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52:住血吸虫?

 ボクの店……正しくはボクの店だった建物の二階は、今ではトオル製薬の会長であるボクの居室になっている。


 ただ、どう見ても会長じゃないよね?

 現場で薬を大量に作る立場だし、大して管理なんかできないし、絶対に労働者階級だよ!


 なので、どちらかと言うと、常時取締られ役って感じかな?

 これって、前にもどこかで言ったような気がする。



 ククラタ町から戻って来た二日後のことだった。

 この時、ボクは居室でファイリング作業をしていた。

 随分前から空いた時間にやっていたんだけど、自分が地球に研究出向していた時に覚えて来た色々な薬の構造式とか効能とかを、全部紙に書き起こして記録として残していたんだよ。

 後の世代の人達のためにね。


 少しして、ドアをノックする音が聞こえてきた。


「はい?」

「ちょっとイイ?」


 ドアが少し開いてアリアが半分顔を出した。


「何かあったの?」

「市長が来たんだけど」

「何の用だろ?」

「なんか、直接伝えたいことがあるみたい」

「了解。じゃあ、通してあげて」

「分かった」


 アリアは、一旦、一階まで下りて市長を連れて戻って来た。

 さすがにエレベーターとかエスカレーターは無いからね。

 駆け下りて行く時に、

『ドタドタドタ』

 って大きな音がしていたよ。



 少しして、再び部屋のドアが開いた。


「こちらです」


 そして、アリアに連れられて一人の中年女性がボクの居室に入ってきた。

 彼女が、このアダン市の市長だ。



 ボクが、この街に来たばかりの時は市じゃなくて町だったんだけど、今では人口が増えて市になった。

 トオル製薬を中心に、この街にドンドン人が集まって来たみたいなんだ。


 例えば、流通センターで働く人は、世界中から集まってきているからね。

 それなりに人数がいるし、その家族も……基本的に女性同士の同棲配偶者だけど……一緒に移住して来た。


 それから、最近では薬学教室の生徒が大量に移り住んで来ている。

 加えて、そう言った移住者達を相手に商売する人達が、この街に思った以上に移り住んで来たってのもあるらしい。

 それで人口が増えたみたいだ。



 ただ、このネペンテス世界自体の総人口が大したことが無いからね。

 市になるために必要な人口数は、日本に比べれば数段少ない。



 ちなみに、市の人口増加の火付け役になったトオル製薬そのものはと言うと……実は、労働者数は、そんなに多くは無い。

 ミサ達のような製造ラインを今後増やして行くけど、今のところ製造ラインはミサ達だけだし、他に総務・労務管理と倉庫管理くらいしか仕事が無いからね。


「初にお目にかかります。現市長のオペラです」

「トオルです」

「御噂はかねがね。何か作業をされていたようですが、お時間をいただいて済みません」

「ところで、何か変な病気でも発生したのでしょうか?」


 大抵、ボクのところに来るイコール『奇病が発生した』だからね。

 このアダンの街がヤバイことになっていないか、ちょっと心配になった。


「そう言う訳ではありません。実は、アダン市の名称を変更することが市議会で決まりまして」

「そう言うことですか。でも、何故、それでボクのところにワザワザ?」

「この街の発展は、トオル様と御使いシリシス様あってのことです。しかもトオル様はアクティス王子の御婚約者でもございますし」

「はぁ……」

「それで、トオル様とシリシス様に因んで、この度、トルリシティと名称変更することになりました」

「えっ?」

「折角ですので、そのことについてご報告をと思いまして」

「そんな御冗談を」

「冗談ではありません。最初は、トオル市にしようとの意見もあったのですが……」

「えっ?」


 これには、ボクの顔にも拒否反応が出た。

 いくらなんでも持ち上げ過ぎでしょう?

