37:チャットボットまだまだ大忙し!
リネゾリドの経口投与で対応可能ってのは助かるよ。
一応、バンコマイシンを患者達の血中に直接発生させるって手もあるけど、多分、一気に血中濃度が上がるから良くない気がしてね。
それで、可能な限り経口薬がイイって思ったんだ。
それに、経口薬なら必要量を患者達に渡しておけば済む。
ボクは、さらにチャットボット機能への質問を続けた。今回の病気は、念には念を入れないとイケなさそうだからね。
『Q:リネゾリド経口投与で完治するまでの投与期間は?』
『A:この病気自体は二週間で完治する』
二週間か。長いな。
でも、なんか変な言い回しに感じるけど、気のせいかな? 『この病気自体は』って、他の病気もあるみたいじゃない?
ちょっと気になるよ。確認しよう。
『Q:この病気以外に問題となる病気が発生するの?』
『A:芽胞形成した菌が、リネゾリド投与完了から数日して発芽し、増殖して腸炎を発症することで激しい下痢を引き起こす』
それって、クロストリジウム・ディフィシル感染症みたいだな。
多分、これは新たに外部から菌が入り込むんじゃなくて、元々腸内にいた菌の中に悪さをする輩がいたってことだと思う。
腸内細菌叢が正常なら、その菌も悪さをしないんだろうけどね。
芽胞って言うのは、生育環境が悪くなると耐久性の高い細胞構造に変化するってヤツなんだ。
ただ、芽胞の状態では新たに分裂は出来ないし、何て言うかな……休眠状態にあるような感じになるんだ。
つまり、抗菌剤とかに触れるとバリヤーを張って、生育環境が良くなるまで、しばし休憩するってイメージしてくれればイイよ。
そして、環境が戻ったら元の姿に戻って細胞分裂を再開するんだ。
多分、これって抗菌薬関連腸炎の発症だよね?
抗菌剤で腸内細菌がメタメタに殺されちゃって、腸内細菌叢が破綻した後に菌交代が起こる……、つまり、その原因菌が過増殖することが前提だよね?
たしかに、リネゾリドでも、その可能性はゼロじゃないだろうけど、起きるとしても、稀なんじゃなかったかな?
ちゃんと、インタビューフォームを読んでおけば良かったかも……。
でも、ここは地球じゃないからね。
インフルエンザに対しても、この世界の人達の方が地球人よりも数段抵抗力が弱いってのがあったし、こっちの菌が全般的にリネゾリドに弱いって言うのもあるのかも知れない。
『Q:腸炎発症後何を投与すれば良い?』
『A:フィダキソマイシン』
これは、クロストリジウム・ディフィシル感染症の薬だね。
ってことは、やっぱりクロストリジウム・ディフィシルって菌が、ここにもいるってことかな?
まあ、少なくとも似たようなのがいるってことかも知れないね。
『Q:それで完治する?』
『A:一週間投与で99.9%以上が完治する』
かなり治癒率は高いね。
クロストリジウム・ディフィシル感染症よりも、かなり再燃率が低いと思う。
たしか、地球では再燃率が十五%くらいあったような気がするもんね。
ってことは、やっぱり、クロストリジウム・ディフィシルがいるんじゃなくて、似たような菌がいるって考えた方が無難だろう。
でも、少なからず再燃する人がいるってことか。
フラザンさんに、一応確認しておこう。
「この村には何人くらいの人が住んでいるんですか?」
「昨日の段階で三百人くらいです」
と言うことは、再燃する人は確率的に一人いるかいないかってとこか。
それにしても随分人口が少ないな。
それと、先に投与するリネゾリドは、小児の場合は量を減らして回数を増やすんじゃなったかな。
なので、錠剤を作り分ける必要があるから、子供の数も確認しておかないとね。
「十二歳未満の子供は、何人くらいでしょう?」
「二人だけです」
えっ?
まさか、それって?
