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絡み合う糸 6/命名

 グスタフたちが宿泊している食堂は、朝から騒がしく、多くの声が飛び交っていた。

 カウンターテーブルには山盛りのパンと寸胴に入った野菜スープ、薄く切られた塩漬けの肉が塊でナイフと共に用意されている。

 宿泊客の各々が自分で適量を取るセルフスタイル。

 宿の朝食は質素なものであったが、宿泊客は文句を言いながらも、その腹に少なくない量を詰め込む。

 味はさほどでもなかったが、量を出してくれるため、体が資本の職人たちからは評判が良い宿であった。

 

 朝食を摂り終わると、普段はほとんどの宿泊者がすぐに仕事に出かけるが、今日は『ロゴスの火祭り』当日のため、仕事は休みである。

 当然のように朝から酒を飲み始める者もおり、いつもなら人も少ない午前中の食堂は盛況であった。


「あいつら全くしょうがねえな、朝から呑み始めちまって」

「まあいいじゃねぇですか。年に一度の祭りですし」

「ん〜、そうだよ。今日くらいは羽を伸ばさないと〜」

「オメェはいつまでも食ってるんじゃねぇ!」


 がははと笑いながらテーブルに三人。

 グスタフ、アルベルト、ナータンは食後のお茶を飲みながら、いや一人は食べながら談笑をしていた。


「親方、広場に組まれた(やぐら)をみやしたかい?」

「ああ、見たよ。綺麗に組まれていたな」

「今年の(やぐら)はヘルッコの奴が指揮して作ったらしいですぜ」

「ヘッコルって前に仕事をした……」

「そうだよ〜、親方が〜ブチ切れしてボコボコにした奴だよ〜」

「おいナータン! 滅多なこと言うんじゃねぇ! ありゃお前、奴がいい加減な仕事しやがったから――」

「奴さん、かなり親方のお灸が効いたみたいで。あの後、人が変わったように真面目に仕事をするようになったらしいですぜ」

「ふん、いいことじゃねぇか」

「んで、今年の火祭りには親方も来るっていう話を聞いたらしく、かなり気合入れて作ったらしいんですわ」

「また〜殴られるのは嫌だもんな〜」

「くくく、まあ、そんな訳でして。今日の午後にでも親方へ挨拶しに来るらしいですよ。ヘッコルの野郎」

「ふん、そうか」


 嬉しそうに頷くグスタフと笑うアルベルト。そしてグスタフに軽く叩かれた頭をさすりながら食べ続けているナータン。

 今日の予定はどうしようかと話し始めた時に、ヴィートがテーブルに自分用の水が入ったコップを置いて、空いている椅子に座った。


「よお、お姫様の調子はどうだい?」


 ヴィートがコップの水を一口飲んで落ち着いた様子を見計らい、アルベルトが声をかける。


「今日も調子いいみたいだね。傷口もほとんど塞がってるし。何より旨そうに朝飯を食べてたよ」

「そいつは何よりだ」

「でも〜、あの出血量でもう動けるって〜、早すぎじゃない?」

「ああ、先生曰く派手な傷口だが浅かったのが幸いしたらしいな。もう少し深く切られていれば死んでたとよ」

「それは聞いたけど〜……」

「それに若い分、傷口の治りも早いって先生も言ってだろ。なんにせよ、早く治るならそれに越したことはねぇ」


 皆も薄々感じていた疑問、回復が異常に早いということ。

 普通ならまだ動ける状態ではないほどの傷だと考えていたが、六日目には起き上がり、七日目には手を貸せばトイレまで行けたほどだ。

 前もした話であったが、余りにも異質なためナータンは思わず口にする。しかし、グスタフが上機嫌に言い放つので些細なことと疑問を破棄した。


「じゃ、もう直ぐで完治だな! 良かったなヴィト」

「うん! あ、そうだった。親方、今日の火祭りにあの子を連れていっちゃダメかな」


 ヴィートの言葉にアルベルトとナータンは少し暗い顔になった。

 そしてアルベルトが諭すように横から答える。


「ヴィト。そいつは難しんじゃないか」

「え? 何でさ?」

「いいか、あの子は何処かからか逃げて来たんだろう。その逃げられた先。そいつらがまだ探しているかもしれねぇ」

「……あ」

「ん〜、怪しげな奴がいたら〜連絡が来るように見張りもつけているけど〜。まだ危ないかなぁ〜」

「ああ、そうかぁ……」


 ガックリと肩を落として、あからさまに落胆するヴィートを見ながらグスタフは茶を啜り―― 寂しそうに視線を落としてコップを見つめている息子へ堪らず声を掛けた。


「おい、何でそんなに連れ出してぇんだ?」

「言葉を覚えるカードに絵が書いてあるでしょ。その本物を見せてあげたくて。あの子、何も知らないんだよ」

「…………」

「それに……、火祭りの(やぐら)、あんなのなかなか見ること無いし、それが燃える所を見せてあげたくて……」

「まあ気持ちはわかるけ――」

「分かった。夕方、日が少し落ちてからないいぞ」

「「親方! いいんですかい?」」


 まさかグスタフが許すとは思っていなかったアルベルトとナータンは、グスタフの言葉に自分の耳を疑い、驚きのあまり顔をかなり近づけて覗き込んだ。


「ええい! 鬱陶(うっとお)しい! 近寄るんじゃねぇ!」


 顔をズズッと近づける二人を手で追い払い、グスタフは許した理由を説明する。


「追っ手がいたとしても、祭りの人だかりの中だ。おいそれと見つけられるモノじゃねぇ。それに薄暗くなれば顔もまともに分からねぇし。心配ならフードを被せて更に見えずらくしちまえばいいだろう」

