56:ダイヤモンドの星!
「トオルちゃん。アルセニコスは既に消滅しているのよね?」
「はい。ですので、恐らく200年以上前にバラ撒いたのだと思います」
「ただ、何故、セルカリア地区だったのかしら? もし、人類を破滅に導くつもりだったら、いきなり都市部で繁殖させた方が効率的よね?」
「たしかにそうですね。少々お待ちください」
ボクは、フルオリーネ女王陛下の疑問をチャットボット機能にぶつけてみた。
それと、ボクからの追加質問もね。
『Q:アルセニコスが虹色巻貝の生息地にセルカリア地区を選択した理由は?』
『A:当時のアルセニコスは、人類を破滅に導こうとまでは考えておらず、ちょっとした悪戯のつもりだった。元々、セルカリア地区には有毒な水生生物を食べる魚がいたため虹色巻貝が異常繁殖せず、女神フィリフォーリアや御使い達にバレないと踏んだ』
『Q:虹色巻貝が外部流出すれば、住血吸虫が一気に、このネペンテス世界に広がると思われるが、それは想定していなかったのか?』
『A:分布拡大しないよう盆地を選択した』
『Q:セルカリア地区は盆地?』
『A:そのとおり』
『Q:人為的な持ち出しは想定していなかった?』
『A:していなかった』
『Q:ミルベ王国カティ地区の蚊を絶滅させても大丈夫?』
『A:カティ地区では蚊が植物の受粉に大きく関わっており、現地の哺乳類の生活環境に多大な影響が出るため蚊の根絶は許容できない』
ミルベ王国カティ地区は、今回の住血吸虫とは直接関係がない。糸状虫……フィラリアみたいな寄生虫の自然繁殖地だ。
今では禁忌地区として結界が張られていて、原則、人が出入りできないわけだけど、ここに違法侵入して感染した人が、オーキッド王国ククラタ町で蚊に刺されて、それで蚊を媒介としてククラタ町で寄生虫感染症が流行したんだ。
でも、カティ地区の蚊の根絶はダメ出しされたか。
カティ地区の方は、立入禁止地区の状態を維持してもらうしかなさそうだ。
ボクは、チャットボット機能からの回答をフルオリーネ女王陛下に説明した。
ただ、これを聞いて、
「悪戯って……」
アルセニコスの思考回路に対して頭を抱えていたよ。
『悪戯で人を大量に殺すなよな!』
って言いたいところだろう。
…
…
…
その後、フルオリーネ女王陛下は、エリカさんの転移魔法で急いでトレマトーダ王国に飛び、ビルハルツ王国でやった手法と同じ方法でセルカリア地区固有種の虹色巻貝を撲滅させることをトレマトーダ王国に提案した。
ボクは同行しなかったけどね。
虹色巻貝を根絶できれば、セルカリア地区にも人が暮らせるようになる。
それは、活動可能な領地が増えることを意味する。
領地が増えるのであれば、トレマトーダ王国側に否定する要素は無い。
なので、この提案を快く受け入れたそうだ。
もっとも、人を住める状態にして結界を解除しても、しばらくの間は、余り人は寄り付かないだろう。
禁忌の領域とのイメージが強いからね。
誰も率先して、危険だと思い込んでいる場所に行きたいとは考えない。
しかし、時代と共に、いずれ旧結界地区だったことは忘れ去られるはずだし、加えて今よりも人口が増加すれば、いずれ居住地を求めてセルカリア地区にも人が移り住むようになるだろう。
…
…
…
