出会い
指が落ちそうなほど痛い。そんな凍てつく夜だった。体の上にほとほと雪が積もっていくのがわかる。外に出る前に暖で得た温もりは指先から消えていき、体の中心に弱々しく灯っているのみだ。
「ああ、死ぬのか。」
そう思った。
醜い政界に関わりたくない。だから皇位継承の醜い争いを避けて生きたかった。
だが、彼は一の皇子であり母は故人でありながらも、聖霊帝国この大陸の五大王室……玄国・白国・藍国・紅国・翠国の一つ、玄国から嫁いで来た。そして、皇后になった。それ故に国を牛耳りたい者と玄国側との皇太子の座をめぐる血肉にまみれる醜い争いはさけられなかった。
「ふっ・・・。」
嘲笑する。どう足掻いても抗えなかったおのが運命を悲嘆しても無意味だ。
ならば、嗤うしかない。細々と慎ましい生活を愛しい人と過ごしたい。そんな甘い幻想だけを抱き何か守ろうとも、何を成そうとも思わなかった。だから足元を掬われ、最も信頼するものに裏切られた。救いようがない。
そう一人で唇を歪ませていると、しゃりしゃりと、積りかけた雪を土とともに踏む音が聞こえる。
誰かが、雪の積った睫毛に触れてくる。頬にひやり、と白い玉のような指先があたる。そっと顔を覗き込んできた幼子は不思議な姿形をしていた。
滑らかな、雪に溶け込んでしまいそうな白い柔肌。透けて空気に溶け込んでしまいそうな、少し紫がかった、白金と白銀を合わせたような髪色。珍しく矯正していない、ふわりとした癖髪が何とも言えない不思議な雰囲気を助長している。そして赤い瞳とそれを囲む長い、長い睫毛。この幼子は男児と言うべきか、女児と言うべきか・・・。
虚ろに見つめていると幼子は手荷物から乳鉢を出し、其処らに生えている草をごりごりと潰し始めた。瓢箪から湯気がたつ紫色のどろどろしたものを加えて匙で口元にそれを運んでくる。
生きたくないと言うよりも、ありえない臭いを放ち、ぷくぷくと泡立っているそれを口に入れるのが嫌で拒否した。だが、鼻をつままれ、息継ぎをしたとき、無理矢理流し込まれた。
遠のく。ほとほと落ちてくるのを感じていた雪も、僅かに身体に灯っていた火も、意識も。何もかもが遠のいていった。