射手の統領024 アキナの根回し
射手の統領
Zu-Y
№24 アキナの根回し
ヌーマの港町の宿屋に入ると、戦闘報酬としてひとり大銀貨1枚、通常手当と合わせて大銀貨2枚が配られた。戦利品は全部寄付したから戦闘報酬は山髙屋の負担なんだな。
ヌーマの港町は久しぶりだ。当然寿司だな。サヤ姉、サジ姉、ホサキもそれでいいというので、俺たちは寿司屋に行くことにした。他のみんなはどうするのだろう?
サンファミとタヅナ隊隊員は、それぞれ呑みに行くそうだ。俺たちの寿司組には、アキナとタヅナとハンジョーが加わった。ヌーマの港町は、ユノベ本拠のテンバから近いので、たまに来ていた。俺たちは、俺の馴染みの寿司屋に行く。
「いらっしゃい。って、若!これはこれは、お久しゅうございます。」
「久しぶり、相変わらず元気だな。」
この寿司屋の大将はもとユノベの優秀な射手だったが、戦闘で右眼を負傷し、視力が極端に落ちてしまった。狙いに齟齬が出たため、ユノベを去り、ここヌーマで家業を継いだ。そんな繋がりで、ユノベの連中はよくここを利用している。もちろん寿司屋としての腕もいい。
「そういえば若、ご婚約おめでとうございます。」
「ありがとう。婚約者のサヤ姉、サジ姉、ホサキだ。」
「おや、サヤ姫とサジ姫ですか?あのお転婆がすっかり別嬪になって…。おっとこりゃ失礼。ひと言余計でした。
それとホサキさん。はじめまして。」
サヤ姉とサジ姉も元ユノベの大将を見知っている。お転婆に心当たりがあるのだろう。苦笑いしている。
「それから、今回の仕事仲間のアキナ、タヅナ、ハンジョーだ。」
互いに挨拶を交わして奥の座敷席に案内された。
お任せで頼んで、大いに堪能しつつ会話が弾んだ。今日の戦闘、陰士の有用性、騎士の伝令の妙、人馬一体の手綱さばき、サヤ姉とサジ姉のドS制裁、衛兵詰所での頭目と手下その1の号泣、アキナの山髙屋の信用を高める英断、などなど。
そして俺は、敢えて俺たちの旅の交易構想へと話題を移した。ハンジョーの反応が知りたかったからだ。アキナがセプトに加わるつもりだと告げると、やはりハンジョーの顔は険しくなった。
「お嬢、それは社長がお許しにならないと思いますよ。」
「そうでしょうか?ユノベを中心とした同盟と提携できれば、販路の安全が確保できて商いの幅が広がると思いますけど。」
「確かにそれはそうです。しかし、そのためにお嬢がアタルのセプトに加わると言うのが繋がりません。セプトに加わる商人は、お嬢でなくてもいいはずです。ひとりっ子のお嬢は山髙屋の跡取ですから、婿を取って社長の跡を継ぐんですよ。」
「それは違いますよ。パパにはいい人がいますもの。私に遠慮して外で囲ってますが、私が家を出ればその人が後妻に入って、腹違いの弟を跡取りにすればいいのです。」
「え?お嬢はご存じだったんですか?」
「ハンジョー、そこはシレっと惚けるところだぞ。」
「え?」
「アタルの言う通りですよ。ハンジョーはもう少し咄嗟のことに動じない胆力が必要ですね。」
「申し訳ありません。しかし、外の坊はまだ3つ。すでに並々ならぬ才覚をお示しのお嬢には及びませんよ。」
「そこを育てるのがパパやあなたたち番頭の役目でしょう?早くうちに入れて、パパから商いのイロハを学ばせた方がいいですわよ。それにあの子は利発です。鍛え甲斐があると思います。」
「そうなんですか?」
「ハンジョー、もうここで惚けても無駄だと思うぞ。」
「え?」
「アタルの言う通りですよ。見え見えの腹芸は相手に不信感を抱かせます。気を付けて下さいね。」
「申し訳ありません。ところで外の坊とはいつお会いになったんです?」
「もう半年くらいになりますね。マスマは、私のことをねぇねと呼んでくれます。もう何度か会ってて、パパのいい人とは、すでに、義姉さん、お嬢と呼び合う仲ですよ。パパは薄々気付いてるようで、何度かカマをかけて来ました。」
「しかし外の坊は、成人まで12年もあるんですよ。」
「そのときパパは60歳、まだまだ引退する年じゃないですね。ハンジョーだって40歳でしょう?しっかりマスマをサポートして下さいね。」
「はぁ。」みるみるしょ気るハンジョー。やはりアキナに気があったっぽいな。それに、第3番頭から山髙屋への入り婿は魅力的だろうしな。アキナに気があると言うよりは、むしろそっちがメインかもな。
「それに、私はアタルのことが好きなんです。アタルとの婚儀に繋げるためにも、セプトに入りたいのです。ハンジョーも応援して下さいね。」
おっと、いきなりの爆弾投下ですか?あ、ハンジョーの口から白いモヤモヤが抜けて行く。魂か?魂なのか?
