30:選抜十二人!
ケックさんに挨拶した後、ボクは、流通センターで働く他の人達にも声をかけて、問題が無いかを聞いて回った。
大半の娘は、特に問題を感じていなかったみたいだけど、古株の人達が全員揃えて口にしていたことは、やっぱり来年からの供給分のことだった。
六年前にボクがいなくなる時、ボクがアクティスに告げたことは二つ。
一つ目は、シリシスがボクの代理で薬を供給してくれるのは七年間だけってこと。
そして二つ目は、薬の供給が途絶えるまでに、この世界の人々に化学の教育をして、工場を開設して、原料調達も出来るようにして、この世界の人達の手で薬を作れるようにして欲しいってことだ。
二つ目は、告げたと言うよりもお願いだけどね。
しかも内容的には立て続けに三つも。
なので、厳密に言うと伝えたことは二つじゃなくて四つじゃないかってツッコミが入りそうだ。
まあ、それは、さて置いて。
でも、実際に人々の手でゼロから薬の生産まで出来るようになれるかって言うと、やっぱり七年間じゃ難し過ぎたんだろうね。
女神様も、後から、
『これはムチャ振りだから!』
って言っていたくらいだし。
なので、流通センターの古株達全員が、相当な不安を抱えていたっぽい。
七年間で、本当に何とかなるんだろうかってね。
消費者側は、薬が供給できなくなるなんて信じていなかったらしいし、全然、危機感を持ってくれなかったって話だ。
なので、使命感を持って、化学の教育を積極的に受けようなんて人は、然程多くなかったみたいなんだ。
でも、そんな中で薬の供給が絶たれたら混乱が生じかねない。
そう言った背景もあったからなんだよね。一先ず、ボクが戻って来たことで、流通センターのみんなは安心できたっぽい。
それだけでも、ここのみんなにとっては、ボクが復活した意味はあったってことなんだろう。
「トオル!」
この声。
久しぶりだな。
今朝、ボクが来た時には見当たらなかったけど。
「マルシェ、ご無沙汰!」
「昨日、イットリア山に行ったんだけど、声もかけられなかったし」
「ゴメンゴメン」
「でも、戻ってきてくれたんだね。来年からも安泰だよ」
「アクティスの講義を聞いてくれたんだって?」
「うん。無料だったし」
飽くまでも、人材育成のための投資ってことで、アクティスは無償で講義をしてくれていた。
才能のある人を見出すのが目的だったからね。
学費を支払えずに講義が受けられないって人を出さないようにしたかったってことだ。
もっとも、経費はボクの遺産があったから全然問題なかったわけだけど。
「でも、本当は講義じゃなくて交尾が良かったんだけどね。あのイケメンと」
「あのね」
「だって、あの日を境に、この世界からトオルが消えちゃったわけじゃない? だったら、一昨日まで王太子様はフリーだったってことでしょ?」
「それは、そう言うことになるのかな?」
「だったら別にイイじゃない?」
「……」
まあ、それも一理あるんだろうけど……。
とは言ってもねぇ。
アクティスの婚約者の前で堂々と言うセリフじゃない気がする。
ホント、性に関しては自由人だなぁ。
「でも、全然落せなかったけどね。どんなにアプローチしてもノッてこないし。心の中は完全にトオル一色って感じでさ。こんなに熟れた身体を前にして全然反応してこないのよねぇ。それはそれでプライドが傷付いたけど」
なんか、このマルシェの言葉を聞いて、少し嬉しくなったよ。
ボクがアクティスの立場だったら三秒で落ちているね、多分。
この後、ロンドとソナタにも会って少し話をした。
でも、基本的に、みんなまだ仕事中。
仕事が無いのはボクだけだ。
なので、状況確認を済ませた後、ボクは店に設置された特殊ゲートを使って侯爵家の御屋敷へと戻った。
みんなの仕事を邪魔できないもんね。
…
…
…
その二日後。
この日は、アクティスの化学講義を受けた人の中から選抜された人達が、適性試験を受けるためにお城に来る日だ。
午後の開始と言うことで、ボクは少し早めに昼食をとると、毎度の如くバイエッタさんにお願いして、お城に送り届けてもらった。
本当に助かるよ。
そして、お城に入ると、ボクは、侍女達に案内されてアクティスが用意しておいてくれた部屋へと通された。
アクティスのヤツ、結構広い部屋を用意してくれていたんだなぁ。
想定していた以上の広さだよ。
受講者の机と椅子は十二名分か。
あと、それと向かい合わせに教卓……つまり、ボクの机が設置されていた。
学校の教室とかで教師用に置かれている机ね。
しかも、教卓は壇上に置かれていたよ。
なんか、本当に教師になった気分だ。
しばらくすると、アクティスに連れられて十二人の女性達が部屋に入ってきた。
その中にはミサとロンドの姿もあった。
彼女達が、順々に受講者席に着いた。
早速、チェック開始だ。
ボクは壇上に上がって教卓に着いた。
「みなさん。今日は、お忙しい中お集まりいただき有難うございます。ボクは薬屋のトオルと申します」
すると、急に受講者側がざわつき始めたよ。無反応だったのはミサとロンドだけだ。
どうしたんだろう?
すると、受講生の一人から、
「御使いトオル様は、六年前に、この世から女神様の元にお戻りになられたのではないのですか?」
との発言が。
ボクが復活したって話は、まだされていなかったんだね。
でも、御使いって?
