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間話 管理者たち

 アースガルズに(そび)える世界樹、中央付近に位置する黄金宮グリトニルでは、その荘厳な造りに不釣り合いなほど騒がしい一室があった。

 ここ『調和の間』で二人の会話はどんどんとヒートアップしていき、ついには喧嘩のように罵り合いが始まってしまう。

 この大騒ぎに何事かと部屋に様子を伺いにきた他の管理者へ、フォルセティは愛想笑いを浮かべ、それの対応に苦慮していた。


「おいおい、一体なんの騒ぎだい?」

「ザイオンとアフロディアが喧嘩してるのか?」

「ほら例の……」

「ああ、あの一件か。そう言えば処分はなかったんだろ」

「じゃあなんで喧嘩してるんだ?」

 

 徐々に多くの管理者たちが『調和の間』の扉前に集まってくるが、部屋の中の二人は気にする様子も見せずに言い合いを続けている。

 娯楽の少ないアースガルズでは、こんな些細なことでも大いに注目を集めてしまう。

 特に一番最初に声をかけてきた男、管理者エディットは好奇心に満ちたニヤケた顔でフォルセティに話しかけてきた。


(ああ、エディットに見られてしまった…… これでグリトニル内全てに知れ渡るな……)

 

 彼はお喋りで有名な男であり、いつも他人の噂話をしているような人物である。

 今回のことも尾鰭(おひれ)をつけて、面白おかしく話して回ることだろう。

 フォルセティは舌打を打ちたくなるの我慢して、平静を装いながら皆に戻ろうように願い出る。


「ああ、皆さん。お騒がせしてすみません。何でもありませんから、部屋へ戻ってください」

 

 灰色の瞳を弓形に細め終始笑顔で、しかし誰の言葉にも答えることはなく入り口の扉を締める。

 扉の外では、未だ部屋の中を伺うように聞き耳を(そばだ)てているような気配を感じるが、もうこれ以上はどうすることもできない。

 身長の二倍ほどある重厚な扉を閉めた後ろ手に振り返り、言い合いを続けている二人を深いため息と共に呆れたように眺めた。


「何度も言うが、私はお前の行為を断じて許しはしない!」

「だから私も言っているでしょ。同じ気持ちよ、私も貴方のことを許す気にはなれないわ!」

「ふざけるな⁈ 仲間に攻撃をしたんだぞ! なぜお前が罰せられないのか納得がいかん!」

「原因を作ったのは貴方でしょ! それに創造主が問題なしとしたから私への処罰がないよ。貴方は創造主の裁量に異議を唱えると言うのかしら?」

「ああ! 今度ばかりはいくら創造主であろうが異を唱えさせてもらう。すでに請願書は出させてもらった」

「ええ、三度目のね。それでどうなったのよ? 前と同じように問題なしと返答が来たんじゃない?」

「――っく⁈」

「ほら、それが創造主の答えよ。これ以上は創造主への造反となるわよ」

「……アフロディア…… お前と言うやつは……」

「なあに、その握り拳は? ふふ、貴方がその気なら良いわよ……」

 

 ザイオンを言い負かしケラケラと笑うアフロディアであったが、その蒼黒い瞳の奥はいささかも笑っていない。

 目の前の大男が実力行使をしてきても対処できるように臨戦態勢に入っている。

 ザイオンはと言うと、いつもの無愛想な表情とは打って変わり、非常に表情豊かである。その顔は興奮と腹立たしさで茹でた蟹のように真っ赤に染まっていた。

 ただでさえ一方的に攻撃されたことに加え、それを自分のせいだと煽られては致し方がないか。

 

