01 ゲスト28とエクソシスト
不定期掲載です。
この物語の大半はフィクションであり、実在する個人、団体、国家、思想、宗教、悪魔、神などとは、なんら関係はありません。
「『なぜ、ここが分かった?・・・そうか、顕現した者を引き込んだのか?ズル賢い猿めが』」
薄暗い部屋のベッドから起き上がった妊婦の声は、女性のソレではなく、更には濁ったビブラートが重なっていた。
「マリア。間違いないんだな?」
「はい、写本の一冊です」
問い掛ける若い牧師に答えたのは、後ろに控えていたメイド姿の若い娘だ。
その青い瞳が、一瞬だけ深紅に染まるが、牧師が気が付いた様子はない。
神父は、手にした瓶の蓋を開けると、その液体を妊婦に。部屋の各所に振り掛けていった。
空になった瓶を投げ捨て、左手で上着の内ポケットから手帳サイズの聖書を取り出し、右手で首からぶら下げていた十字架を握ってかざした。
「退け悪魔!」
「『ふん!聖水か?現世の者であるコノ女には何の効力も無いぞ!ましてや汚れた生臭牧師の言葉など、役にはたたぬわ。ハハハハハ!』」
その言葉に一瞬、牧師の顔が曇るが、その肩越しに鋭い水流が走る。
顔に勢いよく水を浴びた妊婦は何が起きたのか分からずに、顔を拭って水源の方を見据えた。
神父の後ろには、空気圧で放水をする子供用の大型水鉄砲を構えるメイドの姿があった。
青い透明な銃身が、部屋のわずかな光に輝いている。
「『馬鹿か?そんなオモチャで我の・・・・ぐっ、何を・・・』」
いきなり襲った腹痛に、妊婦の顔は歪み、脂汗が浮き始める。
「妊婦は大丈夫でも、その口から入った聖水は、体に吸収され血に溶け込み、胎児にまで及ぶ。ブラフの聖水に油断したな悪魔!」
逆転劇に、牧師の顔に笑みが浮かんだ。
口に入った物質は、最短では舌の裏の血管から血液中に取り込まれる。
その成分が体に及ぶまで一分とかからない。
「『おのれ小賢しい!四つの名を持ち、黄金の冠を有する公爵である我に手傷を負わせるとは』」
眉間にシワを寄せ、怒りを顕にした妊婦が枕元の分厚い本に手を添えると、表紙の逆五芒星に光が灯った。
すると、部屋の家具が細かい振動をはじめ、次々と牧師達に飛び掛かって行く。
飛んできた家具が、一瞬だけ空中で変な動きを見せたが、ソレは神父達に勢いよくぶつかった。
危機を察知した神父がメイドを押し退けたので、彼女は助かったが、神父は直撃を受けて壁に寄り掛かっている。
「『マリアとか言ったな。なぜ邪魔をする?一撃で殺せば、お前が支配から解放されると言うのに。何を考えている?』」
「息は・・・しているな」
妊婦の問いに、メイドは神父の容態を確認して頷いた。
神父は気を失ってはいるが、命にかかわる怪我はしていない様だ。
「殺されては、私の楽しみが台無しなのだよ」
そう言って妊婦を睨むメイドの瞳は、赤く光を放っている。
「『そんな男を捨て、お前が協力するのならば、お前に富と地位を与えよう。悪い話では無いだろう?』」
「・・・・ベリトか?公爵でも顕現前ではたいした力は無い様だな?」
「『どうだ?お前の覚醒の手助けもしてやろうじゃないか!』」
「覚醒か・・魅力的な話ではあるが、お前の言葉を信じる者が居ると?」
悪魔の中には、数が少ないが嘘をつく者が居る。
メイドが睨むと、妊婦の身体が空中に浮かび、手足が見えない鎖に引っ張られて【大】の字状に伸びた。
「信用できない者は、邪魔なのでお帰り頂こうか?」
「『なぜ仲間内で、こんな妨害をする?』」
メイドは空中に浮かんだ妊婦の首を絞め、力を込める。
「我々は、同じ目的の為に集っては居るが、同族でもチームでもない。それに考えたのだ」
首が絞められ、妊婦の目が白目になっていく。
