すれば瀕死の状態である。

 しかし、その眼には、この国で五名しかいない聖騎士としての決意が宿っていた。


「はぁああ――‼︎」


 ニコラウスは己の内なる力を解放する。

 ハンスを王国に仇なす国賊とみなし、その討伐を決意した時、彼の本来の力が解放される。

 その闘気は彼の背後からまるで蜃気楼のように立ち昇り、ハンスに押しつぶすようなプレッシャーを与えた。

 自分に向けられるニコラウスの殺気に、先ほどまでの余裕はハンスにはなくなっていた。


「これほどの力が……」


 多くの戦場を一緒に駆け抜け、その勇姿を間近で見ていたハンスであるが、ニコラウスからその闘気を一身に受けることなどなかった。

 相対してニコラウスの巨大な力を初めて理解したのだ。


(なるほど…… 王国の大いなる岩とはよく言ったものですね。本気で対峙してみて初めて分かりましたよ。揺るがないその姿、重くのしかかるこの重圧、何よりどのような攻撃でも通用しないと思わせる…… まるで山へ剣を向けているようです)


 背中にびっしょりと冷や汗をかいて、ハンスは固まったように動けずにいる。

 傷つきながらも片腕で剣を向けているニコラウスの気迫、闘気に呑まれていたのだ。



 距離を置きながら対峙するハンスとニコラウス。

 傷ついたオリヴェルを担いで距離をとったヴィートたち。


「さて、どうしたものでしょう」


 アンダーサージは、辺り一面が血の海の惨状に不似合いな優雅な佇まいで辺りを見渡す。

 顎に手を当て、まるで美術館で芸術作品を鑑賞しているかのようにうっとりと眺める。

 その先では、騎士が一方的に殺戮されていた。

 アンデッドが群がり瀕死の騎士を痛めつける光景は、彼にとって、どの芸術作品よりも美しいのかもしれない。

 そんな至福の時を過ごしているアンダーサージにハンスが呼びかけた。


「アンダーサージよ。此方に来てくれないか? 君を団長に紹介したいんだ。それと、助力も頼んでいいだろうか? やはり王宮騎士団団長であり聖騎士のニコラウス・フリーデン殿は一筋縄ではいかないのでね」


 ふむ、とアンダーサージはどうしたものかと考える。

 先ほど目の前から逃げて行った若者三人が気になる。何か懐かしい匂いがしたのだ。

 それ以上に、若くて健康で兵士でもない彼らを(なぶ)り殺しにしたいという下劣な欲情に駆られていた。


(ああ、あの若者たちは巻き込まれてしまっただけ。なんて可愛そうな。己の不幸を悲しみ呪い、その命の火が消える瞬間まで(なぶ)ってあげたい)


 笑顔の仮面の下で邪悪な考えをしていると、再度ハンスから声がかかる。


「アンダーサージ?」


(まあ、彼らは後回しでも構いませんね。それに楽しみを後にとっておくのも一興です)


 アンダーサージはハンスの言葉をよく考えた末、彼の要望に応えることとする。

 アンダーサージはヴィートを一瞥して舌舐めずりすると、(きびす)を返してハンスのもとへと歩み寄る。


「承知しました。そちらへ参ります」


 ハンス、それに近寄るアンダーサージと呼ばれる魔物。

 そのどちらが襲い掛かってきても対応できるよう臨戦態勢で構えているニコラウスであるが、流石に傷口から流れ出る血液を無視はできなかった。


(まずいな。このまま血を垂れ流していると体が動かなくなるのは必定。どうにかして止血をしないと……)


