邂逅 7/心がわり
リーヴ家のダイニング、テーブルの上には三人分の湯気の立たなくなった紅茶が置かれていた。
グスタフが話し終え、しばらく時間が経っても誰も動くことはなかった。
「……そんなことが……」
そんな中、黙って話を聞いていたヴィートが鎮痛な面持ちで呟く。
ラウラは話の途中から涙が止まらず泣きじゃくっていた。
「お父さん…… ごめんなさい。ごめんなさい」
「何も知らなかったんだ。お前が謝ることじゃない」
グスタフは隣で涙が止まらないラウラの頭を優しく撫でて、泣き止ませようと言葉をかけた。
鼻を啜る音がもう一人、目の前にいるヴィートからも漏れる。
眉を驚くほど下げ、綺麗なオッドアイの双眸をキツくとじ歯を食いしばっていた。今にも感情を爆発させてしまいそうなほど震えていた。
「お、親父…… そんな……、俺、知らなかったから…… ごっ め ん……」
親父が長年探していた仇……、エレオノーラさんとアイラを殺した魔物を自分が庇った事実に押し潰されそうになる。
ガタガタと震え、絞り出すように最愛の父へ心から謝る。声に出してしまった途端、涙腺が決壊した。
「まったく…… お前はいい歳して相変わらず泣き虫だな…… 男が泣くな」
「だっ、だって……」
グスタフ自慢の立派な口髭が優しく吊り上がり、湖面のように静かで深い水色の瞳が慈しむように見つめる。
「ヴィート、ありがとうな」
「――えっ⁈」
グスタフの言葉に驚き、思わず顔を上げる。聞き間違いかと思ったが、眼前で微笑むグスタフに言葉を詰まらせる。
「お前が来てくれなければ…… お前が止めてくれなければ、俺はとんでもない間違いを犯していた」
「そんな……」
「いや、本心だ。お前が止めてくれなかったら…… こうしてお前ら二人の父親としてこの場に居られなかったかもしれない…… 心から礼を言う。ありがとうヴィート」
「お、俺は…… ――⁈」
右手をラウラに残したまま、グスタフの大きな左手がヴィートの頭を乱暴に撫でる。
立派に育った愛息子を見る瞳の端には大粒の涙が溜まっていた。
これ以上の言葉はいらないと、グスタフは青みがかった白髪を長く愛おしげに撫でた。
「これから…… どうする?」
家族の絆、温かさが部屋に充満し、三人とも落ち着きを取り戻すとヴィートがグスタフに問いかける。
それは彼ら二人をどうするか、騎士に伝えるかという意味を持った問いかけであった。
グスタフはヴィートの顔を一度見てから視線を外してただ黙って考える。
しばらくして顔を上げると、先ほどまで見せていた痛々しい表情ではなく、いつものように力強い笑顔で二人に告げる。
「怪我させちまったんだ。しばらくは養生させてやるさ」
「親父はそれでいいのかよ?」
驚くヴィートにグスタフは黙って頷く。
「それに…… 奴はただ黙って殴られていた。刃物を振り上げられても目を瞑って、ただじっとしていた。反撃や避けることもできたはずなのにな。俺に殺される覚悟を決めていたんだろうな。それを奴の贖罪の証だと受け取ったよ」
「お父さん……」
「ああ、奴も変わったんだろう……」
ラウラがグスタフの手を握ると、グスタフもその上にもう片方の手を乗せる。
その乗せられた手の熱さにラウラはグスタフの言おうとした意味を感じとった。
「うん…… そうだね」
ラウラはグスタフの手の甲に自分の額をつけてしばらく泣いていた。
しばらくしてラウラに手を預けたままのグスタフがヴィートに判断を託すような口ぶりで意見を聞く。
「まあ、というわけだ。しばらく奴らを家に居させようかと思うわけだが…… お前はどう思う?」
投げかけられ押し黙るヴィート。
腕組みをしてしばらく考え込むが、軽いため息を吐いてグスタフに返す。
「オヤジ、俺にはどうするべきなのか分からない。実際、かなり驚いて頭の中も整理できていないんだ。ただ、オヤジがそうするべきだと考えているなら、俺はそれに従うよ」
「そうか、すまんな」
「いや、俺は……」
ヴィートは未だグスタフの手の甲に額をつけて泣いているラウラを見つめる。
「じゃあ、取り敢えずどうすればいい?」
「ああ、この村の何人かも奴の起こしたことに巻き込まれたものもいるからな。誰にも言わないほうがいい。それに今は騎士団が来ている。騎士たちの耳に入るようなことも避けたい。……面倒だからな」
「分かった。実はその騎士団の団長から山の中を道案内してもらえないかと頼まれてたんだ。オリヴェルとニーロと一緒に」
「なんだと? それでどうしたんだ?」
「頼まれた時に、妹に危ないことは止められると話しておいたから断っても問題ないと思うけど…… でもこうなったのなら騎士たちの動きを知ってた方がいいかもね」
「そうか、この状況ではなるべく騎士たちと接触することを避けたほうがいいが…… しかしヴィト、お前は本当にそれでいいのか?」
普通なら聖騎士に頼まれごとをされ、ましてや一緒に行動をするなど、辺境の村に住む若者にとっては最高の名誉だ。
その誉ある仕事を純粋にできない。いわばスパイ行為をするということにグスタフは再度ヴィートに気持ちを確認する。
「ああ、ラウラに危ないことをするなって怒られたけど。俺は大丈夫だよ」
「……もう」
ラウラが鼻を啜り上げながら顔を上げる。
泣きはらして真っ赤な目には、まだ涙が溜まっていたがその顔は柔らかい微笑みを宿していた。
三人を包む空気がどことなく緩み、緊張も解けたことで今まで感じていなかった疲れがどっと押し寄せた。
「……今日は疲れたな。俺は夕飯もいらんから休ませてもらう」
グスタフは二人にそう告げると席を立ち、自身の寝室へと向かう。その後ろ姿にラウラは思わず声をかけた。
「お父さんは…… 本当に大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。俺の心配はいいから、お前達はちゃんと飯を食え。そして奴らにも食事を出してやれ」
グスタフは振り返ることなく返答すると、静かにドアを閉めて部屋を出て行った。
二人残ったテーブルでは、どちらも話しかけるタイミングがうまく取れず、モジモジと押し黙ったまま時間だけが過ぎていく。
不意に教会の鐘が夕刻の時を知らせる。
「あ、もうこんな時間…… ご飯の用意しようかな」
「おお、もうそんな時間か。そうだな、飯の支度手伝うよ」
「ううん、大丈夫。ヴィトはマリウスさんたちの容体をみてきて。夕飯食べられそうか」
「ああ、分かったよ」
ラウラはヴィートが椅子から立ち上がるヴィートに尋ねる。
「なんで連れてきたか聞かないの?」
ヴィートは立ち止まり少し考えるとラウラに笑顔で答える。
「なんでって…… どうせ困ってる人を放っておけなかったんだろ?」
あっけらかんと答えるヴィートにラウラはまた泣きそうになった。
「……うん。ありがとう、ヴィト」
ラウラはもう一つ聞きたかったことがあるが、それは胸の奥に仕舞い込んだ。




