邂逅 8/復讐心
夜も深くなり、ひっそりと濃くなる闇が村全体を覆い尽くしていく。
皆の気持ちを代弁するかのように、厚ぼったい風の音が窓を震わす。
リーヴ家では、先ほどの騒ぎが嘘のように静まり返っていた。
簡単な夕飯をとると、ラウラもヴィートも早々に部屋に戻って休んでいた。
マリウスとエレーナにも食事を用意し、そのままラウラの部屋にて今日のところは休んでもらっていた。
エレーナはマリウスから凄絶な過去の話を聞いており、その責任を愛する夫と同様に背負う覚悟を持っていた。しかし、今日初めて因縁のある人間と会ったことで、自分が思っていた以上にショックを受けたようだ。
ヴィートとラウラに、そして目の前にはいないがグスタフと亡くなった二人へ泣きながら必死で謝っていた。
そんなエレーナを落ち着かせるほうが逆に大変であった。
昼間に雨を降らしていた雨雲はとうに遠くへ移動して、夜空には薄い雲の隙間から月が覗いている。
壊れた椅子と割れたテーブルの天板をヴィートが簡易的に補修を済ましていた。
ただ、壁に付いた大きな傷跡は手元に材料がない為にそのままであった。そこだけが先ほどまでの混乱を表している。
明かりを灯さなくても窓から入る月の光で部屋は明るく、その傷跡をぼんやりと眺めているグスタフ。
皆が寝静まった後、一人ダイニングキッチンへ戻り酒を飲んでいたのだ。
軋む床板の音、不意にドアが開かれるのを感じ、視線を向けるとそこにはラウラが一人立っていた。
「……なんだ、まだ寝ていなかったのか?」
「お父さんこそ……」
「やっぱり寝付けなくてな。酒でも飲んで寝ちまおうかってな」
「私も……」
「……そうか。そんなところに突っ立ってないで座ったらどうだ?」
「うん…… 私も貰おうかな」
「……今日だけだぞ」
そう言うとグスタフは一つコップを用意して、ウイスキーを少しだけ注いでテーブルの向かい側に置く。
部屋の明かりを灯したラウラは、いつもの席に着くと両手でコップを包み込んだ。
芳醇な香りがするウイスキー。
しばらく琥珀色の液体を眺め、ちびりと口をつけて顔をしかめる。どうやらあまり美味しいとは思わないようだ。
だが、もう一度口をつけて先ほどより多めに喉へ流し込んだ。
「やっぱり美味しくない……」
「高い酒なんだぞ」
グスタフは笑いながら自分のコップを空けて、胸の奥で焼けるようなアルコールをふーっと大きく吐き出して、酒の余韻を味わっていた。
「ねえ、お父さん。昼間の話…… 続きがあるんでしょ?」
不意にラウラがグスタフに今日の話の続きを要求した。
「私を助けたこととも関係があるんでしょ。もし良かったら教えて欲しいの」
「……なんでそう思うんだ?」
「だってマリウスさんの顔を見て、その目を忘れたことはないって。どこかで会ったことがあるからでしょ? それに、魔物の私のことを助けたのも、あの話だけじゃあ理由が分からないから。だってお父さんにとって魔物はエレオノーラさんとアイラちゃんの仇でしょ? そんな仇である魔物の私を助けるなんて……」
「…………」
「それに、お父さんは魔物の言葉を少し話せた。そのことも関係あるのかなって」
ラウラはグスタフの目を見つめる。
月明かりではその細かな表情はわからないが、その目の奥にある想いは感じ取れた。
「……まあ、秘密にすることではなかったんだがな。ただ、ヴィートもいたから話さなかったんだ。そうだな。お前にはなんで俺が魔物の言葉が話せたかを話すべきかな。そして俺がどう思っているかを」
グスタフは自分のコップに酒を注ぎ足し、遠くにある記憶を引き出すようにゆっくりと語り始めた。
「あれはエレオノーラとアイラの葬式をしてすぐの時だった。魔物討伐のために近隣の村でも討伐隊への招集があったんだ。正規の衛士はだいぶやられちまったからな。急遽、その辺の村人にもお呼びがかかったって訳だ」
◇
アルサス村の集会場、入り口付近でグスタフはアルベルトとナータンに捕まり必死の説得をされていた。
「親方、本当に行くんですかい?」
「ああ、俺は討伐隊に入隊するよ。だからそこをどいてくれ」
「ん〜、まだエレオノーラさんたちの喪も開けていないのに〜、もう少し考えたらどう?」
「死ぬほど考えたさ。だからここに来た。俺からエレオノーラとアイラを奪った奴をぶっ殺してやるんだ」
集会所では村人に対して有志の討伐隊を編成するために、ロゴスから役人と衛士が来ていた。
先日からの戦いで多くの衛士を亡くした騎士団は、捜索隊を結成するために村人を勧誘することとなった。
報酬はかなり高額だが、先日の惨劇を目の当たりにした者も多く、あまり順調には増やせてないようである。
この村以外の者たち、近隣の村からはあまり裕福でない者たちが参加を希望していた。
勿論、グスタフのように自分の肉親が巻き込まれ、その命を落とした者の復讐をする為に参加をする人間もいたが、それはごく少数であった。
数日前からもグスタフに考えを改めるようにアルベルトとナータンは説得を続けていたが、グスタフは断固として聞き入れなかった。
今日もギリギリまで説得してみたが、平行線を辿るだけであった。
「……分かりやした。もう止めません。その代わり、俺も行きます!」
「そうだよね〜、親方が行くんだったら俺らも――」
「――それは駄目だ‼︎」
