42:一年経ってた!
メンチル町での一件が終わってから数か月が過ぎた。
この時、ボクは夢を見ていた。
なんか懐かしい光景だ。
目付きの悪い後輩の女性が、ボクに、
「この反応メカニズムについてなんですけど?」
英語論文を見せながら質問してきた。
彼女は、割と容姿が整っていて、性格的にもカワイイ娘なんだけど、絶対に吊り上がった細い目で損をしていそう。
結構、真面目で勉強家。
ボクとは、割と話が合う、地球では珍しい女性だ。
名前は志賀怜子。
『怜』を『とき』って読むって、彼女に会ってボクは初めて知ったよ。
「ああ、それね。ニッケルが触媒的に作用するんだよ。クロムと置き換わって……」
「それから、次の反応ですけど……」
彼女が持って来たのは、有機金属反応を上手に取り入れた天然物全合成の論文だった。
著者は世界的に有名な大先生。
ボクでも名前を知っている先生だった。
彼女のテーマはCiguatoxinの全合成研究。
ボクが、
『有馬透だからArmatolでイイよね!』
って教授がシャレでテーマを決めたのと同様に、彼女の場合も、
『志賀怜子だからCiguatoxinでイイよね!』
て感じで、シャレで決められた。
でも、ボクも志賀さんも、学会発表した後、他所の大学の先生方から、
『Armatolの有馬透君ね』
とか、
『Ciguatoxinの志賀怜子さんね。でも、怜子って書いてトキコって読むんだ!』
て感じで言われて、結構覚えてもらえていたよ。
ちなみにCiguatoxinは強力な神経毒で、シガテラ食中毒の原因物質の一つ。
中員環を含むポリシクロエーテルで、化学構造的には実に興味深い。
そう言えば、一つ上の先輩で谷梢って女性の方がいたけど、彼女に与えられたテーマはTanikolideの最短段階全合成だったな。
しかも、それに必要な不斉誘起反応を開発してね。
ここでも教授が、
「谷梢だからTanikolideでイイね!」
ってノリで決めたって。
ずっと、そんな感じなんだね、あの教授は。
突然、夢の中でシーンが一気に飛んだ。
夢の中で整合性の無いことが起こるのは別に不思議でも何でもないけど、ただ、急に場所が研究室から墓地に切り替わったんだ。
墓前で志賀さんが両手を合わせていた。
何故か、この夢の中でボクは、彼女の姿を第三者視点で見ているって感じだった。
「有馬先輩が亡くなって、もう十年が経つんですね。先輩は中性的って言いますか、どちらかと言いますと女性っぽく見えて、不思議な存在でしたけど、化学者としてはムチャクチャ尊敬していました」
これって、褒められているのかな、貶されているのかな?
微妙だ。
「面倒見の良い人でした。優秀な方で、今後が期待されていたのに、まさか他人の自殺に巻き込まれて亡くなってしまうなんて……」
彼女の目からは涙が溢れ出ていた。
ボクが死んで悲しんでくれていたんだな……。
ここで、ボクは目を覚ました。
何時の間にか夕方になっていた。良く寝たな。
でも、この夢って、いったい何だったんだろう?
それにしても亡くなって十年って。
もしかしたら、半年くらい前に彼女がボクの墓参りしてくれているのが時空を超えて見えたってことなのかな?
そう言えば、ボクがこっちに戻ってきて丁度一年が経ったんだなぁ。
丁度この時だった。
「トオル嬢は、いらっしゃいますか?」
ボクに来客だ。
この声はシュライバーさんだね。
取り急ぎ、侍女の一人が出迎えてシュライバーさんを応接室へと通しておいてくれた。
助かったよ。
寝起きだったし、さすがに髪がボサボサでボクは出られる状態じゃなかったからね。
なので、ボクは急いで髪をとかして身なりを整えると、応接室に直行した。
「お待たせしました」
「お忙しいところ済みません」
「別にヒマしてましたから。それで、如何しました?」
そこには、シュライバーさんの他に、流通センターに出入りする、国内配達専任の転移魔法使いの姿もあった。
多分、シュライバーさんは、この転移魔法使いに、このお屋敷まで急いで連れて来てもらったのだろう。
「大変です。薬の供給が止まりました」
「えっ?」
「今あるストックだけでは、一週間後には倉庫が完全に空になります。ミサやロンド達の供給量では全然足りませんし」
「そうでしたね。ボクが、この世界に戻ってきて一年が経ったってことは、御使いシリシスからの供給が終わるってことですもんね。分かりました。ボクが作ります」
「お願いします」
ただ、腑に落ちないな。
こうなることを見込んで、在庫品を少しでも多く抱えられるように巨大な倉庫を作っていたはずだけど?
