90:三人娘の件?
次の日。
ボクが会長室で本来やるべき仕事……化合物の構造式と、チャットボット機能で調べた効能に関する資料を作成していると、ドアをノックする音が聞こえて来た。
「どうぞ」
「失礼します」
ドアが開いて入って来たのはエリカさん。
以前、フルオリーネ女王陛下が多目的ホールにいらした時に仰っていた通り、エリカさんをボクのところまで迎えによこしたんだ。
「トオル様。よろしいでしょうか?」
「はい」
「では、早速ですが、お城までご同行をお願いします」
「了解です」
そして、ボクとエリカさんは建物の外に出ると、エリカさんの転移魔法でお城の前まで移動した。
門番は顔パス。
そのまま、ボクはお城の中に通された。
行く先は、いつもの会議室。
関係者以外には、誰にも話を聞かれたくないってことのようだ。
ボクとエリカさんが会議室に入ってから十分後くらいして、フルオリーネ女王陛下が会議室に単身でお越しになられた。
お付きの人が誰もいないって珍しいけど、要は人払いをしたいってことなんだろう。
女王陛下が会議机の上座に着くと、まるで女王陛下と入れ替わるように、エリカさんは無言で会議室を出た。
多分、エリカさんも、最初から、そうするように言われていたってことだ。
「前にも言った通り、トオルちゃんに、ちょっと相談事があってね。そこに座って」
「はい」
ボクは、言われるがままに、女王陛下の右斜め前の椅子に腰を下ろした。
ただ、この席って、多分だけど二番目に地位の高い席じゃないかな?
普段なら、ボクなんかじゃなくて、アクティスあたりが座るところだと思う。
今は、ボクと女王陛下しかいないけど、でも、本当にボクが座ってもイイのかなって、座っちゃってから思ったよ。
「それで、ご相談とは何でしょうか?」
「ルビダスとベリルとトオルちゃんのこと」
「ボクもですか?」
「まあ、トオルちゃんに関しては、早くアクティスと一緒になって欲しいから、いつ頃ならトオル製薬の方も、ひと段落着くのかなってこと」
「もう少しボクの手を離れても大丈夫な状態にしてからと思っております」
「まだ、数年かかりそうね」
「早くしたいとは思っておりますけど、まだ、ボクが全体の98%もの薬を製造している状態ですので……」
「でも、毎日製造するわけじゃないでしょ? それこそ作り溜めすれば、しばらく持つわけだし。だったら王家に入ってもらってもイイんじゃない?」
「まあ……ちょっと考えさせてください」
「もっとも、アクティスの子を妊娠でもしちゃったら、すぐにでも入ってもらう大義名分ができるわけだけど」
「ええと……」
さすがにデキ婚は避けたいな。
それ以前に、本当に子供ができる自信が無いんだけど。
だから、ボク自身、本当は王族と結婚すべき人間ではないんじゃないかって思うこともあるんだ。
「あと、ルビダスとベリルね。この二人のことがあるんで、ゆっくり時間を取りたかったのよ。二人共、公務がゼロってわけじゃないけど、アクティスと比べれば、二人の仕事量は限りなくゼ……数段少ないしね。一応、アクティスに万が一のことがあった時のために、ルビダスには帝王教育をしてあるけど、ベリルは、最初から完全に世継ぎのラインから外れていたし……」
今、限りなくゼロって言おうとしなかった?
言ってしまえば、それだけ二人の仕事は少ないわけだ。
もはや無いに等しいんだろう。
一応、帝王教育を受けたはずのルビダスでさえも……。
でも、二人共……、特に帝王教育がなされていないベリルの場合は、仕事が無いのが当たり前で育って来たんじゃないかな?
だから、仕事を与えられなくても、それを苦痛に感じていないんじゃないかって思う。
もっとも、ベリルには新しい世界が待っているはずだけどね。
そう。化石の世界が!
