0.*3 ‐f‐
十歳を迎える日の、そのちょうど一週間前だ。
いつものように雪が積もる外の景色。自分は暖炉の近くで本を読み、母親は、また手紙を手にしていた。…普段であれば苛立たしげに、破くか、そのまま捨てるかするところだったが、今日は違うようだった。普段のときの苛立たしさとは違う、不安や戸惑いのような感情を込めた、そんな表情でそこにいた。
見つめていると母親は視線に気づき、優しげな微笑みを返してその手紙の封を開ける。
しばらくして、父親が帰宅した。両親は、本を読んでいた自分を呼び、そして不意に言ったのだ。
兄弟が生まれる、と。
それは、本当に唐突のことで、同時に不安だった。
その子も、自分と同じような異常を持って産まれてくるとしたら。血のつながった、自分と同じような存在がいたら、少しは楽になるだろうか。
でもそうでなかったら。そしたら、もっと自分が惨めに感じるんじゃないのか。
目の前の二人に何を、どうして答えようかと考える。
しかし、その期待とも言い切れない最中、母親のその小さな呟きを聞いてしまった。
「やっと、この子も、他の子たちと同じになれるのね…」
どういう意味でそれを言ったのか、知りたくはない。今、この気持ちは、その二人の気まずさとも、嬉しさを表す笑顔ともとれるような、言い表しにくい表情をしていたからだ。
▼△▼
一週間後、ついに十歳の誕生日を迎えた。学校では、少ない友人から色々と貰った。外国の人形やお菓子と、本当に、色々だ。
夜の夕食は豪華で、母親からは服やぬいぐるみを渡された。いつまで子供扱いするのだろうとは思ったが。嬉しくない、なんてことはなかった。
父親からは新しい本と、二つの指輪。黒の花と白の花をそれぞれかたどった指輪だ。白は自分に、もうひとつはいずれ産まれてくる子への物。そして、いつか自分の手でプレゼントして欲しいと。絶対に無くさないでと念を押された。
その日は特別だった。今までにも誕生日を祝われることはあったのに。この時だけは、言い表せない特別なものを感じていた。
自分はいつの間にか、幸福と呼べるような環境にいたのだ。
もしかしたら、それも勘違いだったろうか。最初から恵まれていたのか。
自分勝手に、異常であると、自分は不幸だと勝手に決めつけていたのだろうか。
もはやそれも、気にするだけ無駄だ。
生活は変わった。やはり、外面上は変わっていなかったかもしれないが、それでも変わったと思うようにした。心なしか、話しかけてくる子や、会話する相手も増えた。そんな気がしていた。
私は普通に学校へ行き、普通に友達と喋り、普通に勉学に励む。
体が異常であっても、心はヒトであること。それは物心ついた時から変わらないことで、他の人たちとも変わらないことだろうから。
だから、私はやっと、「それ」を打ち負かしたんだと。そう思えた。
「…ほんとうに、そうだったら良かったのに」
私は、おそらくそういった。
その真っ白に染まった、始まりの少女は、やがて深く、永い眠りについた。