繋がる因縁 2/アンとラウラ
宿屋の一階ではミルカたち村の女衆が掃除に洗濯に忙しく働いている。
しかし、ラウラの居るこの部屋を含む二階にはアン=クリスティンがかけた人払いの魔法により、誰も足を踏み入れることはなかった。
時間にして四十分程であろうか。
ラウラは偽りなく今までの出会いや想いをアン=クリスティンにぶつけるように話していた。
半死半生で人間界に落ちてきて助けられたこと。
反発し、信用しない自分の事を根気よく世話をし優しくしてくれた人たちのこと。
デーモニアでは感じたことがなかった感情が生まれたこと。
初めて安心して深い眠りにつけたこと。
通り名ではなく初めて名前をつけて貰い、居場所を与えてもらえたこと。
親しくなった人の死を経験し、幸せとは何かと考えさせられたこと。
魔物である自分をどうして受け入れてくれたのか、父の過去を知ったこと。
ただの日常が、毎日毎日の繰り返しが心から楽しく愛おしいこと。
そして何より、自分の周りにいる愛する人たちのことを――。
ラウラは話をしているうちに感極まってしまった。
自分でも気が付かないうちに涙を流し、鼻水も垂れて年頃の少女が決して見せてはいけない…… とても酷い顔をしていた。
彼女を弁護するのであれば、この惨状はしょうがないと言える。
指一本たりとも体が動かせないのだから。
未だアン=クリスティンの硬化魔法が効果を発揮しており、涙を拭いたり鼻を擤んだりすることが出来ないのだ。
お陰で取り替えたばかりの綺麗だったシーツは、ラウラの垂れ流す涙と鼻水でグッチョリと濡れていた。
ラウラの話を聞いている間にアン=クリスティンから話を遮るようなことはなく、彼女はただ黙って聞いていた。
話終えて時間が経つのに、なんのリアクションが無いことにラウラの胸は不安でいっぱいになる。
壁を向いて固まっているため、視界にアン=クリスティンが入らず、どういう状況か把握できない。
不安が恐怖に変わり、たまらずアン=クリスティンに声をかけた。
「……あの、以上が私がこの村にいる理由です。――あ、そうか。この宿屋にいるのは他の村の人たちと同じで、皆さんの滞在の間はお手伝いするように言われたので…… でも騎士の方たちには会わないように昨日は厨房にいて、今日は出かけたと聞いたので部屋の掃除に来ました」
アン=クリスティンから返答がないことにラウラは何故だろうと考えた。
それは自分が村にいる理由しか答えておらず、この宿屋にいる理由を話していなかったと思い至ったのだ。
これで話は進むだろうと思ったが、未だ声がかかることはなかった。
しかし声はかからないが、先ほどから時折鼻を啜るような音が聞こえる。
魔力で調べることもできないので、耳だけでアン=クリスティンの様子を伺うと、何やらゴソゴソとしたと思ったら、彼女は凄い勢いで鼻を擤んだ。
「あー、不意打ちだったわ……」
何やらブツブツと呟くと、またブーンと鼻を擤む。
ふーと大きく息を吐き出す音が聞こえたと思ったら、程なくして椅子から立ち上がる気配をラウラは感じ取った。
結局、話したところで何も変わらず、魔物として問答無用で処理されるのかと推測し大いに落胆する。
一瞬、魔力を爆発させ逃げる算段が脳裏をかすめたが、ヴィートとグスタフの顔がよぎり思いなおす。
ラウラは目を瞑り、アン=クリスティンが言うだろう言葉を覚悟を決めて待っていた。
しかし、投げかけられた言葉はラウラの思いもよらない言葉であった。
「ごめん、ごめん。硬化の魔法を解いていなかったね。【我は解除する】はい。もう動けるでしょ?」
なんとも明るい声でラウラの魔法を解いたのであった。
そのギャップと魔法を解かれたことで全身の力が抜けて、ベットに顔から突っ込むこととなった。
「――ふぎゅ」
小ぶりなお尻を突き出してベットに突っ伏したラウラ。
そんな彼女をアン=クリスティンは大きく声を出して笑いながら抱き起こした。
「あはは、すごい格好よ。よいしょっと。さあ、こちらを向きなさい」
ラウラを抱き起こすとそのままベットに座らせ、手にしたハンカチでラウラの涙を拭く。
そして鼻の下も拭くとそのままラウラに鼻を擤ませようとする。
