79:食道静脈瘤!
あれから、どれくらい時間が経っただろうか?
脳の病巣を摘出した患者が目を覚まし、身体を起こした。
そして、丁度、治療の区切りがついたボクに、その患者が話しかけて来た。
「聖女様。私は、治ったのでしょうか?」
「はい。でも、念のためチェックさせてください」
「チェックですか?」
「はい。手足は普通に動かせますでしょうか?」
「えっ? あっ? はい」
その患者が手足を動かしてみたところ、特に違和感は無さそうだった。
でも、脳をいじったからね。機能障害……言葉が話し難いとか、指の動きが今一つとか、そう言った症状があっても困る。
なので、少し、ここは慎重に行きたい。
「では、次に指の動きはどうでしょう?」
「はい」
ボクは、高齢者向け指体操を実際にやって見せ、それを、この患者にやってもらった。
これも、見た感じ、特に異常は無さそうだったけどね。
「では、次に言葉が話し難いとかが無いか確認します。『隣の客は、よく柿食う客だ』と言ってみてください」
「ええと、『隣の柿は、良く客喰う……』これじゃ逆ですよね?」
「そうですね」
「もう一回行きます。『隣の客は、よく柿食う客だ』……言えました」
「大丈夫そうですね。病原体が入り込んだ場所によっては、身体が動かし難くなる場合がありますので、念のため確認させていただきました。特に問題ないと思いますが、もし後になって不調を感じたら、お手数ですが町長様を通じてご連絡ください」
「分かりました」
「それから、念のため、これから半年間は、月一回、様子を見に伺いますので、お名前と住所をお教えいただけますでしょうか?」
「ワザワザ、聖女様自らがおいでくださるのですか?」
「はい」
「ありがとうございます。よろしくお願い致します」
その患者は、ボクが渡した紙に、涙を流しながら名前と住所を書き記してくれた。
月一回だけど、ルイージさんにお願いして、ピカドン王国まで来るとしよう。
ボクの方に回されてきた患者は、まだ沢山いた。
そして、順に対応していったんだけど……。
「トオル様。ちょっと診ていただけますか?」
突然、ボクにこう言って来たのはリキスミアさん。
「どうしました?」
「それが、感染症以外に、ちょっと気になるモノがありまして……」
早速、ボクはリキスミアさんが診ていた患者の診断を行った。
すると、たしかに食道の脇に面倒なモノがあったよ。
これって、食道静脈瘤だ。
肝機能が低下して黄疸が出来ているくらいだからね。
食道静脈瘤ができていている患者がいても、おかしくないだろう。
肝硬変とかになると、門脈からの血液が肝臓に入り難くなる。
そもそも肝臓が機能していないわけだからね。
概念的には、肝臓が、ほとんど血液を受け付けられなくなるって理解でイイんじゃないかって思う。
本当の意味で正しいかどうかは分からないけど……。
それで、門脈から肝臓以外のルート……例えば胃や食道の表面を通る血管(静脈)の方に大量に流れるようになる。
そうすると、その静脈が太く脆くなり、結果的に静脈瘤を形成する。
特に食道静脈瘤の場合、食道の内側に凹凸を作ってね。堅いモノを食べたり、何らかの刺激が加わったりすると、静脈瘤が破裂して大出血を起こすことがあるんだ。
そうなれば、当然、命に関わる。
なので、この患者には、病巣摘出だけじゃなくて、食道静脈瘤の方も、対処しなくてはならない。
「あのう……どうかなされたのでしょうか?」
「いえ。特に何でもありません」
「そんなに、私の身体は大変なことになっているのでしょうか?」
さっきの脳に病巣形成されていた患者で経験して、反省点だって思ったばかりなのに、ボクは、いったい何をやっているんだろう?
