差し迫った破局
西暦2050年4月1日。
世界中の人々は、エイプリルフールの冗談だと一瞬、思った。いや、正確には、そう思いたかった。
世界の主要十か国の首脳が合同で記者会見を開き
「1週間後、巨大隕石が地球に衝突し、人類は100%確実に滅亡する」
と発表したのだ。
これに対し、人々は嘆く者、狂う者、当局を非難する者に分かれた。
非難というのは
「なぜ、その結末を知らせるんだ?何も知らないで逝きたかった」
というもの。
やがて最期を覚悟した者たちは、それぞれの人生最後にやりたいことをやっていくのであった。
僕も、その記者会見をリアルタイムで見ていた者のひとりだ。
しかし僕(30歳)は、達観していた。
「ふ…、終わり、か」
僕のリアルでの境遇は、かんばしくない。
苦労した就職活動にようやく終止符を打ち就職したその直後に、巨大不況が襲ってきてあえなく失業。
その後は、貯金を少しずつ切り崩していく毎日。
結婚もしていない。彼女もいない。そんな先行き真っ暗の状態だった。
「さて、どうしようか」
残りの人生、1週間。
しかし、別にやることもない。
「ゲームでも、しよう」
といつも通り、パソコンの前に座りゲームを始めた。
ゲームにログインしたその瞬間、部屋がまばゆい光に包まれた。
「目を開けよ」
光がまぶしくて目を閉じていた僕に、光の中から呼びかける声が聞こえた。
「そなたは、わしが見込んだ者だ。この光の中に目を開けることができるはずじゃ」
ほんとかな?と思いながら僕は、目を開いた。
まぶしくない。
目の前に、いかにもという感じのひげを生やした老人が現れた。
お?ひょっとして、僕、異世界に転移か転生するのでは?
これは、助かった。正直死ぬのは、いやだったんだ。死を受け入れていて達観していたというのは、実はウソだ。かんばしくないリアル生活だが、死にたくないのはやはり人情。
すると老人が、言った。
「察するとおり、わしは、神じゃ」
やったー!
「わしは、そなたを見込んで、能力を与えることにした」
うん?異世界転生か転移だと思ったが。
「そなたに、この世界の全人類を救う能力を授けよう」
おお!?なんてこった…、それは、スゲエ…。僕、英雄になるのか?
「救うのは、簡単じゃ。両手を差し上げ、天に向かって<この世界を救う!>と叫べばよい、それだけじゃ」
え?それだけ?
うーん…、それじゃ名もなき一人の人間が秘かに世界を救うということか…。うん、まあ、しょうがないな。
「ただし」
うん?
「そなたがこの世界を救った瞬間、そなたの存在は消える」
え?
「つまり、そなたは、この世界を救った瞬間に、死ぬんじゃ」
ええええー???
これは、酷い。僕は、結局、この世界を救っても救わなくても、どちらにしても死ぬんじゃないか…。
「もし」
神さま老人が、言葉を続けた。
「もし、そなたが何もせずこの世界が最後を迎えたときは、そなたは異世界に転移する」
ええ…ッ!?
「その際、そなたは100億人類を見殺しにした、つまり死なせた功績により、転移先の異世界において神のごとき存在となる」
そんな…。
「かくいうわしも、自分の世界の人類をみなごろしにして神となったんじゃがな…」
老人の姿が消え、光も消えた。
………
僕は、究極の選択をする羽目に陥った。
自分だけ助かって人類をみなごろしにするか?
自分を犠牲にして人類を救うか?
僕は、危うく発狂しかけた。
いや、発狂寸前といってよい。
《どちらにしても僕は、過酷だ…。100億を犠牲に生き永らえる心の苦痛。死にたくない…》
やがて、死にたくないという感情がどんどん薄らいでいった。
そして、神から言葉があったその10分後、僕は、自分の住むマンションの屋上から発作的に飛び降りた。
「あれ?」
気がつくと、僕はマンションの前の路上に座っていた。どこもケガをしていない。死んでない。
うわ?僕は、自分が、自分で命を絶てない身体になっていることに気がついた。
試しに、横断歩道で疾走する車に接触してみた。
コン!
軽い音がして、僕の身体は五体満足のまま、ひょいと道に返された。
台所の包丁を腹に刺した。包丁がこんと音を立てて、弾かれた。
1時間後、僕は自力で死ぬことをあきらめて、ゲームにログインした。今度は無事ログインできた。
ゲームをプレイした。
眠くなったら寝て、腹がすいたら食べて、そしてまたゲームをプレイした。
前と変わらない生活だった。
ただ排便をするのが面倒くさくなり、腹に溜め続けた。
1週間後、いよいよ巨大隕石が迫っているようだ。しかし肉眼では、見えない。大気があるせいで、見えないのだと。
さあ、どうしよう?決断しないといけない。
いや、実はすでに1週間前に結論は決めていた。
猛烈な風が吹きすさび、辺りの建物が次々に倒壊した。
やがて、そこらじゅうの人間が舞い上がっていく。
あちらこちらに巨大竜巻が発生。
しかし、僕だけはまるでバリアに包まれているかのように、安全に地上に立っていた。
そして。
巨大隕石は、目の前に急に現れた。大気の壁を突き破ってきたのだ。
空一面が、隕石で覆われた。
隕石の高度が下がってきて、やがてその先端が僕の頭にごっつんこした。
「そなたを歓迎する。神の世界にようこそ」
気がつくと、例の神様が目の前にいた。
というか、僕は宇宙空間の中に頭を上にして、立っていた。息もできる。
「見よ」
老人神の言葉に、僕は、下を見た。
地球が隕石に衝突され、茶色に染まっていた。まるでチョコレートを溶かしたみたいだ。
やがて、地球にひび割れが発生した。
地球はみるみるうちに割れていった。
やがて。
地球は、大爆発を起こし、宇宙に吹き飛んだ。
「行こうか」
老人神の声ではっと我に返った僕は、連れられて行った。
連れられて行くとき、ふと小学生のとき好きだった女子のことを思い出し、泣いた。