 ニコラウスの腰につけているポーチには、回復薬や薬草などある程度の応急手当て用品は入っている。

 遠征に来る騎士には通常装備として、武器の他に回復薬や解毒薬、包帯などの簡単な医療品と非常時用の携帯食、まれにマジックアイテムなどが支給される。

 しかし、それらを使いニコラウスが止血をしようとすると、ハンスがその隙を見逃すはずがない。

 好機と襲い掛かってくることは明白であった。

 なので、今の状況では右手に剣を構え、左手で傷口を圧迫することしかできなかった。


 ニコラウスはジリジリと後方へさがる。

 近寄る二人から距離をとっていたが、不意に足を止めた。いや、止めざるを得なかったのだ。

 いつの間にか滝壺の上に張りだした崖の淵まで後退してきていたのであった。

 ちっ、と舌打ちしたが、これも良しとすぐに前を向く。これで二人がかりでも後ろを取られることはないと。


「やあ、アンダーサージ。呼びつけて悪いね」

「いえ、問題ございません。それにしても苦戦しているようですね」

「ああ、流石は騎士団長様さ。私が殺したいと思うのは最強の聖騎士ニコラウスだからね。当たり前と言えば当たり前なんだが……」

「おや、どうかしましたか?」

「いやね、流石にあの状態から脇腹にブッ刺していた短剣を折られるなんて夢にも思わなかったからさ。彼の力の底が見えず嬉しくもあり、またどうしようもなく腹立たしいんだよ」

「……なるほど。複雑なのですね」

「そうさ、私の心は複雑怪奇ってやつさ。――はははは」


 軽口を叩き、何年頼の友人のように語らう二人。

 しかし、仲良さげに話しているその姿は、何故だかとても異様に見えた。

 そんな二人をニコラウスはただ黙って見つめる。


(あれほど魔物に心を取り込まれたか…… ハンス。君が元に戻ることはないのだな…… 私の命を賭して、必ず君と魔物を屠ろう)


 ハンスがもう戻れないと知ったニコラウスは、ほんの少しだけ残していた部下への情を捨て去り、一人覚悟を決めたのであった。


「さあ、お喋りもこの辺にしてニコラウス団長を殺してあげよう」

「はい、承知しました。お手伝いさせていただきます」


 ハンスとアンダーサージが先ほどまでの和やかな雰囲気から、周りの空気がひりつくほどの殺気を放つ。

 それは、この場を支配するほどの大きなプレッシャーとなった。


 辺り一体が凍りつき、緊張感が極限まで高まったその時、思いがけない方向からハンスとアンダーサージに向かって何かが投げられた。

 ハンスは視界の端から入ってきた飛来物を感知すると、瞬間的にそれが何なのか判別する。

 極度の集中力により飛来する物体が、まるでスローモーションのコマ落としのように見えた。


「何が――⁈ ん?」


 クルクルと回って飛んでくる長さ三十センチほどの棒状の飛来物。


「――導火線⁈ これは――」


 耳を(つんざ)く爆発音。

 途轍(とてつ)もない轟音が山間部へ響き渡る。

 棒状の飛来物は中心から這い出るように眩い光を放ち、激しい炸裂音と周囲を吹き飛ばす衝撃波を生み出していた。


 ハンスとアンダーサージのいた場所を中心として土埃が舞い上がる。

 衝撃にて飛ばされた石礫(いしつぶて)がニコラウスへ襲う。

 片手で顔を覆い飛来する大小の石を避けるが、土埃と爆発の煙が充満し視界が遮られる。


「一体何が……」


 状況を把握できないニコラウスは必死で目を凝らし、自分を中心にして辺りの気配を探る。すると煙の中を素早く動く影を感じ取った。


「うぉわわわぁ――――――――――‼︎」


 その影は雄叫びと共に煙の中から飛び出してきた。

 爆発の衝撃をまともに受けてか、勢いよくゴロゴロと地面を転がりながらヴィートが現れたのだ。

 ヴィートはニコラウスの眼前まで来ると、爆発の余波で傷を負ったのであろう血が出ているその腕を差し出した。

 

