67:シガトキシン?
この日、ボクはトオル製薬の倉庫内で足りない薬の補充を行っていた。
それが丁度、一段落したところで、
「トオル様。女王陛下がお呼びです」
誰かが背後から、ボクに声をかけてきた。
「へっ?」
と言いながらボクが振り返ると、そこには王宮お抱えの転移魔法使いルイージさんの姿があった。
いったい、何があったんだろう?
でも、きっと何処かで変な病気とかが発症したってことなんだろうなぁ。
もしくは、ダイヤモンドを出せることがバレたか。
いずれにしても、腹をくくるしかないね。
と言う訳で、ボクはルイージさんの転移魔法でお城へと向かった。
お城に到着すると、ボクは会議室に通された。
そして、待つこと十分くらい。
フルオリーネ女王陛下が会議室に入ってきた。
「トオルちゃん、ワザワザ済まないわね」
「いいえ。それで、何かあったのでしょうか?」
「実は、隣国のカレニア王国で病気が流行していてね。それで、トオルちゃんの派遣を依頼されているのよ」
「やっぱりですか」
「ええ。毎回、こんなことばかりで済まないけど」
「それで、どのような症状でしょうか?」
「舌や手足の痛み、しびれ、頭痛、嘔吐、下痢、関節痛とか聞いているわ」
「死亡例はありますでしょうか?」
「それは稀だそうよ。でも、症状が長く続く人もいるらしくてね」
「それで、発症地域はカレニア王国全土でしょうか?」
「海岸の街ブレビスってところを中心に流行しているそうよ」
「そうですか」
これを聞いて、ボクはシガテラ中毒を連想した。
普通は、シガテラ中毒のことなんて当事者でない限り知らないと思うけど、ボクの研究室の後輩の志賀怜子さんの研究テーマがシガトキシンの全合成研究だったからね。
それで、たまたまだけど、ボクはシガテラ中毒のことをちょっとだけ知っていたんだ。
それに、発症区域は海岸の街だし、シガトキシンとか、それに類似した海洋天然物が原因物質のような気がする。
でも、これまでも同様の中毒症状って、その近辺で発生したことって無かったのかな?
もし、シガテラ中毒みたいなのだったら、過去にもブレビスで同様の事例があるはずと思うんだけど?
「今までにも、同じようなことは無かったのしょうか?」
「毎年あるらしいけど、通常は軽い症状で済んでいるのでトオルちゃんを呼ぶまでも無いって判断をされていたの。でも、今年はいつもより症状が重いらしくて」
「そうですか。それから、過去にも今年と同じように症状が重めの年はありましたでしょうか?」
「何回かあったみたいね」
「いつ頃ですか」
「トオルちゃんが別の世界に研究出向している間と、あとはトオルちゃんがアクティスと婚約した数年前だったかしら?」
つまり、今まではボクがいた期間に、たまたまかも知れないけど重症化していなかったってことだね。
ボクの間が悪かったのか、中毒の方の間が悪かったのか……。
「そうでしたか。多分ですけど、特定の魚介類を食べることで引き起こされる中毒だと思います」
「では、魚介類の中に毒が入っているってこと?」
「そうです。ボクが前にいた世界にも同様の中毒がありましたので、間違いないだろうと思います」
「そうなの?」
「はい」
「でも、毒が入っていたら、敏感な人なら気付くんじゃないかって思うけど? 舌が痺れるとか味がおかしいとか」
たしかに、そう言うイメージがあるよね。
でも、毒物が必ずしも味を示すかと言うとそうじゃないんだよね。
「残念ながら、その毒は、魚の味に影響しませんし、熱にも安定ですので普通の料理方法では分解もしません。基本的に気付かないようです」
「治す薬とかはあるの?」
「いいえ。地球にも特効薬はありませんでした」
「やっぱりそうなのね。残念だわ」
「食べてすぐでしたら、胃洗浄とか活性炭による毒物除去が効果的とされていますけど、基本的に薬を飲んで治すことは出来ません。ですので、その毒物を蓄積している魚介類を食べないようにすることが最善の方法です」
「でも、トオルちゃんの力で治すことって出来ないの?」
「ちょっと自信はありませんが、方法が無いかシリシスに聞いてみます。では、少々失礼します」
ボクは、急いでチャットボット機能を立ち上げた。
ただ、これは原則としてボクにしか見ることが出来ない。
そのため、ボクがチャットボット機能に問い合わせをしている様子が、傍目にはブツブツ独り言を呟いているようにしか見えないらしい。
それで、巷では、ボクが御使いシリシスと交信していると言うことになっている。
チャットボット機能のことを教えたのは、アクティスだけ。
彼も完全口止め状態で、女王陛下にすら教えていないようだ。
早速、チャットボット機能への質問を開始!