「本当にいいの?」

「ああ、俺たちも付いて行ってやる。その代わり言い出したお前が、あの子を背負って行くんだ。いいな!」


 ヴィートは力強くコクコクと頷き、聞こえるか聞こえないかの声で喜びの言葉を口ずさんでいた。


「俺らも一緒に行くんですかい?」

「当たり前だろ。それまでは自由だが、あまり酒を飲むなよ」

「ええ〜〜〜、本当に〜?」


 アルベルトとナータンは顔を見合わせ苦笑すると、アルベルトがヴィートの頭を軽く叩く。

 叩かれたヴィートも笑いながらアルベルトの肩口を軽く叩いた。

 そして、何かを思い出したようにヴィートが話を続けた。


「そうそう、あの子の名前なんだけど…… どうするの?」


 あー、と皆が思い出したように声を出す。

 ここ数日、色々と話をしていたがまとまらず、今のところ『お姫様』などの愛称で呼ばれている。

 実は一度、グスタフがデルグレーネに名前を聞いたことがあった。


「俺はグスタフ・リーグ。グスタフでいい。で、お前さんの名前は?」

「……特に無い」

「名無し…… って訳じゃ無いんだろ」

「付けた覚えもつけられた覚えも無い…… けど、いつの間にか呼ばれていた名はある」

「なんていう名だ?」

「……デルグレーネ」

「ふん、魔族の言葉で太陽の涙ってところか……、その名前は気に入ってないのか?」

「知らない…… ただこの名前が知られると皆逃げていくか襲って来た」

「……そうか」


 あまり良い思い出のある名ではないのかとデルグレーネの心中を察し、グスタフは皆にその名を伝えてはいなかった。

 その時のデルグレーネの表情を思い出して、話題を切り上げることとする。

 

「まあ、おいおい考えるさ」


    ◇


 日も傾きかけ街中が薄紫色に染まると、塩の広場では多くの松明が焚かれ、火祭りのピークを迎えようとしていた。

 先ほどまで酒を酌み交わしていた大人達も、自分の家族と合流し広場に流れてくる。

 妻の肩をだき、幼子を肩車して逸れないように固まる。

 独身の者達は、この一大イベントを一緒に過ごそうと想いを寄せる異性へと声をかていた。

 広場の奥では、簡易的に作られた野外劇場で最後の演目が始まり、一眼見ようと多くの人が溢れかえっている。

 その横では本日のメインである五穀豊穣を願う為の(やぐら)へ点火の準備も始まった。


「ん〜、凄い人だな〜」

「おいヴィト。ちゃんとついて来てるか?」

「……大丈夫」


 一番背の高いアルベルトを先頭にヴィートを中心として、グスタフとナータンが脇を固めながら歩く。

 ヴィートの背には、フードを目深にかぶった少女が背負われていた。

 グスタフの言付け通り、少女の世話はヴィートがすることとなっている。

 アルベルトやナータンが替わろうかと言っても自分が背負うと言って頑張っていた。

 

 その背中に背負われた少女デルグレーネは、ヴィートの肩口から始めて見る光景に目を回しそうになっていた。

 至る所から腹の虫を刺激する食べ物の良い匂い。

 大声で笑いながら酒を飲み交わす男たち。

 肩を組み仲睦まじく寄り添う男女(カップル)

