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明日 明後日 明々後日  作者: 兎車ヒロト
1. Pass the first checkpoint.
6/7

1.02 「全面的信頼」




 10月17日 日曜日 AM10:00


 心の状態は、曇った空に同調していた。

 そこは素朴な街の、ありきたりな喫茶店だった。向かいには、黒のオートバイとガンメタの古いシボレーが留まっている。


「何でこの店なんだよ?」


 そう呟く、白い肌と赤茶の長い髪、少しキツめの目つきの若い女性。有野(ありや) 愛生(あき)だ。


「俺に聞かないでよ、アキ姉」


 件の依頼により指定された場所は、特筆すべき何かがあるわけでもなく、やはり普通の喫茶店に見えた。

 なのに違和感を覚える理由は、これがセイヴィスの一拠点である、という前提で見ているからだろうか。


 先程、アキと合流して伝えたことは、今回の仕事の内容と、保護対象の居場所。そして、対象が子供だということだ。

 依頼者であるセイヴィスによって追加で知らされたその情報は、より今回の依頼の意図を複雑にさせた。

 ぱっと思い浮かぶのは、よくある要人の子供であるパターンだ。しかし、だとしたらそれを連れて技術特区に向かう、となるのはよくわからなくなる。わざわざセイヴィスを介してこちらに依頼することも謎だった。


「ルイ、心配すんなよ。子供の相手は得意だかんな、アタシ」


「いや、そうじゃないんだけど。…まあ、行こうか」


 店に入ると、既に数人の客がいた。

 二人は人のいない、端の窓際のテーブルにつく。


「うわ、紙の新聞見てるやつ久しぶりに見たな。古風なやつもいたもんだ」


「ちょっと、声大きいよ。てかアキ姉がそれ言う?」


 注文を受けに、店員がやってくる。ルイは小声で、ここへ来た目的を話した。


「ええ、確かにそのような連絡は受けていますが…」


「じゃあ早く、案内してくれよ」


 アキはそう急かすが、店員は彼女を見て何か言いたげだ。


「いえその、どちらかお一人だけで、お願いします。…お二人だとは聞いていなかったもので」


 一人くらい増えてもいいだろ、と文句を言う彼女だったが、思いのほか簡単に引き下がった。頬杖をついて、おとなしくカフェラテを飲んでいる。

 一人許可されたルイは、奥へ案内され、階段を上がっていく。店員は廊下の一番端の部屋まで来て、足を止めた。


「どうして、俺一人にしたんです?」


 先の不自然な行動の意図を問う。二人で行けといったのはアキバだ。それには何か理由があったはずだと思うが。


「配慮です。初対面で合わせるにはあの方は不適切だと判断しました。あなたも、気を付けてください。少なくともこちらとしては、穏便に事が運ぶことを望んでいますから」


「アキは…、…まあ、仕方ないのか」


 あの子は確かにその言動で、第一印象が悪くなりがちになるだろう。だが、気持ちはわかるが、そこまで繊細な相手なのか。不安をあおるようなことを直前に言うんじゃない。ただでさえ子供の相手は苦手なのに。

 戻っていく店員を横目に、扉のノブに手をかけた。


 そこは家具や段ボールが無造作に置かれた、六畳ほどの薄暗い部屋だった。雰囲気で、普段から使われていないことがよく分かる。

 埃をかぶった家具たちに紛れて、さらに一つの小さな影を見つけた。


「――あ、えっと、初めまして?」


 例の人物だと認識し、そう話しかける。しかし、返答はない。代わりに分かったのは、その陰が小刻みに震え、ガチガチと歯の鳴る音。その音がこの部屋に、かすかに響いていたことだ。


「ちょっと、大丈…夫?」


「い、いや、 嫌だ、来ないで!」


 少なくとも俺一人で来たことは、その子の警戒心を緩和する要因の一つとなっただろう。見たところその状態は、恐怖や不安によるストレスが影響しているようだ。ゆっくり近づくが、抵抗する様子はない。…なぜあの店員は直接言わなかったんだ。


