80:人間が中間宿主なの?
早速、ボクはウラン女王陛下からの質問をチャットボット機能にぶつけてみた。
これなら、確実な解答が得られるはずだ。
周りからは、ボクが一人でブツブツ言っているようにしか見えないので、対外的にはシリシスと交信しているってことになっているけどね。
『Q:今回、ピカドン王国で蔓延した寄生虫の人への予防薬はある?』
『A:孵化して数か月以内の幼生を駆除する薬なら可能。しかし、地球の既存薬には存在しないため、構造式を提示する。300 mg錠を一錠、二か月に一回の経口投与で良い』
その回答の直後、チャットボット機能の画面に構造式が提示された。
ボクは、それを急いでメモした。
これで何とかなりそうだ。
「御使いシリシスからの回答によりますと、予防薬の製造は可能です」
「本当か?」
「はい。正直、ちょっと大き目の薬になりますが、二か月に一回、一錠飲むだけで良いとのことです」
「それは助かる。では、その薬を発注したい」
「分かりました。ただ、価格については、一旦持ち帰らせてください。フルオリーネ女王陛下に相談した後、改めてご連絡申し上げます」
「分かった。その後、価格交渉させてもらうとする。あと、御使いシリシスにいくつか質問がしたいのだが、良いか?」
「はい」
「今回の病気は、以前は無かったモノだ。それが、何故、今になって発症した?」
それはボクも気になっていた。
まさか、またワース商人が絡んでいないよね?
なんとなくイヤな予感がしたけど、キチンと回答を出さなければならないと思う。
ボクは、チャットボット機能への質問を再開した。
『Q:今回の寄生虫は何処から来た?』
『A:ピカドン王国の東側に位置するテニア地区から』
『Q:テニア地区は立入禁止区域?』
『A:その通り』
『Q:テニア地区には、過去に人が住んでいた?』
『A:移住した者が何人かいたが、全員、十数年で死亡』
つまり、この世界の先人達は、その死亡した前例からテニア地区には何らかの問題があると判断して、人が入れないようにしたんだろう。
その原因が、まさか寄生虫だとは思っていなかっただろうけど、立入禁止区域にしたのはナイス対応だと思う。
でも、それを何時、誰が持ち込んだかってことだ。
『Q:テニア地区から寄生虫をピカドン王国に持ち込んだ人は誰?』
『A:人の手によって持ち込まれたモノではない?』
あれっ?
また、ワース商人か誰かが侵入して寄生虫を運び込んだのかと思ったけど、そうじゃなかったんだ!
でも、だったらどうして寄生虫が持ち込まれた?
『Q:何故、寄生虫がテニア地区からピカドン王国に入って来た?』
『A:テニア地区に張られた結界が十年前の大地震によって、一部、僅かにだが欠落し、その時に感染した野ネズミが一匹、欠落箇所から抜け出してピカドン王国に侵入した。結果的に、それが野生のキツネに捕食されて広がった』
『Q:その結界は、今は大丈夫?』
『A:ピカドン王国の結界魔法使い達の手によって、補強されたので問題ない』
そう言うことだったのか。
誰かが違反を犯したわけでもない。
仕方のないことだったんだ。
「女王陛下。シリシスからの回答では、病魔はテニア地区から侵入したようです」
「テニア地区? しかし、あそこは立入禁止区域のはず」
「はい。実は、十年前の大地震の際に結界が部分的に欠落して、そこから病魔を持った野ネズミが一匹、ピカドン王国に侵入したのが事の始まりとのことです」
「そうか。そう言えば、結界が一部破損したとの報告を受けて補強したことがあった。では、テニア地区が立入禁止区域だった理由とは、今回の病魔が原因か?」
「仰る通りです」
「あと、気になったのは、犬も同じように病魔に侵されるってことは、飼い犬も病魔の卵を持っているのか? 特に問題無さそうに見えるが?」
「少々お待ちください」
これが、エキノコックスなら、犬は発症しなかったと思う。
大量寄生の場合でも軽い下痢症状を起こす程度だし、数か月でエキノコックス自体が寿命を迎えるんじゃなかったかな?
