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繋がる因縁 6/魔物

 ヴィートたち村の三人組は無事に再会を果たし、自分たちが経験した冒険の話に興じていた。

 それぞれが感じた緊張感や恐怖にどのように立ち向かい、自分がどのように役に立ったかを興奮しながら語り合っていたが、突如、ニーロが体を震わせた。


「なんか…… 安心したら小便がしたくなっちゃった〜」

「ニーロ……」

 

 呆れながらニーロの顔を見るオリヴェルとヴィート。

 しかし、一気に緊張感が緩んだ彼らもニーロにつられて尿意を覚え始めた。

 思わず顔を見合わすと眉を八の字にして苦笑する。


「騎士様たちの近くでは失礼だな。ちょっと奥まで行こうぜ」


 オリヴェルの提案に、その通りだと同意して、離れた場所まで移動して用を足すことにする。

 ヴィートが近くにいた騎士に許可を得ると、藪の中に分け入った。

 野盗が見つからなく拍子抜けしたのか安心したのか、三人ともいつもの調子に戻っていた。


「おいニーロ、まだ緊張してるのか? 随分小さくなってるな!」

「見るなよ〜! そういうオリヴェルだってヴィートが来るまで熊のようにウロウロとしてたじゃないか〜」

「う、ウルセェ! そういうことは言わないでいいんだよ」

「何だ? 俺のことを心配してくれてたのか?」

「そんなんじゃねえよ! ほらみろ。ヴィートのにやけた面を。むかつくだろ!」

「だって本当のことじゃぁん〜」


 わあわあと用を足していると、ここに何をしにきたかを思い出し、声を押しつぶす。


「っと。ちょっと騒がしかったな」

「そうだな。そろそろ戻ろうか」


 ブルリと身体を震わし最後の滴を出し切ると、調子に乗っていた自分達を恥じるようにそそくさとズボンを上げる。

 緊張感を取り戻した三人は、静かに先ほどの場所まで来た道を引き返した。


「ん?」

 

 薮から出る直前、先頭を歩いていたヴィートが異様な雰囲気に気が付き、後に続く二人へ足を止めるように合図を送る。


「おい⁈ どうしたんだヴィート?」

「しっ!」


 声を抑えて一言、尋ねてきたオリヴェルへ静かにしろと合図を送る。

 黙ってヴィートの近くまでオリヴェルとニーロは近づき、ヴィートの視線の先を見る。


「何だか様子が変だ……」


 視線をゆっくりと横に流して様子を伺っていると、その先でバタバタと騎士たちが倒れていく。

 三人は何が起こっているのか理解ができなかった。


「何だ? みんな寝転がって行くぞ……」

「――あれ見て、なんか苦しそうにしてるよ〜。ほら、吐いてる人もいる〜」

「うん、何か良く無い事が起こってる。原因が分かるまで動いちゃダメだ」

「何言ってんだヴィート! 早く行かなきゃ――」

「騎士の方たちが倒れているんだぞ! 俺たちが行って何ができるんだ? 今は原因を見つけて、助けることを考えるんだ」


 血気盛んに飛び出そうとするオリヴェルの肩を掴んで止めるヴィート。

 二人は睨み合ったが、すぐさまオリヴェルが引いた。


「……ヴィート。お前がいうなら従うよ。こういう時のお前の判断はいつも間違ってねぇからな」

「ありがとうオリヴェル」


 一瞬で和解した二人に、先ほどからずっと目を離さず騎士たちの様子を伺っていたニーロが声をあげる。


「ねえ〜、そこそこ。団長さんとハンスさんが話しているみたいだけど…… ん〜? なんだか変だよ……」


 ニーロの声を頼りにヴィートとオリヴェルもニコラウスとハンスを探す。


「ああ、見つけた―― おい! ありゃどういうことだ?」

「なんてことだ…… ハンスさんがニコラウス団長を刺した……」


 自分たちの目を疑うような光景――。

 副長であるハンスが、その団長であるニコラウスを剣で刺したのである。

 三人は頭を殴られたようなショックを受けて絶句し固まっていた。


「うふふふ。 覗き見とは行儀が悪いですねぇ」


 突然、思いもしない方向、三人の頭上から声がかかった。

 