 しかしこれ以上は危険だ。

 黄金宮グリトニルではどんな理由にせよ管理者同士の殺傷沙汰は御法度である。

 このままヒートアップした二人はその禁を犯す可能性がある。

 禁を破った者がどうなるかは誰も知ることはできない。何故なら破った者がグリトニルに戻ってきたことがないからだ。

 火中の栗を拾う覚悟でフォルセティは二人の間に入ることを決意する。


「お二人とも。もう何度目の喧嘩ですか。いい加減にしてください」


 (たしな)めるような言い方が悪かったのか、興奮している二人はその矛先をフォルセティへ向けてよこした。


「喧嘩などはしていない! 責任の所在を明らかにし、それらの謝罪を求めているのだ」

「なぁに、その言い方? まるで私たちが下みたいに言うじゃない。それに貴方も当事者の一人なんですけど」

「そうだ! フォルセティ。お前が邪魔をしなければ――」


 なぜ二人はこのような時に限って抜群のチームワークを発揮するのだろう。

 実は仲が良いのではないかと疑ってしまう。

 いつの間にか怒りの矛先はフォルセティへ全て向けられ、怨言(えんげん)や不満がマシンガンの弾のように降り注いでいる。

 心の底からぐったりとしたフォルセティは、付き合い切れないとばかりに最後の手段を取る。


「分かりました…… それではザイオンは創造主の決定に納得がいかないので、意思を無視して私刑を断行すると言うことですね。またアフロディアも自分の非を認めることはなく、ザイオンを許すことはない。そしてザイオンが実力行使に出た場合にはそれに対抗することを辞さないと。そう言うことですよね!」

「――それは……」

「ちょっと…… そうは――」


 二人が言い淀んだところで間髪入れずに続ける。


「それでは三人で創造主の御前へ伺い、その前にて決闘という形で決着をつけましょう。私はどちらが勝っても負けても一緒に責任を取り、この身を創造主へ捧げましょう。さあ! 二人とも行きましょう!」

 

 普段、怒らない男が怒るとこうもインパクトがあるものか。

 いつも柔和な笑顔を湛えているフォルセティの相貌は、見たこともないほど厳しく強張っていた。

 口調は決して乱暴でもないが、言葉の節々に怒気を込め、決意の強さを見せられると、先ほどまで沸騰していた二人の心は冷えていった。


「さあ! どうしたんです! 決着をつけましょう」

「……すまなかった。冷静さを欠いていたようだ」

「私も…… 随分と頭に血が上っていたようだわ。……ごめんなさい二人とも」

 

 フォルセティ自身の処遇も懸けた提案に、興奮していた頭は冷静になる。

 こうして二人がどちらも折れることとなり、一応の決着はつくのであった。


    ◇


「しかし、ヤツは何処に落ちたのだろうな……」


 落ち着きを取り戻し、それぞれが自分の席に戻りしばらくしてザイオンがポツリと呟く。

 先ほどのことで疲れて果てていた三人は、自分の席に座りそれぞれがぼんやりと資料を眺めたり、呆けたように投影機が映し出すモニター画面を眺めたりして、仕事に身が入ることなどなかった。


「なぁに? また蒸し返すの?」


 ザイオンの呟きにアフロディアが呆れたように返すと、珍しく慌てて返答をする。


「いや、そういう訳ではない。ただ気になってな……」


 ザイオンが他人のことを気にかけるなど珍しいことだとフォルセティは驚くが、なるほどと得心し即座に思い直す。


(まあ、逃してしまった討伐対象者ですからね。気にして当然ですか)


 一人納得をして、それを心にしまうと、ザイオンに同意する。


「ええ、私も気になっていました。彼女は次元の狭間に確かに落ちましたからね。その行き先を考えるのは当然のことですよ」

「そうねぇ…… でもあの状態で次元の狭間を通って無事にいられるのかしら」


 アフロディアの感想は至極もっともである。

 次元の狭間―― それは世界と世界を繋ぐ非常に不安定で危険に満ちた回廊を意味する。

 

 三つの並行世界は個別の世界であり、それぞれ完全なる独立した世界。

 その独立した世界を唯一、魂というエネルギーが輪廻することで行き交うことができる。

 それを生身の体で行き来することは通常ではできない。

 そう、この世界を作った創造主よりその力を与えられた特別な者、すなわち管理者しかできないのだ。

 その資格のない者が次元の狭間に落ち、世界を渡るということは非常な危険が伴う。

 簡単に言えば精神・肉体のどちらも大変な負荷がかかるため、並の者では次元の狭間に迷い込んだ時点でその身を滅ぼしてしまう。

 

