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始まりの審判 18/逃走

 先刻から降り出した雨は大地に激しく叩きつけられ、肩から滴る血を洗い流す。

 アフロディアに後ろから抱きしめられている形のデルグレーネは、苦痛に顔を歪めていた。

 既にブラン将軍との戦闘で大量の魔素を消費し、加えて管理者ザイオンの攻撃で深刻なダメージを負っている。

 そんな満身創痍の状態な上に肩には今なおアフロディアのレイピアが突き立っている。

 この絶望的な状況と圧倒的な力の差を見せつけられての死刑宣告、デルグレーネの心は殆どと言っていいほど折れかけていた。


 アフロディアは突き立てたレイピアを、まるで傷口をかき混ぜるようにぐりぐりと穴を穿っていく。

 

「⁈っ――がぁ……」

「ああ……可愛い声をもっと聞かせてちょうだい」

 

 デルグレーネの苦しんでいる表情を見ようと、空いている左手で濡れて煌めく頭髪を掴み強引に自分へ向かせる。

 

「うう…… やめ……」

 

 絶望的な状況、痛みにより涙を流す。

 アフロディアはその苦痛に塗れた表情を舐め回すように眺める。やがて満足そうに頷くと、頬を伝う涙をペロリと舐めた。

 

「うふふふふ。不思議よね。生きる理由を渇望し、そのために他者を殺す。それに疲れて終わりにしようと自殺も考えるけどそれは出来ない。せっかく死を与えられようとしているのに、それも受け入れられない。矛盾だらけね…… 私はね、そんな貴女をずっと観ていたの。貴女が貴女である前からずっと…… だから私が貴女を無に返してあげなきゃいけないのよ」

 

 優しく諭すような口調だが―― デルグレーネにしてみれば身勝手で独断的な理由でしかない。

 力づくで顔の向きを固定され、(ねぶ)り絡みつく視線を跳ね返すように睥睨(へいげい)するが、それも彼女を喜ばすだけであった。


「ああ…… 良い表情ね…… ゾクゾクするわ」

 

 恍惚の表情で身悶えするアフロディア。

 デルグレーネの何か言いたそうなその口へ自身の唇を寄せキスをする。


 いや、するはずであった――。

 デルグレーネとアフロディア、両者を隔てるように眼前へ冷たく光る物体が差し込まれなければ……。


 ザイオンの両刃斧(ラブリュス)

 重厚でいながら鋭利な刃先は、冷たく輝き鋭い切れ味を体現している。

 デルグレーネは今の状況を理解できず、ただ眼前に割り込んできた金属の塊を眺める。

 その鏡面のように光る刃先には、血だらけで涙を流す自分の苦痛に満ちた顔が映し出されていた。


「遊ぶのもいい加減にしろ」

 

 ザイオンがため息を押し殺したような表情でアフロディアに告げる。

 

 「我々は本来この世界に居てはならぬ。そして介入も最小限に留めなければならない。これ以上、お前の趣味に付き合うつもりもない」

 

 もう終わりにしようと話しかけたが、アフロディアは俯いたままである。

 

「聞いているのか?」

「…………るのよ」

 

 アフロディアが俯いたまま何かを呟いた。


「ん? 何を言って――」

「な に し て く れ て る の よ ‼︎」


 爆音と共にザイオンめがけて強大な力が弾ける。

 怒り狂ったアフロディアは無造作にデルグレーネを放り投げると、先ほどより強力な雷撃が放なった。

 その爆風は凄まじい破壊力を持って中を舞うデルグレーネをも吹き飛ばした。


「――貴様! 何のつもりだ⁈」


 咄嗟に両刃斧(ラブリュス)を防御のために眼前へ引き戻し、アフロディアの攻撃を防御する。

 しかし彼女の攻撃は一回で終わらず、二度三度とザイオンに向けて放たれた。

 流石のザイオンも、これほどの至近距離で強力な攻撃を受ければ黄金に輝く鎧を纏っていてもダメージを負うこととなる。

 案の定、傷一つなかった鎧の各所に亀裂が走った。しかも、まさか同僚から攻撃を受けるなど考えもしなかったので対応が遅れてしまったことも原因だ。


「――うおおおおおお⁈ 何をする!」

 

