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絡みあう糸 1/城塞都市ロゴス

 燦々(さんさん)と輝く太陽が真上に昇った快晴の空の下、響き渡る大聖堂の鐘の音。

 昼を告げる四度の鐘の音は、この『石の街』と呼ばれるにふさわしい重厚かつ厳粛な雰囲気を持つ鐘楼(しょうろう)から街を優しく包み込むように広がっていった。

 街のおよそ中央を走る大通りには、軒が連なるように商店や露店が立ち並ぶ。港と繋がるメインストリート。

 荘厳な音に誘われたように人々が建物から顔を出し、人通りも一段と多くなった大通りは賑やかさに拍車がかかる。

 店先では我先に店と商品を売り込もうと、多くの店員が楽しげに辺りを見回しながら歩く人々へ声を掛けていた。


「そこのお兄さん、珍しい物が入ったんだよ。ちょっとだけ見ていかない?」

「ちょうどパンが焼けましたよ! 焼きたてのパンはいかがですか――!」

「旅の疲れはうちの宿屋で。朝晩と美味い食事付きだよ」

「いらっしゃい! はい三つね。銅貨三枚でいいわ。コレもお買い得よ」

「今なら二席まだ空いてるわよー! あら、いらっしゃい、お二人様ご案内でーす」


 雑貨店の店主が、パン屋や青果店の売り子が、宿屋や食堂の看板娘がウチが一番だと売り込む声もどこか楽しげで明るさに満ちている。

 香ばしく焼けた肉の芳香。鼻をくすぐり食欲を刺激する煙が歩みを止めさせて、店内の様子を伺う旅人風の男たち。

 その横を足速に通り抜けてお気に入りの食堂に向かう者、露店で買い物をする地域の住人。

 地元の住人に加えて、多くの旅人や商人も加わり非常に活気に溢れている日常。

 

 大通りの中央、一頭立ての荷馬車を引きながらこの光景を右へ左へ顔を向けて眺めている一人の少年。

 右目は深く澄んだ碧色、左目は美しい金色をした特徴的なオッドアイの瞳を輝かせながら。

 彼の眼前で繰り広げられるドラマ、生き生きとした笑顔を湛えた多くの人々。

 活力感溢れる街の力強さ(パワー)に充てられて胸一杯となり、思わず呟いてしまう。


「凄い人の数だなぁ。ここだけで村中の人間より多いんじゃ…… あ⁈ あそこの店、何を売ってんだろう?」


 爛々(らんらん)と瞳を輝かせキョロキョロと忙しなく白く輝く冬山の雪を思い出させる頭髪を揺らす。

 十四歳の少年にとっては目に映るものが全て新鮮で興奮するなという方が無理であろう。

 

「あ〜、ヤバい。楽しい! ……ん? あんな動物見たことないな…… 荷物を置いたらちょっとだけ……」

 

 こうしてオッドアイの少年は次第に街の活気に飲み込まれ、この街に来た目的を忘れることとなる。


 

 メインストリートの最奥、役所前の大広場。

 その前をゴトゴトとリズムよく一頭引きや二頭馬引きの大きな荷馬車が行き交い、中には四頭引で巨石を運んでいる巨大な馬車もあった。

 港から続く大通りは荷車用に幅広く作られており、この国でも珍しい舗装された街道である。

 街に拠点を置く商人の他に、交易のため訪れた他国の遠征隊が絶えず往来をしている。

 王都オルリアンや諸外国へ陸路で向かうための幹線道路とつながっており、この国の大動脈へ血液を運ぶいわば心臓なような場所であった。

 都市を司る役所があり、その前には大きな広場が顔をのぞかせている。この大きな広場は通称『塩の広場』と呼ばれ、市民から愛されている憩いの場である。


 春の訪れを祝い、約三週間後に開催される五穀豊穣(ごこくほうじょう)を祈る祭り『ロゴスの火祭り』のため、街にはいつも以上の賑わいをみせていた。

 祭りの準備に追われる者、祭りのため行商に来た商人達、そして見物客を楽しませる大道芸人や芝居小屋が集まってきている。

 塩の広場は祭りの象徴となる巨大な(やぐら)が組まれ、豊穣を祈願するために供物を焚き上げる祭りのメインステージとなる。そのために多くの商店や露店、芝居小屋など多く立ち並ぶこととなる。