 そんな危険で特異な次元の狭間は、世界に歪みが生じた時、稀に出現することがある。

 自然発生した次元の狭間を『時の揺らぎ』との敬称で呼ばれていた。

 

 世界に干渉する場合、通常は黄金宮グリトニルにある『時の扉』を超えることで、管理者たちは自分の行きたい世界へ行くことができる。

 しかし、自然発生した時の揺らぎや、管理者が通ってきた狭間に管理者ではない者が入り込むと、どこに飛ばされるかはわからない。

 もしくはそのまま次元の間の中で取り残され、強制的に純粋なエネルギーへ分解され吸収される。

 そうなった場合、魂までも分解されてしまう為に、輪廻することはできなくなる。

 

 デルグレーネが魔世界<デーモニア>から次元の狭間を通って次に行く先は、魔世界<デーモニア>、死世界<タナトピア>、人間界<オートピア>の三世界である。

 しかし、死世界<タナトピア>では、循環するために幽体となり次の転生先までの間に生まれるためのエネルギーを貯める世界であり、そこに自我や意思は存在しない完全なる静寂の世界。

 死世界<タナトピア>に落ちた場合は、魔素切れとなりいずれ衰弱して死に至る。

 そうして幽体となり彷徨い次の転生先を待つことになる。

 つまりデルグレーネが運よく生き残るには次元の狭間で迷わず、かつ負荷に耐えられた場合、魔世界<デーモニア>、人間界<オートピア>のどちらかに落ちることとなるが、その場所と時代は管理者でも分からなかった。


「なるほど。アフロディアの言う通りですね。かなり大きなダメージを負っていましたから、耐え切れずに次元の狭間の中で死んでしまった可能性は高いですね」

「ああ、俺もそうは思う。しかし、ヤツは純粋に魔素のエネルギーから生まれたのだろう? 通常の魔物とは性質も違うからな。魔素を魔力に変換することで超えることができるかもしれん」

「確かにね。でも、それも彼女が生きていることがわかれば解明できるわ。彼女の魔力の波形(パターン)は登録されたのだから」

「そうですね。彼女が以前のように力を取り戻した時、彼女の居場所は分かりますからその時にでも聞いてみましょう」


 フォルセティの冗談か本気か分からない言葉に乾いた笑いが起こり、一瞬の静寂がこの場を重くする。

 咳払いをして場を重くした張本人が、話題を変えようとボソリと呟いた。


「しかし、彼女デルグレーネとはいったい何なのでしょうね……」


 それは二人も同じように思っていたようで、それぞれが彼女の感想を口にした。


「魔素を喰らうだけ喰らい、その変化が力と知能の上昇だけと言うのが腑に落ちん」

「そぉね〜。普通なら自分の魔力量が激増したら何らかの精神的な変化が現れると思うんだけど…… その力に溺れ破壊衝動が増大したりね。獲物を狩るために戦いだけを求めて彷徨う亡霊のように普通は変化しちゃうわよね」

「しかし、彼女は襲われれば戦いはするが、どうやら自分から獲物を狩るような真似はしていなかったみたいですね」

「……ああ、隠れていたと言っていたな」

「その辺もレアよね〜」

「私は彼女の言っていた『生きることの意味』という言葉が心に残っています。あの世界で彼女が何を経験し、何を想い、そして何を望んでその意味を知りたくなったのか…… そしてその先には何が……」

「それは私たちも…… ね……」

「…………」


 またも静寂が降りるが、今度は誰もそれを破ろうとはしなかった。

 ザイオンは眉間にシワを寄せながら目を瞑って腕を組み、アフロディアはぼんやりと中空を見つめながら、自分の長く柔らかな髪を指でくるくるといじる。

 そして、フォルセティは机の上で組んだ自分の指を遠くを見るように眺めていた。

 そうして数分が過ぎると、誰も何も言わないまま自分の仕事に取り掛かるのであった。

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