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射手の統領085 副拠入り

射手の統領

Zu-Y


№85 副拠入り


「どう言うことや!どこに行きよったんや!」

「それがさっぱり分からしまへん。」

 朝からいきり立つ隠居に、重臣ふたりが困惑してる。


「隠居どの、朝から穏やかでないな。如何された?」

「影の者がおらんのや!」こいつ、バカか?影の者を使っていることをあっさり白状しやがった。

「影の者?」

「あ、いや。」さすがにやばいと思ったか、お茶を濁す隠居。もう遅いけどね。

 そんな中、重臣のひとりが上手く躱した。

「護衛ですがな。連れて来ている護衛の他にも、隠し護衛がおるんですわ。」

「ほう、二重の護衛か。流石シエンだ。抜かりないな。」俺はわざとそう言うふうに答えた。しかしさらに追い打ちを掛ける。


「で、その陰の護衛がいないのか?」

「まぁ、そんなとこや。」

「隠居どの、我々はこれから湖船に乗るが、影の護衛も一緒に乗る予定だったのか?」

「いや、湖船は湖上やし、湖船に乗る護衛は連れてる者だけや。」

「では、陸路をガハマへ先行したのではないか?」

「…。」押し黙る隠居。昨夜から影の者がいないとは言えないよな。笑


 こいつは昨夜、影の者に俺を襲撃させるつもりだったのだが、影の者はとっくに俺とシエンで引き抜いている。

 一昨日の夜に隠居から、俺を襲撃せよとの命令を受けた影の者は、隠居には準備に1日掛かると伝えた後、すぐ隠居から襲撃命令が出たことを通報して来て、シエンのいるアーカへとずらかった。そうとは知らない隠居は、昨夜から襲撃に現れない影の者に不満タラタラだ。まったくお目出度い奴だ。笑


「まぁ隠居どの、どうせ湖船に乗らないなら待つ必要もなかろう。ガハマにはその家来衆も招くゆえ、影の護衛の労をねぎらってやるがよいぞ。」

「いや。あ奴らは雇い勢ゆえ、斟酌は要らん。」

「権座主!」口が軽い権座主を重臣がたしなめる。

「おい、権座主はシエンだ。昨日もそう申したであろう。そなたらが気を配ってやらねば、継いだばかりのシエンが要らぬ苦労をするではないか。

 のう、隠居どの。」

「せやな。気ぃ付けや。」苦虫を噛み潰したような顔で重臣を注意する隠居。滑稽としか言いようがない。笑


 宿屋を出てオツの湖港に行った。ビワの聖湖には主要な湖港町が3つある。ビワの聖湖の南端のここオツ、ユノベ副拠がある聖湖北東のガハマ、そして聖湖北西岸のコンツーだ。この3湖港は互いに湖船で繋がっており、聖湖航路と言う。

 俺たちは、オツからガハマ行の大型湖船に乗った。この湖船は、馬車も運べる。オツからガハマへは、陸路では2日だが、湖船では1日である。

 船内では、隠居、側室、重臣ふたりは船室に籠っていたが、俺たちセプトは甲板にいた。


「父上たちは出て来いへんな。」

「何か警戒しとるんやろか?」

『ふん、余の縄張りで好き勝手などさせぬわ。』ウズが思念を飛ばして来た。

 ここ、ビワの聖湖はウズの縄張りである。聖湖の中央北寄りのタケオ島が、眷属にする前のウズの棲家だったのだ。

「ウズ、何かやったのか?」

『うむ。湖に棲むちょっかいを出して来そうな奴らをな、昨日のうちに軽く脅しておいたのだ。』

「昨夜の気力の放出か?」

『そうだ。』

「すまんな。」

『別に大したことではない。』そう言いながらも、ウズは得意気だ。


 ビワの聖湖は穏やかで、大型湖船は非常にスムーズに進み、夕刻前には予定通りガハマの湖港に着岸した。

 馬車ごと大型湖船を降り、セプトの馬車がアーカ一行を先導してユノベ副拠へ向かう段取りだ。


 俺たちの馬車は先に降りたので、後続のアーカの馬車を待っていると、やがてアーカの馬車がやって来た。そこへ騎馬数騎の集団が来て、やや離れたところに袋を投げ捨てて一目散に走り去って行った。

 俺が様子を見に行くと、袋の中には下帯1枚で、荒縄で雁字搦めに縛られた男が入っていた。袋から男を引き出すと、男の頭は丸坊主で、顔は煽れ上がっており、体中が痣だらけだ。

