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日のあたる場所で 5/恋心

 昼食を食べ終わると程なくしてオッレとリータはこくりこくりと船を漕ぎ出した。

 朝からは散々(はしゃ)いで疲れたのだろう。

 直前まで纏わりつかれていたラウラは、うとうととする二人を横にして、ミルカから毛布をもらい二人にかけてやる。

 ミルカとヘレナに片付けはいいから子供を見ているよう言い付けられたので、二人に大きめのソファーを譲り、一人掛けのソファーに座り直した。

 しばらく二人の天使のような寝顔を眺めていたラウラは、可愛い寝息につられるように大欠伸をする。

 

(私も眠くなっちゃった……)

 

 背もたれに身体を預け、もう一度欠伸をするラウラ。

 春の陽気に誘われて微睡んでいると、カップを片手に持ったミリヤムの口から、この場に居ない人物の名前が飛び出て意識を戻された。


「ねえラウラ、ヴィトとはどうなの?」

「…………は⁈」


 対面するソファーに腰掛け、紅茶のカップをテーブルに置きながら、空色の薄いブルーの瞳で覗き込むミリヤム。

 質問の意味がわからず固まるラウラ。

 しかし、数秒の後、言葉の真意を理解して眠気など吹き飛んでしまった。


「どっ、どうなのって? な、何言ってんの?」

「えー、わかってんでしょ? 好きなのかってことよ」

「すっすすす好きって―― 私たちは兄妹だよ」

「うん、知ってるけど…… 血が繋がってないから問題ないでしょ。さっきも熱心にミルカおばさんに料理の作り方聞いてたし。ヴィトに食べさせてあげたいんじゃないの?」

「――そんなつもりじゃ⁈」


 先ほどまでニヤニヤとしていたミリヤムの表情が、どこか寂しげで悲しそうに見える。

 ラウラはいつもと様子の違うミリヤムに不安を覚えた。


「……ねえミリヤム。何かあった?」


 ラウラからの問いかけに、ぎこちない笑顔のミリヤム。

 オッレとリータの可愛い寝息がだけが、広々としたダイニングに響く。

 やがて努めて明るく表情を作った彼女は、その胸に秘めていた想いを吐露した。


「うん、大したことじゃないんだけどね。実は昨日、ヴィトに告白したの」

「――ええ⁈」


 大したことじゃない? いやいや十分に大したことだよと、狼狽するラウラを気にすることもなくミリヤムは続けた。


「ヴィトももうすぐ二十歳だし、私の兄貴でさえ来年結婚するのよ。昔からヴィトのことが好きだったから思い切って結婚したいって告白したのよ」


 白金色の双眸を大きく見開き、アングリと口を開けて驚くラウラ。

 しばらく放心状態であったラウラが、重要なことに気がついて声を震わせる。


「……で、ど、ど、どうなったの?」

「それ聞く? まあ、いいわ……」


 苦笑いをしながら態とらしく溜息を吐くミリヤム。

 びくりと身体を震わせるラウラへ思わず笑いが出る。

 

(虐めすぎかな…… でも少しくらいはね)

 

 カップの底に残った紅茶を飲み干して、ゆっくりと視線を上げる。


「ヴィトには想い人がいるんだってさ…… だから私とは付き合えないってきっぱり断られたわ」

「……そう……」


 複雑な感情がラウラの胸を掻きむしる。

 不安、安堵、悲しみ、希望、疑問、痛み…… 全てが混沌と混ざり合い複雑に絡み合う奇妙な心情。心が悲鳴をあげる。

 なんと声をかけるべきか分からず俯くラウラへ、ミリヤムはカップをテーブルに置くと立ち上がって頭をポンと叩く。


「そこまで気にしちゃいないわ。兄貴にもヴィトは無理だと忠告されてたしね。ヴィトの好きな人はわかってるでしょ? ラウラの気持ちはどうなの?」


 笑顔のミリヤムだったが、その空色の瞳にはうっすらと潤んでいた。

 ミリヤムは涙ぐんだ瞳で真っ直ぐラウラを見つめる。ラウラは居住まいを正してミリヤムの方へ向きなおった。


「私は…… 分からない。ごめんなさい…… ただ、ミリヤムがヴィトに告白をしたと聞いて胸の奥が苦しくなった。でもこれが好きと言う気持ちなのか分からない。ミリヤムも知っているでしょ、私はヴィトに命を助けてもらった。私にとってのヴィトは恩人でもあるの。それに私は―― いえ、なんでもない」

 

(それに私は魔物だから…… なんて言えないよね)


 ラウラは最後の言葉を飲み込んで、ミリヤムの手を取って謝った。


「ごめんね、はっきりとしたことが言えなくて…… でも今はこれが私の答え」

「……そう」


 ミリヤムはラウラが最後に何を言おうとしたか気になったが、聞くことはしなかった。

 理由は無く、ただ聞いちゃいけないことだと直感的に感じたから。

 

