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62:暗殺者?

 翌日。

 ボク……トオルは、身体を縛られたまま、エミリアとルカに帝都で最も高い建物の最上階の部屋まで連れて来られた。

 その部屋はムダに広く、奥の方には雛壇のように何段も高くなっているところがあった。


 そして、最上段に置かれた大きな椅子には、小柄な女性が横柄な雰囲気を全身にまといながら、ふんぞり返るように座っていた。


 しかも、その女性はボクを『見下す』ように、文字通り『見下ろ』していた。

 コイツがシアン総統だ。


「シアン様。トオル様をお連れしました」

 こう言ったのはエミリア。

 一応、まだボクには様付けなんだね。


「ご苦労。それにしても、やけに胸が大きくなっていないか?」

「再生医療の実験台に、この胸を使いましたので」

「なるほど。羨ましい装備が手に入ったな」


 装備ね……。

 でも、大人は基本的に女性しかいないに等しい世界だから、少なくとも異性を引き付けるためのモノじゃない。

 どちらかと言うと、同性同士で張り合うための装備だろう。

 なんか、もう、別にどっちでもイイけど。


「それで、トオルとやら」

「何でしょう?」

「我がワルハラ帝国は、隣国、イビセラ国に戦争を仕掛ける。それでトオルには、是非とも兵士達に食糧を安定供給すると同時に、再生魔法を使って身体の一部を戦いで欠いた兵士達を救ってもらいたい」

「お断りします」


 ボクは、即答した。

 そもそも、女神様がボクに求めていることから大きくかけ離れているし、ボク自身も戦争に加担したくない。

 それ以前に、その態度が気に入らないけどね。


 すると、シアンは案の定、

「口答えする気か?」

 怒りを露わにしてボクを睨んで来たよ。


 しかも、

「ならば、エミリア、ルカ。コイツを拷問部屋に連れて行け!」

 一気に拷問まで話が飛躍したよ。


 ムリにでも言うことを聞かせようってハラなんだろうけど、余りにも短気じゃない?

 何でも自分の思う通りに事が運ぶと思い込んでいるんだろう。



 さて、どうしよう?

 バイルシュタイン子爵にやったみたいに、水素風船で脅してやろうか?

 でも、一歩間違うと逆上しそうだし。


 なら、別のモノを三人の体内に出してやろう。ボクだって話を一気に飛躍させてやる!

 こんな危険地帯でチンタラしたくないもんね。



 ボクは、心の中で、

「(出ろ!)」

 と唱えた。


 すると、シアン、エミリア、ルカの三人は、その場で一瞬にして寝落ちした。三人の体内に通常用量を超える睡眠導入剤を出してやったんだ。

 これで当分起きないはずだ。



 さらにボクは、

「火炎出ろ!」

 火の魔法でロープを焼き切った。ショボい魔法だけど、百円ライター程度の火は作れるからね。


 そして、ショボい転移魔法を連続で使って、ボクは、一先ず、この建物の一階まで移動した。

 一回の最大移動距離が百メートル程度だけど、走るよりは早い。



 でも、ショボいって思っていた魔法が、ここに来て意外と役立っている。

 魔法を一切使えない人もいるわけだしね。ショボいとか言ったら罰が当たるかも知れないな。

 むしろ感謝しないと。



 本当は、一気に外に出たかったんだ。

 でも、転移魔法使いが外部から総統を襲ってこないように、この建物には転移魔法で出入りできない特殊な結界が張られていた。

 なので、建物の外には走って出たよ。


 勿論、結界の外に出てしまえばこっちのモノ。

 ボクは再び転移魔法を連続で使って、その建物から遠ざかった。



 シアン達が眠る建物から一キロくらい離れたところで、ボクはチャットボット機能を立ち上げた。

 地球なら、他国に外交官がいるじゃない?

 同じように、ドロセラ王国からワルハラ帝国に派遣されている人がいないかを確認したかったんだ。


『Q:ドロセラ王国からワルハラ帝国に仕事で来ている人っている?』

『A:いる』


『Q:何の仕事で来ている?』

『A:諜報員及び転移魔法使い』


 これなら、助けてもらえるかも?

 でも、これって諜報員兼転移魔法使いが一人だけいるのか、それとも諜報員と転移魔法使いの二人がいるのか、どっちなんだろう?


『Q:なんて人?』

『A:ルミとルイージ』


 えっ?

 もしかしてルイージさんが来てるの?