「ベリル王女については、一つボクの方からも相談したいことがあります」
「何かしら?」
「ベリル王女には、転移魔法使いを一人付けて化石の発掘をしてもらっては如何かと思います。ボクの出向先では、今回ベリルが見つけたような大きな古代生物の完全体の化石ですと、数億トールの値が付きます」
「そんなに?」
「はい。それこそ、人気のあるモノですと、最高額で33億トールくらいの値が付いたくらいですから」
大体、1トールが1円の計算ね。
物価からして、レートは、それくらいだとボクは思っているよ。
「嘘? 本当に、そんなとんでもない額が付いたの?」
「はい。それくらい貴重なモノなんです。ですから、今回、イットリア山でベリル王女が発見した化石を、ボクが全部買い取って、トオル製薬の多目的ホールに展示して一般公開したいと思っています。今回は、さすがに最高額と言うわけには行きませんので、全部で20億トールくらいにしていただきたいとは思っておりますけど。勿論、一般公開するにあたり、見物客からは入場料を取ります」
「そうすれば、ベリルは化石の発掘だけやっていれば生きて行けるってことね?」
「まあ、そうですね。あと、一応、今回の発掘に関してですけど、エリカさんとルイージさんには発掘作業代を支払う必要があるかとは思いますけど」
「まあ、そこはベリルに任せるわ。あの娘の化石なわけだから」
「そうですね」
20億トールって、普通で言ったらとんでもない額だ。
日本円で言えば、20億円だからね。
でも、一応、今のボクなら払えないわけじゃない。
これが、地球時代のボクじゃ、一生かかっても支払える額じゃないけど、この世界では製薬でかなり稼がせてもらっているからね。
ミサ達製造部隊の平均給与が一カ月当たり400万トール。
この国では、給与額に関係なく、一律三割の税金がかかるから、実際の手取りは平均して280万トールになる。
ただ、ボクの製造量は、ミサ達が6人で作り出す量の98倍にもなるからね。
さらにアチコチの国に呼ばれて治療もしているから、その分の稼ぎもあるし。
なので、一カ月の給与は……、まあ、秘密だけど。
ただ、既にボクが薬を再供給するようになってから九カ月が過ぎているからね。ベリルの化石を買い取ることは十分可能なんだ。
「それとですね。実は、御使いシリシスからの情報ですと、イットリア山の麓で発見した化石と同年代の陸生生物の化石がコクーン村に何体か眠っているようです」
「コクーン?」
「はい。ですので、今後はイットリア山の方だけではなく、コクーン村でもベリル王女に発掘していただければと思いまして」
「それは面白いわね。たしか、コクーン村はマイトナー侯爵が領主だったわね。トオルちゃんとベリルを交換して、ゆくゆくは、コクーン村をベリルに相続してもらうのも手かも知れないわね。領主兼化石発掘係りとして」
ボクは、そこまでは考えていなかったけど……。
ただ、ボクが王家に入るんだったら、いずれはマイトナー侯爵の後釜として誰か立てなければならない。
それがベリルってのも、一つの手か。
勿論、それをマイトナー侯爵が同意すればの話だけど、女王陛下から依頼されたらイヤとは言えないだろうからなぁ。
ほぼ決まりだと思う。
「ええと、一先ずベリル王女がコクーン村を相続するかどうかは、今は置いておきます」
「そうね。マイトナー侯爵抜きで話すわけには行かないわね」
「はい。それでですけど……、コクーン村で発掘される化石の一部は、多分、ボクの方で買い取れると思いますけど、ある程度したら、ボクが買い取るのではなく、コクーン村に化石博物館とかを作って展示しても良いのではないかって思います」
「博物館ねぇ。ただ、トオルちゃんがいた世界では、化石に価値があったけど、この世界では、まだ価値が浸透していないからねぇ……」
「それは、ボクがベリル王女から、いくらで化石を買い取ったとか言う情報を流していただいても構いませんし、ベリル王女がイットリア山でたくさん見つけた巻貝みたいな化石……」
「そんなの、あったかしら?」
これは、多分、首長竜と滄竜の化石しか目に入っていなかったってことだろう。
あの二つは圧巻だからね。
そうなるのも分かる気がするよ。
「あります。その中で、特に小さいモノを一般客に売っても良いと思っています。小さい化石ですので、値段も、数千トールとか1万トールとか」
「まあ、いずれにしても世の人々に、化石に興味を持ってもらうことが重要ね」
「そうなります」
「じゃあ、ベリルの件は、マイトナー侯爵に相談するとしましょう。あと、ルビダスなんだけど、トルリシティの領主にしてはどうかって思っているんだけど、トオルちゃんとしては、どう思うかしら?」
「ルビダス王女をトルリシティの領主ですか……」
「ええ」
実は、トルリシティは、現在、王家直轄の地となっている。
だから、ルビダスを領主にすること自体は難しいことじゃない。
でも、アクティスならともかく、今の状態でルビダスが領主になるって言うのは、正直言って微妙かなぁ?
