繋がる因縁 7/裏切り
脇腹に剣を突き立てられたニコラウスは、苦しそうに浅い呼吸を繰り返し、額には大粒の汗が流れた。
まだ剣が刺さったままの脇腹からは、あまり出血はしていないが激痛が絶え間なく走る。
蜘蛛の毒と相まって、急速にニコラウスの体力を削っていった。
「ハンス…… お前がどうして……⁈」
掠れた声、ニコラウスは眉間に皺を寄せてハンスの双眸を覗き込む。
ハンスは突き立てた短剣から手を離すことなく、極めて冷静、いや普段通りの顔色でニコラウスを見返す。
しかし、内心ではニコラウスの反撃を用心深く警戒していた。
相手は王国最高の聖騎士だ。油断などするはずがない。その上でニコラウスへ返答する。
「どうして…… ですか。うーん……」
ニコラウスの当然の問いかけに、『そんなことを聞かれるとは考えてなかった』と言うような素振りで思案する。
思案しながら眼前のニコラウスを紫水晶のような色の瞳で凝視した。
ややあって何かを思いついたように、軽く口を開ける。
「団長を殺したいから…… ですかね」
「……なるほど、私を殺したいか…… 何故だ? 理由は?」
「いえ、理由なんかありません。私は団長を…… ただ殺したかっただけです」
ニコラウスは絶句する。
騎士団長であるニコラウスを短剣で刺し、仲間の騎士たちが蹂躙されているのを平気で眺めている。
状況からみて、ハンスは襲ってきている魔物たちと通じているに違いない。いや、それ以前、ことの発端となった野盗たちとも通じていたのかもしれない。
なぜ野盗がアンデット化しているのかは分からないが、こうして騎士団を襲わせ、尚且つニコラウスの殺害を企てていたのだろう。
しかし、その答えが「ただ殺したかっただけ」では納得などできるわけが無かった。
「ふざけるなよハンス‼︎ 私を殺したいだけ⁈ そんな理由で仲間を、関係のない人々を巻き込んだというのか…… ふざけるな‼︎」
「そうは言いましても……」
困ったように眉を八の字にして首を傾げる。
片手には短剣を突き刺したままだというのに、至って平然とした態度にニコラウスは違和感を感じた。
しかし、魔法によって操られているという感じでもない。
仮にも騎士団の副団長まで上り詰めた男だ。そう簡単に操られることなど無いはず。
痛みに耐えながら思案を巡らせていると、ハンスがニヤリと笑った。
「では私の話を聞いていただけますか? 団長」
「ほう、その話はこれだけの事をしでかした理由として納得できるものなのか? それに…… もう貴様は騎士団の団員ではない。団長と呼ぶことは許さん……」
ハンスは軽く鼻で笑う。
ニコラウスの言葉が癇に障ったのか、短剣を持つ右手に少しだけ力を入れて傷口を抉る。
「――ぐぬぅうっ⁈」
激痛にニコラウスは低く呻き声を上げた。
自分が上の立場にいることをニコラウスへ分からせるために痛みを与えたのだ。
「私は小さな頃から何でもできる、いわば天才児でした。自分で言うのも気恥ずかしいですが」
自重気味に笑うハンスへ目で先を続けろと無言で伝えると、彼は肩を竦めて話を進めた。
「八、九歳の頃には算術など大人より出来るようになりました。家庭教師も私の学力に追いつけず、何人も変わりましたね。剣術なども教わればすぐに強くなりましたよ。まあ、これは体格の差がありましたから、大人に勝つのは少し後になりましたがね。そんな訳ですから、同世代の人間とは全くといっていいほど話も合わず、友達など一人もいませんでした。親や周りの大人たちも、当初は称賛していたのですが、いつの間にか疎まれるようになっていました。……孤独」
ここで言葉を切り、少しだけ寂しそうに俯く。
「そう、孤独…… なんてことは一度も思ったことはないですね! 幼い頃から自分は他人とは違うと存在、高位の存在であると感じていましたから。私以外の人間は人間にあらず、家畜と一緒だと思っていました。私のために生きて死んでいく存在だとね」
寂しげな顔はニコラウスに向けた演技。
本心を曝け出し、明らかに人を心の底から馬鹿にしたように一転して笑った。
先ほどまで美しく輝いていた顔は、醜悪な笑みに満ちていた。
「……その天才様がなぜ王宮騎士になどなったんだ? 騎士は王と国に仕え、王とその国民に命を捧げる。お前のように他人を馬鹿にし、人に興味がないような人間とは真逆の存在だ」
「それは団長が居たからですよ。王国剣術大会で優勝した試合を、私は十五歳の時に観戦してました」
「なんだと……」
「一目見て分かりましたよ。ああ、この人も私同様に選ばれた人間だってね。纏っているオーラからして他の雑魚とは違っていましたから。十七年前の魔物討伐は語り草となっていましたし、剣術大会の団長を見て本物だと確信しました。やっと私と同じ人間を見つけたとね」
「…………」
「ええ、やっと見つけた私と同類の団長の側へ行くために騎士となったのですよ」
「貴様と同類? 悪い冗談はよしてくれ」
ハンスは笑顔でニコラウスに突き立てた短剣を軽く動かし、先ほどと同じように傷口を抉る。そして首を横にふる。
「……いえ、団長、貴方は私の同類ですよ。類まれな才能を持ち、他者には決して届かない高みにいる。最強の剣士ニコラウス・フリーデン。貴方は私と同じ高みにいる。私と同じ…… それが許せないんですよ! だから私は世間が最強と認める貴方を殺したくて堪らないのです!」