 でも、別のルイージさんかも知れないし、一応確認しておこう。


 それと、もう一人は、ルミって言うのか。

 ボクが地球にNMR理論を学びに研究出向した時の名前と同じだね。あの時、ボクは遠野留美って名前だったから。

 なんか、親近感湧くなぁ。


『Q:ルイージさんって、転移魔法使い兼世話係兼騎士として、ボクの出張に同行してくれたルイージさん?』

『A:その通り』


『Q:ルミさんは諜報員?』

『A:その通り』


『Q:何故、ルミさんは諜報員としてワルハラ帝国に来ている?』

『A:ドロセラ王国でもワルハラ帝国は危ない国家との認識があり、情報収集力に長けた転移魔法使いを諜報員として送り込んでいた』


 ルミさんも転移魔法が使えたんだ!

 たしかに、そうじゃなきゃ危ないか。何かあった時、転移魔法が使えないと逃げられないもんね。


『Q:何故、ルイージさんがワルハラ帝国に来た?』

『A:ルミと二人でトオルの捜索に当たるため』


 それは言わなくても分かるよ。

 ボクが聞きたかったのは、何で数ある国の中からワルハラ帝国を選んだのかってことなんだけど?

 質問の仕方が悪かったかな?


『Q:何故、ルイージさんはワルハラ帝国に目星をつけた?』

『A:バイエッタがエミリアのワルハラ訛りに気が付いたため』


 そうだったんだ!

 たしかに、独特なイントネーションだなって思ったんだけど、あれがワルハラ訛りってことか。


 でも、それがワルハラ訛りだって、良くバイエッタさんは知っていたな?

 何でだろう?


『Q:何故、バイエッタさんはワルハラ訛りを知っていた?』

『A:学生時代、転移魔法で世界一周旅行をした際に聞いたことがあり、それが独特な訛りだったため、たまたま覚えていた』


 へー。そうだったんだ。

 でも、マジで助かったよ!


『Q:今、ルイージさんは、何処にいる?』

『A:ここから三百メートル圏内』


 嘘?

 そんな近くにいるんだ?


 でも、ボクがワルハラ帝国に拉致されたら、間違いなく総統と会わされるはずだから、それを読んで帝都にいるってことなんだろう。

 それも、総統シアンのいる高い建物の比較的近くにね。


『Q:どうすればルイージさんに会える?』

『A:右方向に最大距離で三回転移すれば良い』


 なんか、話が簡単だな。

 でも、助かるよ。


 早速、ボクは、

「転移! 転移! 転移!」

 チャットボット機能の指示に従って右方向に三百メートル程移動した。


 そして、周りを見渡すと、たしかにルイージさんがいたよ。

 隣には、ルイージさんに背格好が似た女性がいたけど、多分、この人がルミさんかな?

 急いでボクは、ルイージさんに声をかけた。


「ルイージさん!」

「ト……トオル様?」

「良かった。ルイージさんに会えて」

「無事だったんですね」

「まあ、電撃魔法を食らった時は驚きましたけど。それで、そちらの方は?」

「ドロセラ王国から来ているルミです」


 やっぱりルミさんだったね。

 さすが、チャットボット機能だ。


「はじめまして、トオルです」

「ルミです。でも、無事で良かったです」

「総統シアンと、ボクをシアンの前に連れて行った二人を睡眠導入剤で眠らせて逃げて来たんです」

「でも、そんなモノを飲ませることが出来たんですか?」

「体内に直接発生させましたので」

「えっ?」


 なんか、二人にドン引きされたんだけど……。

 何でだろう?


「何かマズかったですか?」

 これにルイージさんが答えた。

「いえ。助かるためですし、別に殺したわけではないですよね?」

「勿論、眠らせただけで、殺していないですよ」

「ただ、もし、それが睡眠導入剤ではなくて毒薬でしたら、トオル様は人を簡単に殺せるんじゃないかと思いまして」


 言われてみれば、たしかにそうだね。

 ボクは構造式が頭の中で描ければ、薬品として作り出すことが出来るから、当然、毒薬を人の体内に発生させることも可能だ。


 つまり、ルイージさんの言う通り人を簡単に殺せると言うことだ。

 もし、ボクにルイージさんクラスの転移魔法が使えたら、間違いなくボクは世界トップレベルの暗殺者として活躍できる。



 あっ!

 でも、ボクのショボい転移魔法でも、一気に百メートルくらい移動できるから、暗殺現場から一瞬で消えることは可能か。

 たしかに暗殺者としてデビューできるなぁ。


「そんなこと、考えたことも有りませんってば。ただ、今回は総統シアンから、言うことを聞かないと拷問にかけるって言われましたので」

「えっ?」

「総統シアンは、イビセラ国に戦争を仕掛けたい。だから、ボクに軍の食料を出せ。身体の一部が欠損した者達を治せって言って来たんです」


 これを聞いて、ルミさんの口から出た言葉は、

「やっぱり、シアンは状況を全く理解できていないようですね」

 だった。

 何か、妙に意味深だけど?


