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73:入浴剤!

 この時、ボクは父の遺体を前に涙を流していた。

 家に強盗が押し入り、その場に居合わせた父は、刃物で刺し殺されたんだ。

 これは、ボクの前々世(有馬透の一つ前)の記憶だ。



 当時のボクは、容姿に恵まれない女の子だった。

 この時、ボクはまだ十二歳。

 父子二人で暮らしていたんだけど、この日、ボクは、たまたま一人で裏山に山菜取りに出かけていた。

 そして、夕方になり、家に帰ると、ボクは父が腹から大量に血を流して倒れているのを目の当たりにした。


 時、既に遅かった。

 父の身体はピクリとも動かなくなっていたんだ。


 家の中は強盗に荒らされていた。

 然程、裕福な家庭じゃなかったし、大して金目のモノは無かったと思うけどね。

 ただ、お金では買えない大切なモノ……父の命が、この時、奪われたんだ。



 犯人は、隣村の男性だった。

 ボクの父を殺した数日後に、他の家に強盗に押し入ったところを取り押さえられ、余罪取調べの中で、ボクの家で強盗殺人を犯したことを自供したらしい。



 ボクの母親は、数年前に蒸発していた。

 要は、余所に男を作って家を出ていたってことだ。

 それで、両親のいないボクは、伯父に引き取られることになった。


 伯父は、独り身だった。

 一度、結婚したけどDVが原因で離婚。

 子供は母方で引き取っていたらしい。



 ここは、日本とは違う。

 三親等でも婚姻を結ぶことが可能だし、未成年と肉体関係を結んでも、特段、罪にならない世界だ。

 普通なら、いつ性的に手を出されてもおかしくない状況だったと思う。

 ちなみに、この世界の成人は十六歳だ。


 でも、そもそもボクは不美人で身体も貧相だったからね。

 幸か不幸か、全然、女性として見られていなかったんだと思う。

 なので、ボクは伯父から性的に手を出されることは無かった。

 もし、ボクが、それなりに容姿に恵まれていて、かつ発育状況が良かったら、一発でアウトだったに違いないけどね。



 ただ、性暴力が無い分、暴力は酷かった。

 何かと理由をつけられては、伯父に殴られてばかりの毎日だった。

 さすが、DVが原因で離婚しただけのことはあると思ったよ。



 父を殺したのは男。

 ボクと父から母を奪ったのも男。

 そして、ボクに毎日暴力を振るう伯父も男。

 ボクが不幸になる元凶は、全て男共だ!