グスタフが本気で怒鳴ったので、アルベルトもナータンも次の言葉が出なかった。
「……いや、怒鳴ってすまなかった。アルベルト、お前はヘレナと近々結婚するんだろ? こんな危ないことに首をツッコンじゃぁならねぇ。ナータン、お前もだ」
「でも、親方を一人じゃ行かせられねぇよ……」
「ありがとうなアルベルト。でもな、お前らには俺が帰ってくるまで仕事のことを頼みてぇんだ」
「そんな〜、独立したばっかじゃないか〜、親方がいなかったら仕事にならないよ〜。俺だけでも一緒についていくよ〜」
「そんなことはねぇぞ、ナータン。お前ら二人なら十分にやっていけるさ。アルベルトと二人で協力してくれ」
渋るアルベルトとナータンへグスタフは深々と腰を折る。
「頼む! 俺を行かせてくれ! 二人には迷惑をかけるが、どうしてもじっとしてられねぇんだ」
頭を下げたまま動こうとしないグスタフ。
アルベルトとナータンは顔を見合わせて深いため息を吐いた。
「……顔を上げてください親方。分かりました。もう止めません。その代わり、必ず帰ってきてください」
「約束してくれないと〜、行かせられないよ〜」
心底心配したように眉を顰めるアルベルト。
ナータンは目の端に涙が溜まっていた。
そんな二人の言葉にグスタフは顔を上げて大きく頷いた。
「迷惑をかける。ありがとう!」
こうして二人の説得は失敗し、グスタフは討伐隊の補充兵として村から出ていった。
グスタフと同様に急きょ集められた補充兵は、ろくな装備も与えられず、すぐさま本体へと合流となった。
基本的に戦闘をするというより、捜索をさせるための人員なのでそれは致し方がない。
国対国の戦争であるなら、人海戦術として一般兵も戦闘に参加させるだろうが、今回は魔物一人の討伐である。
先ずは逃げ隠れた魔物の居場所を特定することを役割として与えられていたのだ。
グスタフは十名ほどの人数で構成された小隊に配属され、与えられた役割をただ黙ってこなしていた。
アルサスの村から北へ北へと捜索をしながら移動を繰り返す。
召集され一ヶ月ほども経つと、緊張感がやがて薄れていき、部隊の中で多くの者が楽観的になっていた。
それは捜索を終えて、ベースキャンプでの食事の時間など顕著に表れていた。
「魔物の野郎は何処に行っちまったんだろうな。もうこの辺にはいないんじゃないか?」
「ああ、なんでも騎士たちとの戦いで酷い怪我も負ってたらしいしな。遠くに逃げたんだろ」
「まあ、居てもらっても困るがな」
「違いねぇ」
質素で量も少ないが、毎日温かい食事を提供されている。
元々が貧しい家の人間には、今の環境は待遇的に悪くはなかった。
危険にも直面していないので、気持ちが緩むのは当たり前であろう。
「このまま見つからなきゃいいのにな」
「ああ、金も貰えて食事も出るんだから最高だな」
焚き火の炎を囲んで夕食をとっている全ての人間がゲラゲラと笑う。
いや、一人だけ笑うことなく黙々と食事をとっていた。グスタフである。
「なあ、あんたもそう思うだろ」
会話に入らないグスタフに、横にいた男が声をかける。
「ああ……」
グスタフは食事を平らげると、その男を見ることもせずにただ一言だけ告げてその場を後にする。
「なんだいありゃ?」
「ああ、あいつは最初からあんな感じだ」
「人付き合いが苦手なんだろ」
また笑い声が大きく響くのをグスタフはその背中で聞き拳を握る。
(見つからなくていい? 冗談じゃねぇ。必ず見つけ出してぶっ殺してやる……)
グスタフは一人、距離をおいて寝床を準備すると明日に備えて早々に眠りについた。
二ヶ月が過ぎ、一向に成果の見えない遠征は、数日後に終了となる。
帰還の命令が出てから、グスタフとしては焦燥感が拭えず、落ち着かない日々を過ごしていた。
今日も午前中の捜索を終えて、なんの痕跡も発見できずに昼の休憩となっていた。
(……このまま逃げられちまうのか…… いや、そんなことは許せねぇ。エレオノーラとアイラの仇も取れずに、おめおめと帰れるものか。帰還の命令があっても、俺一人で探してやる……)
昼食休憩が終わり、険しい山道を隊列を組んで歩いていく。
尾根に沿って曲がりくねった道を慎重に進む。
片側は急な崖で、多くの者がその高さに恐怖していた。
この捜索部隊を維持するため、多くの人間を任務に遂行させるため必要な荷物は多い。
食料はある程度なくなり、その都度補給をしていたが、その他にも多くの荷物を持ちながら移動している。
人が通るだけなら問題ないが、馬と荷車が何台も通るには心許ない道であった。
「おいおい、なんだよこの道…… 怖すぎるだろ」
「前、止まるな! 進め!」
小隊の指揮を取っている衛士が尻込みをする補充兵に前へ進むように大声で命じる。
馬がその高さに恐怖に駆られたのか、進もうとせず、ついには暴れ出した。
「おい、ちゃんと手綱を――」
衛士がさらに大声を出したが、それを上回る轟音にかき消された。
何かが爆発したような爆音が峠に鳴り響く。
それは自分たちの後ろ、隊列の最後尾に位置取っていた騎士たちの場所で起こった。
グスタフは後ろを振り返ると、爆発があったであろう場所から、もうもうと黒い煙が立ち上っている。
勢いよく立ち昇る煙を目にした瞬間、直感的に感じ取る。
(奴だ! やっと現れやがったんだ!)
