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訪問者 6/王宮騎士団

 村長が住む家の一部屋では、王宮騎士団長のニコラウス・フリーデンと副団長のハンス・オーベリソン、魔法士のアン=クリスティン・ティレスタムが今後の方針を決めるべく話し合いが行われていた。


 村長の家は、ロゴスから役人が徴税や視察などで村へ訪れた際に使えるよう質素ながらも立派な応接間も作られていた。

 いわば迎賓館と執務室を合わせてものだ。

 豪華さは微塵もないが、素朴でありながら上質な木材を組み合わせて作られた内装。

 実に落ち着いた雰囲気があり高位の地位ある者が訪れても好感がもてた。


 背の低いテーブルに羊皮紙で作られたロゴス近隣の地図が広げられている。

 地図を中心として一人掛けの椅子にニコラウスとハンスがそれぞれ座り、この隊で唯一女性のアン=クリスティンは、三人掛けの椅子に足を投げ出した格好で横座りをしていた。


「魔法である程度の居場所はわからないのか?」

「だから前にも言ったでしょ! 森の中は無数の生き物がいるのよ。その生命反応が邪魔をしてわからないの。私が知っている特定の人物、例えば貴方の想いが染み込んだ剣か道具でもあれば、貴方の居場所を特定できるけど、見ず知らずの奴らなんて探しようがないわ」


 先ほどからハンスとアン=クリスティンが捜索の仕方で口論に近い話をしていた。

 それも行き詰まり、無言の時間が続くと重い空気の中、ニコラウスが口を開く。


「……やはり情報が漏れていたとしか考えられん」

「しかし、我々は諜報部からの一報を聞きすぐさま出発しました。我々より早く奴らに伝えることができるでしょうか?」


 ニコラウスの言葉にハンスはきれいな形の眉を八の字にして頭を振るが、アン=クリスティンが魔法士としての立場からハンスに対して否定的な意見を言う。


「奴らはまるで私たちが来ることを知っていたみたいだったわね。こちらは魔法を使って気配を消して近づいたというのに。普通は気づくことすらできないはずよ」


「それは…… そうですが…… ですが我々は……」


 不服そうに言葉を詰まらせるハンスにニコラウスは諭すように伝えた。


「ハンス。私は私の隊の中に裏切り者がいるとは思っていない。そこを間違えないで欲しい」

「ニコラウス団長……」

「情報が入る段階での外部への流出。または我々の動きを観察している者たちの存在を強く疑っているのだ」


 ニコラウスが自分たち仲間を疑っているのではないことを知り溜飲を下げるハンス。

 今回の遠征ではハンスが人選を担当していた。

 当然、自分が選んだ者中に裏切り者がいるなど考えたくもなかったようだ。

 その心情を汲んでかニコラウスはハンスに対して気にするなと言ったメッセージであった。


「……しかし、我々としては王宮の諜報部の連絡か現場からの報告しか頼る物がありません。そこが疑わしいと言ってしまうと……」

「ええ、そうね。王宮内にスパイがいるかもしれないし、現地人に化けた盗賊の一味かもしれない。下手すれば、そいつらに嘘の情報を教えられて、罠にはめられることも考えられるわね」

「動き様が無いじゃないですか!」

「それに私たちは多くの者たちに姿を晒してしまった。もうこれでは秘密裏に動くこともできないわね。……せっかく王都から隠れるように荷馬車に揺られてきたというのに……」


 ハンスがため息を吐き、アン=クリスティンがブツブツと愚痴をこぼす。

 二人の会話を聞きながら腕を組み、薄いブルーの瞳を閉じて考え込むニコラウス。


 この三人が地方の片田舎で、ここまで重い雰囲気の話をするとは誰が予想できたであろう。


 ニコラウス・フリーデン率いる騎士団は、四隊ある王宮所属の騎士団の中でもトップに位置付けられオルティア王国最高の戦力とされている。

 その団長、いわば軍事的にトップに立つニコラウスは、王国に五名しかいない聖騎士である。

 聖騎士とは王以外に地位が高い者はいない特別な地位である。

 肩を並べるのは政治を司る宰相くらいであろうか。

 

 ニコラウスは出自が子爵と、貴族としての地位は高くなかったが、若い頃からの武勇を持って団長まで上り詰めた叩き上げの男である。今では王国最強の剣士としてその名を轟かせている。