『Q:飼い犬も今回の寄生虫の虫卵を持っている?』
『A:一部の飼い犬は持っている』
『Q:犬は発症する?』
『A:しない』
『Q:駆虫薬は?』
『A:プラジカンテルとピランテルの合剤が良い』
一応、犬は駆虫できるってことか。
これは、犬を飼っている人には朗報だね!
「飼い犬の中には、病魔を持っているのもいるようです。ただ、人間用とは異なる薬で犬の場合は対処できるとのことです」
「そうか」
「それと、犬の場合は、病魔が体内に入っても、人間とは違って発症しません」
「そうなのか?」
「はい」
「なら、薬を投与する意義とは何だ?」
「犬の体内で、病魔が卵を産むためです。それが糞中排泄されます。それを防ぐための薬です」
「なるほど。それと、もう一つ聞きたい。犬用と人間用で何故、薬が違う?」
「実は、今回の病魔は、幼虫段階で寄生する生物と成虫段階で寄生する生物が異なるんです」
「……」
ただ、ボクの言葉を聞いて、ウラン女王陛下は、怪訝な表情を見せていたよ。
たしかに、そんなこと、普通は信じられないだろうな。
そもそも論として、寄生虫のライフサイクルなんて、この世界では基本的に知られていないことだし。
「実は、キツネや犬には成虫が、人間やネズミ、豚には幼虫が寄生します。今回の病魔の卵を人間やネズミ、豚が口にしてしまった場合、身体の中で孵化して幼虫として住み着きます。そして、そのまま身体の中の臓器が病巣と化すわけです。キツネや犬の場合は、感染した野ネズミを食べることで感染し、その体内で病魔は成虫となり、卵を産みます」
「では、人の便には病魔の卵は入っていないと言うことか?」
「そうなります」
「しかし、そんなことがあるとは信じられん」
「一般にはそうでしょう。ただ、オーキッド王国のククラタ町やビルハルツ王国の王都付近で蔓延した病魔の話は御存じでしょうか?」
「聞いている」
今では、結構、有名な話になっているみたいだからね。
むしろ、女王陛下の立場で知らない方が問題かも知れない。
ただ、それらが、具体的にどんな病気かって言われると、女王陛下の立場でも、普通は知らないと思うけど。
「オーキッド王国の場合は、蚊の中で孵化して幼虫となり、人の体内に幼虫が移り住むことで成虫に成長するモノでした。ビルハルツ王国の病魔は、貝の中で幼虫が成長し、人の体内に移り住んで成虫になるモノでした」
「そうすると、今回のモノは、少し勝手が違うな。人の体内で孵化すると言っていなかったか?」
そこに気付いてくれて有難い。
キチンとボクの話を聞いて理解してくれている証拠だよね、きっと。
実は、今回のケースでは、糸状虫とか住血吸虫のケースとは逆で、人間が中間宿主になっているんだ。
「そうです。ですから、犬の場合は成虫を殺す薬を飲ませることで対処します。ただ、幼虫の方に効かせる薬は限定的でして、孵化して数か月、生まれたての幼虫にしか効かないモノなんです。実際に、女王陛下は感染されて皮膚や白目の色が黄色くなっていましたけど、幼虫が孵化して十年近くなりませんと、あのような病状は出て来ません。ただ、残念ながら、病状が出てからの治療薬は在りませんので、ボクの方で病巣部位の摘出と再生を行うことで治療しました」
「それで、今後は月一回、孵化したばかりの幼虫を殺す薬を毎月飲むことで、病状が出る状態にまで進展するのを防ぐってことか?」
「その通りです」
「しかし、それでも助かる。その薬を飲むようにすれば、検診を受ける必要性も下がるだろうからな」
「仰る通りですね。ただ、この国にも診断魔法が使える者がいれば良いのですが」
「それについては、我が国からもトオル殿のところに積極的に留学生を送り込みたいと思っておるところでな。その際には、ヨロシク頼む」
「はい。分かりました」
多分、ウラン女王陛下から、今回の病気に関しての疑問点等は、まだ出て来るだろう。
たとえ、今すぐに思い付かなくても、追々出てくるとモノもあると思うからね。
でも、予防薬のこととか、犬への駆虫薬、それから診断魔法の必要性についても、キチンと理解してもらえているようだ。
