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始まりの審判 2/確執

「――という事です」

「……なるほど。興味深いな。ちょっとこのケースのレポートを読ませてくれ」

「ええ、どうぞ」

 

 小一時間ほどフォルセティの説明を聞き、ある程度は理解をしたように頷くザイオンは手元の資料をさらに読み込む。

 話し続けていたフォルセティは、喉の渇きを潤すために紅茶を一口飲み込むと、溜まっていた疲れを肺の中からふっと吐き出した。

 そして真剣に資料を読むザイオンから視線をアフロディアへ移す。

 そこにはこちらの事など一切も気にせず、自分の席にて熱心に映像を見ている後ろ姿だけが見えた。

 最近は特に楽しげで、何かに没頭しているというか……。

 新しい発見でもあったのかと気になっていたのでアフロディアへ声を掛けようとしたが、ザイオンからの質問でその機会を逃すことになる。


「フォルセティ…… どうかしたか?」

「――いえ、何でもありません…… それより何か分からない事でもありましたか?」

「いや分からなくないが、前に受け持っていた世界とかなり違うのでな。もう一度確認させてくれ」


 ザイオンへ軽く頷き、彼の質問を促す。


「三つの世界で魂が輪廻するということだが、今ひとつピンとこない。それには条件はあるのか? それと三世界の特徴をもう一度確認したい」

「分かりました」


 フォルセティは手にしていたカップを口にすると、紅茶の香りを鼻腔で楽しむように息を吐き出しソーサーへ戻す。

 飲み干して役目を果たしたソーサーを横へ寄せると、姿勢を正してザイオンへ説明を再開した。


「私たちが管理するのは三つの世界〈魔世界/デーモニア〉〈人間界/オートピア〉〈死世界/タナトピア〉である事はお話ししましたね。そしてこの三つの世界は並行世界として成り立っていると」


 ザイオンが頷き理解を示すのを確認して続ける。


「先ずは各世界の特徴を理解してから魂の輪廻を説明する方が良いかと思いますので、そちらから説明します」


 フォルセティは手元の用紙を裏返し、大きく三つの円を書くと、それぞれにデーモニア、オートピア、タナトピアと記入し、それぞれを矢印で結ぶ。

 示した矢印はデーモニアとタナトピアを結び、またオートピアとタナトピアを結ぶ。そしてデーモニアとオートピアには相互の矢印は記されていない。


「さて、こちらの図を見てください」


 手元の用紙をザイオンへ見やすいようにくるりと回し、説明を始める。


「ご覧のように三つの並行する世界がありますが、これらは元々一つの世界の核から三つに分離したものです。人間という種が頂点に君臨するオートピア。魔物が頂点のデーモニア。そして幽体、いわば魂のエネルギーだけが存在するタナトピアです。これら三つの世界を一つの集合体として考えます」


 ザイオンの顔を確認して先を続ける。


「オートピアとデーモニアで生を受けた者は、死を迎えるとエネルギー体の『魂』となります。魂となった者たちはタナトピアへ取り込まれ、転生に備えてそのエネルギーを貯めるのです。そうして準備ができた魂からオートピアかデーモニアへ転生されるということです」

「……なるほど。輪廻するには一度タナトピアを経由する必要があるというのだな」

「はい、その通りです。決してデーモニアからオートピアへ、またその逆で魂の輪廻が行われる事はありません。また、オートピアとタナトピア、デーモニアとタナトピアは非常に近しい関係ですが、オートピアとデーモニアには次元の狭間によって隔絶されているため断絶された世界です。まれに『時の揺らぎ』と呼ばれる現象が起こり、二つの世界が繋がることもあるのですが、それは後ほど説明しましょう」


 ザイオンが大きく頷き、管理する世界の成り立ちを理解したことを伝えると更に質問を投げる。


「管理する世界のことは大まかだが理解した。では、お前たちの観測する――」


 突然ザイオンの質問を遮るように思わぬ所から声がかかった。


「ねえ、ザイオン。……黙って聞いていたけど、貴方の言葉遣い、不快だわ」

 

