08 ゲスト13と海の暗殺者41
七月の輝く太陽と爽やかな風に美しい海岸線。
陽気な気候のお陰でカリブ海はリゾート地としても有名で、多くの富豪が別荘を持っている。
ビーチ遊びにサーフィン、スクーバやクルージングと、様々な層の人間が人生を謳歌している。
そして、沖に船を浮かべて豪遊する者の中には、不埒な遊びに耽る者も少なくはない。
「なんと不純な!人妻の身でありながら、昼まっから全裸で若い男数人と交わるとは!」
「まぁ、あれも人間の所業ですからね、神父さん。男達は金の為に腰を振ってるだけで、愛も欲情もしていないんでしょうけど」
「楽しいのかしら?」
沖合いの大型ヨットの上では、太陽の陽射しを浴びながら、一人の女性を十人位の男性が、代わる代わる、ある時は複数で抱いていた。
岬の先端。
海を見下ろす灯台の、事務室にある平らな屋根を借りて、三脚で固定された大きな望遠鏡に繋がったモニターを覗き込む三人の姿がある。
アロハ姿のヒスパニック系男性と黒衣の白人牧師、黒衣の金髪メイドだ。
『女に愛は無い』と言う者がいる。
自分の生活と快楽の為に、自分自身をも騙して、【愛】を模倣する。
だが、所詮は【嘘】であるらソレを自覚し、生活の為に惰性で過ごすか、容認していた相手の悪い所を突いて別れるか、この様に嘘を重ねるかするらしい。
「では、あの女か?」
「いいえ。男達の中の一人ですわ。男女に偽りの愛を生み出す王【ベレト】」
「楽に金が入る、最速の方法っすからね」
酒を手にする男の一人をメイドが指差し、アロハの男が動機を推測した。
「周りにも船が居る様だが?」
「有閑マダムの護衛でしょう。どこぞの大富豪の後妻かなんかじゃあないんですか?」
一定の距離をおいて、ヨットを取り囲む様に高速ボートが数隻見えている。
「大丈夫なのか?君」
「乗員は、既に薬をやっている様ですから問題無いですよ」
「いや、ヨハン様が言っているのは、周りのボートが邪魔ではないかと言う事でしょ?」
錨は降りているが、僅かな波と風で、ヨットは静止していない。
距離があり、警護が固く動きのある洋上を狙うのは、超一流のスナイパーでも無理だろう。
「いや、同じ志しを持つ同族を殺す事に、躊躇いは無いのかって話だよ」
「その同族を殺す場に、彼女を連れていく神父さんよりは、悟ってるつもりなんですがね?」
「それは・・・」
そう返したアロハ男は、横から睨むメイドの視線に気付いて、顔を上に向けた。
「まぁ、同族の中では数少ない【殺害】の能力を買われて、お声が掛かったのですから、頑張らせてもらいますよ」
【悪魔】と呼ばれている彼等だが、意外と殺害などの特殊能力を持つ者は少ない。
精々が【壊す】や【燃やす】程度でしかない。
「調べてみると、知恵を与えたり、仲を取り持ったり、財力を補ったりと、人間に尽くす記述が多いよなぁ【悪魔】って」
「我々自身は【精霊】って認識なんですがね。ナイフみたいなもので、使う人間や使い方次第で立場は真逆になるります。『悪魔が有ったから、そそのかされたんです!悪魔が無ければ殺せません』じゃあ通らないでしょ?」
伝説のソロモン王は、悪魔の力を借りて神殿を建てたと言う。
神父の中で、【悪魔】と呼ばれている者達の認識が揺らいでいく。
「そんな話しよりも、大丈夫なの?」
「まぁ、御覧ください」
返事をするとアロハ男は、海を見ながら口笛を吹き始めた。
モニター画面内のヨットの帆が急に動きだし、ヨットが画面からフェードアウトしていく。
「突風?」
錨をおろしてはいるが、ヨットは風に流され移動を開始した。
乗っていた男達は帆を畳もうとするが、薬を使っているせいでロープすらろくに掴めないでいる。
気がついた警護のボートが後を追うが、何億円もするヨットにぶつけて止めるわけにもいかず、右往左往していた。
人目を避ける為に沖合いに出すぎた船が、いきなりの突風に煽られる事は少なくない。
ましてや、六月から十一月はカリブ海のハリケーンシーズンでもある。
カリブ海内でも熱帯低気圧が発生する。
望遠鏡の倍率を落として、必死にヨットを追うメイドが、船の異様な傾斜に気がついた。
「何が?」
「ああ、あの辺りには珊瑚礁があるので、ヨットのキールが引っ掛かっているのでしょう」
アロハ男は、見えているかの様に解説をする。
ヨットの安定の為に、船体の下に長く伸びたキールは、浅瀬では命取りになるのだ。
風の影響を受け、倒れるヨットに、吃水線の浅いボートが助けに向かっている。
「珊瑚礁で船底に穴が開きました。横倒しになりますよ」
「でも、アレでは助けられてしまうのでしょう?でも・・・」
アロハ男の口笛の、曲調が変わった。
モニターの向こうで、ゆっくりと横倒しになるヨットがあり、ボートから救命具が投げられている。
客観的には、酔っている人が居れば、救助員は飛び込んで浮き輪などに掴まらせる。
だが、ボートの乗員に飛び込む気配は見えない。
「どうして・・・・」
「それは、ちょうど鮫の群れが来ているからですよ」
カリブ海には、イタチザメ、レモンシャーク、グレイリーフシャーク、そしてレートハンマーヘッドシャークなどが生息している。
この内、イタチザメは特に人食いザメとして有名だ。
画面には、水面へと引摺り込まれる男達の姿が映り、ヨハンが思わず目を背けた。
科学的には、起こりうる偶然がタマタマ重なった【運の悪い状況】では有るが、ソレを任意に起こせるのが彼等と言わざるをえない。
「普通の人々まで巻き沿いにしてしまった」
顔を背けたヨハンが、口にした。
「神父さん。でも、彼等も悪徳を重ねていた訳だし、【天の裁きが下った】って事で良いんじゃないですか?」
【悪魔】と呼ばれた者が下す【天の裁き】というものに、神父として複雑な心境のヨハンだった。