「――ヴィート!」

「ニコラウスさん、無事ですか?」

「――ああ、それよりもなぜ君が? それにその傷は――」

「ちょっとした擦り傷です。それよりも話している時間がありません」


 驚くニコラウスにヴィートは一言だけ無事を尋ねる。

 その顔からも出血をしていたが、ヴィートは構うことなくニコラウスに近づくとさらに驚くことを口にする。


「このまま飛びます!」

「⁈ 何を――」


 有無を言わさずニコラウスに抱きつくと、迷うことなく崖から飛び降りた。



「イタタタ…… 無事かい? アンダーサージ」

「……ええ、咄嗟に障壁を張りましたが…… 何割かは喰らってしまいましたがね……」

「一体なにが――」


 先ほどまでいた場所から、かなり後方に回避したハンスとアンダーサージ。

 回避行動より目の前で起きた爆発の方が早かったために、二人は多少のダメージを負っていた。

 お互いの無事を確認し、なにが起こったかを確かめようとした時、更に爆発が立て続けに起こった。


「――うぉおおお⁈」


 一発目の爆発は二人の近く、その後の二発目三発目は離れた場所で起こった。


「舐めるな――!」


 アンダーサージが背中から生やした剛脚を横薙ぎに強振すると、周りを覆っていた土埃を吹き飛ばす。

 漂っていた煙もかき消され視界が戻ると、そこにはニコラウスの姿もヴィートたち三人の姿も消えていた。


「この火薬の臭い…… 爆薬か!」

「なるほど、先ほどまであそこで縮こまっていた村の若者たちが居ませんね。彼らが爆薬を爆発させたのでしょう」


 ハンスはアンダーサージを睨み付ける。

 ハンスが初めて見せる人間らしい憤怒の表情であった。


「ふざけるなよ、クソガキたちが! ぶっ殺してやる! アンダーサージ、アンデッドを連れて奴らを追うんだ!」

「ええ…… と言いたい所ですが、崖が崩れていますね…… 道が塞がれてる」

「なんだと?」


 アンダーサージはまじまじと崩れた崖を上から下に眺めると、軽く笑った。


「これは、しっかりと崩されてますね。なるほど、私たちの近くで爆発した後の数回の爆発は崖を崩すためのものだっのでしたか。追手がすぐに後を追えないように…… なかなか賢い」

「感心していないで追わないか!」

「まあ、私だけでしたら追えますが、騎士たちはどうします? 私がいなければ引き連れていけませんよ。野盗たちの体はもう持ちませんし、計画に支障が出るのでは?」

「…………」

「まあいいじゃないですか。たかが村人数人。彼らが村に戻ったとしてもなにができます?」

「……ふん、そうだな。後からじっくりと(なぶ)り殺してやろう。それよりも……」

「ええ、ニコラウスの方が気になりますね」


 ハンスとアンダーサージは、ニコラウスが居たはずの場所へ向かう。


「一度目の爆発の時に団長のプレッシャーが消えたと思ったら…… ここからあの怪我で飛んだのか?」

「さすが聖騎士であり貴方の団長様ですね。通常の人間では考えられない」


 崖下を覗くと目も眩むような高さである。木も岩も所々に迫り出し、滝壺の水面もほんの小ささしかない。

 まともな人間なら絶対と言っていいほど飛べないだろう。

 いくら鍛錬を積んだ騎士といっても、人間は人間である。

 ハンスはしばらく滝壺を眺めると、アンダーサージに振り返る。


「ニコラウス団長がこれしきのことで死ぬことはないでしょう。怪我の状態を考えれば、このまま逃げて一度王都に帰り、騎士団を立て直すことが懸命でしょう。しかし……」

「しかし?」

「ええ、あのニコラウス団長です。一人で逃げることはないでしょう。このままではアルサスの村が蹂躙(じゅうりん)されるのを分かっていますからね。それに…… 私を決して逃がそうとしないでしょ」

「なるほど。さすがハンス団長ですね」


 アンダーサージが戯けて道化師のような身振りでハンスに大袈裟な一礼をする。

 紫水晶(アメジスト)色の瞳を弓形にし、ハンスも満更ではないように応える。


「まだ団長は早いですよ。それでは私の仲間であった騎士たちを貴方の支配下に置いてください。村までは遠回りになりますが準備ができ次第に向かいましょう」


 自尊心(プライド)(くすぐ)られたハンスは、アンダーサージの肩を軽くポンと叩いて横を抜けていく。気を良くして傲慢な笑みを(たた)え、まるで親しい友人への挨拶のように。

 アンダーサージは振り返ることなく、ベレー帽を目元まで覆うようにかぶり直すと、口角を頬へ深く深く切れ込むように持ち上げ怪しく笑った。

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