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始まりの審判 13/激突

 三人の分隊長との戦略会議を終え、一時的な休息を兵達に与えるとブラン将軍もまた休息をとった。

 携帯している水筒から温くなった水を一口含むとゆっくり喉を鳴らす。

 鼻から息を吐き出し、出立の号令をかけようかと思った矢先――。

 突然として空気が変わった。

 いち早く異変に気付いたブランは、腰掛けていた倒木から素早く立ち上がると、辺りを注意深く見渡す。

 

「なんだこの異様に重い空気は……」


 担いでいた大剣を抜き放ち、自分を中心として全方位に意識を集中させる。

 ブランは隙なく神経を張り巡らし大剣を構え――、己の剣を持つ手が微かに震えていることに気付いた。勿論、重さが理由ではない。

 胸の奥深くから大きく息を吐き出したのも、落ち着かせるために深呼吸をしている訳でもない。

 周りの空気が圧縮され、胸が押し潰されるほどの重圧に肺が悲鳴を上げ、内包していた空気を吐き出しているだけだ。

 まるで死神に心臓を握られているようだなと自嘲気味に呟き、頭の中でガンガンと鳴り響く歪な鼓動に目を瞑りそうになる。


 恐怖――。


 今まで感じた事のない濃密な魔素の重圧に、歴戦の猛者であるブランへをも感じさせる恐怖。

 息は荒くなり、背中にはびっしょりと冷や汗が滴る。

 しかし、その重圧を感じながら心折れる事なく冷静に努める姿は、さすが将軍という地位にいる強者という事だろう。

 現に、精鋭であるはずの部下達は、石像のように誰も動けないでいた。


 金属が軋んだような甲高い音が鳴り響き、やがて空からゆっくり舞い落ちる黒い羽根。

 見上げる空一面に広がる黒羽。

 それは幻想的でもあり寒心に堪えない奇妙な光景でもあった。

 

「――⁈ これは、ヤツの攻撃か⁈」

 

 ブランは上空から舞い落ちてくる黒い羽を攻撃だと察知すると、仄暗い空へむかい大剣を振るった。

 その圧倒的な風圧で上空から落ちる羽根を気化させるように燃え上がらせ消滅させるが―― 生憎と全てを迎撃するには至らず。


「ぬぁああああああ!」

 

 何度も何度も空を切り裂くように剣を振るう。

 しかし、重なるように次から次へと落ちてくる黒い羽根全てを吹き飛ばすことはできない。

 やがてブランから少し離れていたジダたちの分隊は、無残にも炎に包まれてしまった。

 残りの二隊にも犠牲者は出始めている。


「このままでは……」

 

 ブランは全滅を避けるべく、この元凶となる存在を気配を追う。

 

(こんな大規模な術式…… 必ず術者が近くにいるはずだ)

 

 全神経を集中すると、阿鼻叫喚(あびきょうかん)となり地獄の様相を呈しているこの場の(ざわ)めきは排除され、無音の世界へ没入する。

 自分を中心に半球のドームのように気配を探っていくと、鏡面のような水面へ波紋が起こる。

 刹那、上空に気配。

 

「――そこか!」

 

 西の方角。見上げれば黒く低い雲がゆっくりと流れている。

 更にその上空に濃密な魔力の動きを感知し、ブランは元凶を特定した。


「――おおおおおおおおお!」

 

 しゃがみ込むように体を折り畳み両足に力を貯める。

 地面がひび割れ、十センチほど陥没。

 最大限の力を込めて、斜め上空の雲目掛けて爆発的に飛び上がった。


「ぜあぁぁ――! 獣王旋風斬――!」

 

 右肩へ担ぐように乗せた大剣へ己が魔力を付与し、全身全霊の力を込めて一閃。

 銀色に鈍く輝く刀身へ纏わせた橙黄色(オレンジ)の魔力闘気。

 練り込まれた魔力闘気は膨れ上がり、エネルギーの刃となって数倍の刀身の長さとなる。

 肩口の大上段から放った渾身の一振り。

 文字通り空を割り、一面を覆っていた暗雲を山一つ分ほど掻き消す。

 ブランの膨大な魔力を乗せた爆発的な一撃に全てが吹き飛ばされた。

 