 虚をつかれた為に彼らは腰を抜かして驚く。

 尻餅をつきながら、バタバタと逃げるように距離を取り、頭上を見上げる。

 そこにいたのは木の枝から糸を垂らし、上下逆さまになった紳士然とした男がぶら下がっていた。

 その顔は柔和に笑っているように見えるが、糸のように細い目の奥には、えも言われぬ恐怖が宿っていた。


「くふふふ。こんなところで何をしているのですか? 覗きとは感心しませんね」


 謎の紳士――。

 まるで蜘蛛のように白い糸を枝に絡ませて垂れ下がり、にこりと柔和な笑顔をヴィートたちに投げかける。

 柔らかな口調でヴィートたちへ語りかけるその紳士にヴィートは違和感を覚えた。

 人間が蜘蛛のように頭を下にしてぶら下がっているだけでも異様なのだが、何かが決定的におかしい。

 だいぶ混乱している中でも、まじまじとそれを凝視する。


「――ぅあ⁈」

 

 その異様さに気がついたヴィートは、尻餅をつきながらさらに後退(あとずさ)りをした。


「か、顔が――」


 そう。ヴィートが感じた違和感。

 それは紳士の顔の向きが地上に足をつけている時の向きと同じであることであった。

 足と体は頭上にあるのに、目、鼻、口の位置が百八十度逆。フクロウのようにぐるりと顔の向きが反転していたのであった。

 思わずヴィートは小さな声で叫び、それは二人にも伝播する。

 ヴィートが何に恐怖したのか理解したオリヴェルとニーロも思わず声を上げる。


「ばっ化け物――」

「ヒィ!」


 驚くヴィートたちに気を良くしたのか、顔に宿した笑みをさらに深める。

 

 音もなくふわりと地上に降り立った紳士は、手に持っていたベレー帽を大きく胸の前まで振り上げて舞台役者のように大袈裟な礼を三人にした。


「はい。私はアンダーサージと申します。ご明察の通りあなた方が言う化け物でございます。……おっと」


 自己紹介をしながら自分の頭の位置がまだ逆になっていることに気がついたアンダーサージは、両手を顎と頭頂部へ置くと、ぐるりと顔を半回転して正常な人間の顔の位置へ戻す。

 コキコキと首の具合を確かめるように音を鳴らすと、三人へニヤリと笑いかけた。

 

 細い弓なりの双眸の奥で怪しく紅い光りを放ち、高く細く尖る鼻梁。

 両端が異常に吊り上がり口角が切れこまれた特徴的な口は、まるで眉月(まゆつき)ようだ。

 その異様でそら恐ろしい笑みに威圧される。

 オリヴェルとニーロの体はガタガタと震え、恐怖が彼らを支配した。

 目の前のアンダーサージと名乗る魔物が笑みを深めた瞬間、足下から這い上がってくる恐怖に耐えられなくなった彼らは、大声を上げて脱兎の如く駆け出した。


「うわああああ〜〜〜〜〜〜〜〜」

「た、助けて〜〜〜〜〜〜〜〜」


 二人と同じようにヴィートも恐怖から我慢できずに後ろを振り返り、二、三歩と走り出し茂みから抜け出す。

 すると、先ほどまではいなかった筈の多くの人間がいることに気がついた。

 それは騎士たちの周りへ群がっていた。


「ダメだ! オリヴェル! ニーロ! 行くな!」


 突如として現れた人間たち。

 それは衣服がドス黒い血で染められボロボロの状態の野盗であった。

 

 野盗たちは、倒れている騎士たちに次々と群がっていく。

 手にした剣を、斧を、槍を無造作に何度も何度も何度も振り下ろすと、騎士たちの苦悶に満ちた声が絶叫となり山間に響き渡る。

 ぎこちない動きの野盗たちは、もう叫び声もあげることがない騎士たちにいつまでも剣を突き刺す。

 とうに絶命しているだろうに、執拗にいつまでも単純作業のように繰り返していた。


「……人間じゃない?」


 そのぎこちない動き。

 そして血色のない肌色と生気のない虚な眼差し。

 見れば、四肢が欠損し、頭部の一部が露出し、腹部からは臓物も出ているにもかかわらず動き回る。

 通常の人間では決して動けるような状態ではないはずだ。


「まるで死体が動いて…… まさか、アンデッド⁈」


 驚きに思わず呟くヴィートへ、アンダーサージがパンパンと拍手をしながら近づく。


「ご名答。彼らは私が殺した哀れな人間たち。アンデットとなり私の忠実なる下僕と生まれ変わりました。あなたは勘も頭も良いようですね。冷静に状況を判断できる―― 好きですよ、貴方のような人間は」