一方のボクだけど、ビルハルツ王国から帰国した日の午後に、トオル製薬の会議室でククラタ町の糸状虫の件と今回の住血吸虫のことを一部のスタッフに説明した。
こういった病気も存在するってことを知ってもらいたかったからだ。
それでボクは、チャットボット機能で日本住血吸虫根絶の例を調べた。
日本では、中間宿主であるミヤイリガイを根絶するために用水路を整備したし、生石灰とか殺貝剤Sodium 2,5-dichloro-4-bromophenolの散布もしたんだって。
それも、一回だけじゃなくて、5~6年も散布を続けたみたいだ。
ネペンテス世界からすれば遠い異世界の事例だけど、この世界の後の世代の人達のために参考事例として記録に残すことにした。
もっとも、この世界の場合は、ビルハルツ王国王都の方法で虹色巻貝を一網打尽にできるわけだから、余り意味はないかも知れないけど。
翌日の午後、ボクのところにアクティスが来た。
この時、ボクはトオル製薬の現場……と言うか倉庫にいた。そこで薬をジャンジャン出していたんだ。
一先ず、ボクは作業を中断した。
アクティスの口から最初に出た台詞は、
「またルビダスが指輪をねだったって聞いたよ。なんか……済まなかったな」
ピンクダイヤモンドの件に対する謝罪だった。
珍しくHしたいじゃなかったよ。
たしかに、ピンクダイヤモンドって希少だし、普通の人なら、ねだられたってホイホイ買える代物とは思えないもんね。
でも、ルビダスは王女様だから、一般人と感性がかけ離れていても仕方が無いって思っているよ。
生まれた時から宝石に囲まれて当たり前って生活を送っているみたいだしね。
「まあ、持ち合わせもありましたし、宝石好きなのも分かっておりますから、ある程度想定の範囲内です」
「でも、それが普通と思っているようだし、困った妹だ。まさか、例の物質創製魔法で出したわけではないよな?」
「さすがに、それがバレらたマズいと思いまして、普通に宝石店で買いました」
「そうか」
「そう言えば、研究出向中に面白い情報を聞きました。あっちの宇宙には、ダイヤモンドの星があるかも知れないってことです」
「なんだそれ? ルビダスが喜びそうだな」
うん。
ボクもそう思うよ。
「たしか蟹座55eって惑星だったと思います。飽くまでも天体観測から提示されている説の一つなんですけど……。たしか、その星は、このネペンテス世界の星の8倍くらいの質量を持っておりまして、直径は2倍くらいになり、表面は黒鉛で覆われていていますけど内部にダイヤモンドで出来た層を持つと考えられているんです。ダイヤモンドの質量は蟹座55eの三分の一を占めておりまして、このネペンテス世界の質量の約3倍になります」
「もはや、想像もつかないな」
「もっとも、人が住める環境ではないみたいですけどね。昼側の表面温度は千七百度以上になるようですし」
「瞬時に死ぬな、それ。ダイヤモンドの星って、夢はあるが、人間が生活できないってことは、やっぱり夢物語だよな」
「そうですね。完全に夢で終わっていると思います」
「以前、ルビダスは、ダイヤモンドの世界で暮らしてみたいとか、ほざいていた気がするけど……」
それって、ルビダスらしいな。
でも、蟹座55eでは生きて行けないからね。さすがに、行きたいとは言い出さないと思うけど……。
まあ、夢見る分にはイイかな?