 耳を(つんざ)く衝撃音――。

 硬い岩盤を金属で切りつけたような、鼓膜に突き刺さる轟音でビリビリと揺れる空気。

 ブランが放った斬撃は、眩い橙黄色の円弧を描き雲を吹き飛ばして術者を襲い――。

 寸前のところで、薄緑色に輝く障壁により轟音と共に霧散した。


 ブランの一撃で暗雲が吹き飛ばされた空に、ぽっかりと顔をのぞかせる太陽。

 西の空。やや落ちてきているが燦々(さんさん)と燃えている太陽の眩しい光にブランは目を細めながら、確かにソレを目視で確認した。

 大剣を振った格好でジャンプの最高到達点までいくと、重力に引かれそのままに地面へ着地。

 即時に顎を上げてその姿を追うと、太陽の逆光で影となり相貌は分からずとも浮かび上がる人型のシルエット。

 あちらからもブランを見据えているのが肌に突き刺さる殺気より十二分に伝わってきた。


 少し間をおいて人型の影は太陽を背にしながら緩慢に動き出した。

 眩い光の中から、スーっといった響が聞こえてきそうなほど滑らかにゆっくりと大地へ降り立つ。

 まるで大きな瞳から黒い雫が落ちる様に……。

 ブランは口端を軽く突き上げ鼻で笑った。


太陽の涙(デルグレーネ)とはよく言ったものだ……」


    ◇


 ゾマンたちを屠ったデルグレーネは範囲魔法に反応した新たな魔物の集団へ向けて飛び立つと、程なくして自身に起きている異変に戸惑っていた。

 

「なんだか…… 違う……」


 灰色の雲を突き抜け大空を滑空するデルグレーネが胸に手を当てて呟く。

 その美しい相貌や瑞々しい手足といった容姿に違いが出たわけではない。

 自分でもハッキリとは言えないが、体内にある核というべき場所…… 魔力の源という部分が変化したのを感じる。

 変化した理由―― それは自分でも智解(ちかい)しているのだが……。

 

 エルフの隠れ里でグルたち討伐部隊を撃退し、ゾマン率いる本営をも壊滅。

 彼女はそれぞれの闘い後に、骸から抜け落ちた『魔素』を喰らった。

 エルフの犠牲者も含めると、その数二百名以上。それらを全て取り込んだのだ。

 それは過去においても最多の量。

 ましてや今まで以上の強い魔力を持っていた者たちの魔素を一度に喰らった為だということは分かる。

 しかし……。

 ドクンと身体がブレるほどの衝撃―― 殊更大きく脈打つ鼓動に、飛行スピードを緩め、やがて空中にて静止する。


(やっぱり…… この感じ、おかしい……)


 デルグレーネが魔素を体内へ取り込んだ際に起こる変化。

 ある時点までは、外見の変化というより進化が見られた。

 気の遠くなるほど長い年月、魔素の塊であったモノは、喰らい続けて自我に目覚めると、感情と感覚器官を持つ肉体を手に入れた。

 そこからの進化は驚くほど早く、小動物ほどの大きさで黒いアメーバーの様な形容し難い姿のそれは、何度か目の捕食で人型となる。

 人間でいう幼女の形態。

 そうして魔素を取り込むごとに幼女から少女へと相貌を変える。

 まるで歳を重ねるような成長を見せ、今の姿となり容姿の変化は止まった。

 水面に映る相貌の変化を不思議に思いながらもどことなく嬉しさを感じていたデルグレーネは、成長が止まるとほんの少しだけ寂しく思っていた。

 

 当然ながら姿を変える度に、その内包する力も向上していった。

 単純に肉体を構成する骨や筋力の強度が上がるだけでなく、自身の中にある魔素を貯める器が大きくなるような感覚。

 本質というか……魔力の底上げ―― 自分の力が大きく飛躍する感じ。

 魔法など使えなかったデルグレーネが、突然と使用できるようになったのも人型に進化した頃。

 大きなダメージを受け瀕死の状況下で―― 傷ついた身体を癒すための回復魔法が発動した。

 それからというもの、頭の中に明かりが灯ったように次々と魔法式を構築して自在に操るようになっていったのだ。

 誰にも教わることなく、魔素を取り込むことで知識まで発達していく。

 魔素は純粋なエネルギーであり、他者が保有していた知識や経験など引き継ぐことはないはず……。

 これではまるで死者たちの力を、そのまま取り込んでいくようであった。

 

 しかし、今回は今まで経験したことのない変化を感じる。

 圧倒的な力の波動が胸の奥底から溢れ出し、頭の中に新たな知識が膨大に流れ込む。

 鼓動は激しく脈打ち、今にも自分を形取っている細胞全てが体内から弾け飛ぶように暴れている。

 決壊寸前のダムのように危うい状態。

 いつ壊れてもおかしくない。

 

(うう、苦しい…… 私は…… どうなっちゃうの……)

 

 胸を抑え、背中を丸めるように小さくなる。

 

(ああ…… もう……)

 

 鼓動が極限まで早まり限界を迎え――。

 再び胸の奥でドクンと身体がブレるほどの衝撃が起こると、やがて先ほどまで感じていた苦しさが引いていく。

 脂汗が顎を伝い、胸に当てた手の甲へ落ちる。

 少しずつゆっくりとなる鼓動に安堵のため息を漏らし――。

 

「――――⁈」


 涙を溜めた白金色の髪色(プラチナブロンド)と同じ瞳を瞠る。

 足先に広がる暗い雲の壁。その先に大人数の気配を感じ取った。

 いつの間にか自分に向かって相手が進んできていたのだ。

 

