76:またぁ?
その日の夜のことだ。
侯爵家のお屋敷にルイージさんが来た。
「トオル様!」
「ルイージさん。どうしたんですか?」
「一大事です。至急、お城までご同行ください」
「えっ?」
午前中に、アクティスとエリカさんに連れられて、お城に行った時には、ベリルの件以外には何も無かったよね?
なので、恐らくだけど、突然湧いた事件なんだろう。
そして、毎度の如く、ボクはルイージさんの転移魔法で、お城に向かって移動した。
お城には結界魔法がかけられていて、一般には転移魔法では直接の出入りができない。
でも、エリカさんとルイージさんは特別で、城の内外を転移魔法で行き来できるようになっている。
とは言え、女王陛下をお連れして転移魔法を使う時とか、もしくは余程の緊急時でない限りは、極力、直接城内に転移魔法で入るのを避けているようだった。
やはり、セキュリティ上、門番チェックを入れるべきって判断なんだろう。
でも、今回は、珍しく謁見室の前まで直接転移していた。
それだけ急ぎの案件ってことだ。
「ルイージさん。王子から入浴剤の話って行ってます?」
「はい」
「では、是非、使ってみてください。それで、感想とか、いくらくらいなら買うかとか、どんな香りがついていたら嬉しいかとかの意見が欲しくて」
「分かりました」
そして、待つこと五分くらい。
ボクとルイージさんが謁見室に通された。
そこに居たのはフルオリーネ女王陛下と、女王陛下をお守りする兵士が二人、それから見知らぬ女性が一人いたけど、他の人達は既に人払いされていた。
見知らぬ女性がいるってことは、多分、この人が他国からの使者で、何か厄介な案件をボクのところに持って来たってところだろう。
「トオルちゃん。急に呼び出して済まないわね」
「いいえ。それで、どうされたのでしょうか?」
「まず、本題に入る前に、入浴剤の方は、アクティスから聞いているわ。使った感想とか、いくらなら買うかとか意見が欲しいってことだったわね?」
「はい」
「それは、使ってから回答するから」
「よろしくお願い致します」
「それで、ここからが本題。こんな時間に急ぎで来てもらったのは、この国の北側に位置する国、ピカドン王国で謎の奇病が発生したらしいのよ」
ピカドンって……。
イヤな国名だな。
まさか、その奇病って放射能症とかじゃないよね?
もっとも、この世界には原子力が無いから、放射能症ってことは無いと思うけど……。
「患者数は、どの程度でしょうか?」
「ここからは、使者の方に答えてもらうわ。シュレンキさんでしたわね。よろしくお願いします」
使者はシュレンキさんって言うのか。
シュレンキさんは、ボクに会釈すると、ボクの質問に答え始めた。
「感染者の全てが、その疾患の患者としての自覚があるかどうかが分かりませんので、正直、患者数は分かりません。しかし、インフルエンザのように大量発症と言うわけでもありません」
「人から人への感染は?」
「今のところ無いようです」
「患者は回復しますか?」
「いいえ。発症したら治りません。成す術も無く、亡くなっています」
なんだか、成す術が無く患者が亡くなっているところと言い、人から人に感染しないところと言い、この国名と言い……って言うか、この国名が一番要因として大きいんだけど、やっぱりイヤな予感しかしない。
それで、ボクは、チャットボット機能を立ち上げた。
さすがに、放射能症を薬で治せって言われてもムリだからね。
『Q:ピカドン王国で発生した奇病は放射能症?』
『A:違う』
一先ず、これで少しホッとした。
でも、だったら、その奇病の正体って何なんだろう?
「その患者達の症状は、どのようなモノでしょう?」
「訴えるのは腹痛とか発熱。あと、膨満感とか腹部上部の不快感とか。それから、身体や白目が黄色くなります」
黄疸が出ているってことは、肝機能障害か。
ボクは、ここで再びチャットボット機能に確認した。
『Q:ピカドン王国で発生している黄疸を伴う奇病って何?』
『A:寄生虫感染症』
『Q:どんな寄生虫?』
『A:日本で言うとエキノコックス感染症が最も近い』
「……」
ボクは、一瞬だけど言葉を失った。
フィラリアみたいなヤツに住血吸虫に、ここにきてエキノコックスみたいなヤツか。
なんだか、
『またかよ!』
って感じがする。
でも、地球に比べれば文明文化の発展が遅れているわけだし、寄生虫感染が日本と比べて多くても、仕方が無い気がする。
ボクが有馬透時代に読んだラノベで寄生虫の話が出てきたのって、余り無かったけど、むしろ時代背景を考えたら、寄生虫がいない方が不自然だろう。
『Q:治療法は?』
『A:発症したら有効な治療薬は無く、病巣部位ごと摘出するしかない』
『Q:肝機能は?』
『A:低下するが、病巣部位の除去の後、再生すれば良い』
おおよそ、ボクの思っていた通りか。
ただ、今回の場合は、自覚症状が出ていなくても診断する必要があるんじゃないかな?
