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29/82

日のあたる場所で 1/成長した2人

 早春を告げる暖かい風が少女の頬を撫でる。

 野には厳しい冬を耐えた若草が芽吹き、その力強い生命力を見せつけるかのように青々と生い茂っていた。

 花の蕾はまだ固いが、あと半月もすれば色彩豊かに編み込まれた絨毯のよう咲き誇り、辺り一面でその壮麗さを見せてくれるだろう。

 

 陽の光に輝く長い白金色(プラチナブロンド)の髪をなびかせて、ラウラは鼻腔に早春の訪れを感じながら、小高い丘から続く農場への道を歩いていた。

 ラウラがグスタフの養子となり、ここアルサス村へ来てから六度目の春を迎える。

 容姿は人間の成長に合わせて十歳ほどであった見た目から十六、七歳ほどの外見となっていた。

 少しだけ幼さが残る顔立ちと、スレンダーながら流麗な柔らかい曲線は十分すぎるほど美しく魅了する。

 村の娘たちと変わらぬ衣服を着ていても、(まとう)う雰囲気とその美貌で注目を集めてしまうため、いつしか村一番の美少女として近隣の村々からもその存在を知られていた。


 鼻歌を歌いながら気持ちよさそうに歩を進めるラウラは、農場の柵を横手に通り過ぎて、目の前に広がる小麦畑と農道の間にある建物を目指す。

 小気味良い木槌を打つ音が目当ての人物がいる事を教えてくれた。

 

「おーい、お弁当。持って来たよ」


 真新しい木材で組まれた牛舎の屋根の上で、カンカンと木槌を叩く一人の青年に声をかけると、手に持っていた荷物を見せるように上へ持ち上げた。

 声をかけられた青年は、ラウラの呼びかけに気がつくと両腕を上げて猫のように背中をそらして伸びをする。


「おー、ラウラありがとう。もうそんな時間か。オリヴェル、ニーロ、飯にしよう!」

「おう! 飯だ飯」

「う〜腹減ったー」


 ラウラが声をかけた青年。成長したヴィートは、牛舎の屋根から冬の名残のような薄い白色の髪を(なび)かせて軽い身のこなしで降りると、角材を運んでいたオリヴェルとニーロの二人にも声をかけラウラの元へ集まった。

 ラウラは整備もあまりされていない土の道から、牧草が茂っている牛舎の近くまで近づくと、適当な場所に布製のシートを敷き、持って来た弁当を広げ昼食の準備を始める。


「今日の弁当はなんだ? どれどれ――」


 ラウラの広げる弁当へ覗き込むようにしてヴィートは手を伸ばす。

 しかし、ヴィートを一瞥もせずにピシッとラウラがその手を叩いた。


「駄目。手を洗ってから。ほら、あなた達も手を洗って来て」

「大丈夫だよ、ほら綺麗だ――」

「なに?」

「……洗って来ます」


 叩かれた手をさすりながら減らず口を叩くヴィートであったが、彼女のひと睨みにブルリと背筋を震わせて、すごすごと背を丸め手を洗いに行く。

 同じように手を洗うよう言われた二人も、ヴィートの後を追うように続いた。


「相変わらず怒るとおっかねぇな」

「ん〜、言われた通りにしたほうがいいね」


 ヴィートの後ろからオリヴェルが肩を組むように抱きつき、耳元でヒソヒソと囁く。

 それにニーロも同調するように呟いた。


「なんか年々と怖くなってる気がする…… 昔は何も知らなくて、色々と俺の言うことを聞いていたのに……」

「かー、妹に怒られて情けねぇな。ちゃんとしねーとなヴィト。そのうちお姉ちゃんと呼ぶようになるぞ」


 はあ、とため息を吐くヴィートにオリヴェルは肩を抱いて笑った。



 アルサス村の外れにある農場で、ヴィート、オリヴェル、ニーロの三人は新しく規模を拡大し不足している牛舎の新築工事と、だいぶガタがきている家畜の飼料を蔵置するサイロの補修工事を行なっていた。


 二十歳を目前としたヴィートは少年から立派な青年に成長し、その成長と共にグスタフから指導を受けながら数多くの建築仕事をこなして来た。

 身長こそ百七十五センチとそこまで大きくはならなかったが、仕事で鍛えられた身体は引き締まり、元々の端正な顔立ちと吸い込まれるように美しいオッドアイは誰からも認められる男ぶりである。

 

