射手の統領095 キラークラーケン撃退
射手の統領
Zu-Y
№95 キラークラーケン撃退
朝早くからいきり立つマイドラゴンに叩き起こされた。
ここふた晩、酔ってそのまま寝付けたおかげで、嫁たちとの同室による生殺しをスルーできたのだが、その分不満を抱えたマイドラゴンが暴走の兆しを見せている。まったくもって困った奴だ。
まあしかし、タヅナと最後にいたしてから1週間、マイドラゴンの気持ちが分からなくもない。
大体、この部屋だって換気が必要なのだ。充満する嫁たちの甘美な匂いが、確実にマイドラゴンを刺激している。
俺ばっかりムラムラするのはずるい気がしたので、両横で寝ていたキョウちゃんズを皮切りに、全員を揉みしだいて起こしてやった。7人とも顔を紅潮させ、もじもじしている。これでおあいこだ。笑
結局、皆で朝の潮風を浴びて落ち着こうと言うことになり、着替えて濃紺の外套を羽織った。冬の和の国海は身を切るような寒さだからな。
甲板に上がると、肌を刺すような寒さだったが、進行方向に見える朝日が眩しい。日の光のほんのりとした温かさが何とも心地よい。
キョウちゃんズが、昨日知り合った船員たちに気さくに声を掛けている。今日は大人嫁たちも一緒なため、俺を見る船員の眼が昨日よりも格段にとげとげしかった。ああ、心の声が聞こえて来る。
『てめぇ、ハーレムこいてんやないで!』とか、
『ひとりでいいから、こっちにも寄越さんかい!』とか、
『リア充、爆発せいや!』とか…。
面倒臭いのでスルーした。
あれ?妖しい気配を感じたが気のせいか?しかしここは大海原だ。ひょっとすると海の獣だろうか?俺は、敵意むき出しの船員に声を掛けた。
「おい、船長はどこだ?話がある。」
「あ?」対応がよくない。
「妖しい気配がする。船長に警戒をするように伝えたいんだ。」
「はん?そんなん、知ったこっちゃないで。」
「緊急事態だと言ってるだろう!早く船長を呼んで来い!」
俺の剣幕にその船員が走って行った。船長を呼びに行ったようだ。しかし残りの船員は敵意むき出しで俺のまわりを囲む。一触即発。
そこへ船長がやって来た。
「何事や?」
「船長、こいつが…。」
「黙れ!」船員を一喝し、船長にじかに話す。
「船長、妖しい気配がする。海の獣かもしれない。この辺りで何か目撃情報はないか?」
「目撃情報はないで。せやけど、行方不明の漁船が何隻か出ているという情報は入っとるな。」
「海の獣に襲われたのではないか?」
「そういう情報はないで。まぁ、この船は大型やさかい、多少のことではびくともせん。そんなに心配せぇへんでも…。」
ドーン!船長の言葉を遮るように大きな振動があった。何かが船にぶつかったのは間違いない。
「おわー!後ろー!」
船員の悲鳴が上がって振り向くと、船尾に大きな足が3本ほど絡みついている。巨大なイカの足だ。このサイズ、ダイオウイカか?妖しい気配はこいつだ。巨大なダイオウイカがさらに妖化しているのなら、キラークラーケンだ。
廻船が傾いだところへさらに1本、左舷後方の船縁から伸びてきた足がミズンマストに絡みついた。ミズンマストが軋んでいる。このままではへし折られるかもしれない。
俺たちは防具を着ていない。頼れるのは身代わりのペンダントと濃紺の外套のみ。
「サヤ姉、ホサキ、タヅナ、出るな。いったん船内に引いて防具を装着して来い。急げ。他の皆は距離を取れ。」
「「「了解。」」」
俺は接近戦による近距離攻撃を禁じ、遠距離攻撃による攻撃に絞った。近距離攻撃の3人は俺の指示を受け一旦船内に引いた。
「サキョウ!ウキョウ!」
「「はい。」」
サキョウがキラークラーケンに各種デバフの術を掛け、キラークラーケンの動きが弱まる。同時にウキョウが皆に各種バフの術を掛けた。その横でアキナが遠矢を連射している。
「よし!サキョウ、ウキョウ、アキナも一旦引いて防具の装着。サジ姉、麻痺の術!その後引け。」
「「「はい。」」」「りょ…。」ひとりだけ変な返事をしてるが、サジ姉の「了解。」だろう。
「シン、5倍!連射するぞ。」
『応!』
至近距離のため、電気をよく通す海水まみれであるから、まわりへの感電を避けるため、雷撃矢は使えない。また、キラークラーケンは海の妖獣であるため水撃矢の効果もあまり期待できない。よって震撃矢を選択した。
5倍の震撃矢を連射した。至近距離だし、的がどでかいから外したくても外せない。震撃矢でキラークラーケンに与えた振動が廻船にも伝わって来た。
サジ姉も麻痺の術を連射し、さらにキラークラーケンの動きが鈍重になる。