「今は…… それどころじゃない」


 眼下には私を殺しにきた敵がいる――。

 小さくはなったが未だ苦しさは残り、身体に違和感を感じながらも、今自分がすべきことを思い出した。

 深く深く、大きく息を吐いて。

 ぱんっと掌で両頬を軽く叩いて。

 デルグレーネは美しくキラキラと光る髪を閃かせ、敵が布陣しているであろう地点の真上まで進んだ。


「私を殺しにきたのでしょう…… しょうがないよ……」


 鼓動が静かに落ち着くのを待つと、改めて細めた眼で雲の下にいる敵を見据える。

 先ほどから動く気配がない。

 こちらを伺っているのか、はたまた休んでいるのか……。

 動いていないならと、使用する魔法を考えて一気に魔力を解放した。


「えっ――⁈」

 

 自分でも驚くほどの強い魔力に白金色(プラチナブロンド)の瞳を見開く。

 

(これなら、一度に……)

 

 ゾマンの本営を襲った魔法【インフェルノ・ダウン】。

 超高密度に圧縮された炎を魔物から魔素を吸い取りブーストをかけることで大爆発を起こさせる大魔法。

 デルグレーネの使える魔法の中で、広範囲かつ高威力の必殺。

 しかし、今なら【インフェルノ・ダウン】の上位魔法が使えること確信する。

 頭の中で新たに構築される魔法式。

 より広範囲に届きながら、辺り一面を焼き尽くす恐るべき魔法。

 一撃で全てを終わらす。直接の戦闘は避けたいと考えるデルグレーネは、迷わず詠唱を始めた。


「――【フェザー・オブ・インフェルノ】」


 五十メートルほどの大規模魔法陣が天を覆うように展開されると、一秒一秒と凄まじいスピードでその文様が書き換えられる。

 ひときわ青白く発光すると魔法陣から一片の黒い羽根がゆっくりと落下した。

 やがて次々に生み出される漆黒の羽根。

 膨大な量の羽根が厚く暗い雲を通り抜けていく。

 ひらりひらりと揺らめきながら落下する羽根は、空を恐怖に満ちた表情で仰ぎ見ている獣人たちの上に舞い降りると――。

 その内包された高濃度の熱量を解放する。

 爆発的に燃え広がる炎に阿鼻叫喚となる魔物たちの悲痛な声が聞こえてくると、デルグレーネの胸の奥にチクリと小さな痛みが走る。

 

(……なに⁈ 今の……)

 

 先ほどから感じたことのない感覚に驚くばかりだ。

 しかし、今は戦いの最中だと思い起こし、先ほどの痛みなど頭の片隅へ追いやり、魔法へ意識を集中する。

 漆黒の羽根は十分な量が空中へ舞い踊っている。

 十分だ――。

 一定空間内で高密度に浮かんでいる漆黒の羽根に点火。それは他の羽根へ連鎖的に燃え移り、大規模な爆発が起こる。

 いわば粉塵爆発のようなもの。しかしながら、燃える対象自体が高濃度の熱量を保つため、その比ではない。

 胸の痛みも忘れたデルグレーネが点火しようとした刹那――。

 

 オレンジ色のエネルギー体が雲を割り、自分へ目掛けて襲い掛かってきたのだ。

 一瞬にして目の前へ迫り来る巨大な刃となったエネルギー体へ瞠目するデルグレーネ。

 思わず思考が停止してしまう。

 

「――⁈ 危なっ――」

 

 咄嗟に【フェザー・オブ・インフェルノ】を解除し、慌てて防御魔法を展開する。

 同時に硬質な轟音が衝突の衝撃と共にデルグレーネの身体を揺さぶった。


「――くっ! ううぁああああ――――」


 両手を目一杯前にかざし間一髪で間に合った魔法障壁。

 緑色に輝く盾は半円形に広がり全身を覆う。

 身長の数倍の大きさとなるエネルギー体が、ガリガリと激しい振動を起こしながら容赦無く盾を削る。

 永遠に続くかと思う衝撃に。奥歯を噛み締め必死に両手に力を込めて全力で抗い、不意に訪れる終わり。

 内臓をも揺さぶっていたオレンジ色の巨大な刃が霧散した。


「――――がぁっ⁈」

 

 高質なガラスが割れたような音と共に、エメラルド色に輝くカケラが宙に舞う。

 緑色の盾が役目を全うし防ぎ切ったと思った矢先に、残滓と言うべき小さな刃がデルグレーネを襲った。

 咄嗟に張った魔法障壁では、ブランの放った『獣王旋風斬』の衝撃を完全には受け止めきれなかったのだ。

 左肩と左脇腹へ軽くない傷を負う。

 右手で左脇腹の傷口を抑えながら、ポッカリと雲が空いた先―― 地上で剣を構えている獣人へ視線を飛ばす。

 殺気を込めて。


「……そう、お前が……」

 

 右手に魔力を込めて止血すると、ボソリと呟く。

 次なる敵を目視し、波が引くように感情が平坦になる。

 自分を殺しにきた敵を排除するだけ。

 デルグレーネは全身から禍々しいオーラを立ち昇らせてゆっくりと地上まで降りた。

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