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訪問者 5/襲撃1

 ラウラがモンスターと死闘を繰り広げていた頃、別の山中では帯剣をした男達が深夜にもかかわらず火を焚き夜食の準備をしていた。

 木炭が乾いた音を響かせて爆ぜ、闇夜に細かい火の粉が舞い上がる。

 木々の間から吹き抜ける風がその炎を大きく揺らしていた。

 

 背の高い木、その重なる樹冠の下で焚火をする。

 立ち昇る煙は何重もの枝葉がフィルターとなり上空に行く頃には薄くなりその存在を消した。

 夜間であっても煙に細心の注意を払い、拠点の周りには厳重に見張りを抜け目なく配置する。

 身につけている衣服や武器など装備品がバラバラで、どこか粗野な印象を与える彼らであるが、良く訓練をされた兵士のようであった。

 いま巷で噂になっている野盗の一団である。


 城塞都市ロゴスから続く主要な街道のかなり奥まった山中に、その一団は本日の野営地を作り休んでいた。

 隠れるには都合の良い地形、山腹の滝へ通じる山道から少し入った開けた場所。

 切り立った崖の奥にはちょうど良い大きさの洞窟もある。

 この付近を偵察していた時に目星を付け、いざと言う時のために物資も貯蔵していた。いわば隠れ家である。

 彼らは太陽が傾きかけた夕方に、王都から派遣された討伐隊の奇襲を受けていた。

 しかし、装備していた希少なマジックアイテムで警戒していた彼らは、敵の接近に早々と感知するやいなや討伐隊の目の前から煙のように姿を消した。

 予め考えられていた逃走ルートを使い、この場所まで辿り着き、息を潜め身を隠していたのだ。


「隊長ー。飯ができましたぜ」

「おう、ご苦労。ではそれぞれ分かれて食事を取るように伝えろ」

「了解しました」


 総勢二十五名の一団は、見張りの六名を除いてバラバラと夕飯につく。

 馬の世話や武器の手入れ、略奪してきた物資の仕分けなどそれぞれが与えられた仕事をこなし、一通り終えた後に食事を取る。

 通常の野盗からは考えられない規律ある行動を取っていた。


「本日の略奪した物品のリストです」

「おう、後で見るから副長に渡しておけ」

「はっ」


 頭領でも頭目でもなく隊長と呼ばれている隻眼の男、名はフーゴ。

 翼の刻印が施された革製の眼帯で左目を覆う。

 平均的な体躯ではあるが、鋼のような身体と鋭く光る右眼から危険な雰囲気を漂わせ、赤黒い髪色と同色の無精髭がより危なさを醸し出していた。

 早々に自分の分の食事を平らげると、腰のポーチから葉巻を取り出す。

 遍歴商人の隊商、いわゆるキャラバンを襲い略奪した際に入手した貴重なもの。その葉巻に火をつけると、旨そうに煙を勢いよく吐き出した。

 口の中へ広がる芳香に頬を緩め、もう一口大きく吸うと目の前の部下達に視線を向ける。


「他に報告はあるか?」


 隻眼の男の横に車座となった三人の男達、ラーシュ、クヌード、ケビが食事を平らげると、これまた略奪した酒を口にしながら各々が話し出す。


「そろそろ武器の補充もしたいですな」

「馬も休ませないとそろそろ潰れるのも出ますぜ」

「まあその辺は考えているんだが、オルティア王国の騎士たちが出張って来たからな。そんなに留まってられねぇだろ」


 部下達の要望に渋い顔で答えると、少し不機嫌になった隊長の顔を見てラーシュは話題を変えた。

 

「騎士といえば今日は危なかったですね」

「ああ、全く気が付かなかったからな。用心してマジックアイテムを使ってなかったら危なかったぜ」


 フーゴは口の端を持ち上げて得意げな表情で、話題を変えた副長である長い金髪を後ろで束ねた男前へ顔を向ける。

 同意するように大きく頷いたラーシュは、手に持ったマグを地面に置きながら隊長であるフーゴに尋ねる。


「次の指令は出ているんですか?」


 フーゴは勿体を付けた様に葉巻を一息ふかすと、ニヤリと笑って答える。


「ああ、ちと厄介な命令が来ているがな…… オルティア王国、王宮騎士団長のニコラウス・フリーデンの暗殺だ」

「「「――⁈」」」

 