 この時期にしては暖かい日差しの中、祭りの準備に忙しく動いている人々。

 そのエネルギーに満ち溢れキラキラとした光景をオッドアイの少年は噴水の淵に腰掛けて楽しそうに眺めていた。


「やっぱりロゴスの街はすげーなー。めちゃくちゃ人が多いや。お、新しい荷馬車が入ってきた」


 仕事の現場でもある教会まで数台の荷馬車を引き連れて先導の任を終えると、『塩の広場』で油を売っていた。

 ほんの少しだけと自分に言い訳をして…… いつの間にか時間を忘れてしまう。

 ニコニコと両の掌で顎を支え、ゆらゆらと少し蒼みがかった白に近い雪色の頭髪を揺らしながら行き交う人たちを飽きることなく眺めている。

 普段は小さな村に住んでいるために、多くの人を見るのは勿論、娯楽と呼べる楽しみも少ない。

 少年にとってロゴスは別世界であり、さらに祭りの時期に来ていられる幸運に輪をかけて興奮している。


「火祭りの時期にロゴスへ来られるなんてなんて最高だ――」

 

 すっかり親方の言いつけを忘れて浮かれまくったヴィート・リーグは、両手を上げて喜色満面で伸びをした。

 

    ◇

 

 ――城塞都市ロゴス。

 人間の世界『オートピア』で中央よりやや南寄りに位置する国、オルティア王国の第二都市であり交易の重要な拠点。

 小国であるオルティア王国は、肥沃な土地こそ持っていないが非常にレアな鉱物資源を有しており、商業を中心とした経済活動にて世界でも有数な裕福な国として発展してきた。

 その裕福さを象徴するように『石の街』と呼ばれる街は石造りの堅牢な建物が多い。

 政治の中心となる役所や港にある交易所などをはじめとして、この街の象徴でもある大聖堂と豪奢な鐘楼(しょうろう)、市民から最高の娯楽として楽しまれている円形闘技場や観劇用の劇場。そして、街道沿いに連なる商店も明るい灰色の石材で建てられている。

 政治の中心にして王が住まう都、オルティア王国の王都オルリアンより五百kmほど南側に位置し、経済の中心として地方へ網の目状の街道を整備し、情報の集積地ともなっている。

 それにより多様な文化が栄え、多種多様な側面を持つ。宗教も一神教ではあるが、その多様な文化性からか、どこか大らかな雰囲気を持っていた。

 

 政治形態はオルティア王家が代々君主として絶対君主制を取っており、ここロゴスも王家直属の都市である。

 この他の地方都市は有力な貴族が治めている。

 王家の力が強く、政治不安は少ないながら、その目の届かない地方では格差も生じて、小さな争いは頻繁に起きていた。

 東の隣国であるローグ王国とは、宗教観の違いや経済的な格差から、およそ友好的とは言えない関係となり、いつしか国境には高い塀を持つほどとなっていった。

 金銭に余裕のあるオルティア王国は、その経済活動の中心にして他国との玄関口となるロゴスに軍事的にも予算をつぎ込み堅牢な石を高く積んだ城壁と交通の利便性を格段に上げていく。

 ロゴスが城塞都市として発展を遂げていったのは、隣接するローグ王国の影響が大きかったのは言うまでもないだろう。


 海運の玄関口として南には複雑に入り組んだ入江を持ち、穏やかで大規模の良港を持つ。

 水深も深く、大型の貨物船も数十隻と係留できるために、街は驚くほどのスピードにて発展していった。

 入り組んだ入江は、外洋の高波を防ぐと共に、要所要所に監視塔と台場を置くことで、敵国の戦艦や海賊などの襲撃にも強く自然の要塞として安全を保証していた。

 大規模な造船場やドックも港の奥に位置し、航海を終えた船のメンテナンスも行えることで、各国の海の男たちの間では第二の故郷として親しまれている。

 

