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訪問者 7/対面

 村長が疲れた顔をして自宅玄関の木戸を開け、少しだけ落ち着いた村内を見渡す。

 早朝から叩き起こされ、訳も分からずいきなり雲の上の存在を丁重に扱えというのだ。どれほどの緊張と心労が彼にのしかかったことか。

 一日でげっそりと青ざめた様子を見れば嫌でも分かる。

 先ほどニコラウス団長より呼ばれて家の中に入り五分ほどで出て来たのだが……、たった五分、それだけでも彼に取っては大きな心労となっているのだろう。

 

 家を出てキョロキョロと辺りを見渡すとお目当ての三人を見つけ、手でこちらに来いと合図を送る。

 呼ばれたのは村長の家の前に待機していたヴィート、オリヴェル、ニーロの三人。

 村長からは「決して失礼のないように!」と、きつく言い聞かされ家の中に通された。


「おいヴィート‼︎ やべーぞ。まさか聖騎士様からお声がかかるなんて」

「ああ、分かってる。……緊張して来た」

「だね〜、緊張する〜」


 村長が先頭を歩き応接室の扉の前までくると、深呼吸をしてからノックをして入室の許可をもらう。


「ニコラウス様。先のお話にありました適任の若者を連れてまいりました」


 程なくして扉の向こうから、若い男性の声で入室を促す返答が返ってきた。


「随分と早かったですね。入ってください」


 失礼しますと村長が頭を下げながらドアを開け入室する。

 村長へ続くヴィート、オリヴェル、ニーロも顔を上げることなくお辞儀をしながら部屋の中に入った。


「よく来てくれたね。まずは顔をあげてくれ」


 部屋の一番奥にいる人物から声をかけられ、三人揃って顔を上げる。

 正面に座っているのは中年の男性、左手には鋭い雰囲気の美男子。右手の三人掛けの椅子には綺麗な女性が座っていた。

 三人はすぐに正面に座っている中年の男性が騎士団長だと気がついた。

 鎧などは外され、金属製のインナーと胸当てのようなラフな格好となっていたが、それでも見たことがないような立派な出で立ちである。

 それ以前に、圧倒的な存在感がその人物にはあったため、間違えることはないだろう。


「急ですまないが、頼まれてほしいことがあってね」


 ニコラウスがペコリと軽く頭を下げると、慌てて村長が返答をする。


「とんでもございません! 何なりとお言いつけください。ほれ、お前たち、ご挨拶をしなさい」


 村長に促されて挨拶をする三人。

 ガチガチに緊張をしているので片言のようになってしまった。


「ヴィート・リーグと申します! なんなりと お申し付け ください!」

「オリヴェル・クルキネンです」

「ニーロ・コンッティネンです〜」


 アン=クリスティンが、緊張した若者の態度に好感を持ちクスクスと笑うと、ニコラウスが穏やかな口調で三人に話しかける。


「えーと、ヴィートにオリヴェルとニーロだったかな…… そんなに緊張しないで楽にしてくれたまえ」

「「「はっ はい!」」」

「ふふ、それでは私も名乗ろう。ニコラウス・フリーデンという。王宮より騎士団長を任されている。よろしくな。そしてそちらの男性が副団長のハンス・オーベリソン。そしてこちらの女性が魔法士のアン=クリスティン・ティレスタムだ」

 