 アフロディアの攻撃が続く中で大声で問う。

 自分のしていることが分かっているのかと。

 自分達は管理者でありこの世界の調和を導く者。

 管理者同士が争うなど決してあってはならないことなのだと。


 アフロディアの攻撃が止んだ隙をついてザイオンは一旦距離を取る。そして再び目の前の『仲間』に問いかける。

 

「どういうつもりだ⁈」


 問いかけられた『仲間』は口の端を釣り上げ笑みを浮かべるが、目から放たれる殺意により酷く冷たい氷の微笑をたたえる。

 そして優雅にウェーブのかかった髪をかき上げながらザイオンへ答える。

 

「うふふ、どういうつもりですって? 分からないのかしら?」

「なにを――」

 

 喋ろうとするザイオンに被せるようにアフロディアは続ける。

 

「二度目よ! 私があの娘と話している最中に貴方は割り込んできた! 一度ならず 二 度 も!」


 怒鳴りながらアフロディアは右手に持ったレイピアへ魔力を収束させ、高密度の魔力弾を形成しつつある。

 目の前にいる『仲間』は怒りに我を忘れ、血走った目で自分を睨みつけ尋常ではない殺意を放っていた。

 その殺気に押され、自分では気が付かぬうちに正面へ両刃斧(ラブリュス)を構えて身構えていたザイオンも完全に戦闘体制に入った。


「おおっと、これはいけないですね……」

 

 黙って事の成り行きを傍観(ぼうかん)していたフォルセティも流石に不味いと思ったのか、慌てて二人の仲裁に入る為へ動く。

 

「お二人とも! 冷静に――」


 ――――!


 フォルセティが二人を止めようと声を掛ける。

 その声につられてアフロディア、ザイオン共に横目でフォルセティを確認した刹那、特大の光の球が三人の視線が交差する先で破裂した。



 アフロディアが放った攻撃により吹き飛ばされたデルグレーネ。

 大地に激突し、その衝撃により一瞬気を失いかけていた。混濁した意識の中、走馬灯のように先ほどまでのやり取りがスローモーションのように頭を巡っていた。

 

(私はイレギュラーな存在…… だから殺されて当然……か)

 

 圧倒的な力の差を見せられて心が折られ、半ば諦めもついていた。

 

(……もう怖いことも無くなるなら、殺されるのも良いかな……)

 

 殺されることを受け入れようとして、不意に頬をつたう涙に気がついた。これは先ほどアフロディアに付けられた傷で流した涙とは違う。

 

(なんで泣いているんだろう? ……ああ、そうか)

 

 涙の意味、先ほど優男から投げられた言葉を思い出して気がつく。

 

『貴女の生きる意味とは何か、興味があるのですよ』

「……私だって知りたい――」

 

 胸の奥で溢れ出す強い衝動と共に大きく鼓動が打たれる。

 

「このまま何も知らずに死にたくない‼︎」


 折れかけていた心に炎が灯る。

 先ほどまでの諦めて虚な表情を捨て去り、生きることを決意した強い眼差しで現状を確認する。

 

(今なら私を見ていない。でも逃げたら直ぐに捕まる……)

 

 思い淀んだ刹那、デルグレーネの視界にフォルセティが二人を止めようと動いたのが見てとれた。

 

「今なら――」


 デルグレーネは無けなしの魔力を手の中に集め、それをフラついた身体で投げるように放つ。

 それは狙い通り管理者三人の中間で極大の魔力弾が弾ける。

 弾ける魔力が閃光弾のように辺り一面を白色の光で包んだ。

 デルグレーネの枯渇した魔力を絞り出して放った一撃は、三人の動きを止めるには十分であった。

 

「何よ、これ?」

「くっ!」

「これは……」

 

