始まりの審判 14/vsブラン
戦闘を開始して数分、地上にて十メートルほどの距離で対峙しているブラン将軍とデルグレーネ。
肩で大きく息をしながらブランは、目の前の無表情な圧倒的強者に対して思わず呟いていた。
「……強過ぎる」
ブランの逞しかった左腕は肘から先が無くなり、全身は酷い火傷を負い血塗れの満身創痍。
しかし、相手を正面に見据え残された右腕で剣を構えるその姿は、微塵も敗走など考えていない。流石は将軍の地位を預かる者として、いまだその闘気は衰えてはいなかった。
正面にいる相手…… 煌めく白金色の髪を靡かせる妖艶な美しさと、どこか儚さを想わせる絶世の美女。
スレンダーでいながら魅惑的な肉体に、およそ戦闘には似つかわしくない黒い薄手の衣服を身につけている。
敵と分かっていながら、その魅力に惹きつけられそうとなるのは彼女が持つ天性のものか。はたまた能力なのか?
惹かれる心を必死で自制するためブンブンと首を振り、改めてデルグレーネを観察する。
先ほどまでの戦闘の激しさを偲ばせるように身体の各所に傷を負い血を流してはいる。
その白い肌に鮮やかな鮮血を滴らせる姿は、悲壮感より美しさを感じさせながら。
しかし、左手を欠損したブランと比べてしまえば大きなダメージとは見受けられない。
今も平然とした態度で頬にかかった砂埃を手の甲で拭い、情味のない顔つきでブランを眺めている。
(まるで綺麗なだけの人形だな――)
心の中で呟き、決して油断することなくデルグレーネへ全神経を集中しながら辺りをチラリと見渡す。自分以外に動いている者は確認できず、物言わぬ骸となり地面に横たわっていた。
ブラン将軍の自慢の部下でありユーダリル最強の部隊が無惨にも全滅。
黒焦げになっている者がほとんどで、余程の高熱で焼かれたのか硬直した生前の姿のまま炭化している。
いや、残っているものはまだいい方だ。
所々に地面がまるでマグマの様に溶解した赤白く熱を帯びた色をしている。そこに居た者は瞬時にその高温により蒸発してしまっただろう。
(皆の者……、すまない……)
部下の亡骸へ謝りながら視線を元に戻すと、『なぜこんな事になってしまったのか』と先程までの戦闘を振り返えり自問する。
◇
「「「うおおおおおおおおお――!」」」
デルグレーネがブランの前に降り立つと、すぐにブラン配下の精鋭部隊が襲いかかった。
一つの分隊はデルグレーネの初撃にてほぼ全滅。
残りの二隊にも死傷者が出ており、思い掛けない攻撃に残存する兵達はパニックを起こし戦意喪失。
その状況を変えたのは、ブランの放った一撃だった。
見えなかった敵を目の前に引き摺り落としたブランの空を割るような攻撃に、兵たちは我に戻ったのだ。
デルグレーネがゆっくりと降下してくる時間を使い、これから始まる戦いに備えた。
未だ燃えて断末魔を上げている部下達の重い空気を破るようにブランが最初に動く。
地上へ降り立ったデルグレーネをブランの持つ銀色に輝く大剣が襲う。
伸ばした指の爪を剣のようにまとめ、ブランの斬撃を受け止める彼女を―― 左右から挟み込むように分隊が突撃した。
ブランと分隊の流れるような攻撃に対応が遅れたデルグレーネへ、幾つもの刃がその身に食い込む。
デルグレーネの初撃で減らされた兵士達は、たとえ何人になろうとも一糸乱れぬ動きを見せる。日頃からの訓練、数々の修羅場をくぐり抜けた猛者たち。
流石はブラン将軍が誇る精鋭部隊であった。
「よし! このまますり潰すぞ!」
「「「おおおおお――!」」」
ブランは手応えを感じ、檄を飛ばすと部下たちも意気を上げて答える。
討伐は時間の問題かに思われたのだが……。
デルグレーネは左右から連続して攻撃してくる兵達、その速さに驚愕することとなる。
ブランと全力で鍔迫り合いをしている最中、左右から攻撃されては流石に不味い。
全身を襲いくる刃の雨から守るように皮膚を硬化するが――。
最初の接触で数名から肩、背中、腕、太腿と斬り付けられた。
(ううっ⁈…… このままじゃ――)
咄嗟にブランの鳩尾あたりに前蹴りを蹴り込み、その勢いで後方へ宙返りをして回避する。
劣勢の心情を顔に出すことは無く。
「――――⁈」
しかし、整然と隊列を組みながらも一瞬にて距離を詰めてきた兵達へ瞠目する。
まるで、その牙を剥き出して襲いくる狡猾な二匹の大蛇。
先頭が一撃を入れると離脱し、その隊列の後方へ移動。