 特に十七年前に起きた大きな厄災として人々に記憶されている事件、その原因となった魔物を討伐する際に実力を存分に発揮して、その頭角を現した。

 当時、若干二十歳であった若い騎士は、その強さと強靭な精神を併せ持ち苦難を乗り越えて見せたのだ。

 その後、順調に実績を重ね、人を統率するカリスマに溢れていたために王国では当時三名しかいなかった聖騎士を拝命し、最年少の騎士団長に三十二歳で就任した。

 身長は百七十八センチと高くはないが、鍛え抜かれた体と何事にも揺るがない強い精神を形容し『王国の大いなる岩』と呼ばれている。

 ブロンドの短髪は精悍な印象を与え、薄いブルーの瞳が光る鋭い目つきから印象としてはかなり強面だ。しかし外見とは違い内面は非常に気が利き、部下思いの優しい上官であった。

 ただ、敵を目の前にした時のニコラウスは慕っている部下をもってしても、恐怖にかられるほど恐ろしかった。


 そんなニコラウスに心底惚れこみ、騎士の道へ踏み込んだのがハンス・オーベリソン。

 細身で一見優しそうな好男子であるが、発散するオーラはまるで刃物のように鋭い。

 ハンスは侯爵家の三男として生まれ、サラサラのブロンドヘアと紫がかった宝石の様な瞳は人を惹きつけ、可愛らしい容姿と相まって名家の息子として有名な存在であった。それは容姿だけではなく、頭もよく剣術の筋もいい、文武両道を地でいく非常に優秀な子供であったためである。

 

 父のように宮廷で国政を補佐する宰相など漠然として自分の将来を考えていたが、十五歳の時に王国で行われている剣術の大会を観戦したことが彼の人生を大きく変える。

 当時二十二歳で王国剣術大会を制したニコラウスの圧倒的な強さに衝撃を受けたハンスは、大会を見たその足で騎士の養成所の門を叩いた。

 両親からは猛反対を受けたが、ハンスの心は如何なる説得にも変わらず渋々入学を許された。

 

 才能豊かなハンスは、主席で養成所を卒業する。

 主席の特典として、自分の配属をニコラウスの所属している騎士団を逆指名すると、憧れのニコラウスと同じ騎士団へ入団した。

 以来、六年の間ニコラウスの手足となり王宮騎士の職務をこなし、先日とうとう若干二十七歳というニコラウスに次ぐ速さで副団長に任命されたばかりである。

 副団長になったばかりのハンスにとっては、今回の任務で目に見える成果として成功させる必要があった為に、非常に気合が入っていた。


「まさか馬の上で夜を明かすことになるなんて思わなかったわ。ああ、お尻が痛い……」


 先ほどから文句を言って自分の尻をさすっている隊唯一の女性。

 魔法士のアン=クリスティン・ティレスタムである。

 魔法士らしい大きなつばひろの帽子と四十センチほどのワンドをサイドテーブルに大事そうに置いて、椅子へだらしなく横になり足を目一杯伸ばす。

 だらけた格好のまま、腰からお尻の辺りを摩りながら先ほどの台詞であった。


 アン=クリスティン・ティレスタム。

 歳は二十九歳の既婚者であり、七歳の子供を持つ母親である。

 若くからその才能を見出され、王国でも指折りの魔法士としてその名を轟かせていた。

 夫はその才能を見出した王国最高の魔法士サロモ・ティレスタムで歳は二十ほど離れており、その結婚の時は王国内でもずいぶんと騒ぎになった。

 師匠であるサロモに猛アタックをかけ、それまで研究と魔法にしか興味がなかった朴念仁を遂に射止めたのであった。


 赤い髪の小柄な女性であるが、何もかもを見透かす様なグリーン色の大きな瞳は力強く人を威圧し、その魔力の強大さも相まって小さな女性とは思えないほどのオーラで他者を圧倒する。