ボクは人間なんだけど。
「三日前に戻ってきました。ボクの店の薬は、ボクに代わって御使いシリシスが作ってくれるのは、あと一年だけってことは知っていますか?」
「はい。それで、その後どうするのかと危惧しておりました。でも、トオル様がお戻りになられたのでしたら、やはり、その後はトオル様が再び薬を作られるのですか?」
「はい」
「良かった」
受講生達は、ボクの言葉を聞いてホッとした表情を浮かべていた。
彼女達も、流通センターの人達と同じで危機感を持ってくれていたんだ。
「ただ、ボクだってみなさんだって、いつかは死にます。なので、ボクに代わって薬を作れる文化を広め、次の世代に受け継いで行って欲しんです」
「「「えっ?」」」
「みなさんは、アクティス王子の化学講義を受講された中でも、薬製造ができる可能性のある人材として選抜された人達です」
「「「えぇっ?」」」
「早速ですが、これより適性を確認させていただきます」
「「「えぇぇっ?」」」
ミサとロンド以外は、みんな驚いていたよ。
やっぱり、何も話していなかったんだね。アクティスも、アクティスの使いの人も。
早速、ボクは、一昨日、ミサに見せたように両手を前に出して右掌と左掌を向き合わせると、右掌からラジオ波を発生させて、それを左掌でキャッチした。
「これって、何をやっているか分かりますか? ええと、ミサはチェック済みだから、他の人で分かる人」
すると、
「掌の間に、何かエネルギーを感じます」
「右手から左手に向けて何か放たれているような……」
「何か出てます」
「私も、何か感じます」
「私も」
ロンドを含めて五人の女性が、一応、反応を示してくれた。
一先ず、ミサを含めて六人。
半数か。
「では、その五人の確認を先に行います。残りの方は、少々お待ちください。これは、右掌からラジオ波と言うモノを出して、それを左掌でキャッチしています。その五人の方は、ボクのやったことを見よう見まねでやってみてください」
みんな、自信が無さそうだね。
でも、ロンドも他の娘達も、かなりの使命感を持っていたみたいだ。
それこそ、ミサよりもずっと志が高い。
なので、なんとか全員、チャレンジしてくれたよ。
ミサの場合はボクの親友ってことで、お付き合い程度に受講してくれていた部分が否定できないけど、他の娘達は薬を作ることへの憧れが強いみたいだね。
みんな、両掌を向かい合わせて二十センチくらい離し、気合を入れていた。
正直、この中から何人が残るかなぁって半信半疑に思っていたんだけど、五人全員、右掌から左掌に向けて、ラジオ波が放たれていた。
これはマジで有難い。
でも、ここから何人が最後まで行けるかな?
そんな不安もあって、ボクは意識を集中して、この五人の魔力をチェックした。
彼女達から放出される魔力強度を、ボクの方からキャッチしに行ったんだ。
一応、五人共、ミサと同レベルの魔力を感じる。
多分、これなら大丈夫だ。
最終段階まで行けるよ。
続いてボクは、その五人の右掌と左掌の間に高純度の水が入ったガラスコップを置いた。
ミサにやった時と同じパターンだ。
「五人共、水分子の構造は知っていますね?」
「「「はい」」」
「さっきまでと左手でキャッチしている信号が、変わっているのが分かると思います」
「「「はい……」」」
「これが、水分子のNMR信号です。では……」
次に、ボクは、少量の高純度エタノールを重クロロホルムに溶かしたモノの入った小さなガラス製容器を出すと、彼女達の前に置かれてあった水入りコップと、このエタノール入り重クロロホルムを置き換えた。
これもミサの時と同じパターン。
すると、
「「「えっ?」」」
ミサの時と全く反応が一緒だね。
みんな、NMR信号がガラッと変わったんでマジで驚いていたよ。
でも、みんな大したものだと思う。
エタノールを重クロロホルムで希釈しているわけだから、水の時よりもNMR信号は数段弱くなっているはずなんだ。
それを感知できるんだからね。
凄いことだよ。
「これがエタノールのNMR信号です。エタノールの分子構造も習っていますね?」
「「「はい」」」
「ただ、このうち、水素原子の信号だけに集中してください。多分、炭素原子の安定同位体からの信号もキャッチできている人もいると思いますが、それは微小な信号です。ここでは、水分子の信号をキャッチしたのと同じ感覚で水素原子の信号だけに集中してみてください」
「「「……」」」
「この信号から、エタノール分子の構造をイメージできますか?」
「「「は……はい……」」」
五人共、半信半疑な表情を浮かべていたけど、何とか出来たっぽい。NMR信号を魔法で構造式に変換することが出来たみたいだ。
このムチャ振りに応えてくれて、本当にありがとう。
と言うわけで次の解析。
「では、これは?」
これまたミサの時と同じで、ボクは、ボクの店で販売しているNSAIDの重クロロホルム溶液が入った小さなガラス容器を出した。
このNMR信号をキャッチして、五人は、さらに驚いた顔を見せた。
反応が、マジでミサの時と同じだね。
「なんですか、これ?」
「これが、ボクの店で取り扱っている鎮痛薬の有効成分です」
「「「!!!」」」
「この化合物の構造を描けますか?」
ボクは、この五人に紙と鉛筆を配布した。
すると、五人共、そのNSAIDの構造式を間違いなく描いてくれた。
五人共合格!
ミサと同じステージまで、あと一歩だ!