「多分、製薬一色の街になっていますので、薬のことを勉強していただいた方が世の中全体からのウケがよろしいかと……」
「たしかに、それは不可欠ね。薬で儲けているところの領主だったら、やっぱり、ある程度は薬の知識が無いと、周りからは叩かれまくるでしょうし、領民達からも心の底からは受け入れてもらえないでしょうね」
「そうなんです」
「じゃあ、トオルちゃんにルビダスの教育を任せても良いかしら?」
「ボクがですか?」
「他に頼める人はいないでしょう。なので、よろしくお願いね」
「うーん……。分かりました」
まあ、アリアとかに頼んで、何かあると面倒だからね。
ボクの方で何とかするのが無難か。
あとは、ルビダスのヤル気次第だろう。
ボクとしても、何も知らない王女様が、身分の高さだけでイイ領地をもらって遊び惚けているみたいには言われて欲しくない。
ある程度の知識は持ってもらうべきだ。
実を言うと、ボクも後から知ったんだけど、トルリシティ……旧アダンの町は、元々は某男爵……正しくは某女男爵の領地だったそうだ。
本来なら、ベリルがインフルエンザに罹患した時に、その男爵が、ボクにコンタクトを取るはずだったんだけど、ボクを従わせるには、もっと位の高い貴族の方がイイだろうってことになって、それでマイトナー侯爵が王家とボクの間に入ることになったっぽい。
それに、マイトナー侯爵は非常に出来た人間だしね。
ボクとの仲介役としてベストの存在だって思われたみたいだ。
あの頃、旧アダンの町で、ボクは一人で薬屋をやっていたけど、アクティスをはじめ、みんなの強力もあって世界を相手にかなりの利益を出せるようになった。
当然、旧アダン町の税収は、ドロセラ王国の中で突出していた。
でも、実は、そうなる前に旧アダンの町を、その男爵から王家が買い取ったらしい。
王家が旧アダン町の特定の店……と言うかボクを使うためには、旧アダン町が王家直轄になっていた方がやり易かったって言うのが本音のようだ。
それに、男爵が領主のままだと、いくらボクがアクティスの婚約者でも、ちょっかいを出そうとする輩がゼロにはならないからね。
王家直轄の方がボクにとっても助かるってことだ。
ただ、ルビダスが、その街の領主になるには、今のままでは、正直言ってハードルが高い気がしている。
ニート予備軍……いや、既に予備軍を卒業しているか。
それが、お飾りの領主になるのでは、いくら王女と言っても、他の貴族達から疎まれる一方だろう。
領民達からも受けがイイとも思えないしね。
今日現在は、明らかにセレブニートだし。
それも、親の遺産とか土地持ちで収入があるケース……つまり、個人資産でセレブニートしているんじゃなくて、税金でセレブニートしているわけだから、周りから見れば極めて質が悪い女なんだろう。
しかも、宝石大好きで金食い虫だし。
だからこそ、薬の街の指導者として相応しいって、万人から思ってもらえるように努力してもらわないとマズイんじゃないかって思うんだ。
でもさあ。
よくよく考えると、バイルシュタイン子爵は、人様の領地内で、随分と勝手なことをしたって言うことだよね?
その町の領主が、自分より格下の男爵だから舐めていたんだとは思うけど……。
絶対に二度と会いたくない人種だな、あの子爵は!