そうなると、その地域の人口を考えたら、多分、ボク一人で診断するんだと、正直、物理的に厳しい気がする。
なので、こっちも助っ人を用意させてもらわないと。
「女王陛下」
「何かしら?」
「今回は、主に肝臓に寄生する寄生虫のようです」
「またぁ?」
女王陛下が大きなため息をついた。
ボクも、その気持ちは分かるよ。
糸状虫、住血吸虫に続いて三連発だもんね。
「しかも、症状が出ていなくても感染している人はいるでしょう。念のため、患者が発生した地域の人は、全員、診断だけはしておいた方が良いと思います」
「たしかに、そうね。でも、トオルちゃん一人で大丈夫?」
「それでですが、今回は、済みませんが、リキスミアさんとサリナ、シャルルを同行させてください」
リキスミアさんは、王宮の侍女で診断魔法が使える希少な人だ。
ボクがミサ達の試験をした時にも、万が一のことを考えてアクティスが彼女をサポート役に付けてくれていたくらいだ。
なので、信頼できる。
それからサリナは、ウトリキュラリア王国からの留学生で、現在、リキスミアさんの指導下で診断魔法を学んでいる。
シャルルはオーキッド王国からの留学生。
彼女も、リキスミアさんの指導下で診断魔法を学んでいる。
まあ、最初の取り掛かりの部分だけボクが担当して、あとはスウィーツ二か月分と引き換えに、リキスミアさんに、二人の教育を丸投げしたんだけどね。
この三人で診断してもらえれば、ボクの方では病巣の切除・摘出に専念できるし、全体を効率良く回せるだろう。
「そうね。それならトオルちゃんの負荷も減るわね。分かりました、許可します」
「ありがとうございます。では、三人への連絡もありますので、明日の朝の出発でよろしいでしょうか?」
「そうね。シュレンキさんは、それで宜しいかしら」
「はい。お心遣い、感謝申し上げます」
シュレンキさんは、フルオリーネ女王陛下とボクに深々と頭を下げた。
まだ、患者達を治したわけじゃないから感謝されてもって気はするけど、彼女の立場からすれば、先ずは来てもらえないと全然話にならないからね。
ボクが行くって決まっただけでも、マジで嬉しいってことなんだろう。
これで、ボクは一旦、ルイージさんにマイトナー侯爵の御屋敷に送り届けてもらう……つもりだったんだけど……。
ところが、謁見室を出たところで、ボクはアクティスとバッタリと出くわした。
「トオル。来ていたのか」
「はい。ピカドン国で黄疸を伴う奇病が発生しているとのことで」
「そうか。すぐに出発するのか?」
「いいえ。今日は一旦帰って、明日の朝にと思っております。今回は、リキスミアさんとサリナ、シャルルに同行してもらいますので、三人には、これから声をかけることになりますけど」
「だったら、今日は城に泊まって行け」
「でも、明日の用意もありますし」
「それなら、あとでエリカに届けさせるから」
アクティスは、このままボクを自分の部屋に泊めたいみたいだ。
たしかにボクの場合は、生活必需品ってことで、着替えとか歯磨きくらいは女神様にもらったペンダントにお願いすれば出せるからね。
正直なところ、着の身、着のままで行っても問題無い。
なので、是が非でも一旦、家に戻らなければならないってわけじゃないけど……。
なんてことを考えていたら、
「じゃあ、マイトナー侯爵には私の方から連絡しておきます。あと、リキスミア、サリナ、シャルルにも私から話をしておきますので」
と言うと、ルイージさんはボクを置いて転移魔法でその場から消えてしまった。
完全に嵌められ……じゃなくて気を使ってもらった感じだよ。
これで、ボクのお城での一発……じゃなくて一泊は確定だ。
やたらとアクティスは嬉しそうだったよ。
…
…
…
翌朝。
ボクは急いで身支度を済ませると、ルイージさんと共にお城の門を出た。
完全に寝過ごしちゃってね。
朝食抜きになったよ。
寝過ごした理由は、言うまでもなく昨夜のアクティスだけど!
門の外には、既にリキスミアさんとサリナ、シャルルの姿があった。
待ち合わせ場所に一番近い位置にいたボクが最後だったよ。
これも、全部、アクティスのせいだ!
「お待たせしました」
「では、トオル様。行きましょう。トリチア寺院でシュレンキさんがお待ちです」
シュレンキさんは、昨夜のうちにピカドン王国に戻っていたようだ。
多分、ボクが出張することを、いち早く報告しに行ったんだろう。
ボクとリキスミアさん、ルイージさん、サリナ、シャルルの五人は、ルイージさんの転移魔法で、一気にピカドン王国へと空間移動した。
気が付くと、ピカドン王国の王都に到着。
ルイージさんの転移魔法は、もう何回も経験しているけど、ボクの転移魔法とは本当にレベルが違うよ。
目の前に小さな寺院があったけど、どうやら、ここが待ち合わせ場所のトリチア寺院のようだ。
既に、寺院の入り口には長蛇の列ができていた。
基本的に、この地方に住む全員が検査の対象となる。
恐らく、感染している自覚のない人が殆どだと思うけどね。
「お待ちしておりました、トオル様」
こう、ボクに話しかけて来たのはシュレンキさん。
寺院の入り口のところで、ボクのことを待ってくれていたんだ。
今回、ピカドン王国のお城への挨拶を後回しにして、そのまま現地入りしたのは、人々を急いで検査して欲しいって意味だろう。
ボク達は、そう思いながら中へと入って行った。
……んだけど、寺院の中には、何故か冠を被った偉そうな……と言うか偉いお方の姿があったよ!
ワザワザ、ピカドン王国の女王陛下が、ここまでいらしていたとは。
ただ、女王陛下は顔も白目も黄色くなっていた。
明らかに肝機能障害が出ている。
十中八九、間違いなく女王陛下は、エキノコックスみたいな寄生虫に感染しているってことだろう。
女王陛下自らが、診察&治療第一号になると言うことだ。
「はじめまして。トオル・マイトナーです」
「ワザワザ来ていただいて礼を言う。私がピカドン王国の女王ウラン。早速だが、治療の方をお願いする」
そう言うと、ウラン女王陛下はガウンを脱いで近くの椅子に腰を下ろした。




