61:転移!
マルシェとカンタータがセンター長室の前まで来た時、二人の目に、丁度センター長のケックが中央玄関から社内に入ってくる姿が映った。
「センター長!」
「マルシェ。待たせちゃったかしら?」
「いえ。私達も、今、来たところです。それから、彼女はウトリキュラリア王国の転移魔法使い、カンタータです。今回の件は、彼女にお願いしました」
カンタータがケックに会釈した。
ここに出入りしている転移魔法使いは、大抵、ケックの顔は知っている。
しかし、ケックからすれば、カンタータは大勢いる転移魔法使いの一人に過ぎない。
さすがにイチイチ覚えていないだろう。
「そ……そう。ありがとう」
「ただ、彼女にお願いする時にトオルのことを話しちゃったんですけど……」
「まあ、行った先でどうせ聞かれてしまうから、それはイイけど」
「あと、カンタータに話をした時に、周りのスタッフにも聞かれてしまいまして……。口止めはしましたけど」
「……ま……まあ、仕方ないわね」
そう言いながら、ケックは、軽く溜め息をついた。
マルシェのことだから、多分、こうなるような気はしていたが……。
これで、ほぼ間違いなくトオル拉致事件の噂が全世界的に広まるだろう。
外野からフルオリーネ女王陛下の耳に入る前に、マイトナー侯爵と女王陛下には、自分達から報告出来ていなければマズイ気がする。
「それと、オゼンピックが言うには、今日、マイトナー侯爵は鉱山の方に行っているとのことです」
「そう。では、カンタータさんだったわね」
「はい」
「オッフェンって街だけど分かるかしら?」
「はい。一応」
「そこのギルドにいると思うので、そこまで急ぎでお願い」
「分かりました」
カンタータは、転移魔法を発動し、ケックとマルシェを連れて、目的地まで一気に空間移動した。
そして、到着するや否や、ケックはマルシェとカンタータを連れて、足早にギルド内へと入って行った。
一秒でも惜しいと言った感じだ。
ギルドの奥の方にはマイトナー侯爵家お抱えの転移魔法使いバイエッタの姿があった。
間違いなくマイトナー侯爵は、この建物の中にいるだろう。
ケックは、バイエッタに会釈すると、カウンターの受付の女性に声をかけた。
「ちょっとイイかしら?」
「これはケック様。何の御用でしょう?」
トオル製薬が製造する薬を全世界に販売展開する拠点の長だけあって、ケックは、この界隈では有名人である。
当然、このギルドの受付嬢にも、顔と名前を憶えられている。
「マイトナー侯爵が、コチラにいらっしゃると伺ったのですが?」
「侯爵様でしたら、奥のギルド長の部屋にいらっしゃいます」
「そうですか」
「急用でしょうか?」
「ええ。これ以上ない急用です。お呼び出しいだだくことは可能でしょうか?」
「ちょっと確認してきます」
受付の女性は、
「失礼します」
ギルド長室に入ると、ソファーに腰掛けながらギルド長と話し込んでいるマイトナー侯爵に、恐れながら横から声をかけた。
「お話中のところ大変申し訳ございません。マイトナー侯爵様にケックセンター長が急用とのことでいらしてます」
「急用? 何かしら?」
「詳細は伺っておりませんが、これ以上ない急用と申されておりまして……」
「なんか、イヤな言い回しね。じゃあ、ギルド長。済まないけど、ちょっとだけ話を中断させてもらうわね」
マイトナー侯爵は、ソファーから立ち上がるとギルド長室を出た。
そして、彼女は受付カウンターの近くにケックの姿を見つけた。
ケックは、この時、非常に神妙な顔をしていた。
これには、マイトナー侯爵も、言葉通り、相当イヤな何かが起きていると、容易に想像がついた。
「センター長。どうかしたの? それから、こちらの方は?」
「彼女は流通センターに出入りしているウトリキュラリア王国の転移魔法使いで、カンタータです。彼女に、ここまで大急ぎで連れて来てもらいました」
「そう。それだけ急用ってことね。それで、何があったの?」
「トオル様が、何者かにさらわれました」
「えっ?」
「うちのマルシェが、その現場を流通センターから窓越しに目撃したそうです。ただ、相手は転移魔法で、さっさと移動してしまいまして」
「そんな。トオルちゃんが?」