「はい、チーンしなさい」
言われたまま鼻を擤むラウラは、何が起こっているのか理解が追いつかない。
頭の上に???三つほど出ているように混乱している。
そんな魔物の少女を気遣ってか、アン=クリスティンは彼女の横へ体を合わせるように座ると、その小さな背中を優しく摩る。
そして、ゆっくりと穏やかに語りかけた。
「嘘偽りなく話してくれてありがと。貴女の話を聞く前に、貴女、ラウラさんの素性を少し聞いてきたのよ。大体それに合致するし」
「……何故そんなことを?」
「いや〜、朝食を貰おうかと思ってこの宿屋に来る途中で貴女を見掛けてね。貴女のオーラがちょっと気になったから調べたのよ。魔物だと分かったけど、綺麗なオーラだったから」
「それで私の話は……」
「うん、貴女の話には嘘がないと、このマジックアイテムも証明しているしね。信じるわ」
そう言うと懐から掌サイズの銀色をした鈴のようなアイテムを取り出す。
ラウラにはそれが何だか分からなかったが、それを持ち出した当のアン=クリスティンが言っているのだから、嘘を見分ける効果があるアイテムなのだろう。
綺麗な彫刻が施された銀色のマジックアイテムを腰につけたポーチへ仕舞うと、困惑したラウラの態度がおかしかったのか軽く笑う。
「ねえ、いつまで固まってるのよ。ふふふ、もう硬化の魔法は解除したのよ」
ラウラの真っ赤になっている鼻先を指でツンツンと突いて微笑む。
しかし、よく見るとアン=クリスティンの目も充血し鼻の頭も赤い気がした。
どうやらラウラの話を聞いて、もらい泣きをしたようであった。
そんなアン=クリスティンに何故だか安心感を感じ、先ほどまでの緊張も次第に溶けていった。
「あの…… 改めまして。私はラウラ・リーグと言います。それで……」
「ああ、そうだったわね。自己紹介がまだでした」
アン=クリスティンはそう言うとスカートのシワを伸ばし、ラウラに体全体を向けて姿勢を正す。
「私は王宮に仕える魔法士のアン=クリスティン・ティレスタムよ。先ほどからの無礼を許してもらえると嬉しいわ」
お互いに挨拶をすますと、しばしの沈黙が訪れる。
アン=クリスティンは、ニコニコとしてラウラを見ているが、ラウラは未だ気持ちの整理がついていないようだ。
そして沈黙を破り、ラウラが今一番聞きたいことを訊ねる。
「その…… ティレスタムさん。私はこのまま捕まって処刑されるのでしょうか?」
「え? なんで?」
アン=クリスティンはラウラの口にした言葉に目を丸くして驚いた顔をする。
「なんでって…… 私は魔物ですし」
「ああ、そういうことね」
ラウラとしては死の宣告をされる覚悟で聞いた答えが、まるで明日の天気を話しているような軽い返事にひどく動揺する。
「んー、ラウラちゃんは魔物と知られると捕まると考えていたのね。まあ、そういう場合もあるけど……」
「…………?」
「つまり、あなたが考えているより、この人間の世界に魔物は多くいるのよ。その存在自体を決して忌避することはないわ。その証拠に王都では魔物も働いていたりするの。まあ、その素性は隠すし、公にはしないから普通の人は知らないだろうけど」
「――本当ですか⁈」
「ええ、もちろん本当よ。私の魔法の先生も魔物だったし」
カラカラと笑うアン=クリスティンに対して、今度はラウラが瞠目した。
「まあ、魔物の本能として戦いと殺戮を好む輩が多いことは否めないわ。そしてその力に酔って人間に害なす魔物は討伐対象になり、高位の騎士や私みたいな魔法士が対処するの」
先ほどまでの笑顔から真剣な顔に切り替わり、ラウラを正面に見据え、その手をとって続ける。
「でもラウラ、貴方は違うでしょ。人間の世界で一生懸命に生きていこうとしている。この世界に合わせて、魔物としてではなく人間としてね。そんな人を私たちは傷つけたりはしないわ。だから安心して」
「――‼︎」
アン=クリスティンの自愛に満ちた温かい言葉に、ラウラの目にはまた涙が溜まった。
「あらあら、ずいぶんと泣き虫なのね。ずっと思いつめてたのかしら。大丈夫だから安心して」
先ほどと同じように優しくラウラの背中を摩り、さらに啜り泣くラウラを優しく抱きしめた。




