60:拉致!
少し時間は前後する。
豊胸の施術料が決まった翌日のことだ。
その日の夜、ボクはバイエッタさんの同行の元、エミリアさんの家を訪問した。
彼女の家の窓からは、うっすらと光が漏れていた。
多分、在宅中だ。
ボクがエミリアさんの家のドアをノックすると、ドアが少しだけ開き、エミリアさんが顔を出した。
ただ、何か警戒しているのか、その後も、ドアを全開にしてこなかった。
「どちら様でしょうか」
「トオルです。豊胸施術の料金が決まりましたのでお知らせに来ました」
「それを言いに、ワザワザこちらまで?」
「はい」
「それで、おいくらでしょうか?」
「小金貨二枚ですが」
「では、今は持ち合わせがないので、お金が出来次第、お伺いします」
「分かりました」
「では、済みません。明日、早いモノで……」
「もしかして、もうお休みになるところでしたか。お邪魔して済みません。では、ボクは、これで失礼します」
ボクは、エミリアさんに会釈すると、バイエッタさんの転移魔法で侯爵家のお屋敷へと戻った。
その二日後のことだ。
ボクは居室で再生治療魔法についての資料を作っていた。
パソコンなんてモノが無いから手書きになるけどね。
この世界には、これまで治癒魔法自体が無かった。
当然、再生治療なんてものは、今まで存在しなかった。
でも、再生治療魔法が、この世界に根付けば多くの人々が救われるだろう。
それで、どうやって魔法発動をイメージさせるかを考えていたんだ。
ここに、
「コンコン」
ドアをノックする音が聞こえてきた。
「はい?」
「失礼します」
アリアかアクティス辺りが来たんだろうって思っていたんだけど、入ってきたのはエミリアさんだった。
ただ、彼女の後には、もう一人の女性の姿があった。
この人も全身スリムだし、豊胸依頼なのかな?
「小金貨二枚が出来ましたので、早速、豊胸施術を願いしたいのですが」
「分かりました。それで、後ろのお方は?」
「私の友人で、ルカと言います。豊胸に興味があって、それで話をしたら見てみたいってことになりまして」
「そうですか。では、早速始めますけど、大きさは、どれくらいに致しましょう?」
「トオル様と同じくらいで」
「わ……分かりました」
ボクの容姿は、ボクが前世で理想として思い描いていた姿そのものだからね。
自慢じゃないけど……って自慢だけど、小顔美人で、痩身で、足が長くて……。
それプラス胸は大きい。
でも、この世界では、成人男性は女性達の共有物だし、基本的に恋愛なんてモノは存在しないからね。
ボクとアクティスが例外なだけで。
だから、容姿が良くても男子にモテるとか、そう言うのは無い。
そう考えると、この容姿は、来世に取っておきたかったな。
ムダに運を使ったみたいな感じだ。
それは、さて置き。
ボクは、再生のメカニズムと、施術後の胸の大きさと形を強くイメージしながら、
「再生魔法発動!」
エミリアさんの胸に向けて魔力を照射した。
次の瞬間、エミリアさんの胸は数段階のサイズアップを無事達成したよ。
エミリアさんは、
「これって凄い! トオル様、ありがとうございます!」
と言いながらボクの両手を取って笑顔で喜んでいたんだけど、突然、
「ビリッ!」
ボクの全身が痺れた。
まるで、スタンガンを当てられたかのようだった。
どうやら、エミリアさんがボクに電撃魔法を放ったようだ。
意識は一応あったけど、ボクは身体を全然動かすことが出来なかった。
ルカと言う女性が、ボクの身体を背負うと、
「転移!」
転移魔法で何処かに空間移動しようとした。
でも、この建物には特殊な結界が張られていて、転移魔法での出入りが出来ないようになっているんだ。
この結界は、ボクが張ったモノじゃない。
王宮の方で手配してくれたんだ。
転移魔法を使う他国の諜報部員に、ボクの資料を持ち去られたら困るし、それこそボク自身に何らかの被害が起こるのを防ぐためでもある。
でも、今回のように表玄関から患者とか訪問客を装って普通に入られたらアウトだね。
ルカは、ボクを背負ったまま階段を降りて屋外に出た。
そして、
「転移!」
エミリアさん……もう、コイツのことはエミリアでイイか。エミリアを連れてルカは転移魔法を発動した。
ただ、ここで一旦、ボクの意識は途切れた。
…
…
…
気が付くと、ボクは薄暗い部屋の中にいて、全身をロープで縛られていた。
部屋の中にはエミリアとルカの姿があった。
ボクが、
「ここは?」
と聞くとエミリアが答えた。
「ワルハラ社会主義帝国……東大陸の西端にある国です」
「えっ?」
ボクが住んでいるドロセラ王国は西側大陸の西端に位置する。
中央大陸をすっ飛ばしているからね。かなり遠くまで連れて来られたわけか。
このネペンテス世界は王国がほとんどだ。
一部、共和国があるけどね。
それで、このワルハラ帝国だけど、チャットボット機能からの回答だと、ネペンテス世界で唯一の社会主義国家だって。
ただ、実質的には総統による独裁制で、中味は絶対王政と何ら変わりがない。
他の王国と違うところは、軍事国家を目指したヤバイ国だってことだ。
でも、ヴァルハラじゃなくてワルハラなんだね。
なんか、『悪腹』とか当て字したくなったよ!