 ハンスはニコラウスに紹介されると、綺麗なブロンドを揺らし頷くように目礼をする。

 アン=クリスティンは右手を顔の横でひらひらと手を振りながらニコニコと笑い「よろしくね〜」とフレンドリーな挨拶をした。


 村長はニコラウス達に退出の挨拶をして出て行こうとしたが、数歩ヴィート達の前に戻ってきて無礼がないように釘を刺さす。

 三人の表情を見ると何ともはや不安であるが、そのまま退出していった。

 そう三人はそれどころでなかった。

 王宮の騎士、その中でも筆頭とされる聖騎士に直接会えるという幸運は、地方に住む一平民などからすれば皆無に等しい。

 恐ろしいほどの幸運に恵まれている中、さらに魔法士にまで会えるとは…… 三人はおとぎの世界へ迷い込んだような気分、熱に浮かされた心地であった。


 ヴィート達がふわふわと夢見心地になっていると、(おもむろ)にアン=クリスティンが椅子から立ち上がり惚けている三人の前に立つ。


「じゃあ、早速調べちゃいましょうね」


 そういうとアン=クリスティンはワンドを手にして二言、三言と呪文を唱える。


「――己の心を解放し、我の問いに答えよ 【披瀝誘導(コントロール)】」


 ピーンと硬質で澄んだ音色とともに、ワンドにはめ込まれている宝石から周囲に広がるように光の輪が走る。

 光の輪はゆっくりとその輪郭を広げていき、やがて三人を通り抜けると消滅した。

 アン=クリスティンは三人の顔をまじまじと確認する。

 やがて魔法の効果を見定めてから後ろに振り返り、ニコラウスへ頷いた。

 それを受けたニコラウスがハンスへ目配せをすると、まるで焦点の定まっていない目をした三人の前へと歩を進めた。


 ヴィート、オリヴェル、ニーロの三人は、目の前で起きていることが理解できず困惑の表情を浮かべる。

 ピーンと心地よい音色とがしたなと思った矢先、困惑の表情は抜け落ち、何も考えられなくなっていた。


「お前たちは何者だ? 家と名前、歳を答えよ」


 ハンスは先ほど名前を聞いたことを忘れたのか、三人に同じ質問をする。いや忘れたわけではない。

 先ほどアン=クリスティンが発動したのは、いわば自白魔法であった。

 現状ではどこにスパイが紛れ込んでいるのか見当もつかない。

 なので接触するものは村の若者といえど用心深く調べる。


「アルサス村、グスタフ・リーグの息子、ヴィート・リーグ…… 二十歳…… 」

「同じくアルサス村、アルベルト・クルキネンとヘレナの息子、オリヴェル・クルキネン…… 二十二歳」

「アルサス村、ナータン・コンッティネンとミルカの息子、ニーロ・コンッティネン 十九歳」


「ここへは誰に言われて来た?」


「親父のグスタフに騎士様の手伝いをしろと言われ、オリヴェルとニーロを連れて村長の家まで来て待機していました。そして村長に呼ばれ入室しました」

「俺も親父にヴィートについていけと言われました」

「俺もです」


「私たちの情報を誰に報告する?」


「…………誰もいません」

「……分かりません」

「……しません」


「最近見た事がない人間を見かけたか?」


「……見ていません」

「……見ていません」

「……見ていません」


 ハンスは質問を終えるとニコラウスとアン=クリスティンへ、如何でしょうかという顔を向ける。


「問題は無いようね」

「そうだな。ご苦労」


 ニコラウスの労いの言葉に頷きハンスは元にいた位置へ下がる。

 代わりにアン=クリスティンが三人の前へ進み、魔法解除の呪文を唱えると、三人の顔にはすぐさま表情が戻った。


「あれ? いま何かあった?」

「おお? いや分からん……」

「なんか頭がボヤッとする……」


 三人が動揺しているので、目の前のアン=クリスティンが何をしたのかを説明する。


「ごめんね〜。貴方たちを疑うわけじゃないけど、話す前に魔法を使って調べさせてもらったの。もちろん問題はなかったわ」


 特に核心的な部分は濁しながら調べたという事実を告げる事で、三人はそれ以上、疑問を持つこともなかった。

 それよりも三人ともに聖騎士と話すのは、このようなものなんだと変に納得していた。


「悪かったね、ヴィート。オリヴェル。ニーロ」


 さらに聖騎士その人に謝られて、恐縮しながらオリヴェルがニコラウスに慌てて応える。


「全然、はい! 問題ないです! なあ?」

「「はい!」」


「そうか、それは良かった。では、先にも言ったが君たちには私たちの手助けをしてもらいたくて呼んだのだ。ハンス」


 ニコラウスにバトンを渡されたハンスは、三人へテーブルまで近づくように手で招き入れると徐に話しかけた。


「君たちにはこの辺の地形を教えてほしいんだ。そう、そこの地図を見てくれ――」


 ハンスに促されテーブルの前に行き三人は跪きながら地図を覗き込む。

 立派な羊皮紙に書かれた地図は、三人には見たことのない代物であった。

 広域の地図自体が平民にとっては珍しい物である。

 ヴィートが感嘆の声を上げ、オリヴェルとニーロが興奮しながら自分たちの村の文字を見つけ指差してなぜか喜んでいる。

 そしてヴィートは地図を見渡し、全体の位置関係を頭の中で構築していた。


「んん! そろそろいいかな?」


 ハンスが双眸を弓なりにしながら苦笑いを浮かべ、地図に夢中となっている三人へ痺れを切らせて話しかけた。


「「「はっ、はい! すみません!」」」


 声を掛けられた三人は、騎士の前ということを思い出して慌ててピンと背筋を伸ばし謝罪をする。

 ハンスは笑いながら構わないと言わんばかりに手を軽く振る。

 皆の視線をその手に集めると、広げられて地図のある箇所を指差した。

 指された場所は、野盗を追いかけ見失った場所の近くであった。