混乱してその場にへたり込むものが多い中、グスタフは一人、煙が立ち昇る場所に向けて走り出す。
その相貌には狂気にも近い笑顔が満ちていた。
いきなりの奇襲を受けた騎士たちも混乱し、何人かの犠牲を出したが、すぐに体制を立て直し魔物マリウスに対して迎撃を行う。
そこには若かりしニコラウス・フリーデンの姿もあった。
「鬱陶しいぞ、この虫螻どもが!」
マリウスは両手の中で魔力を圧縮すると、圧倒的な熱量に変換をした炎を顕現させる。
「我が業火に焼かれて死ぬがよい!」
青白く光る高温の火球がニコラウスたちに襲いかかる。
「舐めるなよ魔物!」
ニコラウスは構わず前へ出ると、火球がニコラウスに当たる直前、見えない壁によってその勢いを拡散される。
同行している魔法士が防御魔法で見えない障壁を作り出していた。
火球が障壁にぶつかり、勢いよく爆発すると、その爆炎の中をニコラウスは突き抜けてマリウスに斬りかかる。
まさに阿吽の呼吸でニコラウスと魔法士の攻防一体の動きであった。
ニコラウスの振り下ろした剣は、マリウスの腹の皮一枚を切り裂く。
寸前のところで回避をしたマリウスは空中に飛び上がり距離を取る。しかし、飛翔の魔法を受けたニコラウスは追撃、渾身の一撃を叩き込むとマリウスは激しく地面に叩きつけられた。
口からは血が溢れ、大きなダメージを受けたようだ。
そこへ他の騎士たちが追撃をする。
「があああー! ふざけるなよ人間風情が!」
襲い掛かる騎士たちを横なぎに腕を振るい吹き飛ばす。
間髪入れず魔法士の雷撃魔法が走り、ニコラウスが斬撃を叩き込む。
グスタフはニコラウスとマリウスたちの戦いをただ傍観するしかなかった。
そこは次元の超えた戦い。
一般人であるグスタフにはどうしようもなかった。
(ちくしょう! エレオノーラとアイラの仇が目の前にいるのに、俺にはどうすることもできねぇ……)
支給された槍を血が出るほど握りしめ、ただただ眺めることしかできない。
胸が裂けるように苦しい。
目の前が真っ赤に染まり視界が歪む。
どうしようもない焦燥に駆られながら目の前の戦いを傍観するしかなかったグスタフに、千載一遇のチャンスが訪れた。
マリウスがグスタフの直ぐ目の前に上空から叩き落とされてきたのだ。
グスタフはフラフラと幽鬼のように歩き出し、マリウスへと近づいていく。
一歩、二歩、三歩…… ただただフラフラと近づいていく。
マリウスは近づいてくるグスタフなど気にも留めておらず、自分に剣を向ける騎士たち、特にニコラウスへ憎々しいげな眼差しを向ける。
マリウスの顔、その表情がはっきりと分かるまで近づいたその時、グスタフの視界は大きく揺れた。
「調子に乗るなーぁああああ! 吹き飛べ人間〜〜〜〜〜〜‼︎」
絶叫するマリウスは両の手の中に強大な魔力を溜め、追撃してきた騎士の足元、地面に向けて強力な魔弾を打ち込んだのだ。
数人の騎士が吹き飛び、地面が大きく抉れた。そしてその威力は地割れのように四方に走ると脆くなっていた崖が大きな音を立てて崩れていく。
衝撃で浮き上がったグスタフは、砕けた崖もろともに落ちていく。
マリウスの横顔。その紅蓮の炎のように怪しく光る赤い瞳を脳裏に焼き付けながら……。