 加えてボクは、根暗で不細工で色気ゼロだったからね。

 全然、男から優しくなんかされなかった。

 それで、ボクは次第に男を排除するようになっていったんだ。



 当時のボクは、多分、心の奥底では愛に飢えていたんだと思う。

 言うまでもなく、異性からの愛は欲しかった。

 ただ、それだけじゃなくて、家族愛とか友人間の愛情とかも含めて飢えていたんだ。


 でも、男性からの愛を受けることは無かった。

 家族愛も、父の死によって失った。

 根暗で交友関係を築けないボクには、友人と呼べる人もいなかった。

 それで、性格が歪んで行ったんだと思う。



 一年もしないうちに、ボクは伯父の家を飛び出した。

 伯父の暴力から逃げたかったんだ。


 でも、それまでボクは、家事や畑仕事しかやったことが無く、外で働いた経験は一度も無かった。

 社会性も社交性もゼロ……むしろマイナスかも……。

 だからだろう。ボクが、その場にいるだけで周りの空気が暗くなる。

 そんなボクを雇ってくれるところは、中々見つからなかった。



 なんとか工場に雇ってもらえたけど、いつも一人で目立たない存在。

 まるで空気……いや、それ以下の存在としか、周りからは認識されなかった。



 自分の存在意義すら分からない。

 心の拠りどころも無く、精神的には不安定な状態。



 それから数年後、ボクは、ある宗教に嵌まった。

 説明するまでもない。堕天使アルセニコスを崇める悪魔信仰だ。

 社会を呪っていたんだから、当然とも言える選択だろう。


 そして、二十五歳の時、ボクは、この世界を最低な状態に導くべく、最凶ウイルスを散布する実行犯に身を落としたんだ。


 …

 …

 …


 ふと、目を覚ますと、そこはマイトナー侯爵家の一室。

 ボクの部屋だ。


 イヤな夢を見た。

 この記憶がある限り、ボクは、周りから聖女とか女神とか呼ばれても、それを心の奥底では受け入れることが出来ない。

 今、ボクが薬を作っているのは、二百年前の罪滅ぼしに他ならないからね。

 この世界をマイナス状態にしたのを、何とかプラスマイナスゼロの状態にするために、ボクに課せられた義務を果たしているだけに過ぎないんだ。


「久し振りに見たな、この夢。出来れば記憶から消去したいよ。思い出すだけで、自分自身を抹消したくなる……」


 でも、やった事実は変わらない。

 過ぎてしまったことを、無かったことには出来ないのだから……。



 地球に、有馬透として転生してからも、ボクは愛に飢えていた。

 家族愛が無かったわけじゃない。

 友人が一人もいなかったわけでもない。

 一応、それらは手に入れられたんだと思う。

 なので、前々世よりはマシだったんだろう。


 でも、異性間の愛だけは得られなかった。

 だから、異性との付き合い方が分からないまま年を重ね、常に妄想しているだけのキモい男になってしまった気がする。

 多分、女性になった今のボクでも、過去の……有馬透時代のボクと付き合えるかって言うと……ハッキリ言って無理かな?


 性格的に?

 いや、過去の自分に対して言うのも何だけど、生理的にかも知れない。

 同じヲタ男子でも、アクティスとは悪い意味で全然違っていたからね。



 前世、前々世と比べると、今の自分は、かなり恵まれていると思う。

 アリアやミサを筆頭に同姓の友人にも恵まれたし、養母だけど、マイトナー侯爵からは愛情を注いでもらっているのが良く分かる。

 アクティスにも愛されているし、王家をはじめ、色々な人達から受け入れてもらえているし、必要とも思われている。

 もし、二百年前の自分が今の半分でも愛を感じられていたら、多分、世界を壊そうなんて考えは生まれなかったんじゃないかって思う。



 ボクは、ベッドから飛び起きると、両手で両頬を強く叩いた。

 今、ボクは暗い表情をしていると思う。

 こんな顔でマイトナー侯爵に会ったら気を遣わせてしまう。

 それで、気合を入れて、暗い空気を吹き飛ばそうって思ったんだ。


 そして、ガウンを羽織って笑顔でリビングダイニングに向かったんだけど……。

 先に来ていたマイトナー侯爵は、ドンヨリ顔でテーブルについていたよ。


「どうしたんですか?」

「二日酔いでねぇ。トオルちゃんの薬で二日酔いは治せないのかねぇ」

「さすがに、二日酔いの薬は売っておりませんでしたね。少々お待ちください」

「もしかして出せるの?」

「まあ、気休め程度な気はしますけど……。出ろ!」


 ボクは、一先ずL-オルニチンとクルクミンの錠剤を出した。

 L-オルニチンはシジミに含まれる成分で、二日酔いの原因物質であるアセトアルデヒドを肝臓が分解するのを助けてくれる。

 また、クルクミンはウコンの成分でポリフェノールの一種だ。


「これが二日酔いに効くのね」

「一応、研究出向先の世界では良いとされていました」

「そう。ありがとう」


 マイトナー侯爵は、ボクの出した錠剤を受け取ると、何の疑いもなく飲んでくれた。

 これで体調が回復してくれるとイイんだけどね。

 ただ、何か忘れているような?



 そう言えば、ボクは、特定の分子を選んで転移させることが出来るんだった。

 アセトアルデヒドを除去する方が確実ではなかろうか?


 なので、

「済みません。こっちの方が手っ取り早いです。転移!」

 ボクは、マイトナー侯爵の体内からアセトアルデヒドを体外に物質転移させた。

 多分、一瞬で二日酔いから解放されたんじゃないかって思う。

 今回は、薬を飲んだ意義が無かったけど、まあ、たまにはイイか。



 ただ、この世界にいる全ての二日酔いの人の体内から、ボクの力でアセトアルデヒドを体外に転移させるのはムリだよね?

 やっぱり、二日酔いの薬を考えてみよう。


 L-オルニチンもクルクミンもイイけど、肝臓エキスも捨てがたいかも?

 三種混合にしようか?

