射手の統領063 北斗号
射手の統領
Zu-Y
№63 北斗号
3日間、セプトのフルメンバーでクエストをこなし、今朝、俺とタヅナはキノベ本拠のミーブへ飛んだ。残りのメンバーは東都でクエストを続けている。
トウラクとハミどのが出迎えてくれ、そのままハミどのの案内で、製造部に行き、完成した馬車を見た。イメージ通りだ。
メイン車両は4輪で、轅に4頭の曳馬を繋ぐ。
すでに、漆黒の青毛ノアール、純白の白毛ヴァイス、艶のある暗色の黒鹿毛ダーク、濃い鈍色の葦毛セールイが繋がれていた。4頭ともがっちりした大型なので、並の大きさの馬の6頭分の馬力があるし、馬車に繋ぐと見栄えがいいい。頼もしいぞ。
4頭ともタヅナを見て喜んでいるが、俺に対してはノアールだけが反応した。愛い奴め。ノアールよ、お前は俺の一番のお気に入りの座を勝ち取ったぞ。
メイン車両の天井部からは、轅に沿って棒を出し入れすることができ、その棒には幌が装着されている。つまり、棒の出し入れで、幌の出し入れができるのだ。
幌を伸ばすと曳馬4頭を完全に覆うので、雨の日や、野営中は馬を守ることができる。
棒を収納しても、幌が御者台の天井として機能する。また、上部の幌は棒に固定、左右の幌はスライドできるので、日差しの強い日は、棒を伸ばして上部の幌で馬に日陰を作りつつ、左右は全開にして風通しを良くすることができる。
御者台は3人掛けで、両サイドから乗降できる。御者台の後ろは左右にふたり掛けのシートと、中央にメイン車両内部への引き戸がある。引き戸の前に補助席を出せば、座席は5人掛けとなる。
メイン車両の内部の前半分はメンバーの寝室スペースだ。セミダブルの二段ベッドが両サイドに1台ずつ並んでいる。
ベッドの横の壁には、上段、下段ともスライド式の窓があり、外を警戒したり、空気を取り入れたりできる。また、前半部の寝室スペースの両横の壁は、左右とも3つのパーツに分かれており、停車時には、天井との継ぎ目を軸に、それぞれを上げ開くことができるので、休憩時に左右6つの壁をすべて上げ開けば、大型テント仕様にすることができる。
ベッドの後端には、上段のベッドに登る梯子があり、その梯子を更に上ると、天井を抜けて屋上に出ることができる。ベッドの奥の、後半部との仕切りには左右に簡易トイレもある。
メイン車両の後半部は、曳馬の秣や、俺たちの食糧と飲料水を収納する倉庫スペースになっており、左右後部の引き戸で荷の積み下ろしをする。また、前後半部は引き戸で仕切られているので、メイン車両内で出し入れすることもできる。
メイン車両の屋根は屋上になっており、外側の四つ角と、内部の左右のベッド後端の計6ヶ所にある梯子から登ることができ、矢止板を兼ねた柵を巡らせてあるので、戦闘時には攻撃台として、走行時には見張台として機能する。屋上中央には指揮所があり、移動できる簡易座席が4つある。
なお、メイン車両は、御者台、屋上の指揮所、寝室、倉庫が、それぞれ伝声管で繋がっている。
連結によって続くサブ車両も4輪だが、長さはメイン車両の半分ちょい。
商品を積む荷台なので、内部には商品を固定する装置もあり、後面の開き戸には、外からしっかり施錠ができる。
メイン車両とサブ車両に分けたことで、旋回時に小回りが利く。なお、メイン車両の内側の最後尾には、サブ車両を切り離すことができる緊急レバーがあるが、通常は厳重にロックされている。
それからすべての車両に防寒仕様と対暑仕様が施されており、温熱石や寒冷石を装備して起動するのだそうだが、そんなのめったに使わないだろうし、もうほとんど聞き流していた。一刻も早く乗り心地を試したい。
「姉上、いい仕上がりだな。」トウラクが馬車の出来を褒めた。
「そりゃそうよ。製造部が相当気合を入れて造ったもの。
アタルどの、馬車の名前は何にします?」ハミどのが聞いて来た。
「みんなで考えて決めるかな。」
「それだとぉ、いろいろな案が出てぇ、まとまらないわぁ。アタルが決めてぇ。」
「それもそうだな。うーん…。北斗号はどうだろう?セプトの7から天空の北斗七星を連想したんだ。」