患者を不安にさせないようにしなきゃ。
「まず、アナタはウラン女王陛下と同じ病原体に侵されています。ですので、その処置を行います」
「はい」
「ただ、他の病気も見つかりまして、それで、ちょっと驚いただけです」
「そうなんですか?」
「はい。そっちの病気も治しておきますので、済みませんが、そこに横になってください。ボクの魔法で眠っていただきます」
「眠るんですか?」
「はい。眠っているうちに全部終わりますので、ご安心ください」
「わ……分かりました」
その患者が、床の上に横になった。
ボクは、
「出ろ!」
その患者の体内に睡眠導入剤を発生させた。
これで、この患者は一瞬で寝落ちした。
続いて、
「切除&転移!」
「再生!」
肝臓の病巣を摘出し、欠損した部分を再生魔法で再生した。
これで、肝臓の方にもキチンと血液が流れるようになる。
さて、問題はここからだ。
今回は、食道から胃にかけて静脈が全体的に太く脆くなっている。
これを何とかしなきゃならない。
ただ、ボクの場合は、魔法で臓器再生までできるはずだからね。
だったら、いっそのこと、再生魔法で食道から胃までを全部新品に取り換えた方が早いし、確実だろう。
それに、ボクが魔法で病巣等を摘出する際には、魔法で止血もされる。
なので、胃と食道を摘出する際にも大出血を起こすことは無いはず。
この辺は、『魔法って便利』の一言で片づけてくれ!
と言うことで、
「食道と胃を切除&摘出! そして、再生!」
ボクは、この患者に胃と食道……当然、表面を流れる静脈もだけど、再生魔法で全部作り直してあげた。
これで、今後、新たに肝機能に問題が発生しない限り、多分、食道静脈瘤が発生することは無いと思う。
それにしても、脳への病巣も食道静脈瘤も、全然想定していなかったわけじゃなかったけどさ。
いくら魔法とは言え、実際に、こんな手術をするとなると結構キツイわぁ。
出来れば、ここで少し休みたい。
でも、患者達がボクの前に並んでいる。
順次処置をして行かなくてはならない。
ただ、その前に、
「物質転移!」
食道静脈瘤だった患者の体内から睡眠導入剤を体外に物質転移した。
これで、この患者は、少ししたら目を覚ますだろう。
その後も、ボクは、
「切除&転移!」
「再生!」
次々と寄生虫感染症患者の体内から病巣部位の摘出と欠損部位の再生をひたすら繰り返した。
そして、何例目だろう?
「こちらの患者さんをお願いします!」
ボクは、シャルルから回されてきた患者を診て、再び驚かされた。
かなり肺がやられていたんだ。
そう言えば、肺移植の際、移植する肺を冷やして保管するけど、0℃で保管するよりも10℃で保管した方がイイって報告もあるみたいだね。
もっとも、ボクの場合は、移植術じゃなくて魔法で瞬時に再生させるから、移植用臓器の保管とは無縁だけど。
この患者も、
「切除&転移! それから再生!」
先ず、肝臓に蔓延る病巣を切除して体外……と言うか密閉型巨大水槽の中に転移させ、それによって生じた欠損部位を再生した。
さらに、ボクは、この患者の肺からも、
「切除&転移! それから再生!」
派手に蔓延る病巣を切除して体外に転移させた後、欠損部位を再生して正常な状態に戻してあげた。
これで、この患者も大丈夫だ。
少しして、食道静脈瘤だった患者が目を覚ました。
既に、彼女の肝機能は復活していたし、時限爆弾とも言える静脈瘤も今は無い。
健康そのものの身体だ。
「聖女様」
「目が覚めたようですね。ご気分はいかがですか?」
「身体が楽になった気がします」
「それは良かったです。ウラン女王陛下と同じ病気も、もう一つの病気も、綺麗に治っておりますので、もう、心配は無いかと思います」
「本当ですか?」
「はい。では、お大事にしてください」
「ありがとうございました」
この患者の場合は、さっきの脳に感染していた患者と違って、ボクが改めて様子を見に来る必要は無いだろう。