(ラウラにとって素直に言えない事情があるのかもしれない。いや、違うかな。本当に恋するということをわかっていないのかもしれない。だってこの村に来た時にも何も知らなかったんだから)

 

 真っ直ぐ見つめてくるラウラに、ミリヤムは軽く抱きしめ答える。

 

(それは好きって言うことだよ。難しく考えなくていいの)

 

 心で想う。だが、それを口に出してラウラに伝えることはしない。

 これ以上は二人の問題。

 無闇に他の人間が焚きつけるものではないと。でもそれは建前で本音を自分ではよくわかっている。

 ミリヤムの中のちょっとした嫉妬心が、ラウラに告げることを止めたのを。

 最後にギュッとラウラの背中へ回した手に力を入れ、頬に優しくキスをすると、そっと腕を離した。


「はい、これで私の報告は終わり! もう気にしないでね。 あっ、ヴィトにも気にしないでって言っておいて」

「ええ? なんで私が……」

「じゃあ頼んだわよ」


 一方的にラウラとの会話を切り上げると、ミリヤムは台所にいるヘレナとミルカに声をかけて帰ってしまった。


「――ちょっと…… はあ、家に帰り辛い……」


    ◇


 その日の夕刻、リーグ家の食卓では沈黙が支配していた。

 今日の献立は兎肉のシチュー。ヴィートとグスタフ共に大の好物である。

 しかしながら、カチャカチャと食器が鳴る音、木製のスプーンで口に運んだシチューを咀嚼する音、パンを千切る音がするだけで、いつものように明るい会話が飛び交う食卓ではなかった。


「んんー、今日のシチューは特別に美味いな。なあ、ヴィト!」

「⁈ おお、俺もそう思った!」

「……別に変わらない」

「お、おう……」


 重苦しい空気に耐えかねてグスタフが話を振りヴィートもそれに続くが、取りつく島もなく会話が続かない。

 男二人が顔を近づけてヒソヒソと話をする。


「おい、ラウラの奴、どうしたんだ?」

「いや、俺もよく分からないよ。帰ってきたらあの調子で料理を作っててさ。話しかけても一言くらいしか返ってこないんだよ」

「お前が何か仕出かしたんじゃないか?」

「何もしてねーよ。親方こそ――」


「ねえ、何こそこそと話してるの? ……ご飯は静かに食べてください」

「おお……」

「はい……」


 ラウラの迫力に気圧されて、その後は二人とも黙って食事を終えた。


 風呂の後、ヴィートは乾いた喉を潤すために台所へ向かうと、ラウラが夕飯の後片付けを終えて一人テーブルに座っていた。

 手の中のコップに視線を落とし、何やら考え事をしていそうな雰囲気であった。

 ヴィートは何故か居心地の悪さを感じ、視線をさまよわしながら水瓶の前まで静かに移動し水を汲む。

 喉を鳴らさないように気にしながら一気に水を飲む。

 なるべく音を立てないように気配を消して部屋に戻ろうとすると――、ラウラが背中越しに話しかけてきた。


「ねえ、ちょっといい?」


 いつものラウラの声より幾分とトーンが低い声色で話しかけられたため、嫌な予感がしたが話を聞くことにする。

 このまま無視することは、更なる不幸を招くとヴィートは知っていたから。


「なんだ? なんか用か?」


 とりわけ明るい声でラウラに応えるが、振り向いたその顔は少々引きつった笑顔であった。


「何その顔? ……まあいいや。ちょっと聞きたいことがあるの」

「ああ、いいぞ」

「今日ね、ナータン家の蔵を掃除しに行ったの。そこでミリヤムと一緒になった」


 ヴィートは嫌な予感の正体が分かってしまった。

 昨日のことだと。ただでさえ重い気持ちがさらに重くなる。


「……それで? 何か聞いたのか?」

「うん…… 聞いた」

「で? それがお前の機嫌が悪いことに繋がるのか?」


 沈黙がしばらくこの場を支配する。

 ヴィートは壁にもたれかかり腕組みをしてラウラの返答を待っていた。


「何で断ったの? ミリヤムは優しくて素晴らしい女性。きっといい奥さんになる」

「……ああ、知ってるよ」

「じゃあ何で! ミリヤムは笑っていたけど傷ついてた」

「……ミリヤムに理由を聞いて欲しいと言われたのか?」

「ミリヤムはそんなこと言わない! ヴィトにも気にしないでって。これは私が聞いているの」

「じゃあ応える必要はないな。ラウラには関係ない」


 ヴィートはそう言うと壁から体を起こし、自分の部屋へ帰ろうと歩き出す。


「ちょっと、まだ――」

「もうこの話は終わりだ」


 振り向いたヴィートは、ラウラに強い口調でこれ以上の話はないことを告げて自室へ戻っていった。

 残されたラウラは、いつの間にか自分が立っていたことに気がつくと、椅子にどかりと座り込む。


「……何やってんだろう」


 自分でも何がしたいのか分からず、苛立ちと胸の中で渦巻く重苦しさだけがラウラに残っていった。

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