「この辺の地形はどうなっている?」

「はい、この辺りは大きな岩がゴロゴロした切り立った崖です」

「馬での走破は厳しいだろうか?」

「うーん、どうだヴィート」

「慣れた人間だと行けるかもしれないけど……」

「二、三十人の隊列では?」

「ん〜、多分無理かな〜。地盤もゆるいから人数がいると厳しいと思うな〜」

「なるほど…… では三十人ほどの人間が休める場所はこの辺りでどこかあるかい?」

「そうですね。この村の近くならココとか…… トゥルクルク村の方なら―― あ!」


 突然オリヴェルが声を上げたので、ハンスが不思議そうに尋ねる。


「どうしたんだ? 何か知っているのか?」

「いえ、知っているわけでは無いのですが。ちょっと思い当たった場所があって」

「ほう、それはどこだい?」


 黙って聞いていたニコラウスがオリヴェルに尋ねる。


「はい、ここアルサス村からトゥルクルク村にかけては谷を超えて行くんですね。その谷間に野宿するにはちょうどいい場所があって。水場もあるし。地図で言うとこの辺です」


 ニコラウスとハンスは顔を見合わせる。

 示されたその場所は近くまで行ったがそのように休めるような場所はなかったはずだ。


「我々もこの辺を通ったが、そのように開けているような場所はなかったはずだが…… 滝があって進めなかったと記憶している」


 ああ、とオリヴェルは頷いて説明を続ける。


「そうですね。土地を知らないと辛いかもしれません。滝の横から回り込むように道があって滝上に出られるんですが、知らないと見つけることは難しいと思います」

「なるほど…… ありがとう。とても参考になったよ」

「いえ、少しでもお力になれたなら嬉しいです」


 オリヴェルが照れながら嬉しそうに答えると、ハンスがオリヴェルの肩に手を置いて尋ねる。


「その場所へ我々を先導して案内してくれないか?」


 オリヴェルは息をのみ歓喜に震えると、勢いよく了承を伝える。


「勿論です! いつでもご案内いたします! なあ、ヴィート、ニーロ」

「はい〜、騎士様のお役に立てるなんて光栄です〜」


 ニーロはオリヴェルと同様に感激し、二つ返事でオリヴェルに賛同をし同行する意思表示をする。

 しかし、ヴィートは困ったような表情で固まっていた。


「ん? ヴィート。君は反対かい?」


 ニコラウスが返事をしないヴィートに優しく問いかけると、慌ててその理由を述べる。


「いえ、そういう訳ではなくて…… えっと、その場所に行く目的は何ですか?」


 ハンスが少し驚き、ニコラウスの顔を伺う。

 騎士団長は柔和な笑顔を浮かべて軽く頷いた。それを受けてハンスもヴィートへ向き直り質問に答える。


「そうだった。協力を頼んでおきながら君たちに理由を伝えていなかったね。私たちは近隣に出没している野盗の討伐に赴いている。そうしてこのアルサス村まで来たのさ。そこで近辺の地理に詳しい君たちへ野盗が根城にできそうな場所を聞いたというわけだ。我々だけでは道を見落とす可能性があるので、君らにガイドを頼みたい。もちろん君たちの安全は私ハンス・オーベリソンの名を持って誓おう」


 ハンスは先ほど聴いた事実を伝えることはせず、あくまで野盗の討伐が目的と三人に伝えた。


「野盗…… やっぱりそうなんですか…… 俺には妹がいるんですけど、その妹に危ないことはするなって凄い怒られたことがあって……」

「おいおい、ヴィート! 何言ってんだよ!」

「そうだよ〜、騎士様に頼まれてんだよ〜」


 ヴィートの答えにオリヴェルとニーロの方がニコラウス達よりも驚いた。

 すぐさまオリヴェルはヴィートの両肩を揺さぶるようにして、その考えを否定する。


「ラウラが言ったことを気にしてんのか? 分かるけど騎士様のお役に立てるチャンスなんだぜ? こんなこと絶対にないぞ!」

「……わかってるよ! でも俺は……」


 突然大きな笑い声がこの応接間に響くと、ニコラウスが両手で椅子の肘掛について立ち上がる。

 数歩進みヴィートの前まで来ると左手でヴィートの方に手を置く。


「そうか、妹さんがいるのか。妹想いのいい兄さんなんだな」


 笑いながらポンポンとその肩を叩く。


「探索に行くのは明日からだ。今日はこの村で休ませてもらうとしよう。ヴィート、私は決して強制をしないよ。案内以外にも手伝ってもらうこともあるだろうしね。今日はありがとう。皆んな戻ってくれたまえ」


 ハンスから明日の集合場所と時間を伝えられ、村長の家から出ると三人は少し無言のまま歩き出した。

 やがてヴィートが口を開く。


「なんかごめんな……」


 ヴィートの言葉にオリヴェルとニーロは顔を見合わせて笑う。


「まあヴィートらしいっていうか…… もう笑っちまうよ」

「ほんと〜、ラウラの尻に引かれてるね〜」

「おい! それは違うだろ!」


 三人はひとしきり笑うと、また歩き出す。


「とりあえず今夜考えてみる」

「おう、ラウラにも聞いてみろ」

「それにしてもさ〜、俺たち聖騎士様達と話したんだよね〜。しかも魔法士の女の人とも」

「ああ、なんか凄かったな。あれが魔法か……」

「凄かったね〜 綺麗な光が目の前に迫ってきたと思ったら、いつの間にか時間が経ってた〜」

「いやいや!、魔法も凄かったけど、魔法士のお姉さんがめちゃくちゃ綺麗だったぜ」

「そっちかよ!」


 ヴィートがオリヴェルの肩口を叩くとニーロが大声で笑い出した。

 そして三人は先ほどの感じていた興奮を思い出し、鎧の色が違うだの言葉使いが貴族のようだと、騒ぎながら帰路について行った。

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