射手の統領076 村の分裂の仲裁
射手の統領
№76 村の分裂の仲裁
朝餉の後、山髙屋キサキ支店で北斗号を受け取り、キサキの温泉街を出発。
今日の行程は山越えが続くので険しい。そう言えば今日は今年の末日だ。明日は新年初日か。もっとも旅に出てたら、暦はあまり関係ないがな。
山越え5回、海岸線を3回、小さい平野を6つ横切ってようやく目的地のアマールの漁村に着いた。
山越えが5回もあったので、進んだ距離はいつもの6~7割程度だが、これでもかなり距離を稼いでいる。うちの曳馬たちは、大型で馬力があるから山登りにも強くて、実に頼もしいのだ!
今夜の宿泊予定地のアマールは、非常に面白い地形だ。
東と西と南は山、北は海、南東と北東から川が海に流れ込んでいる。
南からせり出して来る山と、北の海の間にわずかな平野があり、そこを中心に、南東から流れて来る川に沿っている平野は、そこそこ奥まで伸びているが、南西から流れて来る川に沿っている平野はさほど行かないうちに、南の山と西の山の間に挟まれてなくなる。
東の山と西の山は、断崖で北の海に面しているので、平野が南東へは長く、南西へは短いVの字になっている。
平野の広さは、キサキの温泉街からアマールに来るまでに村が形成されていた2つの平野と比べて一番狭い。
俺たちは、東から山越えをして来て、南東から流れてくる川に沿って来た。
一応アマールの漁村なのだが、南東の川沿いの平野では農家が多く、農民集落を形成しており、北の海に面する平野と南西に短く伸びる平野には漁民集落が形成されている。
俺たちは、北の海に面した平野の、南の山がせり出している頂点の麓に北斗号を停めて、行商と野営をしようと考え、村長宅に許可を取りに行った。しかしなんだか村長宅の雰囲気が物々しい。
今回も交渉係は、俺とアキナとキョウちゃんズだ。
「こんにちは。旅の者ですが、村長さんはいらっしゃいますか?」商人のアキナが切り出した。
「なんや!」おいおい、いきなり喧嘩腰かよ。
「行商の旅をしてまして、南の山の麓に馬車を停めて行商することと、1泊することを許可してもらえませんか?」
「あんたら、行商どころやないで。悪いことは言わん、去んだ方がええ。」
「どうしてですか?」
「下手したら、これから出入りになるかもしれんのや。」
「出入りって大喧嘩か?穏やかじゃねぇな。しかも今日は今年の末日だぜ。ゆるりと除夜の鐘を聞いて新年を迎えたらどうだ?」思わず、割り込んじまった。
「わしらからは仕掛けんがな。けどな、仕掛けられたら返討にしたる。」
「どこから仕掛けられるんだ?」
「村の農民連中や。」
「え?村人同士で大喧嘩するのか?」
「農民連中がな、村から独立させろ言いよる。そんなん認められる訳ないやろ?そらあかん言うたら、農民集落の長のところに集もうて、えらく気炎を上げとるそうや。そやさかい、こっちも漁民集落の連中を集めとるんや。」
「なんで独立させろって言って来たんだ?」
「んなもん知るかい!」
「同じ村なら互いに親戚同士も多いだろ?話し合えば分かり合えるんじゃねぇの?」
「話し合うって、独立をか?あかん。以外の返事はないで。その返事はもう伝えとる。これ以上、話すことなどないわい。」
「独立させろって言って来た原因が分かって、それが解決できれば独立しないで済むんじゃないか?」
「どうせ、農民集落の長が、農民連中を煽っとるだけや。」
「なぁ、そんなんで片付けていいのか?村を二分して大喧嘩になれば、多くのケガ人が出るし、下手すりゃ死人も出るんだぜ。明日は新年初日だと言うのに本当にそれでいいのかよ?」
「そんなん仕掛けて来た農民連中のせいや。陸から出られん臆病者が、わしら海の男に敵う訳あらへん。海に出りゃ命懸けや。わしら、毎日命を懸けとんのや。なぁ、皆の衆。」
「「「「「そうや、そうや!」」」」」
あ、これかも。
海の男は命懸け、陸の男は臆病者、そんな風潮に嫌気がさして独立とかか?物凄くありがち。
「なぁ、取り敢えず向こうの言い分を、俺が聞いて来てやろうか?今、あんたらが直接出会ったら、間違いなく血を見るぜ。」
「小僧、調子に乗るなや。ガキが仲裁できると思うとるんかい?笑わせるんやないで。」集まってた漁民が笑う。
「そうか。信用ならねぇか。
ウズ、3倍。」そのまま水撃矢で屋根を吹っ飛ばす。村長以下、全員水浸しのずぶ濡れ。
「…。」村長、お口パクパク酸欠金魚。漁民、以下同文。
「事情を聞いちまった以上、放っとけねえしな。もう一度聞くが、俺じゃあ、役不足かい?」
「えろう、すんまへん。お預けします。わしらの言い分は、独立は認めん。この条件だけは譲れまへん。」
「それ以外の言い分はいいんだな。」
「聞いてみんと、応、というかは分からへんけど、聞くだけは聞きまっさ。」
取り敢えず、俺が預かることになった。
俺はノアールに乗って農民集落の長の家に向かった。こちらも農民が集まってピリピリしてる。
「こんちわ。長はいるかい?」
「わしが長やが、あんたは誰や。」
「旅の者だ。漁民集落の長の使いで来た。」取り敢えず村長とは言わなかった。