「72の者を顕現させて現世を支配したとしても、占有率は1%強にしかならない。だが、他を全て排してしまえば、私の一族だけで占有できてしまうのではないのかとね?」
既に妊婦の口は動いておらず、濁った声だけが響く。
『そんなに上手くいくものか!』
「確かに全ては無理でも、占有率を増す事はできる。現世とアストラル界との統合が成った時には、一大派閥となっているだろう」
妊婦の目が、いきなり見開き、牧師の方を見た。
『教会が放っておくのか?』
「かもしれない。だが、上手くいかなくても、しばらくは快楽に浸った生活が堪能できるだろう?」
妊婦の身体が痙攣をはじめる。
『悪徳【色欲】に溺れているなマリア?』
「悪魔だからな」
妊婦の身体が一度大きく痙攣すると、その股座から黒い物体が床に落ちた。
ソレは形を持たず、輪郭すらハッキリとしない物質に成りきれない物体。
ソレを確認してメイドは意識を失った妊婦を、元居たベッドへと押し投げた。
「後は、ゲートだけか」
そう言うとメイドは、その場に崩れる様に座り込んだ。
「・・・・・あれっ、何が?」
再び目覚めたメイドは、青い瞳で周囲をキョロキョロと見回して、状況を整理する。
家具が飛散し、荒れた部屋。
倒れた神父。
ベッドに倒れている女性。
謎の物体。
「やはり聖水が効いたのね!」
聖水の効果は遅効性だと聞いていた彼女は、家具が彼女達の意識を奪った後に、悪魔が息絶えたと判断した。
「神父様、神父様!・・・ヨハン様!」
「んっ、んあっ、マリアナ。ここは・・・あぁ、そうか、マリアナは大丈夫か?」
「はいっ、怪我は有りません」
マリア・・・マリアナは、笑顔で神父に答えた。
「悪魔は?写本は?」
「悪魔は鎮まった様です。本はベッドの上に有ります。確認して下さい」
妊婦が寝ていたベッドの枕元に、革で縫製された分厚い本が残っている。
神父は、頭の傷を押さえながら立ち上り、その本を開いてページを確認していった。
「間違いない。写本だ」
二人は顔を見合わせ、笑顔を交わした。
その後、メイドが部屋の外から持ち込んだ壺に、神父が本を入れると、特製の香油を振り掛けて火を放った。
僅かにのぼる煙が広がらない様に、メイドが部屋の扉を閉める。
勢いよく燃えはじめた本に、神父が更に乳香を振り掛けると、独特の匂いと共に部屋中に煙が立ち込めた。
「マリア。窓を」
「はい、神父様」
部屋の木製窓を開けると、一旦は真っ白になった部屋に外光が入り、白黒っぼかった室内に色が戻る。
既に、あの黒い塊は姿を消し、室内に邪気は存在しなかった。
「完全に灰になったな!」
「はい、神父様。ゲートも消えました」
牧師はベッドの女性の容態を確認して、部屋の外で待つ彼女の両親へと説明に向かった。
「悪魔は去りました。御嬢さんは衰弱していますから、早めに病院を手配して下さい」
「ありがとうございます神父様。物が飛び回るし、暴れて病院へ連れて行く事もできず、困っていたのです。これでやっと・・・・」
女性の両親が、包帯だらけの顔を押さえて泣いている。
「御嬢さんが、ああなる直前のお話をうかがえませんか?」
神父の会話に、メイドは温度の下がった壺に蓋をして、キャリングケースにしまいながら、彼に声を掛ける。
「神父様。ソレは我々の仕事ではありません。早く教会に壺を納めて帰りましょう」
壺をしまう為に外した手袋に再度指を通しながら、メイドは神父を急かした。
その左手の薬指に輝く指輪を意識しながら。
「早く可愛がってもらわなくっちゃ」
なぜか彼女は仕事の後に、むしょうに欲情する。
メイド姿の彼女マリアナは、教会の監視下にあり、神父ヨハン・ガードナーの妻であった。