 隊長の思いがけない一言に皆が双眸を見開き、驚きのあまり絶句した。

 手にしたマグからワインがこぼれ落ちるのも気にせず、ケビが小さな身体を前のめりにして顔を近づける。


「あの、オルティア王国で最強と言われるニコラウス・フリーデンの暗殺ですって⁈」

「ああ、その通りだ」


 事もなげに言うフーゴに、ケビは呆然自失と言った面持ちで浮かした尻を地面へ戻す。

 その横で肥った腹を、身体を小刻みに揺らし未だ絶句しているクヌード。

 

 ニコラウス・フリーデン。

 オルティア王国内だけではなく、近隣諸国にその強さと武勇が語られている大人物。

 若くして王国最強の剣士と認められ、厄災級の魔物を討伐した英雄譚は多くの者の知るところにある。

 物語にもなる様な英雄と戦う…… それがどれほどまでに無謀な事か。

 自分達の実力をよく知る彼らにしてみたら、死刑宣告と同義。

 そんな強者を暗殺せよとの下命…… 彼らの反応は至極当たり前であった。

 しかし、そんな無謀な命令を前にしてフーゴは余裕の笑みさえ浮かべている。

 葉巻を悠々と吸い込み、呆然となっているケビやクヌードを愉快そうに右眼を弓形にして眺めていた。

 無謀な命令を事もなげに言い放つ隻眼の隊長。

 その態度を注意深く観察していたラーシュは一つの答えを導き出す。


「なるほど…… 何か策があるんですね?」


 フーゴに対し、口角を上げて嬉しそうに尋ねる。だが、その背中には冷たい汗が流れていた。

 

 (かの英雄を打ち倒す策が隊長には有るはず……、いや有ってもらわなければ……)

 

 しばし視線が交差する。

 ごくりと唾を飲み込むとフーゴが静かに口を開いた。


「ふん…… 流石だなラーシュ。俺の副官だけある」

 

 チリチリと焦げる葉巻をゆっくりと吸いながら、ワインが注がれたマグを手にする。

 一口、美味そうに口にするとラーシュからクヌード、ケビへと視線を舐める様に一瞥させて元に戻した。


「勿論、策はあるさ」

「「「――おお⁈」」」


 フーゴの一言に三人は瞳を輝かせる。

 多くの時間を共に過ごし、その性格を熟知しているため隊長が戦いにおいて確証の無いことは言うはずがない。期待を込めて続く言葉を待った。


「今日、俺たちを追ってきた奴ら、ただの騎士じゃねぇ。あれがニコラウスの率いる王宮騎士団だ」

「なんですって⁈」

「……だからマジックアイテムで警戒を?」

「その通りだ」


 驚くクヌードは無視してラーシュへ大きく頷き、先を続ける。


「まあ情報を貰っていたからな。で、策だが…… この先にある小さな村を襲い、そこに籠城する」

「――⁈」


 大きく身を乗り出し、髪と同じ金色の瞳へ抗議の炎を宿したラーシュへフーゴは片手で制する。


「慌てるな。補給も救援も何もない俺たちがタダで籠城すると思うか? そんな事をすれば、兵力で勝る王宮騎士団にあっという間に制圧されるさ」

「……では何故?」

「ふふふふ、餌を撒くんだよ」

「餌…… ですか……」

「ああ、餌を撒いて――」


 だいぶ短くなった葉巻を暗闇の先へ向ける。

 赤い軌跡が通った先には、暗闇に浮かぶ洞窟の入り口。


「あそこには何がある?」

「何って…… 予備の食料と多少の武具、それに――⁈」

 

 雷に打たれた様な閃きがラーシュを襲う。

 思わず立ち上がり腹の底から唸る。なるほど、それならば――と。

 遂には笑い出しブツブツと独り言を言うラーシュを放っておき、理解に追いついていないケビとクヌードへ説明を続けた。


「そう、洞窟の中には大量の爆薬が隠されている。先日、運び込んだだろう?」

「へえ…… そりゃ分かるんですが…… 簡単には当たりませんぜ」

「ああ、だから『小さい村』を襲って、そこに『留まっている』と奴らに伝えるのさ」


 未だピンと来ていない二人は互いの顔を見やる。それに自分の世界から戻ってきたラーシュが隊長から引き継ぎ、全てのカラクリを教える。


「いいか、ニコラウス達は襲撃された村の話を聞けば、すぐにでも飛んでくるだろう。そこは小さな村だ。俺たちを逃さぬ為に、奴らはグルリと包囲する。そうして徐々に包囲を狭め、人質を囮として村の中心へ集まった時―― 予め隠しておいた爆薬でドカン!だ。そうですよね隊長?」

