06 ゲスト72と正義
ヨハンとマリアナは、移動の為にアメリカのJFケネディ空港に居た。
悪魔憑きの判定の為の渡米だったのだ。
二人は飛行機の待ち時間に喫茶店に入ったのだが、神父とメイドの組み合わせは異様に目立つ。
多くの者が、二人に目をやっている。
まぁ、いつもの事なので、二人は気にせずにミルクティをあじわっていた。
「ヨハン・ガードナー神父とマリアナさんですね?はじめまして。私はイゴール・ケイノフ。NSA:アメリカ国家安全保障局の支部長をやっています」
名のって握手の手を差し出す、その男の目が、ブラウンから赤に変わって光を放つ。
「アンドロマリウスか!」
ヨハンが身を引き、マリアナが名を口にした。
「おっと、騒ぎは無しだよ。サイモン・シェイムスには話を通してある。彼女と同じ教会協力者ですよ」
サイモン・シェイムスとは、エクソシストを取りまとめている枢機卿の名前だ。
どのみち成人した大人は、ヨハン達には手だしできない。
「協力者?」
「それに、NSA支部長と騒ぎを起こせば、バチカンだろうとタダでは済まないからね」
落ち着いた物言いに、敵意は感じない。
それに、彼の能力はマリアナの敵ではない。
「大丈夫ですヨハン様。話をしたいだけの様ですから」
NSA的にも、バチカンの人間に訪米目的を聞くという、ありきたりの行為になる。
ヨハン達は、バチカンでも特別な立場にあるのだから。
一般にも宗教的にも、彼等は【悪魔】と呼ばれているが、正確には【精霊】と言う認識が正しい。
特にアンドロマリウスは正義を重んじる【精霊】だ。
ある意味で、ゲーティア最後の一柱が【欲望】や【災害】でなく【希望】に近いのは、パンドラの箱に似ている。
「今回はハズレの様で残念でしたね。その情報も、我々NSAから流したものだったので、成果がなくて我々も残念です」
「NSAから?」
一応は筋の通った話だ。
バチカンだけの情報網には限界がある。
オカルトはオカルト専門家にまかせる方が効率が良いし、NSAに損害なく解決するならば、負担なく国家の安全が維持できるに越したことはない。
「今日は、今後の事も考えた【顔見せ】です。アメリカ国内で警察沙汰や訴訟問題になったりした時も、お役に立つと思いますので」
「【悪魔】が教会に加担ですか?」
「いいえ。我々は【精霊】なんですよ。良くも悪くも人間との付き合い次第です。まぁ、刑務所で【人間は正義だ!】って叫んでも、笑われる様なものですが」
彼の言動は自信に溢れ、一貫している。
そんな会話をよそに、マリアナはカフェの外にある搭乗口の方を見ていた。
「ヨハン様、少し御仕事をして参ります。こちらで御待ち下さい」
そう言って頭を下げると、マリアナはスマホを持って、店を出て行った。
料金先払いでもあり、ヨハンが残っているので、店員に動きはない。
店のガラス越しに見ていると、ある搭乗口の近くで、ポスターや他の店をバックにポーズをとり、スマホで自撮りをしている様だ。
帰ってきた彼女のスマホを覗き見ると、発着案内板と十代前半の茶髪少女。あと、その家族が撮影されていた。
「スマホは両面にカメラがついていますから、自撮りを演じるのが怪しまれなくて良いと教わりました」
マリアナは、【No69】と文章を付け加えて、本部へとメールを送っている。
「No69?デカラビアですか。幻覚を見せるのが得意な奴でしたなかな?」
ケイノフが番号を見て、相手の目星を付ける。
「産まれる前なら兎も角、あんな少女を手にかけなくてはならないとは・・・」
「ヨハンさん。見てくれは子供でも、中身は数千年も暗躍してきた奴ですよ。幻影で迷わせて、何人もの人間を殺してきた文字通りの【悪魔】です」
ヨハンの感傷に、ケイノフが釘を刺した。
そうだ。見た目に騙されてはいけない。
ヨハンは、横に座ったマリアナをチラ見した。
「マリアは正真正銘の18歳です!そんなお婆ちゃんじゃありません!」
そう言って彼女は、眉間にシワを寄せて思いっきりホッペタを膨らました。
「そうだった、そうだった。マリアは俺より年下の新妻だったよね」
「わ、わかってくれれば良いんです」
まだ頬は膨らんでいたが、最後の一言に顔を真っ赤にして、ソッポを向いた。
「くっくっくっ・・・覚醒こそ本願と考えていたが、顕現の状態も、なかなかの幸せじゃないか。これは先を急ぎすぎたな。ハッハッハハハハハ」
ケイノフが、我慢できずに笑いだしてしまった。
マリアが、そんなケイノフをも睨んでいる。
「いやはや、これ以上、新婚さんの邪魔をしていたら、命が幾つ有っても足りそうにない。ではまた、何処かでお会いしましょう」
笑いながらケイノフは、喫茶店から立ち去っていった。
「教会にも思わぬ協力者が居たんですね?」
「そうだねマリア。リアナの同類まで居るとは聞いてなかったけどね」
二人は、立ち去るケイノフの後ろ姿を見送った。