加えて生活水準は他国と比べて低くてね。
人々は飢えに苦しんでいた。
でも、帝国のトップ……総統には、人々の苦しみのことなど全く報告されていなかった。
下から総統に上がって来る報告内容からは、都合の悪い部分が色々と削除されていたってことだ。
なので、総統は、帝国内の生活は安定していて、水準も他国の平均レベル以上であると勝手に誤解している節があるらしい。
ちなみに、総統は世襲制でね。
それで、平民とは全然違う環境で生きている。
当然、平民の生活なんて直接見たことが無いらしい。
「今、私達は帝都内にいます」
「エミリアは、ドロセラ王国ではなく、ワルハラ帝国の人間だったってこと?」
「ええ。私もルカも、ワルハラの軍人よ。騙してゴメンなさいね」
「じゃあ、最初からボクをワルハラ帝国に連れてくることが目的だったってこと?」
「そうです。それでアナタに近付き、実際に再生医療が可能であることを私の胸を実験台に確認させてもらいました」
まあ、一石二鳥って考えかな?
知らないけど。
「でも、ボクを拉致してどうするつもり?」
「言いたくないけど、どうせ黙っていてもトオル様には御使いシリシスとの交信でバレてしまうんでしょう?」
「そうだね」
「ワルハラ帝国は、今、領地拡大を求めてイビセラ国に戦争を仕掛ける準備をしているのよ。そのためには軍人の食糧確保と高い医療が必要との判断があってね。トオル様は、食料を魔法で出せるんでしょう?」
厳密には、食料を出すのはボクの魔法じゃなくて、女神様からもらったペンダントの力によるものだけどね。
でも、傍から見たら、ボクの魔法で出しているように見えるだろう。
もっとも、ドロセラ王国内では一部で知られていることだけど、もう世界的に知れ渡っているってことかな?
「そんなに有名なこと?」
「ウトリキュラリア王国に飛んだ諜報員が王都リビダで聞いたのよ。トオル様が魔法で出したモノを食べたって、アチコチで自慢している少女がいたって」
情報源は、マルシェの妹か。
でも、別に口止めしないし、これはこれで仕方が無いか。
「なるほどね」
「ええ。それがシアン総統の耳に入り、トオル様の拉致計画が私達に命じられたんです」
ボクは、一応、転移魔法が使える。
移動距離が、せいぜい100メートル程度のショボい魔法だけど、この建物の中から逃げ出すことくらいは可能だろう。
でも、ボクを取り逃がしたら、エミリアとルカは総統から罪に問われるんだろうなぁ。
そんなことを考えてしまってね。
ボクは逃げ出せずにいた。
この二人のことなんて、どうでも良いはずなのに。
変なところでお人好しだな、ボクは……。
…
…
…
少し時間は遡る。
この時、マルシェは、休憩がてら木製カップに入ったコーヒーを飲みながら、流通センターの窓の外を眺めていた。
少なくとも業務中なので、コップの中味はエールではない。
ふと、トオルの居室がある建物から二人の女性が出てきたのがマルシェの目に留まった。
その女性の片方はトオルを背負っていた。
「えっ? トオル?」
そして、その直後、トオルを含む三人の姿が、突然、その場から消えた。転移魔法で別の場所に空間移動したことは明らかであった。
まさにマルシェは、トオル誘拐事件が発生した、その瞬間を目撃したのだ。
マルシェの手からカップが落ちた。
床一面に広がるコーヒー。
しかも、ちょっと足にかかったようだ。
マジで熱い。
「熱っ! そんなことより、た……大変よー!」
カップを拾うのも掃除も後だ。
今はトオルの方が大事だ。
マルシェは、大慌てで廊下を走り、そのままセンター長室へと飛び込んだ。
「センター長。大変です!」
「何があったの、マルシェ? そんなに慌てて」
「トオルが、何者かに連れ去られたみたいです!」
「何ですって?」