 市長は、

『この度』

 って言っていたけど、ボクからすれば、

『このタヒ』

 って感じだよ。


 オペラ市長も、ボクの表情変化に気付いたみたいだ。


「ええと、さすがに、それですとトオル様も嫌がられるかもしれませんし、シリシス様の名前も入れるべきだとの意見もありまして、それでトルリシティとなりました」


 どうやら、『トオル』から『トル』、『シリシス』からは『リシ』を取って、トルリシでトルリ市、つまりトルリシティってことらしい。

 でも、正直、これでも恥ずかしいよ。


「さすがに、それは……」

「しかし、もう決定事項でして、昨日、女王陛下からは許可をいただきました。女王陛下様も大変お喜びで……」


 フルオリーネ女王陛下なら、たしかに反論しないだろう。むしろ、オペラ市長の言う通りマジで喜んで許可しそうだ。

 それどころか推進しそう。


 もはや、これに関しては、既に撤回はムリな状態っぽいね。

 当事者であるボクに反論の余地は無いようだ。


 ただ、これを横で聞いていたアリアは、

「名誉なことじゃない!」

 と言いながら、一見、喜んでくれていたけど、半分目が笑っていた。絶対にネタに使われそうな気がする。



 オペラ市長の要件は、本当に市の名称変更の件だけだった。

 特に、奇病が発生したとかではなくて安心したよ。

 さすがに、ボクがお世話になっている街で変な病気が流行って欲しくはない。


 でも、トルリシティって……。

 アクティスにも、これをネタに弄られそうな気がする……。


 …

 …

 …


 翌日。

 この日も、ボクは居室で昨日の続きの作業をしていた。


 すると、

「トオル、イイか?」

 急にドアが開いて、遠慮ない顔でアクティスが入ってきた。

 せめてノックくらいはして欲しかったんだけど。


 何時もなら、ソッコーでアクティスがボクにHなことを求めてくるところだけど、今日は少し雰囲気が違う。

 彼の表情からは少々慌てた様子が感じられたんだ。

 城で何かあったんだろう。


「どうかしたんですか?」

「まあ、ちょっとな。ええと、女王陛下から聞いたけど、このアダン市の名称がトルリシティに変わるんだって?」

「そうみたいですね」

「トオルと御使いシリシスに因んでって聞いたけど」

「なんか、恥ずかしいですよ」

「でも、イイんじゃないか? トオルとシリシスの名前が地名としてセットで永遠に残るわけだろうし。メデタイことだって思っているよ」

「そう思っていただけるのでしたらイイですけど……」


 絶対にトルリシティの件でアクティスに弄られると思ったけど。

 まあ、笑われなかったからイイか。


「それと、話は飛ぶけど中央大陸のククラタ町の病気って、陛下から聞いたけど気色悪い虫が体内に居座るのが原因だって?」

「そうです。心臓に虫が沢山住み着いてですね……」

「心臓って、この胸でドキドキ言っているヤツだったな」

「そうです。心臓は、全身に血液を送り届けるポンプの役割をしているんですけど、ここに虫が大量に住み着くんです。体内に寄生する虫ってことで寄生虫って呼ばれます」

「陛下からは、たくさんの寄生虫がギュウギュウに詰まって血の流れを止めてしまうって聞いたけど?」

「はい。それで感染者は最悪の場合、死に至ります」

「信じられないが、恐ろしい虫だな。しかも、陛下からは、それを伝搬するのは蚊だと聞いたけど、本当なのか?」


 さすがに、蚊が媒介する以上、極小なモノを連想する。

 それが血流を止めるくらいの大きさに成長するとは考え難いだろう。


「そうなんです。極小さな幼体の状態で蚊から人の体内に移って、それから大きく成長するんです。魔力を持つ人は蚊に刺されないからイイんですけど、魔力を持たない者達は完全に餌食にされます」

「たしかにな。でも、全世界へと広まる前に発見できて良かった」

「そうですね」

「魔力を持たない人間の方が圧倒的に多いからな。そんな病気が流行って魔力無しの人間が全滅したら全世界の産業が成り立たなくなる」

「ボクもそう思います」


 アクティスも、ボクと同じ考えだね。

 少なくとも、アグリィ元子爵と同じベクトルじゃなくて嬉しいよ。


「ただ……」

「ただ?」

「ちょっと、その一件があったってことで、俺も陛下も引っかかることがあってな。相談したい……と言うか、城に来て欲しいことがあるんだ」

「何でしょう?」

「実は、昨日、綺麗な巻貝を観賞用にって、商人が城に持ち込んだんだ。女神トオルが降臨した国にこそ相応しい貝だ、とか言ってね」

「あのう、女神じゃないんですけど」

「でも、人外であることは間違いないだろ?」

「一応、人間なんですけど……」


 ボクがこっちに戻って来てから、周りのみんなは、ボクのことを敢えて人外認定している感じがする。

 半ば弄られているみたいにも思えるんだけど……。

 これは、全部、シリシスの演出のせいだよ!