 今日も大量の資材を積んだ一隻の船がちょうど接岸を終え、その腹に抱えてきた積荷を下ろしていた。

 次々と降ろされていく大小様々な荷の前で、伝票を片手にその数を確認している他の人夫より頭一つ抜き出た顎の長い大男。

 手にした鉛筆を耳に引っかけ、近寄ってきた体格の良い四十歳半ばの中年男へ話しかけた。


「親方、数の方はきちんと揃ってます。……しかし、資材の買い付けに思ったより時間が掛かっちまいましたね」

「ああ、そうだな。まあ無事に着いてくれて良かった……」


 顎の長い大男に眉を八の字にして、綺麗に揃えられて口髭を触りながら少しだけ渋い顔を見せると、突然、大男の後ろへ向かい驚くほどの大声を上げた。


「馬鹿野郎――――‼︎ 降ろしてる積荷の下に立つんじゃねえ! 危ねぇぞ!」


 接岸する船の誘導や積み下ろし作業をしている人夫、港は数多くの声が飛び交っている。

 端的に言って騒々しい。

 隣にいる相手との会話もいつもより大きな声を必要とするこの中で、一際大きな怒号が辺りに響き渡った。


「ひい⁈ すっ、すいやせん!」

 

 船から滑車で下ろす荷物を受け取ろうとしていた若い人夫が飛び上がって驚く。

 射る様な視線に気が付き、自分が怒られたことを悟ると怒号を上げた強面の男に頭を深々と下げた最敬礼をして作業に戻る。


「まったく、しょうがねぇな。俺が後からキツく言っときますから」

「おう、ここは任せたぞ。俺はあの狸親父と話してくる」

 

 そう言って深い茶色をした口髭を触っていた指先を一瞥してから、貨物船の船長と話している小太りの男の方へのしのしと歩いて行った。

 

「ふー、親方は相変わらずおっかねぇな。……へへへ」

 

 取りなすように話しかけた顎の長い大男は、なぜか嬉しそうに笑った後、作業をしている人夫たちに向かって大声で号令をかけた。

 

「おらー! モタモタすんなー! 早いところ終わらせて美味い酒飲むぞー!」

「「へい!!」」

 

 作業をしている人夫達が大声で嬉しそうに答える。怒られた人夫も笑顔で応え真剣に作業を続けた。


 怒号を上げて人夫を叱り付けた強面な男、グスタフ・リーグ。

 深く暗い茶色の口髭と頭髪。身長は百七十六cmとあまり高くは無いが、胸板が異常に厚く肩幅も広いためかなりがっしりとした体躯をしている。まるで筋肉の鎧を纏っている様だ。そのため、威圧感が半端ではない。