 アフロディアが椅子をくるりと回し、デスクへ頬杖をつきながら割って入ったのである。

 足を組み些か不遜な態度に彼女の不満が見て取れた。

 瞠目して驚く二人をよそに、彼女はその口を止めることなくザイオンへ噛み付いた。


「仮にも貴方はここの新人で、先輩のフォルセティが説明しているのに、その受け答えはないんじゃない?」

 

 アフロディアの言葉にザイオンは些かムッとした表情を見せ、申し開きをする。


「む……、確かにここでは新人となるが、私はフォルセティより随分と前から管理者の命を受け従事している。それはお前も――」

「その『お前』というのを止めなさい!」


 頬杖をついていた手をデスクへ叩きつけ、アフロディアはザイオンを睨みつけた。

 

 ――フォルセティは確信する。

 

 二人は過去に因縁があるのだと。そしてそれは(わだかま)りとなり、未だ燻っているということを。

 

(……ああ、三人しかいないチームで二人の仲が悪いとは…… これはこの先が思いやられますね)

 

 暗澹(あんたん)たる気持ちとなったが、この場をまとめる者は自分しかいないことを理解している。

 フォルセティは引きつりそうになる顔を笑顔へ変えて二人をとりなす。


「まあまあ、アフロディア。私は気にしていませんよ。確かに彼は職歴において先輩ですしね。でも気遣っていただいて有り難うございます。そしてザイオン。私たちは管理者として対等な立場です。敬意を持ち『お前』ではなく名前で呼んでもらえれば嬉しいですね」


 フォルセティの大人な対応に、二人は冷や水をかけられ冷静さを取り戻すと、少しだけ恥じたように視線を外す。

 ややあってザイオンが神妙な面持ちで答えた。


「む。私の思慮が浅かった。謝罪を受け入れてもらいたい。すまなかった、フォルセティ、アフロディア」


 素直に謝罪を口にしたザイオンへアフロディアは何も言わず謝罪を受け入れると頷いた。

 その顔は未だ納得いっていないと雄弁に物語っていたが。

 フォルセティもザイオンが素直に謝ったことを内心で安堵する。そして明るく謝罪を受け入れる。


「有り難うございます。ザイオン。では、続きの説明をしましょう」


    ◇

 

 フォルセティがザイオンへ説明の再開をしたことを背中で聞きながら、アフロディアは自分の仕事へ戻った。

 気分を変えるために、手元のモニター画面を切り替えるスイッチャーを操作してデーモニアのある地域を映し出す。

 そう、それは仕事……。

 アフロディアは自分でもそう言い聞かせながら、モニター画面の中を覗き込む。

 しかしその顔は、仕事と言うには似つかわしくない法悦(ほうえつ)の笑みが現れていた。


「……居たわ」

 

 お目当てのものを画面の端に捉えると、肩越しにチラリと二人の様子を伺う。

 変わらずフォルセティの説明へザイオンが問いかけているのを確認すると、二人に気がつかれないようにモニター画面をズームした。

 そこに映し出されたのは魔物の女性。

 人間の歳にして十代後半だろうか。

 顔には幼さを残すが、細身であるものの均整の取れた手足。涼やかで心に刺さるような美しさを持っていた。

 煌めく白金色(プラチナブロンド)の髪をたなびかせて、多数の魔物たちの間を疾走している。

 その綺麗ではあるが表情のない顔に、鮮血の化粧をしたかのように返り血を浴びて……。


「あらあら…… またそんなにボロボロになって…… ほら、油断してると喰われるわよ」


 アフロディアは極めて小さい独り言を呟く。

 画面の中の魔物の女性は、十匹を超えるのオークと狼型の魔獣の集団に襲われていた。

 漆黒の翼を広げて飛び立とうとしたところを、オークの投擲により撃ち落とされてしまった。

 

「あっ!」


 思わず声が出てしまい、再び二人の様子を伺うも、こちらを気にした様子はない。

 ほっと胸を撫で下ろし、再び画面を見入る。

 その顔は先ほどより一層と笑みをたたえ、もはや恍惚としたものになっていた。


(ああ、苦痛に悶えるデルグレーネの顔…… なんて美しい…… さあ貴女も本気を出さないと死ぬわよ)

 