空いている左手を大きく広げて、殺したくて堪らないと宣う。
ブロンドの頭髪が乱れゲラゲラと笑う様は狂人のそれであった。
「……狂っている」
ニコラウスは心からハンスが狂っていると感じた。
言っていることがまともじゃない。意味がわからない。
そんな呟きをハンスは聞き逃さない。
「いえいえ、私は狂ってなどいませんよ。至極まともです。孤高の聖騎士、ニコラウス団長を殺す。同類の私が殺すのです。二人にとって最高に幸せなことではないですか!」
今までの笑顔からガラリと表情を変え、とても不快そうに低いトーンで続ける。
「団長はどんどんと変わっていってしまった。確かに剣の才能、そして人を惹きつけるカリスマを持つ貴方は英雄であり最強の一人でした。でもね、くだらないことばかり気にかけるようになり、本当の強さが無くなっていった。その原因が先ほど団長が言ったことですよ。国に仕える? 人に尽くす? そんなことを言っているから弱くなる。私は団長を蝕んでいく愛だの情だのが、たまらなく許せなかったのですよ。強者は他人のことなど考えることはしない。弱者が強者に媚び諂う、それが正しい姿だ。それを貴方は…… だから私は考えたのですよ。今の平穏な世界ではなく。団長が戦場に戻れば元の強さを戻すのではと。だからローグ王国の密偵に協力し、上層部にも手を回して私たち騎士団が動く状況を作り、それを火種として戦争になるよう動くつもりでした。そして敵を屠り、以前のように強さの戻った団長を殺す――」
ハンスは全て自分が裏で手を引いていたことを告白した。なんとも自分勝手で幼稚な理由で。
そしてさらに驚くべきことを口走った。
「でもね、もう面倒になってしまったんですよ。どうせ殺すなら、今も後も同じだと気がつきました。……ん? おかしいな……」
ハンスは少しだけ困惑の表情を浮かべるが、直ぐに元へと戻る。
「いや…… おかしくない。殺すんだ。そして殺した後は、アンデッドとしてこのオルティア王国を襲ってもらいます。そして私がもう一度アンデッドとなった団長を殺します。団長が命を賭して守る王国の民、皆が見ている前でね。かつての英雄ニコラウス・フリーデンが王都を襲うなんて考えただけでもゾクゾクしますよ。そして貴方を成敗することで、このハンス・オーベリソンが新たな英雄となるのです。どうです? 素晴らしいでしょう。ああ、ここまで思い至れたのは彼のおかげです。ほら、あそこにいる魔物アンダーサージの発案なんですがね。とても素晴らしい計画だと感心しました」
ハンスが手を差し向けた方向、茂みの中からアンダーサージが草木をかき分けて現れた。
紳士然としたその男は、体に付いた落ち葉を払うと、ハンスとニコラウスへ恭しく一礼をする。
どうやら此方の会話を聞いていたようだ。
顔を上げると観察するようにぐるりと周りを見渡している。
「ふん。たいそうな御託を並べてはいるが…… 結局、貴様の成したいこととは私にとって変わることか。くだらない! そして魔物に唆され、いいように操られている事も気がつかないのか。情けない…… 情けないぞハンス!」
「いえ、私は操られてなどいませんよ。彼とは利害が一致した仲間です。彼は私の望む世界のために力を貸し、私は彼の望みに答えるのです」
「それが操られていると言うのだ…… 私を殺したいなら堂々と勝負をすればいい。いや、貴様にそんな度胸もないのだろうな。それなら貴様の得意な姑息な手段で私だけを殺せばよかった。私が死ねばいずれ貴様が騎士団を率いることも可能であっただろう。しかし、何故皆を巻き込むようなことをする?」
「だから先ほども言ったではないですか。最強の団長を殺すことが私の目的です。そしてその称号を引き継ぐことをね。ただ殺してしまっては、民はいつまでも英雄ニコラウスを思い出すでしょう。そして私と比較する。団長、貴方の方が上だとね。そんなことは許されない! 私が殺したのだから、私が上の存在にならなければならない。だから一度、団長の権威をボロボロに失墜し、私がそれを上書きすることで完全に貴方を上回る存在となるのです。 どうです? お分かりいただけたでしょうか?」
ニコラウスは目を瞑り、首を横にふる。心底残念そうに。
「ハンス…… 貴様は剣術の腕前は言うに及ばず、戦いにおける兵法もよく研鑽していた。また組織に欠かせない規律と柔軟な思想を持ち合わせていたと思う。いずれこの国を背負う逸材になっていただろう。しかし、その性根は腐りきっていたのだな…… 私が早く気がついてやるべきであった。すまなかった」
「何を言って――」
ハンスはニコラウスが腰の剣に手を置き、抜刀の体制に入っていることに自分の目を疑う。
目を離すことなく慎重にニコラウスの一挙一動に気を配っていた。
いや、先程の自問自答した時、ほんの少しだけ目線を切ったかもしれない。まさかそんな刹那の隙をついて動いたというのか……。
「――はあぁぁあああああああ‼︎」
片膝をつきながらニコラウスは剣を抜き放つ。
その刃は大気を切り裂く神速と呼ばれるほどの速さで、ハンスの首を目がけて襲い掛かった。