 深い水色の瞳に日に焼けた肌は精悍さを増し、四十七歳手前となった近頃はその顔にシワも増えてきてますます貫禄が出てきている。

 こだわっている自慢の口髭のおかげで、海賊の頭領といわれてもおかしくは無い風貌だが、子供に怖がられることで少し凹んだりもする。

 ここロゴスから内陸へ四十キロほど離れた小さな村であるアルサス生まれで、現在も住んでいる。

 村で唯一の建築家であり大工の棟梁(とうりょう)でもあった彼はその腕を見込まれ、ここロゴスでも仕事の依頼が絶え間なく舞い込む、このあたりの地域では有名な男である。

 今日も大聖堂の修復作業という大きな仕事をロゴスの都市長より直々に依頼を受け、船で運び込まれた建築資材の確認と受け取りをするために赴いてきたところであった。


 そんなグスタフを親方と呼んだ男はアルベルト・クルキネン。

 通称アルと呼ばれる大男はアルサス村にてグスタフの元で働く職人であり、その右腕として彼からの信頼が厚い男である。

 グスタフほどの厚みはないが、グスタフを大きく超える高身長と鍛えられたその体躯は、大きな熊を連想させる。

 四歳年下のアルベルトはアルサス村で共に育ち、グスタフを実の兄の様に慕っているために、十代の若い頃からグスタフの下で働き始めた。

 そんな彼は、先ほどの若い人夫に怒鳴りつけた姿を見て(仕事が始まったな〜)などと一緒に大きな仕事が出来ることに大きな喜びを感じている。

 その特徴的な前に突き出た長い顎をさすりながら、港から工事現場へ移送するための馬車への積み込み段取りを若い人夫と話していると、後方から戻ってきたグスタフに苛立たしげに声をかけられた。


「全くまいったぜ、あの狸野郎!」

「どうかしやしたか?」

「いやな、なんでも航海中に嵐にあって前の港で数日滞泊してたんだとよ。その遅れを取り戻すために急いできたから割増料金をくれって言いやがるんだ」

「そいつは俺らに言ってもどうしょうもねぇですぜ?」

「ああ、だから俺じゃなく役所の奴らに言ってくれと言ったんだが……」

「……言ったんだが?」

「もう訴えたがあっさり断られたとよ。だから都市長に顔の効く俺に話を仲介してくれねぇかだとよ」

「親方も断りゃいいじゃないですかい」

「まあそうなんだけどよ…… あの野郎、赤字になったら乗組員にちゃんと給料が出せねぇと言いやがる」

「…………」

「それに…… 娘が結婚するって言うんだよ。今回の稼いだ金でしっかりと送り出してやりてぇってな」

「それで…… 頼まれてきちまったんですかい?」

「しょうがねぇじゃねぇか! 畜生! あの野郎!」


 これまで神妙に聞いていたアルベルトは、長い顎の顔を歪めて吹き出すと大声で笑い出した。


「アル⁈ てめぇなに笑ってやがる!」

 

 顔を真っ赤にして怒るグスタフ。アルベルトは大きな体を折り曲げてなおも大きな声で笑い続ける。

 

「アーッハハハ! ヒーィヒヒヒ―― 腹がいてぇ――」

 

 よほど可笑しかったのかヒーヒー息を切らせて目には涙も溜めながら、やっとのことで言葉を出した。

 

「ヒヒヒ……、いやー親方らしいと言うかなんと言うか……」

「うるせぇ! まあ言うだけ言ってみても減りゃしねぇしな。期日に間に合わせたんだからよ。少しはな」

「そして厄介ごとに巻き込まれる―― フッハハハ」

「てめぇ! この野郎!」

 

 未だ笑いの止まらないアルベルトに拳骨を喰らわせようと拳を振り上げるが、アルベルトが笑いながら両手を上げてそれを制する。

 

「くくく――、まあまあ。そういう親方だから皆んなついて行くんですぜ。もちろん俺も」

 

 アルベルトの意外な反撃にグスタフは虚を突かれ、照れ隠しに舌打ちをして横を向いた。

 あげた拳は行き先を失いゆらゆらと揺れている。そのまま下げようかと思ったが、アルの顔にイラついたので当初の通り拳骨を喰らわせることにした。


「おー、痛てぇ……」

「余計なことを言うからだ。おい、そういえばヴィトの奴はどこに行った?」

「そういやそうですね。朝一で最初の荷を教会まで運ぶ先導をしたはずですが……」

「もう昼じゃねぇか! あの野郎、久しぶりの街で浮かれてやがるな……」

 

 怒られる標的が自分から変わったことにホッとしながら、まあまあとなだめる。

 

「しっかりしてますがヴィトもまだ子供ですからね。久しぶりの大きな街だ。大目にみちゃぁどうですか?」

「お前らはヴィトに甘すぎる! 後でアイツの白頭に拳骨だ」


 いやいや甘すぎるのはアンタでしょ!と内心では思ったが、二発目の拳骨は食いたくないのでアルベルトは心の中で呟くのみにした。

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