再感染しないことを祈るよ。
…
…
…
そして、出張三十日目の夜に、ボク達は、この地域で発生した寄生虫感染症の診断と治療を一通り終えた。
丸々一か月かかったよ。
一応、ウラン女王陛下には終了の挨拶をして行かなければならないだろう。
でも、もう夜だしね。
なので、今夜も王都の宿に泊まることにした。
ただ、リキスミアさんもサリナもシャルルも、これが今回の出張での最後の夕食ってことで、
「取り敢えずホールケーキ二つで!」
「私は、パフェ四点セットで!」
「じゃあ、私は、先ず各種マカロンから!」
ムリヤリ口の中に詰め込むように、スウィーツを食べまくっていたよ。
多分、ドロセラ王国に戻ったら、フルオリーネ女王陛下から、女性にとって強烈な一言がありそうだな。
どうなろうと、ボクは知らないけど……。
過去に、その一言を経験したルイージさんは、食べたいのを我慢してセーブしているみたいだった。
まあ、その方が健康にもイイよ。
…
…
…
翌朝。
予想はしていたけど、リキスミアさんもサリナもシャルルも、朝から甘いものをガツンガツン食べていた。
朝食を終えて小休止した後、ボク達はチェックアウトのため、宿のホールに向かった。
支払いはピカドン王国がするから、鍵を渡すだけだけどね。
そして、ホールでシュレンキさんと合流。
チェックアウトを済ませると、
「転移!」
ルイージさんの転移魔法で、ピカドン王国のお城の前まで移動した。
シュレンキさんが同行しているからね。
門番は、スンナリとパス。
入城すると、ボク達は、そのまま謁見室へと通された。
謁見待ちの人達は、たくさんいたけど、ウラン女王陛下は、ボクの件を最優先してくれたようだ。
「トオル・マイトナーです」
「聖女トオル殿。この度は、我が国の奇病の迅速なる対処に感謝する」
この時のウラン女王陛下は、先日お会いした時とは打って変わって、随分と血色も良く、健康そのものだった。
あのまま放っておいたら、多分、一年も持たなかっただろう。
「こちらこそ、お役に立てて光栄です」
「私を治してくれた時に、病魔の卵のことを話してくれたが、その卵は、いったいどこから来るのか? もし知っていたら教えてもらえないだろうか?」
たしかに、あの時は、話しそびれていたよ。
そりゃあ、気になるだろうね。
「あの病魔は、この地方に住む野生のキツネやネズミに寄生しています。それから、残念ですが、犬にも寄生することがあります」
「それは本当か?」
「はい。病魔が寄生したキツネや犬の糞に、病魔の卵が入っています。ですので、例えば、それらの動物が畑に入り込めば作物に病魔の卵が撒き散らされるでしょう」
「何と言うことだ」
「それから、病魔が寄生したキツネや犬を触ることも良くありません。あと、川の水を直接飲むのもキケンです」
「たしかに、川の水は、それらの動物も飲むだろうし、糞が混じることもあり得るか」
「だと思います。ですので、五年に一度の検診が必要となります」
「しかし、検診を受けて感染していることが分かっても、それを取り出すことが出来るのは、結局のところ聖女トオル殿しかいないのではないか?」
「残念ながら、そうなります」
「予防薬とかは無いのか?」
「少々お待ちください」
たしかに、ウラン女王陛下が仰る通りだ。
予防薬があれば、その方が手っ取り早い。
それに、今回の寄生虫は、飽くまでもエキノコックスに近いモノであって、エキノコックスそのものではない。
なので、エキノコックスに全てを当て嵌めなければならないわけではない。
エキノコックスには、人の感染を予防する有効な薬は無いと記憶しているけど、もしかしたら、今回の寄生虫では予防薬があるかも知れない!
さらに言ってしまえば、シリシスなら……あるいはフィリフォーリア様なら、予防薬の設計が出来るかも知れない。
だったら、取るべき手段は一つ。
ボクは、急いでチャットボット機能を立ち上げた。
ここからの回答に、全てを委ねるよ。