「おおー‼︎」

「最強の聖騎士といえど、爆弾で吹き飛ばされちゃぁお終いだな!」

「ああ、王宮騎士団には魔法士もいるだろうが、防ぎきれまい。それに…… 自分達が標的になっているなどと露にも思うまい。対応は出来んさ」


 作戦を理解したケビとクヌードは思わず立ち上がり、口々に流石は隊長だ!などと褒め称える。

 フーゴは反り返った様に胸を張り、限界まで短くなった葉巻をひと吸いすると目の前の焚き火に投げ入れて自分も立ち上がった。

 

「終われば帰国できるぞ! そして俺たちは英雄として凱旋だ!」


 隊長フーゴの『英雄として帰国できる』の一言に歓喜が走る。

 三人だけではなく、上官たちの会話に聞き耳を立てていた者たちも大きな声を出さないよう必死に喜びを抑えていた。

 フーゴを中心に、この場にいた全ての者が集まり肩を抱き合い、まだ見ぬ未来へ小躍りをする。


 この野盗は噂にもなっていたような北方で食いつめた集団ではない。

 オルティア王国の隣国ローグ王国に使える兵士の一団であった。

 

 彼らはロゴスに通じる街道で野盗として働き、物資の流通を混乱させながらオルティア王国に政治的な不安を与えかつ、街道の要所を調査するために派兵された。

 国が率先して行わせている行為としては、小さな嫌がらせ程度であり大局に影響は全くない。

 実際、二十数名で街道の封鎖などできるわけもなく、さして物資の流通には影響は現れてはいない。

 

 だが、頻繁に野盗が出没する事実には決して無視することのできない大きな意味がある。そう、オルティア王国の政治に不満を持つ国民を生み出す。

 現に未だ野盗を捕らえられないロゴスの政務局には強い不満が溜まっている。

 このままでは不安や不満が伝播し、国内の各地で騒ぎが起こるかもしれない。

 内政に不安を与え、警備及び軍備を国内へ向けさせる。これが派遣された一つの目的である。


 政治的不安を煽ることと同時に、野盗として各地を移動することによりオルティア王国内の街道や拠点のスパイ行為がもう一つの目的でもある。

 そう、ローグ王国はオルティア王国に対してそう遠くない将来に軍事的な行動を起こそうとしていた。

 そのためにロゴスと繋がる街道と要所を綿密に調べ、ローグ王国側の築く拠点や敵国首都オルリアンへの兵站をいかに効率的にするか調査する必要がある。

 海上を封鎖し、貿易の要のロゴスを掌握。そして一気に首都オルリアンへ侵攻をするための軍事的な布石であった。

 また野盗騒ぎに乗じてローグ王国がオルティア王国国境付近に軍備を増強する動きを見せてもそこまで不自然ではない。

 そうして秘密裏に軍隊を増強している事実も見え辛くしていたのだ。

 

 そして彼らの最後の仕事として、小部隊で現れたオルティア王国最高の戦士の暗殺。

 舞台は整っている。

 最高の結果を出して凱旋する未来を確信し、心の底から歓喜に湧くのであった。


「やっとですか。一年半近く…… 長かったですね」

「ああ、やりたくもねえ盗賊稼業に皆よくやってくれたな」

「まあしょうがねえですよ。その代わり報酬は結構なもんですし」

「おお! そうだな。国に帰って暫くは遊んで暮らせるぞ」

「バカかお前! 俺たちは敵国の最高戦力を葬るんだぞ! 遊んで暮らせるどころじゃねぇよ」

「ああ、やっと柔らかいベットで寝られる……」

「女もだな。田舎くさい村娘や行商のババアどもじゃ俺の息子も飽き飽きだ。いい女を侍らせてぇ」

「同感だな! もう今から楽しみだぜ」


 歓喜に沸く男たちは、酒を手に今までの苦労話や国に帰って何をやるかなど大いに盛り上がっていた。

 フーゴも目を細めて部下達の無礼講を許す。

 深夜にも関わらず、声を抑えながらも歓喜の時を楽しんでいると――。


「皆様、ご満悦そうで私も心から嬉しゅうございます」


 ――それは何の前触れもなく現れた。

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