 アルサス村の仕事はもちろん、城塞都市ロゴスやオルティア王国の首都オルリアンにも帯同し、雑用をこなしながら徐々に職人として多くの経験を得て成長を続けた。

 そして、ここ最近になってようやくグスタフにその実力を認められ、アルベルトやナータンと同じ職長の地位を与えられたのだ。

 もちろん序列は一番下であるが、現場を指揮することにおいては同じ責任を持つ。

 誰よりも機転がきいて、マネジメントも上手いため、他者を生かす監督としては有能である。

 今日も二人の職人を連れて、このセーデルルンド農場の仕事を任されていた。


 二人の職人のうち一人はアルベルトの息子で、先ほどヴィートの肩を組んで軽口を叩いた男。名をオリヴェルという。

 ヴィートとは二歳違いで二十一歳の若者は、父親のアルベルトに似て高身長ではあるが、体型は父親みたいにがっしりとはしておらず、どちらかというと細身である。

 父親譲りの明るさを持ち、長い顎もそっくりであった。

 

 ヴィートとは幼い頃からの付き合いで、友達というよりの兄弟それに近い。

 性格も真っ直ぐでお人と良しの一面をもつが、所々に大雑把で短気なところがある。

 しかし、細身でありながら力も強く作業は早いため現場では中心的存在であった。

 もう少し自分の頭で判断ができれば、職長として独立できるのだが、本人も自分の短所を知っているのでヴィートの下で仕事をすることに不満はなかった。

 と言うより、ヴィートが先回りして指示をくれるので、自分の仕事に集中できるとして、自ら下に付いているところもあった。


 もう一人の職人は、ナータンの息子で、名をニーロという。

 ヴィートよりひとつ年下の十八歳。

 父親よりはひと回り小さいが、同じように大きなお腹をした大柄な若者。

 おっとりした性格も、大食いなところもそっくりであった。

 