「それって、どう言うことです?」

「この国は貧困状態にあります。全ては、総統が国の状況を丸っきり理解せずに軍事力強化ばかりに気を取られているからなのですけど」

「だから、ボクに食料を出せって言ったんだと思いますけど?」


 すると、ルミさんは首を横に振った。

 ボクの認識のベクトルと違うことが言いたいってところか?


「実は、平民達は食べる物がほとんど手に入らず、常に飢えた状態です」

「ルミさんの食料調達は?」

「私は、隣のイビセラ国に住んでおりますので食には不自由しておりません。諜報活動の際には転移魔法で、こっちに来ておりますけど……。ただ」

「ただ?」

「この国では、それに追い打ちをかけるように、ネヒエットと言う村で発熱を伴う致死的な病気が流行り出しまして……」


 なんか、イヤな展開なんだけど?

 それって、もしかして、またボクがこき使われるんじゃ?


「高熱って、もしかして伝染性では?」

「そのようです。発病した人には、頭痛、筋肉痛、嘔吐、下痢、吐血、下血と言った症状が現れているとのことです……」

「もう、その村は壊滅状態なんじゃ?」

「そのようですね。最初の発症が確認されたのは二週間前くらいのようですが、もう既に全滅に向けて秒読み段階に入った感じです」

「随分、感染速度が早い気がしますけど」

「はい。ただ、その話は総統の耳には入っていないようです」


 なんか、病状だけ聞くと、エボラ出血熱みたいな感じなんだけど?

 一応、ボクはチャットボット機能で確認することにした。


『Q:ネヒエット村で流行している致死的な病気はウイルス性?』

『A:その通り』


『Q:感染ルートは?』

『A:患者の体液や遺体との接触に、排泄物、唾液などの飛沫から感染する』


『Q:空気感染は?』

『A:ない』


『Q:最初の感染源は?』

『A:たまたまウイルスを保有していたコウモリを生焼けで食べた人がいた』


『Q:治療法は?』

『A:リバビリン投与と、その後に二次感染予防で抗生物質投与』


 最初の感染源は、予想外だった。

 人から人への感染ルートは想定していた通りだったけど、ただ、薬はボクの思っていたのとは異なる回答だった。

 エボラ出血熱みたいな病気ってことで、レムデシビル投与になるって考えていたんだ。



 ただ、リバビリン投与で出血熱って、クリミア・コンゴ出血熱みたいだな。

 その場合の感染ルートはダニだったと思うけど……。


 もっとも、ここは異世界だし、地球と全てが同一ではないからね。こう言ったことがあっても不思議じゃないか。


『Q:ボクに根絶できる?』

『A:能力的には可能だが、立場的に現状では不可能』


 これも、ボクが予想していた通りの回答だった。

 立場的に根絶不可能なのは、ワルハラ帝国からドロセラ王国に、正式に治療の申し入れが行なわれ、しかも正当な治療費を支払う確約が得られる必要があるからなんだ。

 そうでないと、ボクは動くことが出来ないからね。


 勿論、これは、ドロセラ王国の王宮側からの配慮だけどね。

 ボクを、不当な低賃金で働かせないために……。


「ルミさん」

「はい?」

「シリシスからの回答ですと、その病気は伝染性で、患者の体液や遺体との接触、それから排泄物や唾液などの飛沫から感染します」

「えっ?」

「なので、絶対に、その村に近付いてはダメですよ」

「わ……分かりました」

「ちなみに、行ってはいないですよね?」

「いえ、一度だけ様子を見に……。ただ、マスクだけはしておりましたけど」

「マスクだけでは不十分だと思います。ボクが診る限り、ルミさんは感染していませんけど、次に行ったら分かりませんので」

「しょ……承知しました」


 万が一、ルミさんが発症しても、彼女がドロセラ王国内にいるならボクが治療できる。

 でも、もし、諜報員としての活動をしている最中に感染して、しかも、転移魔法を使う魔力も体力が無くてドロセラ王国に戻って来ることが出来ないとなれば、ボクはルミさんを治すことが出来ない。

 なので、絶対に感染されては困るんだ。


「では、トオル様」

 ボクに話しかけてきたのはルイージさん。


「はい?」

「そろそろドロセラ王国に戻りましょう。みなさん、心配されておりますので」

「そうですね。じゃあ、お願い。あと、ルミさんも気を付けてください」

「はい」


 ボクは、ルイージさんの転移魔法で、その場からドロセラ王国に移動した。

 ただ、一瞬で昼から夜……というか深夜に変わったよ。

 本当に、東側大陸から西側大陸まで瞬時に移動したんだね。


 ただ、身近なところにハイパーな転移魔法使いがいてくれるから、ボクは事実上、馬車での移動をしたことが無いんだよね。

 馬車には乗っているけど、馬車ごと転移するからさ。

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