「おい、しっかりしろ。何があった。」

「うう…。」

 呼び掛けると、呻き声が返って来た。意識はあるようだ。


 この男には見覚えがある。商都で失踪した隠居の重臣だ。取り敢えず荒縄を解いていると、隠居たちも様子を見に来た。

「隠居どの、こ奴は商都で行方をくらませた隠居どのの重臣ではないか?」

「そのようやな。

 おい、お前はどこに行っておった?」

「うう、権座主…。」

「権座主はシエンだ。隠居と呼べ。」俺が一喝すると、

「うう、ご隠居様…。むごうおまっせ。わしはご隠居様に叛意など持っておりまへんがな。」

「なんだと、隠居どのの差し金だと言うのか?隠居どのはずっとわれらと一緒だったのだぞ!できる訳なかろう。」俺が隠居を庇うふりをした。笑

「そうや。わしはそんなことはせえへん。それよりお前は出奔したんやないんかい!」

「出奔?ご隠居様は、影の者をお使いになったやおまへんか。」

「影の者?隠し護衛のことか?

 ご隠居、今朝の隠し護衛がいないと言うのは、こう言うことだったのか?」

「違うがな。こいつがいのうなったのは一昨日の晩や。影の者がいのうなったのは昨晩や。」


 そこへサジ姉が割って入った。

「アタル…治療が…先…。」

「あ、そうだな。サジ姉、頼むよ。」

 サジ姉が、傷だらけの重臣に回復の術を掛けた。体中の傷が癒されてゆく。

「おおきに。おおきに。」重臣は両手を合わせてサジ姉を拝んでいる。


「おい、改めて聞くぞ。そなたは、一昨日の晩に商都の宿屋から出奔したゆえ、隠居どのに影の護衛を追手に向けられ、そ奴らに絡め取られたと言うのだな?」

「ちゃうで。わしは追手など差し向けておらんがな。」

「わしは出奔などしておりまへん。絡め取られたのは商都の宿でおます。」

「待て。商都の宿では他の重臣ふたりと同室だったはずよな。ふたりがいるところで絡め取られたと言うのか?気付かぬ訳なかろう?」

「ご隠居様の命令やよって、狸寝入りを決め込んでたのやろ。」

「なんやと。朝起きたらお前がいのうなっとったんやないかい。」

「そうや。わしらが寝ている間にこそっと抜け出したんと違うんか?」


「まぁ、待て。お前ら仲間内で揉めても仕方ないだろ。

 商都でいなくなったのが出奔でなく、影の護衛から絡め取られたのであれば、同室のふたりが気付かぬようにやるなど、相当な手練れよな。隠居どのは、影の護衛は雇い勢だと言っておったし…。

 そうか!影の護衛に雇ってたのは、隠密行動を生業とする影の者、エノベの衆か?」俺も白々しい。笑


「わしはそんな命令などしておらん言うとるやろ。」

「左様か。まぁしかしエノベは使っていたのだな。」

「あくまでも影の護衛としてや。」嘘付け、コノヤロ!

「となると、絡め取ったのは別の勢力が雇うエノベの衆か。隠居どの、どこかの勢力と敵対しておるのか?あるいは、恨みを買ってるとか?」

「そないな訳あるかい!」


「あ!」絡め取られた重臣が反応した。

「どうした?何か心当たりがあるのか?まさか、お前が恨みを買ってたのか?」俺は隠居達に気付かれぬように、その重臣を眼力で威圧した。

「違うおます。」目が完全に怯えている。気付いたようだな。俺の謎掛けに。


 隠居と敵対している勢力とは俺たちのことだ。そして隠密勢力を使っているのはお前たちだけではないぞ。つまり俺たちも使っているぞと。まあ、俺たちが雇ってるのはシノベだがな。

 そして俺たちの隠密勢力が自在に動けると言うことは、隠居の隠密勢力を無力化したか取り込んだと言うことだ。

 最後の、お前が恨みを買ってたのか?は、ベラベラしゃべって俺の恨みを買うつもりか?と言う脅しだ。


 そう、今回の黒幕は俺。

 エノベではなく、俺の配下のシノベを使ってこいつを絡め取った。こいつら隠居派の重臣をシエン派へ切り崩すか、なびかなければ都合よく消えてもらう。


「まぁ、お前もひどい目に遭って大変だったな。出奔でないなら隠居どのを裏切ってないのだから、一緒に湯治に来るがいい。ゆっくり湯に浸かって、今後のことなども考えればよかろうよ。」