マイトナー侯爵は、顔面蒼白し、その場でよろめいた。
たしかにトオルは養女であり実の娘ではない。
しかし、マイトナー侯爵は、並ならぬ愛情をトオルに注いでいた。彼女の中では、実の子供以上にカワイイ娘なのだ。
ショックは大きい。
「急いでフルオリーネ女王陛下に報告致しませんと」
「そ……そうね。そうしたら、私と……目撃者のマルシェで行くわ。センター長はシュライバー社長の方に報告をお願い」
「承知致しました」
「それから……ちょっと待っていて頂戴」
マイトナー侯爵は、一旦、ギルド長室へと戻った。
さすがに黙って出発するわけにも行かない。
「ギルド長。済まないけど、トオルちゃんのことで、戻らなくてはならなくなって」
「分かりました。では、女神様によろしくお伝えください」
ただ、その女神と比喩されたトオルは、今、何処かに拉致されている。
正直言って、
『よろしくお伝え……』
は、状況を知る者からすればブラックジョークに他ならない。
しかし、ギルド長は状況を知らないので、これは仕方が無いだろう。
マイトナー侯爵は、
「用事が終わったら、また来るわね」
とだけ言うと、ギルド長室を出た。
「では、バイエッタ。私とマルシェを連れて、お城までお願い」
「分かりました」
バイエッタの仕事は、マイトナー侯爵やトオルの移動手段になることである。
しかも、侯爵家に仕えているくらいである。
魔法レベルもかなり高い。
その彼女の転移魔法が発動した。
転移終了。
マイトナー侯爵一行は、一瞬のうちに城の前へと到着した。
やはり、転移魔法使いがいると移動が超早くて便利だ。
門番は顔パス。
加えて、謁見申し込みの際に、
『トオルの件で大至急女王陛下と王太子に報告したいことがある』
と話したところ、謁見室に向かう列ではなく、会議室の方へと通された。
トオルは、ドロセラ王国に大量の税金を落としてくれる存在と言うこともあるが、アクティス王太子の婚約者である。
しかも、女王陛下自身、トオルのことを気に入っているし、ルビダスをはじめとする娘達ともトオルは上手く行っている。
王家にとって、トオルは超ウェルカムな人材である。
そのトオルの身に何かあったらフルオリーネ女王陛下としても困るのだ。
少しして、アクティス王子とフルオリーネ女王陛下が会議室に駆け込んで来た。
恐らく、仕事を途中で区切りをつけて急いで来てくれたのだろう。
その後には転移魔法使いであるルイージとエリカの姿もあった。何かあったら、すぐに行動に移れるように連れて来られたのだと思われる。
「マイトナー侯爵。トオルに身に何か?」
「詳細は、マルシェから話してもらってもイイかしら?」
「は……はい……」
マルシェは、自分が目撃した一部始終を女王陛下達に話した。
しかし、どこの誰がトオルをさらったのかは分からない。
また、マルシェは、自分のミスで、流通センターに出入りしている多くの転移魔法使いにトオルが誘拐されたことを知られてしまったことも話した。
つまり、全世界的に、この噂が広がるのは時間の問題だと言うことだ。
それは同時に、人々の不安を煽ることにも繋がる。
「でも、トオルちゃんを拉致できるってことは、相手はトオルちゃんが気を許していた人間かも知れないわね。あれでも、トオルちゃんは一応、転移魔法が使えるし、百メートルくらいしか移動できないって言っていたけど、それだけ移動できれば逃げるには十分なはずでしょうし。アクティスは、どう思うかしら?」
「ボクも陛下と同じ意見です。もしかすると患者を装って来たのかも知れません。しかも、トオルと二~三度会ってトオルのガードを緩くした……。最近、新たにトオルにコンタクトを取ってきた女性の中に、心当たりってあるか?」
こうアクティスに言われて、
「あっ!」
バイエッタが声を上げた。
「何か心当たりでも?」
「豊胸して欲しいって女性が一人……」
「何処に住んでいるかは分かるか?」
「はい。豊胸施術料を伝えるために、トオル様と二人で、その女性の家まで行ったことがありますので」
「では、俺とルイージを、そこまで連れて行ってくれないか?」
「分かりました」
ルイージは王宮に仕える騎士であり、また世話係兼務でトオルに同行することが何気に多い。