 でも、肝臓エキスは抽出液をそのまま使うわけじゃなかった気がするし……。

 まあ、細かいことは、後で考えることにしよう。



 朝食の後、ボクは特殊ゲートを通ってトオル製薬の会長室に移動した。

 このゲートは空間と空間を繋いでいて、マイトナー侯爵のお屋敷と、ボクの店だった建物の二階を繋いでいる。

 今では、この建物の二階をトオル製薬の会長室にしているんだ。


 ボクは、そこで様々な低分子薬と薬効のまとめ資料を日々作成している。

 後の世代の人達が、この資料を見て色々な薬を作れるようにね。



 季節は冬。

 この時期になると、毎年、それなりにインフルエンザが流行する。

 それで、数か月前から治療薬をストックしてある。

 勿論、今回はボクだけで全部作ったわけじゃなくて、ミサ達にも、それ相当の量を作ってもらったけどね。

 後世のためにも、ボク以外の人がインフルエンザ治療薬を作った実績をキチンと作っておきたかったモノでね。



 しばらくして、

「トオル。イイ?」

 アリアがボクの居室に入ってきた。


「どうかしたの?」

「実は、薬学教室の生徒から質問があってね。美肌効果のある温泉って、何が入っているのかって」

「一般には炭酸水素塩とか硫酸塩かな?」

「それって、もしかして重曹とか硫酸ナトリウムとかってこと?」

「そう。研究出向先の世界では、皮脂を洗い落とすとか言われていたけど、硫酸塩の場合は血管を広げて血液の流れを良くするってのもあるらしいね」

「だったら、お風呂に炭酸水素塩とか硫酸塩を入れたら温泉みたいな効果が得られるってことだよね?」

「まあ、入浴剤の成分だからね」

「入浴剤?」


 この時、アリアは、

『ナニそれ?』

 と言いたげな顔をしていた。


 そう言えば、この世界には入浴剤と言うモノが存在しなかった。

 モノが存在しない以上、そもそも『入浴剤』と言う単語も存在しない。

 なので、アリアが、そんな反応を見せても不思議じゃない。


 ただ、今は日本で言えば、一月半ばくらい。

 非常に寒い季節だ。

 だったら、入浴剤を作ってアリア達に試してもらってもイイかも知れない。



 主成分は硫酸ナトリウム。

 そこに、取り敢えず硫酸マグネシウムや炭酸水素ナトリウムを少し混ぜればイイだろう。


 と言うわけで、

「出ろ!」

 ボクは、なんちゃって入浴剤を出してみた。

 ピンポン玉くらいの大きさのもので七個。

 つまり、一週間分だ。


 ちなみに、香り成分は入れていない。

 先ずは保温効果とか、しっとり感が得られるのを体験してもらえばイイだろうからね。



「これを使ってみて」

「これって?」

「ベースは硫酸ナトリウムで、そこに硫酸マグネシウムと炭酸水素ナトリウムを足してみた。これをお風呂に一つ入れて溶かして、そこに入ってみてもらえるかな?」

「温泉に入ったみたいな感じになるか、試して欲しいってことね?」

「まあ、そう言うこと」

「でも、どうせならミサとかロンド、ソナタ、マルシェ達にも試してもらってみない? あと、近所の人とかにも配ってみたいし。それに、使用感が良ければ商品化まで視野に入れられると思うから」

「たしかに、そうだね」


 アリアの言う通り、商品化はできると思う。

 実際、地球でも商品化されているしね。

 それに、被験者は多いに越したことは無い。


 ボクは、

「出ろ!」

 物質創製魔法で、さっきアリア用に出したのと全く同じ入浴剤を百四十個……結構大量だな……を出してアリアに渡した。


「じゃあ、これを七つずつ、二十人くらいに渡してもらえるかな?」

「了解!」

「それで、一週間使った感想を聞いてもらいたいんだ。あと、今回は香り成分を入れていないけど、どんな香りが付いていたら嬉しいかとかも知りたい」

「じゃあ、それもアンケートを取ってみるよ」

「あと、いくらくらいなら買う気になれるかも」

「それが一番大事よね。忘れないようにする」

「ただ、生徒達には配らないでね。配られてない生徒達から苦情が来そうだから」

「たしかに、贔屓だとか言われそうよね。でも、温泉成分の質問をしてきた生徒になら渡しても良いんじゃない? こう言ったモノが入っているはずだから、検証してみてってことにして」

「たしかに」

「それじゃ、その生徒とマルシェにロンド、ソナタにアイカ。あとは、シュライバーさんとか、まあ、適当に配ってみるよ」

「お願いね」

「心得た!」


 そう言うと、アリアは、大量の入浴剤を袋に詰め込んだ。

 配られる側の人選は、完全にアリアに任せよう。

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