「いいじゃないか。」トウラクがすかさず好意的な感想を言った。
こうして、俺たちセプトの馬車は北斗号になった。
俺とタヅナで北斗号に乗り、キノベの一行と一緒に東都を目指した。
キノベの一行は、統領と重臣3名が馬車に乗り、護衛はすべてトウラク配下の騎馬隊だ。トウラクは世継のくせに馬車には乗らず、騎馬隊の長として20数騎の騎馬隊を先導している。堂々たるものだ。
やはりキノベ騎馬隊を、無双の騎馬隊に鍛え上げたトウラクは、騎馬隊を率いさせたら貫禄がまるで違う。何よりも部下たちが喜んでトウラクを慕っているのが手に取るように分かる。
この騎馬隊に先導された隊列に、ちょっかいを掛けられる盗賊などいるはずもなく、丸1日悠々とした行進だった。すれ違う旅人が、ことごとく感嘆の声を上げるのだ。
予定通り初日で、東都までのおよそ半分の行程を移動し、トギスの農村に着いた。
トギスの中央広場で大きな篝火を焚き、野営を張った。村人が騎馬隊員と気軽に挨拶を交わし、一緒に夕餉の準備を始め出した。ツーカーのようだ。
村長が出迎えに来て、キノベどの、トウラク、重臣3名に、俺とタヅナが村長宅で、夕餉のもてなしを受けた。
キノベは、東都へ往復するときは、必ずここトギスを中継地点として利用する。中央広場では、キノベの騎馬隊員と村人が宴を催していた。キノベは、宿泊や野営の際に、それなりに金を落とすので、トギスの村との関係は非常によい。
トウラクがそっと耳打ちをして来る。
「ここの村長はもとキノベでな、父上はここの村長と仲が良いのだ。父上がいるといつも村長宅に呼ばれるのだがな、俺は広場の宴の方が性に合っててな、父上がいないときはいつもあちらに行くのだ。村長もそれを知っててな、俺と騎馬隊のときは、声を掛けて来んのだ。気が利くであろう?」
「兄上はぁ、宴に出て来る村娘が目当てなんですぅ。かわいい娘が何人かいますからぁ。」反対からタヅナが囁いた。
「タヅナ、聞こえてるぞ。」トウラクは苦笑いをしている。
「トウラク、そなたの話もしっかり聞こえておるわ。夕餉を頂いたら、宴に行って参れ。
村長、相すまぬ。」
「統領、もったいない。
トウラク様も夕餉まではお付き合い下され。」
「あ、いや。村長、こちらの夕餉に不満がある訳ではないのだ。家来どもとわいわいするのが好きなのでな。」
「色気がなくて申し訳ありませんな。」
「いや、だから違うと言っておろうが。」タジタジとするトウラク。村長に遊ばれている。笑
村長宅での夕餉が始まり、俺はタヅナの婿として、キノベどのから村長に紹介された。ここでキノベどのから村長へ、今回の東都行きの理由が語られた。
「村長、此度は5武家同盟と山髙屋の提携の発表という建前で行くがな、本音のところは、次ノ宮殿下にトウラクを目通りさせるのが目的だ。」
「ほう、いよいよお決めになられましたか。」
「ふん、前から決めておるわ。」
「父上、何を決めておられたので?」トウラクが無邪気に尋ねた。あちゃー、やっちまった。
「もうよい。そなたは黙っておれ。」キノベどのは頭を抱えた。
この能天気さもトウラクの魅力ではあるのだがな。やはりこのままでは、切れ者の軍師が必要だな。ハミどのが適任か。
村長宅での夕餉を終え、トウラクとタヅナと俺は、中央広場の宴へ向かった。
「なぁ、アタル、さっき父上が最期に黙っておれと仰せになった一連の話だがな、お前はあれをどう見た?」
「されば、最初から世継はトウラクに決めていたということであろうな。」
「そうだよな。しかし父上は姉上を世継候補に上げるなど、俺を世継に決めていたとは思えなかったのでな、それで尋ねてみたのだが、お気に障ってしまったようだ。何がいかんかったのだろうな?」
「そうか、トウラクは分かっていたのだな。しかし、あの聞き方だと、トウラクが分かっていなかったように聞こえたゆえ、それでキノベどのは歯痒く思われて不機嫌になられたのであろうな。」
「父上は本当に俺を最初から世継にするつもりだったのかな。ならば、なぜ姉上を世継候補に上げられたのだ?」