しかも、転移魔法使いとしても超一級である。魔法レベルとしては、バイエッタよりも上であろう。
しかし、今回は行き先を知っているのはバイエッタだけである。
そのため、
「転移!」
今回はバイエッタの転移魔法で空間移動した。
移動終了。
そこは、先日、トオルとバイエッタで豊胸の施術料を告げに来た家の前である。
「エミリアさん。いますか?」
バイエッタがドアをノックしたが返事がない。
ドアノブを回してみたが、家には鍵がかかっていた。
窓から中の様子を覗くと、そこには家具が一切置かれていなかった。
まるっきり生活感が無い空間だったのだ。
すると、通りすがりの女性が、三人に声をかけてきた。
「どうかしたんですか?」
しかも、何気に近付いて来た。恐らく、これをきっかけにイケメンのアクティス王太子を近くで拝むつもりだろう。
これにバイエッタが答えた。
「ここに住んでいるエミリアさんに用がありまして」
「エミリア? そこは誰も住んでいないはずだけど?」
「えっ? 先日、たしかにここでお会いしたのですけど?」
「もしかしたら、その人は勝手に忍び込んだのかも知れないわね。最近、多いのよね。勝手に住み着く悪い輩が」
そう言えば、あの日のエミリアは、ドアから顔を出しただけで家の中を見せないようにしていた。
しかも、
『明日は早いから』
と言って、部屋の中には余り光を灯していなかったが、もしかすると、家具も何も置かれていないことを気付かれないようにするためだったのかも知れない。
ただ、明かりがゼロだとトオルとバイエッタに不在と思われてしまうだろう。
それで光を最大限絞っていたのでは?
バイエッタは、今更ながらに、そう思っていた。
もしそうだとすれば、エミリアはトリルシティの住人であることを演じてトオルに近付いて拉致し、転移魔法で母国にトオルを連れ帰った可能性がある。
とは言え、ほとんど全ての国家が、トオル拉致事件を引き起こし得る。
理由は簡単。
トオルを手中に収めれば、薬の製造、食料の調達、さらには再生医療までもが手に入る。
当然、世界的に優位に立てる。
「一旦、現場を見たい。ルイージ。トオルの居室までお願いする」
「はい」
ルイージが転移魔法を発動した。
アクティス、ルイージ、バイエッタの三人の視界に入る風景が、一瞬でガラッと変わった。今度は、トオルの居室がある建物の前に来たのだ。
背後には流通センターが、さらにその奥にはトオル製薬の社屋が見える
三人がトオルの居室に入ると、机の上に一枚の書類を見つけた。
それにはエミリアの名前が記されていた。恐らく、豊胸魔法の記録をつけようとしていたのだろう。
つまり、カルテである。
これが置きっぱなしと言うことは、ここにエミリアが来て、片づける間もなく拉致されたのは確実であろう。
やはり、状況としては、エミリアがトオルを誘拐した犯人の一人と考えるのが筋と思われる。
では、エミリアは何処の人間なのだろうか?
少なくとも、エミリアが忍び込んでいた家にも、ここにも、エミリアが何処の人間かを特定できるようなモノは残っていなかった。
ただ、バイエッタが重要なことを思い出した。
「その女性って、イントネーションが独特でした」
「本当か?」
「はい。多分、あれはワルハラ訛りではないかと……」
「ワルハラ?」
「多分ですけど……」
「たしかに、あの国が一番怪しい国ではあるな。それに、トオルを捜索するにも人員に限りがあるし、ここは、そのワルハラ訛りに賭けるのが現実的かも知れないな。では、ルイージ」
「はい?」
「ワルハラに飛んで、そこに派遣した諜報員と共に捜索に当たってくれ」
「分かりました」
「それからバイエッタは、済まないが俺を城まで連れて行ってくれないか? 陛下と相談したいことがあってな」
「承知致しました」
ドロセラ王国だけではなく、ここネペンテス世界のほとんどの国が、ワルハラ社会主義帝国は危ない国家との認識を持っていた。
諜報員を送り込んでいるのは、それ故である。
アクティス王子の指示に従い、ルイージは遠方の国、ワルハラ社会主義帝国に向けて空間移動を開始した。
一方のバイエッタは、アクティス王子を連れて城へと戻った。
今は、一刻を争う。