「あのヘタレ。自分ひとりでは来られんのやな。」取り巻きの農民たちが笑う。
「じゃあ、あんた、ひとりで漁民集落の長の家に行けるのか?」
「なんやと。何でわしがひとりで行かなあかんのや?これから全員でカチコミ掛けたるんや。」
「なんだ、ひとりで行けねぇのか?だったら、漁民集落の長と同じじゃねぇかよ。あんたもヘタレってか?」
「なんや、小僧。ガキの分際で、喧嘩を売りに来たんか?」
「ほう。買ってくれるんなら、喜んで売ってやるぜ。
ウズ、3倍。」そのまま水撃矢で屋根を吹っ飛ばす。農民集落の長以下、全員水浸しのずぶ濡れ。
「…。」村長、お口パクパク酸欠金魚。農民、以下同文。
「お前らの言い分を聞きに来たんだが。俺じゃ役不足かい?」
「申し訳ありまへん。そないなこと、あらしまへん。」
「漁民集落の長の言い分は、独立だけは認めないそうだ。あんたらが独立したい理由は何だ?その原因がなくなれば独立の必要がなくなるんじゃないか?」
「独立?誰がどこから独立しまんのや?」
「アマールの漁村から、アマールの農村が独立するって話なんじゃないのか?」
「へ?何言うてまんのや。違いまんがな。」
俺は農民集落の長の言い分を詳しく聞いた。
アマールは元々、海の近くに集落から始まっていた。その頃の生業は漁業一本。今の漁民集落の前身だ。
豊かな海のおかげで漁獲は非常によかった。しかし、船酔いする者は漁業はできない。そういう者たちが川沿いの利点を生かして農地を開拓し、それが発展して農民集落が形成された。
つまり歴史的に見ると、漁民集落がアマールの元祖であり、農民集落は新興勢力な訳だ。そんな経緯から漁民集落の長が村長を兼ねて来た。
そしてここからがミソなのだが、漁民は農民を下に見る傾向があり、露骨ではなく何となくなのだが、農民は漁民の下というような風潮が蔓延している。農民はこれが気に入らない。
すでに村の人口は、農民の数が漁民の数を越えており、そもそも現在の農民が農業を生業としているのは、船酔いするせいではなく、代々伝わる家業を継いだだけである。
先祖だって、船酔いはしたが決して海を怖がっていた訳ではないのだ。臆病者などとは心外も甚だしい!
とまぁ、こんなところだ。
要するに、
1 農民と漁民は対等だ。漁民は農民を見下すな。
2 アマールの漁村ではなくアマール村と改めよ。それがだめなら農村集落はアマールの農村と名乗る。
3 漁村集落の長だけが村長になるのではなく、村長は農民集落の長がなってもいい様にせよ。
と言うことだ。2の要求が独立要求と誤解された訳だな。
「では、農村集落が独立すると言うのではなく、漁民が農民を見下さず、アマールの漁村をアマールの村と改め、村長は農民集落からも出す。という条件でいいんだな。」
「それなら文句はあらしまへん。それにもともと独立なんて考えてまへんよってに。」
俺はこの条件を持って、村長=漁村集落の長のところへ戻った。まず、農民たちが最初から独立を考えていなかったことを伝え、その上で農民たちの要求を列挙した。
「農民を見下してたつもりはないんやけどな…。」
「そうかな?海の男は命懸け、陸の男は臆病者、みたいなことを言ってたと思うが?」
「!」×多。村長宅にいた漁民の多くが項垂れた。心当たりがあるのだろう。
「漁民集落と農民集落を合わせて全体でアマールの村と名乗るのと、漁民集落はアマールの漁村、農民集落はアマールの農村と名乗って呼び方を分けるのでは、どちらがいいんだ?」
「そら、一緒にしてアマールの村の方がいいに決まってまんがな。」
「農民集落もそれが望みだ。別で名乗るのは次善の要望でな。これが独立と誤解されたようだがな。で、村長の件は?」
「それも構しまへん。村長は何かと面倒やよってな。」
「それなら手打ちでいいな。」
「そうでんな。」
その夜、村の広場に漁民と農民が集まって、手打ちの宴となった。漁民や農民の多くは、一触即発だったことすら知らない者も結構いて、両集落の長とその取り巻きの暴走だったことが伺える。まったく人騒がせな連中だ。
俺たちはその宴で行商の夜店を開かせてもらい、残りの在庫の半分近くが掃けた。村にしては上々の売り上げだ。
客足が途切れたところで店終いをし、俺たちも宴に加わった。
漁民集落の長と農民集落の長が、肩を組んで陽気に歌っている。まったく暢気な連中だ。夕方は喧嘩寸前だったくせにな。そのふたりが俺のところに酌に来た。
「旅の人、えろう世話になってもうて。」
「ホンマや。旅の人はアマールの恩人や。そう言えば、恩人のお名前も聞いてへんかったわ。」
「俺か?俺はアタル。パーティーはセプト。」
酔い潰れない程度に呑んだ。料理も酒も旨かった。
宴のまま除夜の鐘を聞き、呑みながら新年を迎えた。
設定を更新しました。R4/6/12
更新は月水金の週3日ペースを予定しています。
2作品同時発表です。
「精霊の加護」も、合わせてよろしくお願いします。
https://ncode.syosetu.com/n2050hk/
カクヨム様、アルファポリス様にも投稿します。