「おい、ハンジョー、しっかりしろ。」
「あ、大丈夫です。あまりに急なことで放心してしまいました。お嬢の言う通り、まだまだ私は胆力不足のようです。
お嬢、アタル、分かりました。そういうことなら私も社長の説得に協力します。ハハハ。」なんか乾いた笑いだ。
「アキナぁ、ひとりだけずるいわよぉ。アタルぅ、私もアタルが好きなんだからねぇ。忘れないでよぉ。」
「アタル、モテモテですね。ハハハ。」また乾いた笑いだ。ところでハンジョー、眼が怖い、眼が笑ってない。
「若、混んでてすみません。いかがでしたか?」
大将が絶妙なタイミングで現れた。
「おー、旨かったぞ。また腕を上げたんじゃないか。」
「ありがとうございます。そう言えば、若は東都に行ってらしたんですよね?東都前寿司はどうでした?」
俺は大将に、東都前寿司の穴子の処理と小肌の酢〆の塩梅が非常によかったことを告げると、生来の負けん気にスイッチが入ったようで、必ず抜いてみせると息巻いていた。あとから聞いたのだが、大将は翌日から店を休業して、東都前寿司を食いに、東都まで行ったそうだ。
その後、俺たちは宿屋へ戻った。ハンジョーはジュピとの相部屋に戻り、俺たちはセプト部屋に向かう。アキナとタヅナは一旦自室に戻った後、セプト部屋にやって来た。今夜も嫁会議だろうか?
「なぁ、提案なんだが、ここだとユノベ本拠に近いから、流邏矢が使えると思うんだ。館の温泉に入りに行かないか?」
「いいわね?アキナとタヅナもどう?」
「いいですね。」
「温泉なのぉ。入りたいわぁ。コネハですっかりハマっちゃったぁ。」
「じゃぁ、まず流邏矢が作動するか試して来るよ。」
流邏矢の甲矢はユノベ館に登録している。乙矢を前回のヒラツの町からヌーマの町に登録し直して、甲矢を引いた。
よし、ユノベに着いたぞ。
「あ、若!お帰りなさい。」
「警戒ご苦労。湯に入りに来た。この後、客人も連れて来る。入浴後、すぐ戻るから諸々の用意は不要だ。叔父貴どのたちにだけは伝えておいてくれ。」
「承知しました。」
俺は乙矢でヌーマの宿屋に帰った。
「お帰り。」
「行けるぞ。距離は流邏矢の範囲内だ。サヤ姉とサジ姉とホサキの3人は流邏石で先に行っててくれ。俺は流邏矢でアキナとタヅナを連れて行く。」
「「「はい。」」」
3人は早々に流邏石で飛んで行った。
俺は収納腕輪からハーネスを出してアキナとタヅナに着け方を教える。俺もハーネスを着込んで、金具で固定した。
「落ちないようにしっかり抱き付いてろよ。」
「「え?」」
モジモジしだすふたり。
「照れられると、俺も照れるから勘弁してくれよ。」頭を掻く俺。
ふたりは赤くなりながら左右から抱き付いて来た。役得、役得♪甲矢でユノベ館に飛んだ。
ユノベ館前では3人と門番が待っていた。
「若、統領代理たちが大広間でお待ちです。」
「承知した。
俺は叔父貴どのたちに挨拶して来るから先に入っててくれ。俺は白湯に入る。まだ混浴が無理なら赤湯ヘ、OKなら白湯で。詳しくは3人に聞いてくれ。」
俺は大広間に行って叔父貴たちに挨拶しに行った。二の叔父貴が開口一番、
「アタル、よくやった。胸のすく思いじゃ。」何のことだ?
