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邂逅 1/気配

 宿屋の厨房から逃げ出したラウラは、村はずれにある古い倉庫へ向かった。

 この倉庫はグスタフが所有している物件であり、仕事用の資材置き場にしている、ラウラも手伝いでよく来ている場所であった。

 天井は高く間口も広い平屋のレンガと木でできた倉庫は、建築資材だけではなく、大きな道具や図版などを保管するために建てられた。グスタフたち職人にとって非常に重要な場所である。


 建設現場でよく使うカンナなノミなど職人が個人で管理している小さな道具以外は、この倉庫に置かれている。

 頻繁に使用される木材などの資材は当たり前のように数多く集積され綺麗に積まれている。

 そして滅多には使用されないレアな資材も倉庫の奥に鎮座していた。

 それは五メートルを超える長い木材や、幅が二メートル・高さ一メートルにもなる巨石も何個か積み上がられ、山のようにそびえ立っていた。

 この積まれた石材は、教会の補修のために予備の石として置いてあるそうだが、いつになったら使われるのかは見当もつかなかった。

 邪魔だから他に移そうとアルベルトやナータンがグスタフに進言するが、頑として認めない。

 どうやらグスタフにはこの巨石にこだわりがあるようであった。

 なので年に何度か倉庫内で棚卸をするのだが、あの巨石だけは動かしたことはなかった。


 ラウラがガラガラと大きな音を立てて三メートルほどある資材運搬用の扉を開け放つと、埃っぽい室内に光が差し込んだ。

 大きな資材運搬用の扉の横には、人が通る小さな扉もあるのだが、換気のために大きな扉を開いた。


「……ここで時間を潰そう」


 打ち合わせ用に用意されたテーブルの上には図版が散らかっている。

 それらを軽くまとめ端に重ねると、昼食用に持って来ていたパンと紅茶の入った水筒を置いて自分も椅子に腰掛けた。

 足をブラブラとさせて、この後はどうしようかなと考え、紅茶をすすりながら倉庫内をぼんやりと見回す。


「……せっかく倉庫まで来たんだから掃除でもしようかな」


 ぼけっと時間が過ぎるのを待つのは辛い。

 どうせなら掃除をして暇を潰そうと思い立ち、掃除道具を取りに倉庫の奥へ歩き出す。すると微かな気配に気付いた。


(奥に何かいる気がする…… 動物が入り込んだ? いや……)