「相手は二人で、片方がトオルを背負っていて、それで転移魔法で消えちゃって」
「一先ず、マルシェはトオル製薬の方に報告して来て。それと、外部には情報を漏らさないように箝口令を出すようにも伝えておいて」
「はい」
「それと、流通センターのスタッフの中から転移魔法使いを一人連れて来て頂戴。私とアナタでマイトナー侯爵に報告しないとイケませんので。その間に、私は現場を確認してきます」
「分かりましたぁ!」
マルシェは、センター長のケックに頭を下げると、急いで流通センターを出て隣接するトオル製薬の社屋へと駆け込んで行った。
彼女が向かう場所は管理部門の部屋。
そこには、城から派遣されている経理担当のオゼンピックがいる。
管理部門室に入ると、彼女はオゼンピックのところに駆け寄った。
「大変です!」
「そうしたのよ、そんなに慌てて?」
「トオルが誰かにさらわれたの!」
「えっ?」
「センター長には既に話して。そうしたら、こっちにも話をしておくようにって。ただ、外部には漏れないように箝口令を出しておくようにとも言われて」
「了解。それで、王宮と侯爵様への報告は?」
「この後、私とセンター長で、流通センターにいる転移魔法使いにお願いして侯爵様のところに報告に行く。王宮には、多分、その後」
「分かった。侯爵様は、多分、今日は鉱山の方に行っていると思うから」
マイトナー侯爵は、トオル製薬の社長を兼任しており、彼女のスケジュールを、一応、オゼンピックの方でも把握していた。
さすが管理部門を任されていることだけはある。
「ありがとうございます」
「じゃあ、報告の方はお願い。私の方は、社内の方でのアナウンスをしておくから」
「お願いします」
マルシェはオゼンピックの頭を下げると、今度は流通センターに向かって大急ぎで走って行った。
そして、各国から流通センターに集まった転移魔法使いに薬を渡す倉庫へとマルシェは駆け込んだ。
転移魔法使いは、薬を自国に運ぶために、流通センターに出入りしているのだ。
彼女の目に、ウトリキュラリア王国の運搬担当の転移魔法使い、カンタータの姿が飛び込んで来た。
「お願い、カンタータ!」
「いきなり、どうしたのよ?」
「ちょっとセンター長の部屋まで来て欲しいの!」
「えっ? また、マルシェ、何かやったの?」
「そうじゃなくて、カンタータの転移魔法で、私とセンター長を空間移動させて欲しいのよ!」
「ちょっと、それって本来の業務とは違うわよね? 私だって急いで薬を運ばなきゃいけないし」
「それよりも、もっと大事なことなのよ」
「ちょっと、意味が分からないんだけど、キチンと理由を話してくれる?」
「まだ、外部には口外しないって約束してくれる?」
「まあ、それはイイけど。いったいどうしたのよ?」
「トオルが何者かにさらわれたの!」
「えっ?」
この時、カンタータは勿論、周りにいた人達の動きが完全に止まった。
マルシェの声が大きくて、聞くなと言う方がムリだったわけだが、そのお陰で、この場に居合わせた転移魔法使い達全員にトップシークレットな情報が共有されてしまった。
「それで、マイトナー侯爵に大至急報告しないと。それと王宮にも」
「分かった。ただ、その前に、ここに居るみんなにも口止めしないと」
「あっ!」
そうカンタータに言われて、マルシェは、そこにたくさんの人達がいることに、ようやく気付いた。
今まで、完全にカンタータの姿しか目に入っていなかったのだ。
それだけ彼女はテンパっていたと言うことだ。
「済みません。みなさん。まだ、外部には話さないようお願いします。世界中が不安になりますので」
とは言っても、何処かから必ず情報は洩れるだろう。
ただ、今は急いで報告すべき人に報告することが先だ。
マルシェは、カンタータの手を引いてセンター長室へと急いだ。