「もしかして、他は全員……」
「はい。この病気を発症して亡くなりました」
結構、これは深刻な状態だよ。
急がないとね。
ボクは、フラザンさんに連れられて発症している人の家を順々に回って行った。
さすがに、取りに来いって言っても、それだけの体力が、あるかどうかも怪しかったからね。
現在、発症しているのは百八十人くらい。
今、生きている村人の六割が罹患しているってことだ。
これはマジで最悪な状態だね。
「ごめんください。トオルと申しますが……」
「本当にトオル様ですか?」
「あっ、はい」
「これで助かるんですね?」
「ええ」
「良かった」
死者が出ている病気だからね。
ボクが患者の家に入ると、患者達に、とても喜んでもらえた。
これで治るってね。
そして、
「出ろ!」
二週間分のリネゾリドを患者達に一人一人渡して行った。
とにかく、急いで治さないとマズいからね。
「これをお飲みください。一日朝夕一錠ずつです」
「あ……ありがとうございます」
それと、
「ただ、この病気は特殊でして、必ずしも一回では治せません。二回に分ける必要があります。この薬を二週間飲めば、咳も熱も下痢も吐き気も落ち着きますけど、その数日後に腹痛と下痢は反動が来る可能性があります。それを治すために別の薬をさらに一週間服薬する必要がありますが、そこはご承知おきください」
って説明も付け加えた。
芽胞形成とか詳細を説明しても、どうせ理解できないだろうからね。
なので、今回の病気は特殊で、咳とか肺炎、気管支炎の方は二週間で治るけど、腹痛と下痢は一回じゃ治らないってことにしたんだよ。
あと、ボクはフラザンさんとルイージさんの健康状態もチェックするように心がけた。
ボクの身体は前回と同じ仕様のはずだから、こんな病人だらけの場所にいても罹患することは無いと思うけど、フラザンさんとルイージさんは、そんな特別仕様になっていないからね。
一応、二人共、ある程度は魔力で病原体を跳ね返しているんじゃないかって思うんだけど、基本的に罹患し得るはずだもんね。
だから、六年前の病気にだって罹患しているわけだし。
この日から、ボク達はフラザンさんの家に泊まることになった。
この小さな村には宿泊施設が無いためだ。
一応、ボクもルイージさんも、キチンとアルコール消毒した上でだけど、近くの街に移動してホテルに宿泊するって方法はあった。
その方が、フラザンさんにも余計な気を遣わせずに済むんだけど……。
でも、何かあったらすぐ対応できるようにしたかったんだよ。それで、村から離れないようにしたんだ。
それと、一応、経費節減も考慮したよ。
ボク達がホテルに宿泊するとなると、その経費も村の人達が負担しなければならないだろうからね。
正直言うと、この質素な村の人達にとっては、薬の支払いだって厳しいんじゃないかって思っている。
服薬は、リネゾリド二週間分の後に、フィダキソマイシンが一週間分だからね。
一人当たり、銀貨二十一枚になるもんね。
それに、病気が沈静化しても、再発防止策として、多分この後、サルの駆除を徹底しなければならないだろう。
当然、そこにも労力だけじゃなくて経費も割かなきゃならないだろうからね。
なので、余りこの村の人達に金銭的負担をかけたくなかったんだ。
だからと言って、ボクの薬の価格を下げることできない。
これは、ドロセラ国からご法度とされていたからね。
一回でも激安とか無償にしてしまうと、それを前例にボクの労働対価を引き下げられては困るって考えがあるってことで……。
そう言った背景があったんで、ボクとルイージさんの食事は、ボクが女神様から頂いたペンダントにお願いして出すことにした。
勿論、村人達に僕達の食事のことで気を遣わせたくなかったからって言うのが一番の理由なんだけど、実は、ルイージさんからも、
「トオルさんが出すものが食べてみたい!」
ってリクエストがあったんだ。
それで食べ物を出したんだけど、そうしたら、
「噂のデザートもお願いします!」
だってさ。
どうやら、リキスミアさんから聞いていたっぽい。
まあ、想定の範囲内だけどね、これ。
そして、案の定、デザートを食べた終わったと思ったら、
「御代わりお願いします!」
「……」
よくあるパターンになったよ。
この世界の人達にとっては、ボクがペンダントに出してもらうデザート類は、凄く珍しくて美味しいみたいだ。
…
…
…
初日の夜、ボクはステータス画面を開くと、久しぶりに自分のことをチャットボット機能で確認した。
ちょっとアクティスとのことが気になってさ。
なんか、今日はチャットボット機能が大忙しだね。
『Q:ボクは、前にこの世界にいた時、アクティスと結婚しないってなっていたよね?』
『A:なっていた』
『Q:それは、今でも変わらない?』
『A:ノーコメント』
『Q:アクティスは誰かと結婚する?』
『A:結婚する』
『Q:誰と?』
『A:ノーコメント』
答えてくれないか。
でも、ボクがアクティスと結婚まで進む可能性が一応あるってことだよね、これ。ボクとアクティスの結婚が全否定されたわけじゃないからさ。
それにしても、随分とボク自身、変わっちゃったな。
結婚しないって示されなかったことでホッとしながらも、キチンとした回答が来ないんでヤキモキしている。
こんな風になるとはね。
八年ちょっと前にアクティスとの婚約話が出た時には、さすがに、こんな展開になるなんて予想もしていなかったよ。
逆にあの時は、結婚を嫌がっていたもんね。
…
…
…
二週間後、一先ず、サルに噛まれたことに端を発した病気の方は、順調に終息方向に向かっていた。
新規発症者もいたけど、ボクが来た時に発症していた百八十人は、全快していたからね。今では発病している人の方が少数派だ。
だけど、その数日後に、村人達は予想していた腹痛と下痢を発症し始めた。
ボクは患者さんの家を回りながら、
「出ろ!」
一週間分のフィダキソマイシンを処方して行った。
そして、この村に来て一カ月半が過ぎた頃、新規発症者もゼロになり、完全に、この病は終息したとボクは判断した。
「治していただき、ありがとうございました」
「本当に助かりました」
ボクは、村人達から感謝の言葉を受けたよ。ボクが来る前は、本当に村の多くの人が亡くなったらしいからね。
ただ、何人かの村人からは、
「済みません。実は、お金が……」
って言われたけど、それは想定の範囲内だよ。
「ボクの国の規則で、さすがに無償には出来ませんけど、何時頃でしたら支払えますでしょうか?」
「一か月後には……」
「では、その頃に改めて御伺い致します」
「ありがとうございます」
まあ、この徴収はルイージさんにお願いすることになると思うけどね。
転移魔法が使えるってことで。
これで一先ず、ヘテロ盆地ピリドン町でのボクの仕事は終わった。
なので、
「転移!」
ルイージさんの転移魔法で、ボクはアクティスが待つドロセラ国へと戻って行った。
帰ったら、化学教師になる得る人達のテストと教育が待っている……はずだよね?