 気配を感じたラウラは壁にかけてある工具の一つ、小さめの木槌をゆっくりと手に取り様子を伺う。やはり何かが息を潜めて隠れているような息遣いを感じた。

 魔力を使い調べようかと考えたが、騎士が村にいる状況では迂闊に力を出すことが躊躇(ためら)われた。


「えっと、ホウキはどこだったかな」


 わざとらしい台詞を言いながら、何者かが隠れているであろう場所に近づく。

 木槌を後ろ手に隠して、ホウキを取りに行くフリをして。

 近くまで歩を進めて一度大きく息を吸い込む。この左手奥に誰かがいることを確信して、ラウラは意を決して飛び出した。


「誰?」


 素焼きのレンガが積まれて入り口正面から見えない場所に、頭からマントを被った人間が二人隠れていた。

 一人がもう一人を抱き抱え、守っているように見える。

 マントの下からはこちらを睨みつける鋭い眼光が光っており、緊張からか激しい息遣いが聞こえる。


「えっと…… ここでなにしているの?」


 ラウラはもう一度、隠れていたも者たちへ問いかけるが、変わらず睨んでくるだけであった。


「あの、言葉はわかりますか? ここで何をしているのですか?」


 ずっと睨んでくる…… 何故だろうと思ったが、直ぐにその理由に気がついた。

 先ほどから喋りかけるとき、木槌を構えていた。

 そりゃ相手も警戒するだろう。


「あ、気がつかずごめんなさい」


 構えていた木槌を後ろに隠して再度話しかける。そう、隠すだけだ。流石に相手が何者かわからないのに手にした武器を捨てるようなことはしない。

 ただ、相手に危害を加える気はないことを感じ取ってもらえれば良いのだ。


「……貴女は誰ですか?」


 口を開いたと思ったら逆に質問をされてしまった。

 私が質問しているんだけど! と思ったが、相手を興奮させないように注意を払い冷静に対処する。


「私はラウラ・リーヴ。この倉庫の持ち主の娘」


 ラウラがこの倉庫の持ち主だと告げると、先ほどから睨んでいた男は姿勢を正して態度を一変する。


「この建物の…… 申し訳ありません。勝手に入ったことを謝罪します」


 ペコリと頭を下げる男性が抱えていたもう一人の人間も声を出した。その声から女性だとすぐに分かる。


「申し訳ありません。私のせいなのです」

「……エレーナ」


 どうやら泥棒やその類ではないらしい。

 女性の声と男性の謝罪に、ラウラは何か理由があるのだろうと理解する。

 そして、少しだけ警戒を解いて、二人へ話しかける。


「取り敢えずこちらにきてください。ホコリだらけの床ではなく、こちらのテーブルで話しましょう」

「……ありがとうございます。さあエレーナ捕まりなさい」

「はい、あっ…… ごめんなさい」


 エレーナと呼ばれていた女性がよろけると男性が抱き抱えるようにして支える。

 ラウラは少し顔を赤くしながら注意深く二人を観察する。

 どうやら女性の方は足を怪我しているようであった。


「足…… 怪我されているのですか?」

「はい、これがこちらに入らせてもらっていた理由でもありまして……」



 三人はテーブルについて改めて話をする。

 テーブルにはカップが三つ並ぶ。ラウラが持ってきた紅茶を二人に勧めた。

 喉が乾いていたのか、すぐさまカップに口をつける二人。男性の方は一息で飲み干してしまった。

 男性のカップにお代わりの紅茶を注ぎ、自分もカップに口をつけ喉を潤す。

 どうやら緊張していたのはラウラも同じで、喉がカラカラに渇いていた。


 やがて一息ついた男性が、申し訳なさそうにラウラへ弁明を始める。


「私はマリウス・ブラードと申します。こちらは妻のエレーナです。先ずは謝罪をいたします。申し訳ありません」

「勝手に入ってしまい申し訳ございません」


 二人に丁寧な謝罪をされて恐縮してしまうラウラは、気にしないでくれと顔の前で手を振る。


「改めまして、ラウラ・リーヴです。もう気にしないでください。それよりも、どうしてこの倉庫に入った理由を教えてくれますか?」

「はい、お話しさせていただきます」


 マリウスは下げた頭を戻すもう一度カップの紅茶に口をつけ、ここに至るまでのことを話しだした。


「私どもは薬の商人をやっております。昨日も行商のために移動をしていたのですが、どうやら山の中に迷い込んでしまったみたいでして。ひどい雨も重なり、エレーナは山道で転び怪我をしてしまいました。天候も悪くなる一方でしたので、手頃な岩山のくぼみを見つけそこで夜を明かしました」


 マリウスは一度エレーナへ視線を向けてから続ける。


「明るくなり辺りを見渡すと集落を発見することができました。こちらアルサス村に近いことを知り、急いで来た次第です。行商をするのも目的でしたが、それよりも食糧の調達と何よりエレーナに休息を取らせようと思いまして…… 昨日、足を挫いたのですがちょっと酷いようで微熱がでているのです」

「えっ、大変! お医者さんに見せなきゃ――」


 立ち上がるラウラにマリウスは落ち着いてくれと手で制する。


「リーヴさん、大丈夫です。私どもは薬の商人ですので、ある程度の治療もできます。エレーナの足も薬を塗って治療は済んでいます。解熱剤も飲ませました。ただ熱が出ていたのでベットで休ませたかったのです」

「じゃあ、宿屋に――」


 口に出した瞬間、ラウラは気がついた。今の村で旅人が泊まれるような場所など無いということを。


「はい、お気づきの通りです。今朝、こちらの村について早速に宿屋を訪ねたのですが…… 泊まれる部屋が無いとのことでして……」


 騎士団の一行が村に訪れていたために、マリウスたちは締め出される形となっていた。元々、アルサスの村には宿屋も一軒しかない。

 ロゴスからアルサスを経由して他の都市へ旅や行商をする、またその逆もあまり無いことであった。

 大きな街道から横に入ったアルサス村、その地理的な関係から経由地点にはなり辛い。

 それを踏まえて考えれば、たまにしか外の人間が訪れない村に宿屋が一軒しか無いのも納得ではある。


「食堂なども閉まっていたため、どこか少し休めるところを探していた時にこちらを見つけまして…… 申し訳ないと思いながら休ませていただいていました」


 なるほどとラウラはマリウスが話した今までの事情に納得する。村でのことは事実であろう。

 大変でしたねとラウラはマリウスたちに同情をみせる。


 ――しかし、ラウラには話の途中から別の重大なことが気にかかっていた。


(この感じ……)


 ラウラはマリウスが話している最中、徐々に違和感を感じていた。

 それは、彼の纏う雰囲気。普通の人間とは違う力の流れ。

 マリウスの発するオーラは、人間が発するそれとは微妙に違った。魔物だ。

 魔物同士だから分かる人間との些細な違い。

 先ほどまでとは違う別の警戒心がラウラを襲い、油断なく目の前の二人を観察する。

 

 どうやら魔物であることを隠そうとしているようだ。

 それに引き換えエレーナの方は間違いなく人間だと断言できた。

 

 この二人は? なぜ魔物と人間が一緒にいる? エレーナは知っているのか?


 心の中で動揺をするラウラを見透かしてか、マリウスが提案をする。


「この辺りで水を汲める所はありませんか? 少々汚れ物もありまして。エレーナの患部も水で濡らしたタオルで一度拭いてから薬を付け直したいのですが」


 外に出て二人で話そう。そうラウラもマリウスの意図を汲み取り了承をする。


「近くに小川が流れています。お連れしますので、どうぞ。エレーナさんはこちらで休んでいてください」


 マリウスに答えると椅子からスッと立ち上がり、扉の前に歩を進めマリウスを待ち受ける。


「ありがとうございます。ちょっと行ってくるよ、エレーナはこちらで休ませてもらっていなさい」

「はい…… お気をつけて」


 マリウスはエレーナに休んでいるように言いつけると、何かいいたそうなエレーナに頷き、ラウラの後に続いて倉庫を出ていった。

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