夢を見るだけならね。
「では、ルビダスのために探してみますか?」
「ダイヤモンドの星?」
「ええ」
「まあ、老後の楽しみに取っておくよ。と言っても、トオルがいた世界とここでは天体観測の設備も違うし、惑星が発見できるとは思っていないけど」
「言われてみれば、たしかに……。失礼しました」
「でも、探すだけなら俺としては夢があってイイと思う。来世では、もっと科学が発展した世界に生まれ変わりたいな」
「この世界もイイところですよ」
「まあ、悪い世界ではないとは思っているよ。では、今日はこれで」
「もしかして、ワザワザ、ルビダスの件を言われるためだけに、ここまで来られたのですか?」
「外出ついでにちょっとって思って、エリカに連れて来てもらったんだ。トオルも仕事中だしな。では」
そう言うと、アクティスはボクに背を向けて倉庫から出て行った。
ボクは、気を入れ直して薬の製造を再開した。
…
…
…
製造が一段落した。
ボクは、数量をチェックすると、一旦倉庫を出て近くのソファーに腰を下ろした。しばし休憩だ。
ただ、ビルハルツ王国から帰ってきた翌日だからね。
まだ時差ボケがある。
そのせいかも知れない。
ボクは、ちょっと目を瞑っただけだったんだけど、いつの間にか寝落ちした。
ふと、ボクの背後から、
「トオル!」
ボクに誰かが話しかけてきた。この声を聞いて、ボクは目を覚ましたんだけど、その時に全身がビクッとなったよ。
「は……はい?」
ボクが後ろを振り返ると、そこにはマルシェの姿があった。
「もしかして寝てた?」
「ちょっと一瞬だけ寝落ちしたみたい」
「お疲れみたいだね」
「時差ボケかな?」
「実は、トオルが不在の間に、ちょっと実家の方に顔を出して来たんだけど、その件でトオルに相談したいことがあって」
マルシェは中央大陸のウトリキュウラリア王国から流通センターに派遣されていた。
出身は、王都のリビダらしい。流通センター立ち上げの時からいる古株だ。
男好きで、ボクにアクティスを一晩貸せとか言い出す危ない女性ね。
でも、中央大陸ってことは、彼女の地元は、ボクが先日までいたところと比較的近いところってことか。
ただ、今日は珍しく神妙な顔をしているけど、どうしたんだろう?
「何かあったの?」
「それが、王都リビダで病気が蔓延していて……。たくさんの人達が背部痛を訴えていて、しかも血尿が出てるって」
もしかして、それって尿路尿管結石じゃない?
あるいは腎結石か。
「今まで、そう言った症状の人っていなかったの?」
「ゼロじゃなかったけど、大量発生は無かったのよね。他にも肘とか手首が痛いとか、足の親指の付け根の辺りが痛いとかい人もいて……」
痛風も?
何となく原因が分かった気がするけど……。
「食生活に変化は?」
「特に変わりはないけど?」
「そうなんだ……」
「一旦、来てもらうことって出来るかな?」
「まあ、女王陛下の許可を得る必要はあるけど」
「じゃあ、明日の朝、お城まで一緒に来てもらってイイ?」
「分かった。でも、お城には、どうやって行く?」
「そうか。歩いて行ける距離じゃないしね」
「それじゃぁ、バイエッタさんに聞いてみるね。マイトナー侯爵家に仕えている転移魔法使いの」
「そうしてもらえると助かる! じゃあ、明日、よろしくね!」
マルシェの表情が幾分和らいだ。ボクがリビダに行けば問題解決できるって思っているんだろうなぁ。
ただ、そう簡単に出張許可が出るかなぁ?
本当に王都リビダで問題が起きているってことなら、ウトリキュラリア王国から依頼があってもおかしくない。
でも、王国からの依頼が無い状態だし、個人で動くと、メンツを潰されたって思う貴族とかもいるかも知れないからね。
取り急ぎ、ボクは状況確認だけはしておくけどね。
それで、ボクはマルシェが出て行った後、チャットボット機能を立ち上げた。
『Q:王都リビダで尿路尿管結石とか腎結石とかが流行っている?』
『A:流行っている』
『Q:原因は何?』
『A:シュウ酸の過剰摂取』
この回答に、さすがにボクも、
「おいおい」
と思ったよ。
シュウ酸の摂取が増えたんだろうってことくらいは、ボクにも想像できたからね。
ボクが聞きたいのは、そこじゃない。
そうなった原因だよ。
マルシェが言うにはリビダの人達の食生活は基本的に変わっていないっぽい。
それなのに、何故、いきなり結石が増えたのかが分からない。
取り敢えずボクは、詳細を確認するためにチャットボット機能への質問を続けることにした。