 デルグレーネ。背中まで伸びる白金色(プラチナブロンド)の髪をかき分けて、顳顬(こめかみ)に白い小さな角が二本巻きつくように伸びている魔物。

 アフロディアがそう呼ぶ魔物の女性は、投擲により痛めた脇腹に手を当てながら上半身を起こす。

 漆黒のショートワンピースのような着衣からは、じんわりとドス黒い血の滲みが浮かび上がる。

 落ちたダメージも相まって、未だ横たわっている彼女に向かい、三体の魔狼が鋭い牙を剥いて飛びかかった。

 

「――【フレイムニードル】‼︎」


 デルグレーネは肘から先が衣装と同色の漆黒の鱗で覆われている片手を眼前にかざすと短く魔法の呪文を唱えた。

 掌の前で六十センチほどの青白い魔法陣が浮かび上がると、彼女の眼前で三十個ほどの黒い球体が現れる。

 直径十センチほどの球体は水平方向に鋭く伸び、その名の通り極めて太い針状に変化した。


「グルッ! ガァアアアアアアア――」

 

 口から威嚇の咆哮と涎を撒き散らし、三体の魔狼が喉、手首、腹を狙って折り重なるように飛び込む。

 届く。そう思った刹那――。

 デルグレーネが掲げていた掌を握り込むと、漆黒のニードルが魔狼目掛けて発射された。


「ギャン!」

「ガッ!」

「――グァラララ!」


 音を超えて飛来するニードルを至近距離から発射されては避けようがない。

 全弾をまともに喰らった三体の魔狼は、勢いよく後方へ吹き飛ばされる。

 硬質の毛皮を易々と貫通し、ニードルが深々と突き刺さったまま、呪詛のような悲鳴のような掠れた呻き声を上げて地へ伏した。

 

 片手で傷口を抑えたまま、ゆっくりと立ち上がったデルグレーネは地面に転がっている魔狼たちを冷然と見下ろすと、無慈悲に最後を告げる。


「灰となれ……」


 魔狼に突き刺さっていたニードルが、デルグレーネの言葉と同時に漆黒の焔となり爆発的に燃え上がる。

 体内へ深く突き刺さっている為、その焔は魔狼の体内をも焼き尽くす。

 口から青黒い焔が吹き出し、三体の魔狼は十秒も掛からず焼き炭となった。

 やがて立ち昇る煙とは別の『魔素』が魔狼から抜け落ちるように黒い霧となり漂う。

 『魂』は精神的なエネルギーであり、『魔素』は魔物の体を構成するエネルギーである。

 『魔素』が体から抜け落ちたということは、その魔物の肉体的死を意味していた。


「ググゥウウ――! よくも…… (なぶ)り殺してくれる――‼︎」


 目の前の出来事に固まっていたオークたちが敵意と殺意をさらに増してデルグレーネを取り囲む。

 ジリジリとデルグレーネとの距離を縮める。

 リーダーらしきオークが棍棒を高々と上げて、一斉に飛び掛かるように号令をかけようとしてその動きを止めた。

 いつの間にかデルグレーネを中心に黒い球体が無数に浮かんでいたのである。

 オークはこれから自分の身に降り注ぐ悪夢を覚悟した――。


(ああ、デルグレーネ…… 貴女はなんて美しいの。鮮血に塗れてもなお、貴女は輝くのね)


 一部始終を見ていたアフロディアは熱い吐息を吐き出して、自分の形の良い唇に指をなぞらせる。

 それは一つの愛情表現のように、まるでキスをするように。


(そう…… 貴女はそれらを喰らい、また成長をするのね…… どれほどの高みにいくのかしら。楽しみだわ)


 手元にあるモニターのスイッチをオフにすると画面が暗転し、モニター自体が消えた。

 椅子の背もたれに全ての体重を預けて、高い天井に描かれている鮮やかなフレスコ画へ視線をうつす。

 そこに描かれているのは神話の物語。

 世界の創生から終焉まで。


 ――そう、終焉。


「貴女はどうなるのかしらね。もしかしたらこの世界を変える存在になるのかしら……」

 

 アフロディアはポツリと呟くと、ゆっくりとした動作で椅子から立ち上がる。

 未だ話している二人の横を「お先に」と言って、調和の間から退出したのであった。

数ある作品の中、この作品をお読み頂きありがとうございます。

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日々更新予定ですので、お付き合い頂ければ幸いです。

よろしくお願いします!

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