『Q:カレニア王国の街ブレビアで流行しているのは、海洋天然物に起因する中毒?』
『A:その通り』
『Q:シガテラ中毒に似ているけど、原因物質は同様の構造?』
『A:類縁物質と思って良い』
『Q:治療方法はある?』
『A:ある』
えっ?
治療法があるんだ!
それって、是非、地球人にも教えてあげたい!
『Q:どうやって治療する?』
『A:トオルの診断魔法、分子構造決定魔法、転移魔法を駆使して、該当するシクロポリエーテル分子を体外に完全除去する』
「……」
ボクは、一瞬だけど言葉を失った。
もしかして、それって基本的にボクにしかできないことじゃない?
それに、そんなこと、一度もやったことが無いし、できる自信が無いんだけど?
でも、これが出来るんだったら、マルシェの故郷、ウトリキュラリア王国の王都リビダの人達からシュウ酸の除去も出来たんじゃないかな?
もっと早く教えてもらいたかったよ!
『Q:他に治療方法は?』
『A:胃洗浄とか活性炭による毒物除去程度』
『Q:それ以外の治療法は?』
『A:ない』
「……」
ボクは、再び言葉を失ったよ。
ただ、いずれにせよ女王陛下には報告しないと。
「女王陛下。一応、ボクの魔法で治せる可能性はあるようです」
さすがに今回は、ボクも自信がないので、
『治せます!』
と大風呂敷を広げることは出来なかった。それで、
『可能性があります』
程度の表現にとどめておいた。
もっとも、どう返答しても、シガテラ中毒みたいな患者の治療をチャレンジさせられることだけは間違いないんだろうけどね。
「そう。では、早速、現地に赴いてもらえないかしら?」
「分かりました」
「じゃあ、ルイージ。お願いね」
「心得ました」
あれっ?
これって、多分、長期出張とは言わないけど、少なくとも日帰りで済むようなことじゃないよね?
マイトナー侯爵には何も言っていないし、出張の準備だって、全然、何も用意していないんだけど?
でも、
「転移!」
何時の間にかルイージさんの転移魔法が発動していて、気が付くとボクは、海岸の街ブレビアに移動していた。
たしかに、苦しんでいる人を急いで助けないといけないのは分かるけど、ボクの着替えとかは、どうするのさ?
替えの下着すらないよ!
すると、ルイージさんから、
「強行的で申し訳ございません。一刻を争いますので。マイトナー侯爵とカレニア王国の女王陛下にはエリカの方から報告する手はずとなっております。それと、エリカが今日中にトオル様の御着替え等をマイトナー侯爵家の御屋敷から持って参りますので、ご安心ください」
との説明があった。
つまり、細かいことは全部エリカさんに任せて、ボクには、さっさと患者を診ろってことだね。
はいはい。
それにしても、エリカさんも大変だな。
エリカさんは、ルイージさんと同じ王宮のお抱え転移魔法使いね。
ただ、ルイージさんの場合は、転移魔法使いなだけではなく騎士でもある。
それで、ボクの警護と言う意味ではルイージさんの方が適任ってことで、ボクはルイージさんに同行してもらうことが多い。
ボクは、その足で街の公民館までルイージさんに連れられて行った。
公民館の中では、たくさんの人達が苦しそうな顔で寝かされていた。
多分、この人達は全員がシガテラ中毒みたいな状態……ここでは、シガテラ様中毒って言うことにする……を発症しているんだろう。
ボクは、端から順に患者を診ることにした。
最初の患者は、初老の女性だった。
「アナタは?」
「ボクはトオルと申します」
「では、女神トオル様?」
「巷では、そう言われる方もいらっしゃるようですけど……」
「生きてトオル様にお会いできるとは、幸せです」
「ええと、とにかく、診断させていただきます」
「よろしくお願いします」
どうやら、この女性はボクの信者のようだ。
でも、本当に治すことって出来るのかな?