「落ち着いてほしい。俺は君を、…えーと、助けに来たんだ」


「 ……ぇ?」


「あれ、聞いてないの? そんなことないよね。報連相って言葉知らないのかな」


 警戒させないように、普段の無感情な口調からなるべく遠ざけるよう意識する。予想していた状況とは大きく異なっていた。小さな憤りがやたら独り言を生み出す。


「あなた、誰?」


 こちらに敵意がないことを理解したのか、落ち着きを取り戻し始めたその声の主は、ゆっくりと顔をのぞかせた。


「君は……、」


 それは、真っ白に染まった少女だった。長く癖のある髪や肌の色、瞳までもが、彩色を忘れられている。それを、病的と捉えるか、美しいと捉えるのか、…同じようなモノを既に持つルイには、分からない。


「…あ、あなた、って」


 少女はこっちを見て、同じ理由でなのか戸惑っているようだった。やたらと

目線をあわせてくる。


「名前は、なんていうの。親は?」


「…わからない」


「わからない…?」


 予想外の返答だ。少女は続けて、


「あなたはわたしを、どうするつもり? それがわからないと、何も言わない」


 まるで虐待をうけていた飼い猫みたいに、異常な程の警戒心を抱いていた。

 俺はしゃがんだ膝に肘をつき、顎に手を当てる。


「別に、拷問とかするわけじゃないのに。 君のことを保護しろって言われて来たんだよ」


「……わたしの何が目当て?」


「今言ったよ。君を保護するためだって」


「…、嘘じゃない?」


「それに真面目に答えたところで、俺を信用する材料になるの?」


「それは、だって…」


「ねぇ、君の見た目、俺と似てるよね。…ちょっと、見ててよ」


 食い気味にかぶせて、唇に指を立て、静かにするジェスチャーをした。

 そして、少女と目線をあわせる。その後の、彼女の目を見開く反応が、何を意味するかはすぐに分かった。それは驚きと、理解。――そして、無条件の信頼だ。


「君のことを、教えてほしい」


「…ごめん。でも、わたしには、記憶が無いんだ」


「じゃあ、今まで君はどうしてたの?」


「目が覚めた時、知らない部屋にいたの。そのときはもうこの体になってた。この見た目も元からそうだったかはわからないし、その前のことも何も覚えてない。わたしの記憶はその何もない部屋からしかないんだ」


 少なくともその部屋というのが、どこかしらの技術特区にあると想像するのは容易いことだ。その中から、彼女のいた場所を特定するということが、困難であることにも変わりない。だが、この後のことを考えると、この関連性は偶然といえるのか。


「じゃあ、原因も?」


「分からない。でも、いつも目が覚めた時に、腕に痛みがあるんだ。何かに刺されたような感じの…」


「そういうの、気分悪いね」


 おもわず顔をしかめる。この少女と同じくらいの歳の妹がいたら、なんて想像すると、吐き気がする。


「だから、逃げてきたんだよ」


「へぇ、そんなに簡単に逃げられたんだ。案外、たいしたことないのかも」


「いや、違うの。助けてくれたんだ。だから、あの時…」


 何かを思い出したのか、下を向いて口を押さえる。


「…話を変えよう。君はこれから、どうするつもりだった?」


 身元も何もわからない以上は正直、記憶の無いという彼女の居場所は限られる。この少女に何か目的があるのなら話は別だが。


「何もないのに、行くあてなんてないよ。…あなたが、助けてくれるんでしょ?」


「…やっといて、俺が言うのもなんだけど、そんなに急に信用していいの?」


「わからないけど、あなたは信じられると思った。…それに、兄妹みたい、だから」


 それが見た目のことを言っているのかどうなのか、現時点で望む結果が得られた以上は、それはどっちでもよかった。

 こうして、彼女が笑顔を見せてくれるのは、二つ目の確証だ。






/*第二話  「全面的信頼」 */






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