「それで、それって、どんな貝なんですか?」

「虹のように七色に光る貝なんだ」

「それは、たしかに綺麗ですね」

「ただ、その貝が入った水槽にスティビアが興味本位で手を突っ込んだんだが、そうしたら腕がかぶれて泣き出してしまってな」

「かぶれる?」

「そうなんだ亅


 かぶれるって、イヤな予感がするな。

 もしかして、経皮感染する何かじゃ?


「俺も陛下も、もしトオルに出会っていなければ、多分、水槽ごと処分しただろう。俺も陛下も無知だったからな」

「無知って、そんなことは無いでしょう?」

「いや、完全に無知だったよ。だから、多分、以前の俺達だったら、水槽の中身を河にでも捨ててしてしまっただろう。ただ、もし、その水槽の中に問題があるのなら、河に放流してはならない。国民や動物達に影響が出る」

「たしかに、影響が出る可能性はありますね」

「まさか、蚊が伝搬する寄生虫が存在するなんて知らなかったし、万が一、変なモノが水槽の中に住み着いているとか無いだろうかって陛下が言い出したんだ。俺も陛下と同意見だ。それで、いったい何があったのかをトオルに確認してもらいたいんだ」

「分かりました。では、少々お待ちいただけますでしょうか?」


 ボクは、急いでチャットボット機能を立ち上げた。女神フィリフォーリア様がボクのステータス画面に特例で付与してくれた特別な機能だ。

 少なくとも、このネペンテス世界ではボクしか持っていないらしい。

 他の世界では知らないけど。


 ただ、第三者にはボクのステータス画面は見えないからね。

 アクティスには、ボクが宙に向かってブツブツ唱えているようにしか見えなかったみたいだ。


「トオル。御使いシリシスと交信か?」

「あっ、はい。ちょっとチャットボット機能に確認をと思いまして」

「チャットボット?」

「そう言えば、誰にも話していませんでしたね。女神様から与えられたんです。少々お待ちください」


 ボクは、アクティスにも見えるように画面設定を切り替えた。

 すると、

「何だ、これ?」

 と声を上げてアクティスは驚いていた。


「これがチャットボット機能です」

「自分のステータス画面は、魔力持ちなら見ることは出来るが、こんなページは見たことが無い。これって、いったい?」

「要はQ&Aのページです。質問すると、ボクの場合は、基本的にシリシスが可能な範囲で答えてくれるようです」

「便利な機能だな」

「ただ、このことは内密にしてください」

「分かっている。下手にトオルの秘密は言えないだろう。しかし、何故、俺に見せてくれたんだ?」

「必要があれば、アクティス王子からも質問を投げていただければと思ったからです。では、改めて質問し直しますので、見ていてください」

「分かった」


 ボクは、チャットボット機能に質問文を入力した。

 と言っても、別にキーボードを使う必要は無くて、心の中で唱えれば、自動で入力されるんだけどね。


『Q:スティビアの腕のかぶれの原因は何?』

『A:住血吸虫の幼生』


『Q:住血吸虫って何?』

『A:寄生虫の一種』


『Q:その住血吸虫の感染ルートは?』

『A:経皮感染のみ』


『Q:その住血吸虫がスティビアに経皮感染した際に腕がかぶれたってこと?』

『A:その通り』


『Q:人以外も感染する?』

『A:哺乳類は全て感染する』


『Q:人の体内で繁殖する?』

『A:しない』


『Q:何故、その水槽の中に住血吸虫がいた?』

『A:中間宿主となる巻貝がいたため』


 つまり、その虹色に輝く綺麗な巻貝が元凶ってことだ。ソイツがいなければ、その寄生虫は、人に感染できる形態に成長できないだろうからね。

 その貝を河に放流しなかったこと自体は、マジで超ファインプレイってことになるよ。



 一方のアクティスだけど、このやり取りを見て、

「やはり寄生虫だったか……。ただ、中間宿主って何だ? それと、幼生って?」


 とボクに聞いて来た。

 ゴメン。

 まだ、その辺をアクティスにはキチンとした説明をしていなかったね。

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