「でも、一週間って、どう言うことでしょう? あの倉庫に満杯にしておけば数か月は持つはずですけど?」
「私が最近、現場を直接見ていなかったモノでして。そうしましたら、若い娘達が倉庫に運ぶのを面倒臭がってサボっていたようです。トオル嬢の店から倉庫に運ばずに、直接、輸送者に渡す場所に運び入れていたようでして」
「そうでしたか」
まあ、仕方が無いか。
そいつらは、今月は減給だね。
ちなみに、ボクの店と、このお屋敷が特殊な魔法ゲートで繋がれていることは、実は余り知られていない。
下手に知られたら、ボクの店から勝手にこのお屋敷に入り込めちゃうもんね。
なので、極一部の人間しか知らないし、セキュリティの意味もあって、実は通れる人間が魔法で限定されていたんだ。
一応、シュライバーさんは、そのゲートの存在を知っている数少ない人間の一人だったんだけど、通れなかったんだよね。
それで、やむを得ず転移魔法使いに依頼したってことだ。
ここから流通センターに行くだけなら、ボクは魔法ゲートをくぐって一旦、店に行けばイイ。
流通センターは、ボクの店のすぐ隣だからね。
でも、その方法は他の人には使えない。
それに、この転移魔法使いに特殊ゲートの存在を知られてもマズイ。
なので、
「済みませんけど、ボクを流通センターの巨大倉庫の中まで連れて行っていただけますでしょうか?」
ボクは、その転移魔法使いに連れて行ってもらうことにしたんだ。
「分かりました」
「有難うございます」
「では、行きます。転移!」
そして、次の瞬間、ボクもシュライバーさんも、流通センター内で一番大きな倉庫の中に瞬間移動した。
久しぶりに来たよ、この倉庫。
ムチャクチャ広いんだよね。
かなり大きめの体育館が、そのまま倉庫になっているって思ってもらえればイイよ。
数種類の薬が箱に入って置かれていたけど、端の方に、ちょっと山積みにされていただけだった。
これだと、以前のボクが供給していた頃の経験から考えると、多分、ここに置かれている量とボクの店に満杯状態で置かれていると思われる量を合わせても、たしかに一週間程度でなくなりそうな気はしたよ。
数名のスタッフ達が、その場に茫然と立ちすくんでいた。
多分、六年前には、彼女達は流通センターにいなかったと思う。その彼女達の顔をボクは初めて見たからね。
でも、多分、コイツらがサボっていた張本人だな。
一先ず、彼女達のことはニューフェイスちゃんとでも呼んでおこう。
ニューフェイスちゃん達は、突然薬の供給が絶たれて、これから先、どうして良いのか分からなかったんだろう。
普通に考えたら、ここにある分と、あとボクの店の方に置いてある分が無くなったら、薬の供給はミサやロンド達が作る分しか無い。
それだけじゃ、全世界への供給分をカバーするなんて到底できない。
ただ、ボクの存在を忘れてもらっちゃ困るけどね。
と言うわけで、ボクは彼女達に、
「ちょっと端に寄ってもらえますか?」
ハッキリ言って邪魔なんで、その場からどいてもらった。
だって、これから薬を出そうと思っている場所にボーっと突っ立っているんだもん。
気持ちは分かるけどさ。
それにしても、薬の大量製造は久しぶりだな。
巧く出来るとイイけど。
以前と同じ順番で作業しよう。
なので、先ずはイメージしろ!
最初に作るのは、一番の売れ筋の鎮痛剤から。
薬の有効成分の構造式を思い浮かべた後、それを賦形剤と混ぜて錠剤にして、二十錠をビンに入れた状態を考える。
さらに、そのビンが二十本×二十本の合計四百本入った木箱を想像して、さらに、その木箱が十段重ねになったのを頭の中で強くイメージする。
このビンは小さいから、これくらいの本数でも縦横六十センチずつの木箱に入っちゃうんだ。
そして、
「出ろ!」
ボクは、一気に四千本の鎮痛剤を作り出した。
これを見て、ニューフェイスちゃん達は身体がコチコチに固まっていたよ。
まさか、魔法で、これだけ大量の薬が出せるなんて思ってもみなかったんだろう。
でも、この程度で驚いてもらっちゃ困るよ。
だって、こんなのは序の口だからね。
さらにボクは、木箱三十段重ねが、縦横五列ずつの合計二十五列置かれている状態をイメージした。
つまり、合計三十万本ね。
そして、ボクが、
「一気に出ろ! しかも連発!」
と唱えると、五~六秒毎に三十万本の鎮痛剤が魔法で作られて行った。
しかも、これだけの量が無から生み出されて行くからね。
普通は、驚くなと言う方がムリな話だろう。
そして、二十分後には六千万本の鎮痛剤が出来上がった。
ボクって結構チートでしょ?
この世界の全人口……五千万人強であることを考えれば、これで数か月は持つだろう。
全員が使う薬ってわけじゃないし、鎮痛剤だから、必ずしも毎日使う薬ってわけでもないだろうからね。
もっとも、万が一、一カ月で全部使い切られても二十分で全部出せるから、全然構わないけどね。