 褒めながらもその眼光は鋭さを増し、まるで全てを見透かすように爪先から頭まで動く視線を感じ背筋へ悪寒が走った。


(とにかくここから逃げないと――)

 

 必死に頭を回転させ逃走方法を思案する。

 しかし、驚きすぎて考えがまとまらない。

 彼は普通の青年であり、オリヴェルたちと同様にパニックになる寸前であったのだ。

 だが、不意に聞こえてきた慣れ親しんだ声に反応して、自分のやるべきことを瞬時に決められる判断力を持っていた。


「うあっ〜〜〜〜〜〜⁈」

「オッ、オリヴェル――⁈」


 オリヴェルがアンデッドに斬り付けられ、叫び声を上げてその場にへたりこんだ。

 ヴィートの視線の先、ほんの十メートル先で親友が無慈悲にも傷つけられたその瞬間、頭の中は真っ白となり身体だけが衝動的に動き出す。

 ――その胸の中で抑え込まれていた熱が一気に爆発するように。

 ヴィートは親友の窮地(きゅうち)に一瞬も躊躇(ためら)うことなく、放たれた矢のように驚くほどのスピードで飛び出したのだ。

 剣を振るったその勢いで、たたらを踏んでよろける野盗のアンデッド。

 ふらつきながらも体制を立て直し、眼下のオリヴェルへその刃を振り下ろさんとしていた。


「うおおおおおおおおおお〜〜〜〜‼︎」

 

 疾風のように駆け抜け、剣を振りかぶっているアンデッドの脇腹目掛けて全力の体当たりをぶちかます。

 ヴィートの命がけの一撃に、二度三度と地面に打ち付けられ、糸の切れた人形のように吹き飛ぶアンデッド。

 手に持っていた剣は弧を描いて中空に舞い上がり、鈍い音とともに地面へ突き刺さった。


「――ヴィート⁈」


 涙ぐんでいるニーロが、体当たりの勢いで自分も吹き飛んでいたヴィートの体を起こす。

 ヴィートはニーロの手を借りてすぐさま起き上がり、オリヴェルの元まで駆け寄った。


「オリヴェル! 大丈夫か⁈」

「……うう、ああ。何とか生きてる。……いてぇ」


 ヴィートは素早くオリヴェルが斬られた傷口を確認すると手を当て止血をする。


「左肩から胸にかけて切られたな…… ん! 大丈夫、傷は浅い。ニーロ、あそこまで運ぼう。肩をかせ!」

「わ、わかった!」


 ヴィートとニーロは群がってくるアンデットを避けて、山道につながる入口となる場所へオリヴェルを担いでいった。


「イッテェ……」

「ちょっと我慢しろよ」

 

 ヴィートは自分の服を破くと、切られて傷口がぱっくりと開いているオリヴェルの肩をきつく縛った。

 ニーロは拾った太い枝を手に、アンデッドが近づかないように見張る。

 幸いアンデッドたちは彼らより騎士の方へ興味を示し、囲まれてはいるがすぐに襲われることは無かった。


「後は、これで傷口を抑えて。オリヴェル、自分で抑えられるか?」

「ああ、すまないヴィート」

「血が多く出ているけど、傷は浅いから止まれば大丈夫だ。――二人とも。ここから逃げるぞ」

「でもどうやって〜?」

「大丈夫! 俺に考えがある」


 ヴィートは二人の耳に顔を近づけてボソボソと考えを告げる。


「そんな⁈ ヴィート、お前……」

「ダメだよ〜、ヴィート。俺たちと――」

「みんなが助かるにはこれしか無いんだ!」


 ヴィートの気迫のこもった言葉に押され、何も言えなくなるオリヴェルとニーロ。

 二人は目を合わせると黙ってうなずいた。

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