治せなかったら失望させてしまう気がするよ。そうなったら、本当に申し訳ないな。
でも、今はチャットボット機能からの回答を信じるしかない。
一先ずボクは、診断魔法を発動した。
たしかに、その女性を診ると、体内にシガトキシン様のシクロポリエーテル分子……つまり毒の存在が確認されたし、身体が状態異常を起こしていることは間違いなかった。
でも、本当に毒の除去なんて出来るのだろうか?
自信は無いけど、とにかく今はチャレンジするしかない。
ボクは、物質創製魔法で小ビンを取り出すと、心の中で、
「(シガトキシン様のシクロポリエーテル分子。転移!)」
と叫んだ。
一応、小ビンの中に、僅かに何かが転移して来たっぽいけど、ごく微量だ。
ただ、次の瞬間、
「トオル様。ありがとうございます。吐き気も頭痛も手足のしびれも、一瞬で全部無くなりました。やはり、トオル様は女神様の化身です」
と言いながら、その初老の女性はボクの手を握りながら喜んでいた。
どうやら、チャットボット機能に記されていたことが達成できたらしい。
お陰で、その女性のシガテラ様中毒は完治したようだ。
「お役に立てて何よりです。では、次の患者を診ますので」
「どうか、私達全員をお助けください」
「全力を尽くします」
さすがに、この場で全員を『助けます』とは断言できなかった。それで、当たり障りのない言葉で返答したよ。
勿論、全力を尽くすこと自体は嘘じゃないけどね。
ただ、一人でも全快すると、周りの患者達の心の中にも希望と期待が生まれる。それで患者達の表情は、さっきまでと比べて幾分穏やかになった気がする。
その後も、
「(転移!)」
「(転移!)」
「(転移!)」
順に患者達の体内から小ビンの中に原因物質を除去していった。
それから、ボクは。
「特定の魚介類を食べると、時期によっては今回のような中毒を起こすことがありますのでご注意ください」
チャットボット機能でシガトキシン様のシクロポリエーテル分子を蓄積している魚介類を検索し、それを人々に教えて行った。
ただ、この街ブレビスで、シガテラ様中毒症状を起こしている患者達を収容しているのは、ここだけではない。
この日、ボクは他の患者収容施設も回って、中毒患者の体内から原因物質の除去をひたすら繰り返した。
その日の夜、ボクとルイージさんが泊っている宿に、
「遅くなりました」
エリカさんがボクの着替えを持って来てくれた。
結構、ボク自身、汗だくになったからね。
着替えが来なかったらどうしようかって思っていたよ。
「エリカさん、ありがとう」
「では、私は城の方に戻りますので」
でも、本当に、ボクの着替えを持ってくるためだけに来てくれたんだな。
本当に感謝しているよ!
次の日も、その次の日も、ボクはひたすら、
「(転移!)」
「(転移!)」
「(転移!)」
患者達を治して行った。
ただ、この世界には治癒魔法が存在しないはずなのに、大量のシガテラ様中毒患者を治しちゃったってことで、
「トオル様!」
「聖女様!」
「御使い様!」
「女神様!」
ボクの人外認定が増々強まったらしい。
実際には、中毒患者のシガトキシン摂取量は極々微々たるものです。
それが体内にあるのを魔法で検出できるのかと言われますと、どうでしょう?
ビンに転移させても、目に見えるだけの量は無いと思いますし……。
その辺のツッコミは、済みませんがご容赦ください。