 何より、こんなにも大勢の者たちが心から楽しそうに皆笑顔でいることに驚いた。

 初めての経験に衝撃を受け、辺りをキョロキョロと忙しなく視線を送る少女を背負い人波に揉まれながらも少しずつ進む。

 やっと野外劇場の側までくるとヴィートが声をあげた。


「あ! あの芝居小屋の人たちだ」


 ロゴスへ着いた初日に、自分の仕事をサボって手伝いをしていた一座が、奉納のための演目をしていた。


「あ〜、お前が仕事をサボって手伝っていた一座か〜」

「……ああ、嫌なことを思い出した……」


 ナータンに拳骨をもらい、その後、さらにグスタフに大目玉を食ったことを思い出したヴィートは、頭をがくりと垂れる。

 そんなヴィートを笑いながら前へとグスタフは押し出す。


「ほら、もう少し前にいかねぇと見えねえだろ」


 人垣をかき分けて、背中の少女が舞台を観られる場所へ陣取る。

 一座からは舞台前方にある特設席のチケットを『手伝いの礼』として貰っていたのだが、その場所は余りにも目立つ為に立ち見で我慢する。


 舞台で演じられているのは、最愛の女性を失った詩人の物語。

 純粋なまで人を愛し、ついにはその愛に身を焦がされていく物語であった。


<<この美しい森の中、木々から降り注ぐ花びらが雪の舞う様に彼女の膝の上に落ちる。

 彼女は遠くを見つめながら大木を背に腰を下ろしていた。

 その姿は慎しくも輝かしき栄光に彩られ、受けた愛が花びらの(かすみ)となり優しく包まれて。

 君の全てを喜びの花が飾り、君のために歓喜が響き、天から最上の祝福が降り注ぐだろう。

 ああ、その純金と真珠さながらに見えた、プラチナのような金髪の編み毛の上に――>>


 年老いた役者が舞台中央にて独白をしている。

 その熱演は何かに取り憑かれたようでいて、愛する者を崇拝した純粋な祈りのようにも感じられた。

 

 ヴィートに背負われている少女は、初めて目にした演劇を食い入るように観入っている。

 最初は何をしているのか分からなかった。

 誰もが舞台の上にいる役者を熱心に見ていたので、同じように眺めていると、何やら物語のようだと理解する。

 最近、ヴィートがこの世界の英雄譚など読み聞かせてくれていた為に何となく分かった。

 セリフや内容は頭に入ってこないが、役者の鬼気迫る演技と熱気に目は釘付けとなっていた。


 グスタフたち一向は舞台を演劇を楽しんだ。

 熱心に芝居を見やるデルグレーネのフードから、サラリと彼女の頭髪が落ちると、ヴィートの頬を(くすぐ)った。

 その感触にぞわりと身を震わせ、思わず自分を(くすぐ)った張本人へ顔を向ける。

 

「……純金と真珠、プラチナのような金髪か…… まるでこの娘の髪の色みたいだね」


 ヴィートが美しい瞳を爛々(らんらん)と輝かせて観劇している少女の横顔を覗き込みながら呟くと、アルベルトとナータンも同意した。


「お、俺も思ったぜ。うちのお姫様みてぇだなって」

「んー、そうだね」


「ラウラ」


 グスタフがぼそっと呟く。


「え?」

「ラウラっていうんだ。劇中で言われている金髪の女性の名前だ」

「親方、知ってるんですかい?」

「まあな、結構有名な物語だぞ。お前らも酒ばっか飲んでないで、もう少し芸術ってものを勉強しろ」

「親方から芸術なんて言葉が出るとは……」

「馬鹿野郎! 俺は文学少年だったんだ」

「ん〜、想像できない」


 大人三人が小声でボソボソと話していると、何かを考え込んでいたヴィートが突然割り込んできた。


「ねぇ! この娘の名前、ラウラってどうかな?」

「あ? お前それは――」

「いいじゃねぇかヴィト! ぴったりだ」

「んー、いいと思うよ〜」


 そして少女にも尋ねる。


「ねえ、君の名前、ラウラってどうかな?」

「……なま え?」

「そう、名前。 ラウラ」

「わ たし ……らう ら ラウラ」


 気に入ったのか、それとも理解をしていないのか。

 それは分からなかったが、彼女の小さな頭はコクリと頷いて了解の意を示した。


「よし! 今日から君はラウラだ」


 少女に名前がつき喜ぶ三人を尻目に、渋い顔をしたグスタフは口髭を触りながらラウラと名付けられた少女を見やる。

 当の本人は特に表情を変えることはないが、何度もラウラと呟いている。


(まあ、物語とは違うしな…… 余計な心配か)


 少女が気に入ったのならとグスタフも同意することにして、続いていた役者の独白に耳を傾けるのであった。

 

<<北風が大地を走り抜け、美しき季節は流れ去る。

 温かな家族を綾なす草木や柔らかに輝く花々、小鳥のさえずりと涼やかな音を奏でる虫達の歌声を連れて。

 微笑んでいた太陽は暗い顔を落とし、青々と照らしていた空はやがて悲しみの幕を引く。

 愛に満ち溢れていた大地は、荒れ果てた荒野となり全てを覆い隠す白銀一色の世界へと様相を変える。

 世界は深い眠りに入り、いつ目覚めるとわからない歓喜の世界を恋焦がれる。

 いつしか心の底から湧き起こる重いため息がこの場を支配していく。

 私自身の他に私を責め立てる者はいない。なぜなら神々ですら望んでいなかった結末であったから。

 君の微笑みを奪い去った者は、きっと地獄の業火に妬かれるだろう。

 しかし、それも涙に暮れつつ生きながらえる、我が残忍な運命と比べればなんと幸福なことか。

 震える様に寒く暗い私の心は、絶望をし渇望する。

 私の全てを解き放つ鍵を持って天へ登ってしまったあの人を思い出して。

 幾星霜の夜を超えて、いつか太陽よりもはるかに明るいあの人のもとへ。

 絶望を超えて私は旅に出る――>>

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