1本の足が巻き付いていたミズンマストが途中から折れて、左舷から海に落下したが、索具やロープで絡まっている。
船長がロープを切れと指示を出し、船員の何人から手斧を持って船縁でロープを切断している。しかし船尾に取りついた3本の足はそのままだ。
ここで防具を装着し終えたサヤ姉とタヅナが復帰した。ホサキは重鎧だから、装着にはもう少し掛かるだろう。
サヤ姉が一気に間合いを詰め、二刀流剣舞で足を1本切り落とし、その後、タヅナが旋回切りを見舞った足に深手を与えたが、キラークラーケンは大々的に麻痺の墨を吐いて、海中に逃げて行った。
甲板にいた俺、サヤ姉、タヅナは、雨となって降り注いだ麻痺の墨を外套で躱した。仮に掛かっても、ウキョウのバフの術の中の、状態異常耐性上昇の術のおかげでひどい影響は受けない。
しかし、折られたミズンマストに繋がるロープを切断していた船員たちは、降り注いだ麻痺の墨をまともに受けて昏倒した。もちろんサジ姉の解痺の術でたちどころに回復したがな。
吐いた墨が麻痺の墨だったので、やはりあいつはキラークラーケンで間違いない。廻船の左舷後方に墨の航跡を残し、逃げている。
「ライ、5倍を連射するぞ。」
『承知。』
墨の航跡を目安に5倍雷撃矢を連射した。
5倍雷撃矢が着弾すると、雷が海面に落ちたような錯覚に陥る。海水はよく電流を通すので、直撃しなくても近くに着弾すれば効果があるはずだ。しばらくすると海面に大きな物体が浮いて来た。キラークラーケンだ。うまく仕留めたようだ。
廻船を回頭させ、浮いてきたキラークラーケンに近付いて収容を試みるが、そのサイズと来たら大型廻船とほぼ同じ大きさであった。収容はもちろん無理だし、ミズンマストがへし折られた廻船での曳航も無理だ。仕方ないので、討伐の証拠にその足を切り取ることにした。
救命ボートを出して船員が乗り込み、サヤ姉が付いて行った。サヤ姉がスパン、スパンとキラークラーケンの足を切り落として行く。
『アタル、5倍を連射したゆえ、気力をそこそこ消耗した。自然回復には少々時間が掛かるゆえ、キラークラーケンの足を1本所望する。』ライの念話だ。
「承知した。足1本でいいのか?」
『それで十分だ。』
「ウズとシンは?」
『余は此度は気力を使ってないから要らぬ。』とウズ。
『余は1本貰おう。』とシン。
サヤ姉が切り落としたキラークラーケンの足に、救命ボートの船員たちがロープを手際よく結び、廻船内の船員総出で廻船内に引き上げたのだった。
俺はライ鏑を取り出し、キラークラーケンの足にかざすと、ライ鏑の黄色い発光が強くなり、呼応するようにキラークラーケンの足が明るく輝き出した。その後、キラークラーケンの足は無数の光の粒子となってライ鏑に吸収された。その結果、ライ鏑の黄色い発光が一段と輝き出した。
続いて2本目に引き上げたキラークラーケンの足にシン鏑をかざした。シン鏑の橙色の発光が強くなり、同様に無数の光の粒子となったキラークラーケンの足はシン鏑に吸収された。
船長以下、船員たちは唖然として見守っている。
3本目の足を引き上げたところで回収作業は終了。ギルドへの報告素材としては、サヤ姉が、船尾に取り付いてたところを切り落とした足と合わせて、足2本で十分だろう。
帰還した救命ボートに乗り込んで、一緒に作業して来たサヤ姉が報告した。
「アタル、あいつの足、10本あったわよ。しかも無傷で。」
「え?サヤ姉が船上で切り落とした足とホサキが深手を負わせた足は?」
サヤ姉が首を横に振る。
「サヤ、それは物凄い勢いで再生したと言うことか?さもなくば…。」ホサキの疑念に、
「別の…個体…。」サジ姉が呟く。
「そうね。」サヤ姉が頷く。
「せやったら、まだ油断できひんな。」とウキョウ。
「はよ、船、出した方がええな。」とサキョウ。
俺たちが船長にこの事実を告げると、船長は大慌てでメインマストとフォアマストのすべての帆の全開を指示し、ガタニへ進路を取った。
もし、複数個体がいたのならしたら、この海域の安全はまだ保障された訳ではない。
望みは薄いかもしれないが、手負いになったキラークラーケンが、今回の手痛い反撃に懲りていたらいいのだがな。さすれば、この辺で船を襲わなくなるだろう。
ミズンマストを失った分、船足は落ちているものの、ガタニに向けて船足が安定して来ると、一段落ついた船長に大層感謝され、女連れの俺に嫉妬して、俺を敵視していた船員たちも詫びて来て、口々に褒めそやされた。
俺たちは、別個体の可能性を考慮し、キラークラーケンの再襲撃に備えて武装は解かなかった。
麻痺の墨を防いだ俺とサヤ姉とタヅナの外套は随分汚れてしまっていたので、ざっと洗わせてもらった。