 言葉使いも酷似しており、声変わりをした最近では、目を瞑るとどちらが話しているのか分からなくなるほどだ。

 ニーロも幼い頃からの付き合いで、ヴィートとオリヴェルは共に弟として非常に可愛がっていた。

 性格は少々臆病なところがあるが、大らかで優しい。

 その大きな体には似合わず、父親と同じように非常に細かい作業が得意で、高い技能を持っていた。

 石材や木材にかかわらず、装飾の彫刻など最近はその多くを任されるようになっていた。


 こうして幼い頃から一緒に育った彼らは、気心を知った仕事仲間となる。

 三人は非常にチームワークに優れており、お互いを補う能力を持ち合わせていることから、小さな現場はよく三人で任されることが多くなってきた。


「ふぃー、食った食った! 御馳走さん」

「う〜ん美味かった、腹一杯だ。ありがとうね」

「まあまあだった…… 嘘嘘、美味かったよ。ありがとうラウラ!」


 ヴィートが兄の威厳?を見せようとしたが、ラウラの黒い笑顔に恐怖を感じ直ぐに訂正する。


「……ビビるなら最初から言うなよ……」


 オリヴェルが可愛そうな人を見る目でヴィートを見つめると、縮こまってお茶を啜る。


「うん。どういたしまして。で、ここの仕事はいつまでだっけ?」


 ラウラはヴィートを無視して、真新しい木材の匂いがする牛舎を眺めながら、二人に笑顔で答えて質問をした。


「あ〜、牛舎の方は後二日くらいかなぁ。ねえ?」

「ああ、そうだな。んで、サイロの補修工事は再来週の中頃までかかるかな」

「あれ? 再来週は他の現場始まるんじゃなかったっけ?」

「ん〜…… まあ、そうなんだけど……」


 二人がジロリとヴィートの顔を覗き込むと、今まで黙って啜っていた茶碗から口を離して言い訳をしだした。


「しょうがねぇじゃねーか。先週の長雨で工事できなかったんだから……」

「まあ、雨はしょうがなかった。が……、お前が余計な仕事をやり出したから遅れたんだ!」

「そうだよ〜、セーデルルンドさんの母屋が雨漏りしてるって、頼まれてないのに始めちゃって…… 挙げ句の果てに注文していた建築資材の引き取りを忘れちゃうんだもん〜」

「――うう」

「ああ……、だから先週、あんなにお父さんは怒っていたのね」

「はい……」

「本当、どこか抜けてやがるよなヴィトは。腕はいい、仕事も真面目で段取りも上手い。ただ……」

「ん〜、ただお人好しというか、感情が入っちゃうと視野が狭くなるよね〜」

「だってお前⁈ ……面目ない……」


 あまりにも素直に謝るヴィートに対して、拍子抜けをして三人は笑い出してしまう。


「わははは――、まあ遅れた分を取り返すしかねぇな」

「だね〜、親方や親父たちに怒られたくないしね〜」


 オリヴェルとニーロはカップに残っていたお茶を飲み干すと、立ち上がって大きく伸びをする。


「暗くなるまでにここを終わらせちまおうぜ、ヴィト」

「そうそう〜 終わらせようぜ〜」

「おう! 二人ともありがとう! いっちょやるかー!」


 ヴィートも勢いよく立ち上がり、二人の後を追うように駆け出した。

 三人のやり取りを笑顔で見ていたラウラは、昼食の片付けを素早く終わらせる。

 艶のある長い髪を無造作に後ろで束ね、シャツの腕をまくりながらトトトッと小走りで作業を開始した青年たちに近づく。


「ヴィト、私も手伝うよ」

「え? 他の仕事は?」

「今日の夕飯の準備はもうしてきたから大丈夫」

「おおー、そりゃ助かるなヴィト」

「うん〜 久しぶりにラウラと仕事できるね」


 ヴィートはちょっと考えると、素直にラウラ申し出を受け入れた。


「悪いな。助かる」

「うん。本当は私も洗濯や料理なんかより、こっちの方が好きなんだけど」

「あ〜 ラウラの方がヴィトよりも細かい作業はうまいしね〜」

「なんだと! 昔はそうだったかもしれないけど、今は俺の方が上手いに決まってるだろ!」

「ふーん、じゃあ勝負する?」

「なめんなよ! 悔し涙を流させてやる!」


    ◇


 昼食後、作業を開始して数時間。

 沈みかけの夕日が辺り一面を燃えるような緋色に染める。

 やがて夕陽が最後の輝きを残してその顔を隠すと、一気に紫紺の世界が始まる。

 光を吸い込むように広がる夕闇、建物も人も薄らと見えるその輪郭をなぞるだけであった。


「もう手元も見えねぇな。今日は終わりだ」

「ん〜、そうだね。あの二人は?」


 オリヴェルが指差した、ラウラとヴィートが作業をしている牛舎の屋根上。

 そこに薄っすらと見えたのは、立ち上がり踏ん反り返るラウラと、ガックリと四肢を着いて項垂れるヴィートだった。

 ほぼ同じくらいのスピードで作業をしていたが、若干ラウラの方が早かったようだ。

 しかしながら、甲乙つけがたい仕上がりで、所々に協力して作業をしていたので予定した部分より多く作業が終わっていた。


「ふふん」

「……ちくしょう。そのムカつく顔をやめろ!」

「ヴィトは丁寧で綺麗な仕事。でも丁寧すぎるのよ。もう少しスピードを考えないと」

「くっ、親方にも同じことを言われた……」


 牛舎から降りても未だにぎゃあぎゃあと口喧嘩をしている二人の元へ、オリヴェルとニーロも自分の作業を終えて集まってきた。


「おー、結構進んだなー。こりゃ明日には完成できるな」

「ん〜 さすがいいコンビだね〜」

「コンビねぇ。そうだな、兄妹じゃなくてまるで夫婦みてーだな」


 水筒を傾けて残り少ない水を飲んでいたヴィートが思わず吹き出す。

 ゴホゴホと咳を数回すると、涙目でオリヴェルに抗議する。


「お、おい! 何言ってんだ! 俺たちは兄妹だぞ」


 何故か焦り挙動がおかしくなるヴィートを、生暖かい目でオリヴェルとニーロは見守る。


「まったく…… なにを言ってんだ。 なあ?」

「ええ、そうね…… 私はヴィトを兄だと思ったことはないわ」

「「――ええ!」」


 驚くオリヴェルとニーロ。固まるヴィート。


「私は…… ヴィートのことを……」


 何故か俯きもじもじし出すラウラに、三人は固唾を飲んで次の言葉を待っていた。


「弟だと思っているわ。だからね、私が姉で姉と弟という関係の姉弟ね」

「誰が弟だー!」


 ヴィートが怒って掴みかかるが、ヒラリと交わすラウラ。

 オリヴェルとニーロは顔を見合わすと、いつものジャレ合いが始まったと苦笑をして帰りの準備を始めた。


「さあ、バカのことしていないで早く帰りましょ。お父さんたちも待ってるわ」


 ヴィートを軽くあしらって、帰り支度をするラウラ。

 誰も気がつかなかったが、その耳は赤く照らす夕日も沈んだにも関わらず赤いままであった。

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