俺のキョトンとした顔を見て三の叔父貴が、
「姉貴たちを懲らしめたことだ。良い薬になったであろうよ。」
「その後、流邏石を渡した心遣いもよい。懲らしめられても、その後すぐに労わられては、姉貴たちも文句は言い出せまい。」と末の叔父貴。
「なんだ、もう知ってるのか?さては、忍の者を付けてるな。」
「監視ではないぞ。遠巻きの護衛じゃ。」
「叔父貴どのたち、気遣いありがとう。で、どこまで付けるつもりなのさ?」
「商都までと思っておったが、アタルよ、随分強くなっておるの。今日の野盗の撃退と一網打尽も見事じゃ。護衛はもういらんな。」
「そうだね。」
「それとの、サヤとサジはさすがに姉貴たちのお子じゃな。気性がそのままじゃ。アタルよ、十分注意せよ。」俺はブンブンと頷いた。
「別件なんだけど、この旅でキノベの姫と山髙屋の令嬢と親しくなってる。実は今夜も館の温泉に連れて来た。ゆくゆくはキノベとの同盟、山髙屋との提携を視野に入れて行きたいが、叔父貴どのたちはいかが思われる?」
「それはよいではないか。」
「アタルもようやるわ。」
「増やすのはよいが、軋轢が生じると面倒だぞ。十分注意せよ。」
「それは今のところ大丈夫だな。ご心配、痛み入る。
ところでまだどちらも先方は知らないことゆえ、今宵は叔父貴たちへは商隊の仲間として紹介する。その点くれぐれもよろしく。
それでは長居はできないのでこの辺で。」
俺は大広間を辞し、白湯に直行した。
期待して脱衣所に行く。おお、着替えが5セット。アキナもタヅナもいるぞ。やりぃ!
それだけでマイサンはマイドラゴンへと変身した。おっ立てたまんま行ったら、嫁3人はいいけど、アキナとタヅナには悪いよな。取り敢えずタオルを巻いて行こう。
あれ?内湯にはいないや。5人とも露天か。俺は内湯で掛け湯をして露天に出た。嫁3人はすっかりリラックスしているが、アキナとタヅナは首まで湯に浸かり、あっちを向いている。そんなに縮こまってちゃリラックスできなかろうに。
俺は湯船に浸かって大の字になった。ふぅ。
「なんかごめんな。無理してこっちじゃなくてもよかったんだぜ。そんなに縮こまってちゃリラックスできないよな。」
「さっきまではリラックスしてたんだけどね、さすがにアタルの気配でこうなっちゃったわ。」
「いえ、いいんです。私たちが来たのですから。」
「ごめんねぇ。決心がぁ、鈍っちゃってぇ。」
「いいって、いいって。温泉に浸かるのが目的だからさ。」
そう言うと俺は、半身になって浴槽の縁に右肘を掛け、半身になって夜空を見上げた。ふたりを視界に入れない配慮である。
濁り湯の中ではマイドラゴンが文句を言っている。…気がする。
「じゃあ私たちはこれで。」「お先にぃ。」
あ、夜空を見上げてたはずの俺の視線が勝手に…顔を動かさなかったのは理性の勝利だ。でも視線で追ってしまったのは欲望の勝利だ。1勝1敗か。
ピシリ!サジ姉の右手が軽く俺の額を捉えた。
ありゃりゃ、ばれてーら。
「蚊が…止まってた…。」サジ姉、ナイスフォロー。
アキナとタヅナは先に出て行った。
「サジ姉、ありがとう。」
「ふたりは…何色…?」
「え?色白のアキナが紅色。サジ姉、サヤ姉、アキナの順に濃くなってる。タヅナはホサキの色よりちょっと濃い栗色。」
「ピンポーン!…じゃないわよ。しっかり見てるじゃないの!」
「紳士ぶっていながら、呆れた奴だな。」
「仕方ねぇだろ。ガン見しなかっただけでも褒めてくれよ。」隣にいたサジ姉に手を伸ばすと、ピシリと撃墜され、
「今日は…ダメ…。ふたりが…いる…。」
「え?なんで?もう行っちゃったじゃん!」俺の抗議をスルーして、嫁3人も出て行ってしまった。
ゆっくり浸かった後、白湯を出て5人で大広間へ。叔父貴たちに、アキナとタヅナを旅の仲間として紹介した。サヤ姉とサジ姉も叔父貴たちに挨拶した。
先程ヌーマを登録した流邏矢の乙矢でアキナとタヅナを先に送り、流邏石でユノベ館に戻って、再び乙矢でサヤ姉とサジ姉とホサキと一緒に帰った。
アキナとタヅナは部屋に戻ったので、今夜は嫁会議はないようだ。俺たちはセプト部屋に戻った。マイドラゴンが静まらないせいで、俺はまた眠れない夜を送ることになってしまった。ちくしょう、昨日は眠れたのになぜだ?
設定を更新しました。R4/2/13
更新は月水金の週3日ペースを予定しています。
2作品同時発表です。
「精霊の加護」も、合わせてよろしくお願いします。
https://ncode.syosetu.com/n2050hk/
カクヨム様、アルファポリス様にも投稿します。




