81:そう言えば、コイツ等は金を持っている側の人間達だっけ?
「実は、ボクが研究出向していた地球には、もっと恐ろしい寄生虫がいました」
「えっ? そうなの?」
「はい」
「今回のヤツでも十分怖いけど」
「ボクもそう思います。ただ、地球には芽殖孤虫と呼ばれる寄生虫がおりまして、これも人間を中間宿主とする寄生虫なんですけど、新たに寄生虫の卵を口にしなくても、この寄生虫の幼生は、人の体内で増えるんです」
ボクが、こういった次の瞬間、フルオリーネ女王陛下は、もの凄くイヤな顔をしたよ。
それこそ、絶対に視界に入れたくない、最凶に嫌われものの昆虫類を目の前にした時のようだった。
「それって、どう言うこと? もしかして、分裂するの?」
「そう言うことになります。ただ、人への感染例は、累計で18例(2020年時点)しか報告されておりませんでして……」
「たしか、トオルちゃんの出向先って、世界人口が80億人くらいよね?」
「そうです」
「それで、今まで見つかった感染例が全部で18人って、凄く稀ね?」
「はい。しかも、どこかで密集して感染例が報告されたってわけではなくて、散発的でして、感染ルートも、それこそ成体すらも分かっておりません」
「科学力が発達した世界でも、分からないことも有るのね」
「はい」
もっとも、地球の科学力で分かっていないことって、他にも沢山あるけどね。
でも、このネペンテスの世界と比べれば、地球は科学の先進世界ってことになる。
なので、フルオリーネ女王陛下からすれば、地球なら何でも科学的に証明されているって期待があるのかも知れないね。
「それで、話を元に戻すけど、今回の寄生虫は、全部で何例くらいの診断と治療があったのかしら?」
「正式な数は、後程、シュレンキさんから報告があると思いますが、大体、診断の方は全部で一万五千人くらい、治療したのは七千人くらいでした」
最初に王都で診た時には、全体の八割が感染していたから、どうなるかって思っていたし、とにかく急がなきゃって思って、超特急で治療していた。
でも、感染者が多かったのが王都と、王都から東側の街だけで、それ以外の地域では、感染者の比率が比較的少なかったんだ。
それで、トータル的には、感染者数は診察に来た患者数の半分弱ってことになった。
「それは大変だったわね」
「はい。毎日が戦場のようでした。ただ、これでも当初想定していたよりも感染者は少なかったと思います」
総人口が六千万人に満たない世界で、しかも小さな国だったからね。
それで、これくらいの人数で済んだんだと思う。
人口が少ないことが幸いしたよ。
「でも、脳に感染している人や、肝機能が低下したことで食道静脈瘤が出来ている人もいましたので、再発防止に薬の供給は急ぐべきかと思いました」
「そうね。供給の方はヨロシクお願いね」
「はい。あと、ウラン女王陛下は、ピカドン王国としても、ボクのところに留学生をたくさん送り込みたいとの話をされていました。恐らく、薬のことだけではなく、診断魔法の使い手も欲しいとの意味合いかと思います」
「たしかに、診断魔法があれば、感染者の早期発見に繋がるモノね。でも、病巣部位の切除・摘出と再生は、どちらもトオルちゃんしか出来ないでしょ?」
「はい。特に再生魔法は、誰にも引き継がないと決めましたので」
「そうよね。まあ、ピカドン王国の寄生虫は、予防薬と駆虫薬で当座は対処してもらうとしましょう」
再生魔法は、クローン人間の作製まで可能だからね。
ルイージさんのような騎士兼転移魔法使いのクローンを量産して戦争を仕掛けるような国が出て来てはマズイとの判断もあって、ボクとフルオリーネ女王陛下で、誰にも引継ぎがないことを決めた。
一方の切除・摘出の魔法だけど……。
実は、それを誰かに引き継ぐのは、結構、ハードルが高いみたいでね。
ルイージさんやエリカさんに言わせると、世界広しと言えど、一人で切除・摘出を魔法で完結できる人材を見つけるのは、そう簡単じゃないらしい。
先ず、摘出したい部位を特定しなければならないから診断魔法が使えないとイケない。
それから、摘出したい部位を体外に転移させなければイケないから、当然、物質転送魔法も必要なんだけど、ハイパーな転移魔法が使えるルイージさんやエリカさんでさえ、臓器だけを物質転移させるのは不可能だって言う。
つまり、摘出部位の体外転移を行うためには、体内でその部分を切除……つまり、患者から切り離して別の個体にしなければならない。
なので、切除魔法が必要になるし、魔法での止血もセットで発動させなければならない。
これだけの魔法を全て使えないと、魔法で切除・摘出を完結できないってことだ。
それで、今は切除担当者と摘出部位の転移担当者に分けるって方法を考えている。
例えば、サリナやシャルルは診断魔法と物質転移が使えるからね。そこに、切除担当者が加われば何とかなるってことだ。
とは言え、その場合でも切除担当者に診断魔法が要求される。
切除部位をキチンと把握してもらわなくてはならないからね。
加えて切除する魔法って……言い換えれば、人体を斬る魔法だからね。
普通の性格をしているかどうか、怪しい気がする。
そこに魔法での止血がセットだからなぁ。
切除と物質転移に分業しても、やっぱりハードルが高い気がしているよ。
取り急ぎ、この世界の医療体制をキチンと構築するために、診断魔法が使える者を増やして、今回の寄生虫の話だけじゃなくて、色々な疾患を対象にした定期検診を導入することが必要かな?