「まずは昔のトウラクが、騎馬隊の育成に熱中するあまり、陸運を顧みなかったことがひとつだな。キノベの統領となるなら、騎馬隊も陸運も取り仕切らねばならん。ハミどのを評価することで、陸運で成果を上げれば、評価に値すると伝えたかったのであろうよ。しかし、真意を言葉にしなかったせいで、トウラクの陸運に対する対抗意識を煽っただけだったがな。」
「うむ、確かにその通りだ。」
「次に、トウラクは鷹揚としており、これは統領に必要な資質のひとつだが、キノベどのはその鷹揚さを、暢気な気質と誤解して、歯痒く思われていたのだと思うぞ。暢気と思っていたトウラクを少し焦らそうとして、ハミどのをいわゆる当て馬に使ったのだな。」
「それが本当なら、姉上に失礼ではないか。」
「まぁそうだな。しかしハミどのは、キノベどのの真意に気付いており、ハミどの自身もトウラクこそ次期統領だと思っていたから、当て馬にされたことを気にしておられるようには見えんな。
それよりも、キノベどのの方が、思惑が外れて困っていたと思うぞ。」
「しかし、俺は一時期とは言え、姉上を目の敵にしてしまったのだぞ。ハナから俺にそう言えばよかったものを。まったく浅慮なことをしたものだ。
父上は、たまに読みが甘いことがある。こねくり回して、自分で面倒臭くして、挙句の果てコロッとコケるのだ。策士、策に溺れるという奴だな。本当に困ったものだ。」タヅナが眼を瞠った。
トウラクの、キノベどのの評価は実に的を射ている。トウラクは、一見抜けてるようで、物事の本質を見抜いているのだ。本当に面白い奴だ。
「なぁ、トウラク、腹心はいるか?」
「何だ、いきなり話題が飛ぶな。もちろん何人かいるぞ。」
「その中に、ハミどのの伴侶にできそうな奴はいるか?ハミどのは鋭い上に賢い。軍師にはもって来いだ。他家にくれてやるのはもったいないぞ。トウラクの腹心と娶わせれば、トウラクのよき軍師になる。」
「おお、アタルもそう思うか。実は俺もそう考えていたのだ。姉上は俺より確実に切れる。だからこそ、姉上が世継候補に上げられたときに、俺は余計に意固地になってしまったのだがな。」
え?トウラクもそう考えていたのか。やはりトウラクは、瞬間的な切れ味では一歩引くが、熟慮の上の洞察力は目を瞠るものがあるな。
「トウラク、流石だな。」
「兄上がぁ、姉上をその様に評価していたとはぁ、驚きましたぁ。」
「何だ、タヅナは姉上の鋭さに気付いてなかったのか?」いや、そういう意味じゃないんだがな。
「もちろん気付いてましたよぉ。」
「ならば、驚く必要はあるまい?」実にいい。この切り返し、いかにもトウラクらしいではないか。
「タヅナはな、トウラクが切れ者のハミどのを警戒するあまり、軍師に用いようとしているとは思わなかったと言ってるのだ。」
「そうなのか?」
「その通りですぅ。」
「タヅナ、それはいささか料簡が狭いぞ。切れ者はな、敵なれば警戒もするが、味方なれば重用するものよ。覚えておくがよい。」
「はいはい、肝に銘じますぅ。」もう、タヅナは面倒臭くなったな。笑
中央広場に着いたので話は中断。キノベの騎馬隊と村人たちと宴に加わり、大いに楽しんだ。村人たちは、村娘どころか、老若男女、子供に至るまで大いにトウラクを慕っている。
騎馬隊の隊員に聞くと、一昨年、村が盗賊に狙われ、無茶な要求をされたとき、トウラクは騎馬隊の精鋭たちとともに、村に何日も夜通し張り込んで、襲撃に来た盗賊を壊滅させ、村はまったく被害を出さなかったそうだ。それ以来、この付き合いだという。
夜が更け、宴がお開きになると、俺とタヅナは北斗号で寝た。キノベどのは村長宅だが、隣の馬車にはトウラクや重臣がいるので、タヅナとのお楽しみはなしだ。騎馬隊が交代で夜警に就いてくれた。
設定を更新しました。R4/5/15
更新は月水金の週3日ペースを予定しています。
2作品同時発表です。
「精霊の加護」も、合わせてよろしくお願いします。
https://ncode.syosetu.com/n2050hk/
カクヨム様、アルファポリス様にも投稿します。




