09 ゲスト01と【B】の呪い
以前に確認できていた【精霊】が、ここ数年で急激に死んでいる事が発覚した。
私と同じ【王】では、ベレト、バラムとベリアル等が次々と死んでいる。
英語読みで皆の頭文字が【B】なので、暫定的に【Bの呪い】と呼んでいる。
遊び人のベレトは船が座礁して鮫に喰われたらしい。
マフィアに雇われていたバラムが射撃されて病院で死亡したのは兎も角、結婚相談所で人間関係を結んできたベリアルは高速道でタイヤがバーストして玉突き衝突で死亡。
六柱居た【王】も、既に半数となっている。
他の公爵以下も、幾つも消息を絶っているとの話を聞く。
私は東方の者なので、ネットワークからは外れていて詳細は分からない。
【王】と呼ばれる者達とは、修行時代に世界を回っていて交流を持った。
我々や【顕現体】は能力を使わないと、普通の人間と区別がつかないが、【王】や【大王】は雰囲気で分かる。
先月も、ベガスでの公演中に客席から気配を感じたが、その後に会いに来る事は無かった。
それと関係あるのか分からないが、その後に私の正体を探る様な行動があった。
客と握手した時に、感極まった客が左手で私の腕を握った。
銀の結婚指輪をした手で、私の素肌を触れたのだ。
【マジシャン】という職業柄、手元に何も隠していないと見せる為に、半袖のコスチュームにしたのが災いした。
我々の肉体は【銀】に耐性が無い。
行動自体は、よくある風景だが、偶然なのか?故意なのか?
内乱か?それとも何かの【呪い】なのか?
兎に角、危機感を感じる。
熟練のマジシャンですら、タネが分からない私の【魔法】同様に、サッと姿を消すのが最適と判断した。
「すまないな。せっかく慣れてきたのに、無職にしてしまって」
「良い経験もできましたし、直ぐに困りはしませんが、やはりプロの世界は人間関係とかが大変なのですか?」
数日前から話してあったとはいえ、彼女はショーアシスタントとしても、カーメカニックとしても絶品だった。
以前は、大手証券会社の営業もやっていたと言うだけはあって、大勢の前でも物怖じしない人物だ。
前のアシスタントが体調不良で辞めたので、行き付けの中古車販売店の彼女を高給で引き抜いたのだが、悪いことをしたと思っている。
言い訳がコレでなければ、同業者を紹介してやりたい程だ。
「まぁ、目立たない様に、嫌がらせをされるのは仕方ないけど、ステージ欲しさに命を狙われるのも割に合わないからね」
ラスベガスでは在り来たりな理由をデッチ上げ、迅速な移動を優先した。
実際、私のショーは仕掛けが分からないと、プロの間でも高評価を受けている。
本当は、同業者の嫉妬が無い訳ではない。
彼女と私の共通の趣味は、マニュアルギアのガソリン車だ。
細工がされにくいし、対応も容易だ。
勿論、運転は彼女だ。
エンジンをかけた瞬間に爆発なんて、この世界のドラマでは定番だから、駐車場から楽屋裏まで運転してもらう。
彼女とステージオーナーに、高額な慰謝料を払って、これから海外まで逃亡するつもりだ。
全てができすぎていると、気付くべきだった。
舞台装置や衣装などは、タネも仕掛けもないハリボテなので、レンタル倉庫に放置で構わない。
ベガスの人混みでは、相手側が人海戦術を使った場合に不利だ。
早く、人間の少ない場所に行きたい。
マッカラン国際空港まで約10キロだ。
「バエレルンさん、最後にコロラド川でも見に行きませんか?流石にグランドキャニオンまで行くと間に合いませんが」
「そう言えば、見た事が無かったな。グランドキャニオンも」
正直、飛行機の時間は、まだある。追っ手の目を眩ませるのもアリだろう。
世界的にも有名なグランドキャニオンを有するコロラド川。
空港よりは遠くなるが、ラスベガスの近くにまで流れている。
ベガスから1時間で行けるコロラド川のフーバーダムは、ハイウェイUS93号線がその前を通っており、観光地にもなっている。
他の州への逃亡ルートにも見えるし、場合によってはコノ飛行機をキャンセルして、別の空港を使う選択肢も有る。
ハイウェイからではコロラド川も名物のフーバーダムも堪能できないし、空港への折り返しもできないので、川の手前で検問のあるフーバーダムアクセスロードへと入り、川沿いにダムへと向かう。
追跡車も無い様なので、先の無料駐車場で折り返す予定だ。
護身用にと用意してもらった銃は、検問対策で彼女のスカートの中。
「もうすぐダムです。じゃあ、ゆっくりとコロラド川を見ましょうか?ダムも見逃さないで下さいね」
ルームミラーから後部座席の私を見る彼女が、脇の下から銃を構えて引き金を引いた。
パン!
引き金を引いた音と共に、前を走っていたワゴンのハッチバックが欠落し、道路に落ちてきた。
まるで映画の様にシンクロした状況に、現実感を感じなかったが、腹部の熱い衝撃に我に帰った。
「銀か!」
銃撃自体は脇腹なので致命傷ではないが、体内に入った銀に全身が拒否反応を示す。
彼女は、前方から迫るハッチバックドアを避ける為に、ハンドルを右に切った。
車両は、車止めと展望台を突き抜けて、放水中のフーバーダムの下流側へと落ちていく。
全てがスローモーションの様に感じるが、最初の衝撃で私の意識はブラックアウトした。
息苦しさに気が付くと、車内はホボ満水状態だった。
「クソッ!彼女もか!」
完全に組織的行動だった。
自分以外の全てを疑い、タクシーで空港へと向かうべきだったのだ。
車はフロントを下にして、完全に水没していた。
エアバッグが展開した運転席に彼女の姿はなく、銀の影響もマダ耐えられる。
既に覚醒した身体能力ならば、脱出できる。
『まだ間に合う。脱出トリックは専門外なんだがな』
水槽や沈む車からの脱出は、一部のマジシャンの得意とするものだが、私には経験もない。
幸いにも、後部ドアは無事な様だ。
「熱っ!こんな所まで銀に変えてやがる」
内側のドアノブ金具が、銀製品に変えられているらしく、指の先が炎症を起こした。
運転席側は、水中が為に膨らんだままになっているエアバッグが邪魔だし、ドアも閉じられている。
「クソッ!こんな!事なら!日本車に!しておくん!だったな!」
後部座席のドアやガラスを蹴りつけながら、私は残る力を振り絞った。
だが、アメ車はガラスもドアも強固に作られている。
電動ウィンドウも回線がショートして動かない。
転生前の本来の私ではなく、人間の肉体を模倣したソレには、やはり限界がある。
『・・・・クソッ。もう息が!何がどうなってやがる?』
コロラド川で、バエレルン・マジシャンと名乗った希代の手品師は、狙われる理由もわからずに、そのまま消息を絶ったのだった。
「大丈夫か?エリス」
茶パツの女性を川岸に引っ張っぱり上げて、金髪男性が声を掛けた。
「左腕と、右足が骨折。肋骨にも、何本か、ヒビが、入っている、けど、生きてるわ。エド」
見える限り、全身にスリ傷が有るが、どうにか息をしている。
「監視班の報告だと、奴が助かった形跡はない。車も死体も未発見だが」
「放水に、タイミングを、合わせたから、かなり、流された、筈よ」
川岸に大の字になって、息も絶え絶えに彼女が口にする。
「暫くは療養が必要だな」
「カリブの方に行きたかったなぁ~」
御姫様抱っこされ、彼女の命懸けのミッションは終了した。