それだけでも大きく違うはずだからね。
あと、いずれ、女神様が医師をこの世界に召喚してくれることを願うよ。
ボクじゃ、正直言って医療に関しては役者不足だからね……。
「それと、トオルちゃん」
「何でしょうか?」
「例の入浴剤の件だけど、私もルビダスもベリルも是非使いたいってことで、意見が一致したわ」
「本当ですか?」
「ええ。本当は、出張中のトオルちゃんのところにエリカを向かわせて、追加分を貰おうかって思ったくらい。でも、仕事の邪魔になってはイケナイと思って遠慮したけど」
「それでしたら、来ていただいても、一向に構いませんでしたのに」
「そう? それは惜しいことをしたわね。だったら、エリカを向かわせれば良かった。あと、三人からの統一意見と言うことで、香り成分は、今のところ特に不要ね。あと、値段は一回分銀貨一枚までならOKってことで」
「貴重なご意見、ありがとうございます!」
ただ、値段の方は、王族だから、それだけ高くても買えるってことだろうね。
ボクなら、その十分の一以下じゃないと買わないと思う。
「あと、エリカからアンケートを預かっているわ。私達の分と併せて渡しておくわね」
「ワザワザありがとうございます。では、お礼に三人分で、一か月分ほど出しておきます。出ろ!」
ボクは女王陛下から四人分のアンケートを受け取ると、女王陛下とルビダス、ベリルの分として、なんちゃって入浴剤を出した。
使って喜んでいただけるなら、供給し甲斐があるもんね。
この後、ボクは、フルオリーネ女王陛下に食道静脈瘤が発生するメカニズムの説明までを行って、報告終了となった。
そして、ルイージさんの転移魔法で、ボクは侯爵家のお屋敷へと戻してもらった。
お屋敷に着くと、マイトナー侯爵や侍女の方々が、ボクをワザワザ出迎えてくれた。
みんな元気そうで、何よりだ。
「今回の出張は長かったわね。そうそう。入浴剤の方は、とても良かったわよ。この屋敷にいる全員が使い続けたいって」
「本当ですか?」
「値段は……私は一回小銀貨二枚ってところかしら。一応、全員分のアンケートを回収しておいたから」
マイトナー侯爵は、ボクにお屋敷で働いている人の分のモノも含めて、ボクにアンケートを渡してくれた。
これは、本当に助かる。
ざっと見た感じ、時期的なモノもあると思うけど、保温効果に注目したポジティブ意見が多かったし、みんな、使い続けたいとの意見を出してくれていた。
香り成分としては、バラの香り付きがイイとの意見が侍女の方々から多数挙がっていた。
ボクが一番気にしている値段だけど、安い人で一回分が銅貨二枚、高い人で小銀貨二枚だった。
また、一週間分セットの場合は、二回分を割引できないかって意見もあった。
「ありがとうございます。本当に色々意見がいただけて助かります!」
「喜んでもらえて何よりね。それで、今回のピカドン王国で発生したのって、どんな病気だったの?」
「身体の臓器の中に巣食う寄生虫が原因でした」
「また寄生虫?」
「はい。しかも、テニア地区から侵入したモノでして……」
ボクは、ここでもフルオリーネ女王陛下に説明した内容と、ほぼ同じ内容をマイトナー侯爵に話すことになった。
…
…
…
翌日。
ボクが居室で、今回の寄生虫に関する記録を作成していた時のことだ。
「トオル。ちょっとイイ?」
「うん」
アリアが、ボクの居室に入って来た。
ただ、今一つ表情が優れないけど、どうしたんだろう?
「何かあったの?」
「トオルが一か月間出張だったから、随分と報告が遅れちゃったけど、これ、入浴剤のアンケート結果」
「あれね。ありがとう! それで、どうだった?」
「実はね……」
先ず、アリアは、アンケート結果をまとめてくれた資料をボクに提示してくれた。
出張先で一緒だった四人は勿論のこと、王族の三人、エリカさん、マイトナー侯爵、侯爵家で働く人々などからポジティブな意見を貰えていたからね。
ボクは、楽観視していたんだ。
でも、アリアの資料を見て、ボクは愕然とした。
アンケートの結果が、芳しくなかったからだ。
入浴剤を使用した感想は良かった。
それこそ、
『湯冷めしない』
『肌がしっとりした感じがする』
『使い続けたい』
など、ポジティブな感想が大多数だった。
香り成分については、侯爵家の侍女達とは違って特に不要との意見が多数だった。
先ずは温泉気分を味わえればイイってことで、特段、香り成分を付ける必要性を感じていないようだった。
価格面でも、トオル製薬で働くアリアやミサ達、流通センターで働くマルシェやシュライバーさんからは、
『一回小銀貨一枚でもOK!』
との回答が得られていた。
キリのイイところで小銀貨一枚なんだろう。
侯爵家の侍女の方々からの回答では、一回分が銅貨二枚から小銀貨二枚まで幅があったけど、ある程度の安定収入が得られている。
トオル製薬や流通センターで働く人達は、基本的に、結構な額のお金を稼いでいる側の人達だ。
王族とマイトナー侯爵は、言うまでもなくお金がある側の人間。
問題は、一般市民達からの回答だった。
アリアが、近所の人達からもアンケートを取ってくれたんだけど、彼女達からの回答は、
『一週間分で銅貨一枚くらいなら買うかも』
『使いたいけど買うお金があったら酒代とか男代に回す』
『一回銅貨一枚なら許可だけど、多分、買うのは一週間に一回以下』
『買うのはイヤ。貰いモノなら使いたい』
とのこと。
つまり、富裕層以外は、入浴剤を買う気持ちなど、さらさら無いってことだ。
たしかに前世のボクも、一人暮らししている間は、入浴剤を買ったことなんて一回も無かったしね。
多分、これまでの回答が都合良すぎたんだよ。