一人一人がヒットアンドアウェイを実践し、連携することで止まることのない連続攻撃となる。
地獄の様な訓練を乗り越え手に入れた戦法。ブラン将軍配下の精鋭部隊が最強といわれる所以だった。
終わることのない攻撃に曝されて防戦一方のデルグレーネ。
煌めく長い髪を靡かせて途切れることのない斬撃を両の爪で受け流し、打ち払う。
二方向から繰り出される上下左右の攻撃をなんとか弾き、距離を取ろうと上空へ――。
刹那、頭上から振り下ろされるとてつもなく重い一撃。
大上段からブランの放つ斬撃が空中へ逃げることを許さなかった。
「くぅぅぅ……」
両の爪をクロスさせ、ブランの一撃を受け止めるが、そこへ間髪入れずに二匹の大蛇が牙をむく。
先ほどと同じように何箇所も斬られ―― 堪らず地面を転がる様にして回避。
ゴロゴロと地面を転がり、その勢いで体勢を立て直そうと飛び上がるが、押さえ込む様に銀色の刃が四方から打ち付け、それを許さない。
連続でダメージを食わないよう背にした巨木を盾にするも、簡単に回り込まれて止めどない攻撃が繰り返され防戦一色となる。
前髪が覆いその表情を垣間見ることはできないが、先ほどまで無表情だった顔にはきっと焦りの色が出ているだろうとブランは考えた。
しかし、彼女の口元、薄紅色をした唇の端は人知れず徐々に上がっていた。
「油断するな! まだ致命傷には程遠い! 続けるぞ‼︎」
ブランから兵達にさらなる檄が飛ぶ。
しかし、防戦一方であるデルグレーネに対して勝利の道筋が見えたと確信していた。
(よし! このまま削れば、いずれ大きい隙が生まれる。そこを……)
現に木々の合間を縫うように後方へ下がりながら回避行動をしていたデルグレーネが、今やジリジリとした遅さで後退している。
遂には後退する足も止まり、その場で迫り来る刃の群れを必死で捌いていた。
仕留める! デルグレーネへ必殺の技を叩き込もうと剣の柄を握り込みタイミングを見計らって――。
「……いや⁈ これは……」
気がつくや否や、背筋を走る悪寒にブランは身震いする。
見誤っていた――。
そう、見誤っていたのだ‼︎
デルグレーネは後退ができなくなったのではなく、後退する必要が無くなっていた。
「我らの攻撃に慣れたとでも言うのか⁈」
ブランは有らん限りに両眼を見開き驚愕する。そんなことはあり得ないと。
タイミングも攻撃の角度も間合いも、同じものは一つもない。
血の滲む訓練で作り上げた必殺の連携技。
しかし、この短時間にブラン達が繰り出す変幻自在の攻撃に対しデルグレーネは見事に順応してみせている。
連続する攻撃を受けながらデルグレーネは一人一人の攻撃パターンとスピード、癖などを分析すると――。
次第に攻撃の予測が可能となり、遂には余裕を持って攻撃を捌くことができるまでとなっていた。
余裕ができたことで可能となったこと。
ブランが頭に生える猫科特有の耳をピクリと動かし、彼女が何事か呟くのを聞き取るとどっと冷や汗が噴き出す。
耳に聞こえてきたのは恐らく魔法の詠唱……。
「いかん⁈ 皆、退避を――」
ブランは喉が破れるほどの大声で叫ぶが既に遅い。
二対の大蛇と化していた部下達の目の前で二つの青白い魔法陣が浮かんでいた。
「――【ドライグフレイム】‼︎」
それぞれの魔法陣から二体の炎龍が放たれ、その大口を開けて大蛇を飲み込んでいく。
「「「「「ギャァアアアアアアアアア」」」」」
ほぼ一直線に並んでいた兵達は、炎龍の顎に喰い尽くされ燃え上がる。
全ての者が炭化し、先頭の何人かは余りの高温に曝されて、その肉体は消滅。
二十人以上を喰らった炎龍たちは、天へ絡まり合うように昇るとやがて一体の巨大な黒炎龍となる。
まるで威嚇するような咆哮を浴びせて、地上のブランへと急降下。
巨大な火柱となり、ブランを襲った。
「うぉおおおおおおおお――」
防御しても喰い尽くされると咄嗟に判断をして、迫りくる炎に己の魔力をぶつける。
渾身の一撃。衝撃波に乗せ魔力を打ち出した。
地上十メートルほどの高さで激突すると、凄まじい轟音を響かせ爆発するように炎が飛び散った。
しかし、相殺することの叶わなかった炎が熱がブランを襲う。
「ぐぁあああああああああああああああ〜〜〜〜〜」
苛烈な勢いでブランの身体を熱が通り過ぎる。
それは彼の左腕をもぎ取り、全身を焼き大火傷を負わせたのであった。