それから、診察を受けた患者数と、実際に病巣部位の摘出を行った患者数はシュレンキさんの方でカウントしてくれていたから、それに見合った報酬を後で出してくれることになった。
これも、最終的にはフルオリーネ女王陛下とウラン女王陛下で価格交渉するんじゃないかって思うけど。
あと、食道静脈瘤の件は、敢えて説明しなかった。
この世界の人々は、基本的に人体構造が分かっていないからね。
多分、説明しても、なかなか理解が難しいだろうし、だったら、今回の病気を治療の一環ってことにして、追加料金無しで済ませようかって思っている。
飽くまでも、今回の寄生虫感染症での治療は、一律いくらってことにしてね。
…
…
…
ウラン女王陛下への説明報告が終わり、ボク達はルイージさんの転移魔法でドロセラ王国へと移動した。
そして、一旦、お城の門の前に出て門番に挨拶し、そのまま城内へと入って行った。
今回は、出発前と違って、ボク達は会議室の方へと通された。
十五分くらい遅れてフルオリーネ女王陛下が会議室に入って来たんだけど、開口一番、
「この一か月間で、リキスミアもサリナもシャルルも太った?」
と言われたよ。
完全に、以前のルビダスとルイージさんの再現だ。
まあ、予想はしていたけど。
それと、一方のルイージさんは、
「今回は、太らなかったわね」
って女王陛下から言われていたよ。
「それで、今回の件は、トオルちゃんをはじめ、皆様もご苦労でした。それで、その寄生虫の発生源って何処なの?」
フルオリーネ女王陛下の質問にボクが答えた。
「御使いシリシスからの回答では、テニア地区からだそうです」
「そこって、立入禁止区域じゃない?」
「そうです」
「じゃあ、またワース商人が?」
女王陛下も、ボクと同じことを考えているよ。
前科があるから仕方が無いけどね。
「いいえ。十年ちょっと前に発生した大地震で結界の一部が欠落して、そこから感染した野ネズミが一匹、ピカドン王国に侵入したのが事の始まりだったそうです」
「そうだったのね」
「それから、ウラン女王陛下は、今回の寄生虫感染症対策として、人への予防薬と犬への駆虫薬の発注を希望されております」
「分かったわ。詳細な交渉は、アクティスにやらせることにします」
「ありがとうございます」
「でも、人は予防薬で犬は駆虫薬なのね?」
さすが、フルオリーネ女王陛下。
その辺にもキチンと気付いてくれたよ。
それで、ボクはウラン女王陛下に説明したのよりも少し詳しく、フルオリーネ女王陛下に、今回の寄生虫のライフサイクルを説明した。
野ネズミが寄生虫の卵を何らかの形で口にしてしまい、それが肝臓とかに移行して、そこで孵化。
そこで、病巣を形成する。
続いて、感染した野ネズミをキツネが食べる。
これは、生きたネズミを捕えて食べるケースもあれば、ネズミの死骸を食べることも有るだろう。
いずれにしても、これによって寄生虫の幼生はキツネの体内に移行し、そこで成虫となり、卵を産卵する。
そして、虫卵は糞中排泄され、何らかの形で野ネズミの口へ……。
ただ、幼生が寄生するのは、ネズミだけではない。
人間や豚も寄生する対象になる、
あと、成体が寄生する対象には犬も含まれる。
これを聞いて、フルオリーネ女王陛下は、
「なんで人間が中間宿主なの? 人間の臓器内から、どうやって幼生がキツネや犬に伝搬するのよ?」
って言っていた。
人間が中間宿主であることに納得ができないようだ。
実は、ボクも女王陛下と同じことを考えていたんだけどね。
糸状虫は、蚊が終宿主を刺すことで幼生が伝搬される。
住血吸虫は中間宿主の体内で、終宿主に感染できる形の幼生まで成長すると、中間宿主である貝から体外放出されて、水中で終宿主に経皮感染する。
ところが、今回の寄生虫は、中間宿主が捕食されること以外、終宿主への移行手段って無いんじゃないかな?
なので、野ネズミが中間宿主なのは理解できる。
キツネの餌になるからね。
でも、どうして人間も中間宿主なのって思う。
もしかして、人間も何かに捕食されるのが前提なのかな?
その件については、余り考えたくない気がする。
多分、中間宿主になるのは偶然なんだろうとは思うけど……。