 今後のこと、つまり身の振り方だ。このまま隠居に付いているか、俺たちと同盟を結ぶシエンに付くか、よく考えるがいい。まあ、どう言う答を出すかは分かっているがな。

「さて、隠居どの。参ろうか?」


 予定通り俺たちセプトの馬車が先導して、隠居の一行をユノベ副拠へと案内した。ユノベ副拠では家来どもが大手門の左右に整列して一行を出迎えた。


 重臣3名と護衛は家来たちの宿坊の客間へ、隠居と側室は副拠館の客間へと通した。ここで完全に隠居と重臣以下を分断したのだ。もう会うことはなかろう。

「アタルどの、重臣たちはどこや。」

「重臣以下お供の衆は、家来どもの宿坊の客間に通した。館の客間に通すのは賓客のみだから、隠居どのと側室どのだけだ。

 と、言うのは建前でな。本音はせっかく湯治に来たのだから、お気に入りの側室どのと水入らずがよかろうと言う計らいだ。お気に召したかな?」

「ほう左様か。粋な計らい、礼を言うで。アタルどのはお若いのに機微が分かっとるやないか。」

「おふたりの眼に着かぬように護衛は付けておるし、世話係は、呼ばれたときだけ顔を出すように申し付けておるので、安心してゆっくり湯に浸かり、寛いで健康を取り戻してくれ。

 それに隠居どのはまだ若い。湯治で健康を取り戻したら、わが盟友シエンの良き相談役になって欲しいのだ。シエンは果断で非常に有能だが、いかんせん経験がな。まっすぐな気質は大きな魅力ではあるが、一方で心配でもある。搦手や寝技はまだ不慣れであろうな。隠居どの、頼むぞ。」

「ほう、アタルどのはよく見ておるんやな。見直したで。」

「それは何とも光栄なお言葉かな。隠居どの、痛み入る。」


 アタルの本音は隠居を分家から排除したいし、隠居はアタルの襲撃をエノベに命じたのだから、アタルも隠居も互いに警戒して心を許していない。このやり取り、まったくもって狸と狐の化かし合いである。


 そうは言っても好色な隠居である。早速、館の湯殿に混浴で側室とふたり切り、乳繰り合ってご満悦だ。夕餉も、隠居の部屋で側室とふたり切りで満喫している。その無警戒さに半ば呆れつつも、ある意味で感心したね。

 シエンよ、間もなく新たな弟か妹ができるかもしれんぞ。笑


 夕餉の後、俺は家来用の宿坊の客間に、重臣以下、護衛も含めたアーカ勢を訪ねた。

「そなたら、湯は満喫したか?家来用だが大浴場ゆえ、館のこじんまりした湯殿よりは広々としておるのだぞ。源泉は3種類だ。すべて堪能致せよ。」

「どれもいい湯でおました。して、ご隠居様は如何されておられますやろか?」

「ふむ。側室どのとしっぽりふたりっ切りで決め込んでおられたわ。あれならご回復も速かろうな。

 まったく恐れ入ったぞ。これっぽっちも警戒せず、側室どのとふたりっ切りで混浴をお楽しみよ。思いの外、豪気なお方よな。

 そなたらには隠居どのから用があるときにお召しが掛かるゆえ、そのつもりでな。それ以外は遠慮なく羽を伸ばせよ。」

「これはおおきに。ご配慮痛み入ります。」

「なんの。礼ならシエンへ言うがよいぞ。わが盟友シエンの家来衆でなければここまでは歓待せぬでな。

 そうそう、そなたら、夕餉は不足しなかったか?」

「十分頂きました。」

「そうか。不足があれば遠慮なく申せよ。シエンの家来衆にひもじい思いをさせたとあってはシエンに顔向けできぬからの。」

 シエンを持ち上げて、隠居をそれとなく貶めてやった。お前らに隠居からのお召しは掛からんよ。お召しがあってもこっちで止めるからな。

 とっとと隠居に愛想を尽かしてアーカに戻ってシエンに忠誠を誓えってんだよ。


 俺は自室で今後の戦略を練る。

 今日は嫁会議の日だからひとりでゆっくりできる。明日はキョウちゃんズを連れて流邏石でアーカへ飛び、シエンと今後の打ち合わせをしよう。

 しばらくは副拠に隠居を留め置かねばならんから、その間に隠居の重臣どもを調略するか。

 あとは同盟各家の副拠を巡ってみるのもいいな。


設定を更新しました。R4/7/3


更新は月水金の週3日ペースを予定しています。


2作品同時発表です。

「精霊の加護」も、合わせてよろしくお願いします。

https://ncode.syosetu.com/n2050hk/


カクヨム様、アルファポリス様にも投稿します。


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