 性格は勝気で感情的になりやすい。

 好き嫌いがはっきりしており、現実主義で、無駄を非常に嫌う。まあ、どちらかというと扱いづらい人種であるが、その実力を認めた人間には素直に従う一面を持つ。

 今回の任務も上からの命令というより、ニコラウスから同伴を頼まれたということで随行することとなっていた。


 そんな無駄を嫌うアン=クリスティンからニコラウスへ核心をつく質問が飛ぶ。


「ねえ、ニコラウス。何を隠しているの? いい加減話してくれない」


 目を瞑り腕を組んでいたニコラウスは、大きなため息を吐き、椅子の背へどかりと体を預けた。


「二人とも、黙っていてすまない……、奴らはただの野盗ではない。十中八九、ローグ王国の者たちだ」

「――まさか⁈」

「……ふーん、まあそう言われても驚きはないわね」


 ハンスとアン=クリスティンはそれぞれ別のリアクションをとる。

 ハンスは驚き、アン=クリスティンは想像していた範囲の中のことと驚きはなかった。

 ハンスは動揺をしながらニコラウスに反論する。


「確かに通常の野盗では無いと思ってましたが…… ローグ王国が裏で直接動いているということですか? そんなバカな! 仮にも国家として取るような行動ではない」

「まあ、落ち着けハンス」


 興奮して立ち上がったハンスに対してニコラウスが鎮めるが、ハンスの興奮は収まらない。


「国家が主導して他国の何の罪もない一般の民を襲わせるなんて…… あまりにも騎士道、いや人の道から外れている」


 ハンスはそのまま歩き出し、用意してもらっていた水差しを掴むと乱暴にカップへ注ぎゴクゴクと音を立てて飲み干す。まるで自分の中にある怒りの炎を消すように。

 水を飲んだことで一息ついたハンスは、アン=クリスティンに疑問をぶつける。


「アン。貴女は驚かなかった。というより予想していたようですね。……何故です?」


 アン=クリスティンは横になっていた足を揃え、椅子に座り直すとハンスの問いに答える。


「まあ、ローグ王国と断定できたわけではないわ。ただ、普通の野盗ではないとすぐに分かったわ」

「どういうことです?」

「先も言ったように、私たちは完全に気配を消して野盗に近づいた。私の魔法が完全に効果を発揮していた状態でね。でも直接視認する前に気がつかれた。その時に私の魔法に干渉する手応えがあったのよ」

「……?」

「つまり隠密の魔法に対してカウンターを当てられたのよ。強力な探知魔法、それは高位の魔法士の仕業か、よほど値段が高いアイテムを使う必要があるわ」

「なるほど…… そんな高位な魔法士が野盗なんぞをやっているはずはないし、ましてや野盗がそんな高価なアイテムを事前に使用していないという訳か」


 横で聞いていたニコラウスが口を挟むと、アン=クリスティンは大きく頷く。


「ええ、その通りよ。そこで考えられることが一つ。奴らは通常の野盗ではなく、別の目的のために野盗を演じているのだと」

「なるほど……」

「それにハンスも感じたでしょ。奴らの撤退する無駄のない動きと冷静さを」

「ええ、確かに訓練された兵のように感じられましたね」

「そう。だから私は奴らの後ろには大きな組織があると考えたわ。国家単位のね。野盗を演じさせ高額なアイテムを寄与したり資金提供ができるね。そして今の我が国と隣国の関係を考えれば答えは何となく想像できたわね。それに貴方もおかしいと感じてたんじゃない? たかが野盗討伐に私たちが出張ることに」

「……ええ、まあ……」


 ハンスはアン=クリスティンの話を聞き、素直に称賛すると何かを思い出したようにニコラウスへ向き直す。


「しかし、団長! 知っていて何故黙っておられたのですか?」


 ニコラウスは苦笑いを浮かべながら、責めるような口調のハンスに返す。


「まだ不確定な情報、予想の話だ。それに考えてもみろ。こんな話は両国に取って戦争の火種にもなりえる話だ。おいそれと口に出すわけにはいかんだろ」

「それはそうですが……」


 ハンスは「私たちにだけでも」と聞こえるか聞こえないかの声で訴えるが、ニコラウスは気にすることなく話を続ける。


「まあこれで方針は決まったな。敵は野盗ではなくローグ王国の兵と断定し作戦を立て対応する。ハンス、我々の団員にはある程度の情報公開を許す。しかしロゴスから連れてきた者たちには今まで通り野盗討伐として動いてもらう。それを念頭に置いて、もう一度、編成を組み直せ」

「は! 直ちに!」

「アン。お前には我々の周りに怪しい者がいないか調べて貰う。魅了などされていると面倒だからな」

「分かりました」


 ニコラウスは二人の瞳にそれぞれしっかりと想いを込めると徐に立ち上がり、部屋に唯一ある窓まで歩く。

 外を忙しなく動いている村人たちを眺めると肩口から振り向く。

 

「情報源は我々で調達するしかないな。そこでここの村の若者にその任を受けてもらうというのはどうだ? 勿論、アンの魔法で調べてからだがな」

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