ー1.0α
地面はじっとりと濡れ、水溜まりは灰色を映す。
男は物音を立てぬよう、入り組んだ路地の角に隠れた。目の前を歩く人影を見つめ、思考する。
貧相な服に、病的なまでの真っ白な容姿をした子供がひたひたと歩いている。見た目はおそらく中学生くらいだ。だが、ただの子供であるとは到底思えなかった。
「こちら2E、P-D6Sにて識別コード不明の人物を確認。接触を試…」
『いえ、その個体に関しては指示が出されています。そちらへの増援が来るまで追跡を行うように。また、余計な詮索をしないように、とのことです』
「…了解」
指示を受けてちょうど、「その個体」が角を曲がるところを目にした。音を殺して次の角へと……、
「――ねぇ、あなたは、なんでつけてくるの?」
このたった一瞬では、問いに返すことはできなかった。
その得体のしれない子供が、その右手が、俺の首にかかっていたからだ。
1/1000秒ですらもなかったようなこの刹那、薄れてゆく視感にやっとの思いで認識できたのは、感情の欠落した鮮やかな紫瞳だけ――。
バシャッと、水溜まりがはねる。そこには、息絶えたように、静かに横たわる一人がいた。
少女の感情の無い紫は、喪失を宿す灰色の瞳に変化していた。
その灰瞳で右手を見つめて、滴る雨にまぎれ涙を零すのは、「それ」の悲しき運命を受け継いだ一人だった。
/*第〇話 (一時的な観測精度の低下を確認。規定により明確なナンバー表記を中止し、代用としてギリシアコード第一番の使用を許可する)*/