タヅナは馬たちが怯えたり興奮したりしていないか確認に行き、サジ姉は馬たちに鎮静の術を使うことになるかもしれないのでタヅナに同行したが、鎮静の術の必要はなかった。
ふたりによると、ノアールとヴァイスはうとうと寝ていたし、ダークとセールイはもぐもぐと飼葉を食んでいた。と言うことだった。何とも豪気な馬たちだ。
ガタニに着いたら廻船はミズンマストの修理でドック入りだ。修理には数日掛かるようなので、修理が終わるまで待つか、次の便に空きがあればそれに乗って行くかになる。
アキナは船長に身分を明かし、ガタニに着いたらすぐに、キラークラーケンがまだいるかもしれない海域を避けて、航路を変更する手続きを取るように指示していた。流石だ。
ミズンマストを失った影響で廻船は、予定よりかなり遅れた。ようやく夕刻になってガタニの港へ入港したのだった。
ガタニは中和の北岸東端近くの港町で、中和南岸西寄りの名府とは、いわば中和の対角線に位置している。中和には名府に次ぐ規模の町がいくつかあるが、ガタニもそのひとつだ。
東を北北西に流れるアノガの河と、西を北北東に流れるナノシの河に挟まれているガタニは、天然の要害地である。
またふたつの大河によって土壌も肥沃なため、稲作が大いに盛んだ。ガタニの周辺は、和の国有数の稲作地帯でもあり、ガタニを囲うように無数の農村が点在している。
俺たちは北斗号に乗って廻船を降りたが、ガタニの港町は雪に半分埋もれていた。北の島である二の島ほどではないが、中和北岸のガタニも冬になると大量の降雪がある。
取り敢えず冒険者ギルドに向かって、キラークラーケンの討伐と、生き残りがいる可能性を伝えよう。それからキノベ陸運のガタニ営業所で北斗号を預け、そのまま今夜の宿を探した。船旅の間、風呂に入れなかったから風呂付の宿しかない。どうせなら、広々としてゆったり疲れる大浴場付きの宿がいい。それで温泉なら文句なしだ。
そのうちガタニの冒険者ギルドに着いた。キラークラーケンの足を討伐証拠として持ち帰ったのと、まだ生き残り個体がいる可能性を伝えたせいで、ガタニギルドは蜂の巣を突いたような大騒ぎになった。
受付のお姉さんから、鑑定と評価に時間が掛かるから、また明日来て欲しいと言われ、大浴場付きの宿屋を紹介してもらった。
それからキノベ陸運のガタニ営業所に行って北斗号を預け、紹介された宿屋に着いた。
チェックインして4人部屋ふたつ取る。部屋割りはご奉仕の順でサヤ姉、サジ姉、ホサキの3人と俺、別室はキョウちゃんズとアキナとタヅナ。
何はともあれ大浴場だ。この宿は温泉ではないが、広い湯船にゆったり浸かって、キラークラーケンとの戦いの疲れを癒した。
例によって隣の女湯からは嫁たちのキャッキャとした楽しげな声が聞こえて来る。ちくしょう。混じりてぇ。
大浴場から出て夕餉だが、キラークラーケンとの戦いで疲れているし、この寒さの中で外食する気には到底なれず、宿屋で夕餉を摂ることにした。この宿屋は西洋料理が売りらしく、それならと言うことで奮発してフルコースにした。
オードブルはウサギのテリーヌとシュリンプのタルタルの2品、スープはかぼちゃのポタージュで濃厚だ。
ポワソンはサーモンのパイ皮包み焼、続くソルベは枝豆のシャーベットで塩味なのだ。これには驚いた。アントレは仔牛のフィレステーキ赤ワインソース。これは王道だな。
バタールのスライスとブルーチーズに蜂蜜、デセールはまずクリームブリュレで、続いてのみかんではさり気なく和を取り入れている。最後はしっかりローストしたコーヒーとチョコチップだった。
料理に合わせた食前酒、白ワイン、赤ワインも旨い。いや、このコース料理の充実ぶりには流石に驚いた。大当たりだ!嫁たちも満喫している。
西洋料理を満喫して部屋に戻った。流石に4人部屋なので今宵は諦めていたのだが、今朝の奇襲の仕返しだと言って、サヤ姉、サジ姉、ホサキの3人がタッグを組んで挑んで来た。決戦である!
ここ数日、力をため込んでいたマイドラゴンは大いに善戦し、何度もホワイトブレスを吐いて3人の代わる代わるの攻めに対し、しっかり応戦したのであった。
当然俺も舌と指を駆使して、側面からマイドラゴンを援護したのは言うまでもない。3人とのむふふな攻防は深夜まで続いたのだった。
設定を更新しました。R4/7/31
更新は月水金の週3日ペースを予定しています。
2作品同時発表です。
「精霊の加護」も、合わせてよろしくお願いします。
https://ncode.syosetu.com/n2050hk/
カクヨム様、アルファポリス様にも投稿します。