 思いがけない閃光魔法の強力なフラッシュに、三人はそれぞれ瞬間的に身を逸らして逃げる。しかし視界は一瞬でも奪うことに成功した。


 デルグレーネは三人が止まった隙に全力で飛んだ。

 そこに行けば――――。


「逃がすか!」

「行かせませんよ」

「……」


 ザイオンとフォルセティは閃光魔法を放った後に疾走するデルグレーネを見逃さなかった。

 目は光によりボヤけていても、魔力を感知してデルグレーネがどこに居るかは手に取るように分かる。

 管理者同士で揉めていても、そこは制裁対象を見逃すはずはない。直ぐに捕獲するべく行動に移した。


 ザイオンは両刃斧(ラブリュス)を神速の速さで振り下ろし魔力を乗せた衝撃波を創り出す。

 同時にフォルセティは杖を掲げ、無詠唱にて風を操り風刃を打ち出した。


 三人の様子を伺いながら、ふらつきながらも残りの魔力を絞り出し精一杯の速さで飛ぶデルグレーネ。

 視界の端には、二人がこちらへ攻撃する態勢になったことが映る。

 

「早くあそこまで――!」

 

 しかし、デルグレーネの願い虚しくザイオンの斬撃波とフォルセティの風魔法は、今まさにデルグレーネの身体を切り裂こうと直近まで迫っていた。


「――――届かない……⁈」

 

 ギュッと目を閉じ、その身が切り裂かれることを覚悟したその時――。


 大気が揺らぐほどの凄まじい轟音が鳴り響く。

 異なる魔力の激突による魔力暴走。

 デルグレーネ喰らいつくその瞬間、衝撃波と風魔法は互いを喰らいあうようにぶつかり、その力を全て衝撃波に変えることとなった。

 

「なんだと!」

「なんてことですか……」

「…………」


 衝撃波は、その凶暴な力でデルグレーネの華奢な体を押し出すように加速させる。

 

「キャァ――――!」

 

 体をぐるぐると回転させながら衝撃波で吹き飛ばされる。

 しかし、それは願ってもない幸運。

 吹き飛ばされる先に待つもの―― それはデルグレーネが渇求した場所。

 彼女が目指していたのは、管理者が空間をこじ開け通ってきた次元の裂け目であった。

 今まさに閉じようとしていた裂け目にデルグレーネは体を滑り込ませると、待っていたように裂け目も閉じていく。


 キーンと鳴り響く残響を残して、デルグレーネはその姿を消したのであった。


「フォルセティ! どういうことだ!」

「何を言っているのです。こちらのセリフですよ。私の術の方が早かったでしょう?」

「いや、私の方が――」


 ザイオンとフォルセティが言い合いを始めそうになったその時、その場に似つかわしくない大きな笑い声がこだました。

 

「……アハハハッハ――!」

 

 腹を抱えてアフロディアはなおも笑い続けている。目には涙もためて。

 はーはーと息を整えると、驚いて固まっている二人に冷たい声色で事実を浴びせかけた。


「ありえない失態ね。逃げられてしまったわ」

「む…………」

「……ええ、そうですね。彼女は次元の狭間に落ちました。何処へ落ちるか分かりません。今は追えないですね。ですが、こうなった原因は」

 

 素直に失態を認めるフォルセティであったが、今回の原因となった二人の争いに言及しようとした矢先に話の腰を折られた。

 

「はいはい、分かっているわ。私も同罪よ。ザイオン、悪かったわ」

 

 素直に自分の非を認めてザイオンに謝罪すると明らかに怒っているザイオンも言葉を飲み込んだ。


「まあ、あれだけダメージを受けた体で次元の狭間へ落ちたのよ。そのまま朽ちるんじゃない?」

「……まあ、そうですね。仮に何処かへ落ちたとしても、半死半生な状態。直ぐに死ぬ可能性は高い……ですね」

 

 二人の会話を聞いていたザイオンは重いため息を吐いて案をする。

 

「仮定の話はどうでも良い。直ぐに帰って報告だ」

 

 未だ怒り心頭のザイオンではあるが、そんな状態でも職務に忠実であった。

 そんな彼に二人は顔を見合わせると同意を示し帰還の準備をする。


 こうしてデルグレーネは九死に一生を得て、三人の管理者から逃げることに成功した。

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