3:憂い無しって嘘だよね?
今いる場所は、どこかの道のド真中。
道の両脇には大平原が延々と続いていた。
たしかに、前よりも視界が高い。一応、背は伸びたようだ。
風が冷たい。多分、季節は冬なんだろう。
近くに大きな木が一本、生えていた。ただ、葉は全て落ちていた。
ボクは、その木を背にして座るとアグラをかいた。木が風除けになるだろうし、寄り掛かって座れる。
そして、女神様からいただいた特殊端末で、この世界のことを色々検索することにした。
先ず状況が分からないと動きようが無いと思ったからだ。
ここは、ドロセラ王国。
異世界転生ではよくあるパターンだけど、王族貴族が普通に存在する。
王国だしね。
ただ、王家はドロセラ家じゃなくてウッドワード家。別に王家の姓を国名にしたわけではない。
そもそも、ドロセラ家なんてのは存在しないらしい。
この世界、ネペンテスでは、機械文明は余り発達していない。
交通手段や建造物は中世ヨーロッパなみとのことだ。
それから、ボクが何処の誰かって設定を女神様が作っておいてくれた。
どうやらボクは、隣国のディオネア王国のはずれにあるファリャって村から来た人ってことになっている。
そんな設定、あってもなくても関係ない気がするけどね。
名前はトオル。
まあ、前世では透だったし、トオルなら自分としても一番違和感が無いか。
道行く先には、一応、町らしきものが見えていた。
アダンと言う町らしい。
ボクは、死んだ特と時と同じ服を着ていた。
シャツにセーター。Gパンを履いていてコート着用。フードを被りマフラーも身に付けていた。
この寒空の元、この服装で丁度良かった。
ふとボクは、以前、ネペンテスで生きていた頃のことを思い出した。
ただ、断片的と言うか、部分的だ。
いきなり全てを思い出すと頭が混乱するからなのか、それとも女神様が隠しておきたい何かがあるのかは分からない。
少なくとも全ての記憶を取り戻させてはもらえなかったようだ。
225年前、ボクはネペンテスに生まれ育ち、25歳の時に落雷にあって死んでいたらしい。
その時の名前もトオル。
って言うか、それ以来、トオルなわけだ。
200年前、ボクはネペンテスに男性として生まれ替わるつもりでいたんだけど、順番待ちが長くて、御使いからは、
「来世スタートまで200年以上かかるよ!」
とか言われていたっぽい。
何もしないでダラダラと200年も待つのは苦痛だ。
それで、天界でコールドスリープに入ったらしいんだけど、25年前にコールドスリープから強制的に起こされた。
天界にコールドスリープなんてものがあるのが驚きだけどね。
そして、化学知識を持ち帰る使命を受けて地球に転生と言うか、派遣と言うか、研究出向させられた。
ボクは、特殊端末での検索を再開した。
一問一答式なので、全容を掴むまでには色々質問しなければならない。
結構面倒だ。
でも、少し時間はかかったけど、背景情報については、ある程度まとまってきた。
この惑星は、地球と同じくらいの大きさだけど、大陸の総面積は地球の大陸の総面積の約七割とのこと。
三つの大陸があって、全部が陸続きになっている。北アメリカ大陸と南アメリカ大陸みたいな感じで繋がっていると思えば良い。
人口は、200年前だと4億人程度。地球の十六世紀よりもちょっと少ないくらいかな?
ところが、今では随分減って5千万人くらいって、なんだこれ?
地球では、
『産めよ、増えよ、地に満ちよ!』
って聖書にあったけど、ここでは完全に、その逆を行っていない?
この世界、ネペンテスでは、実は200年前に二つの奇病が連続して発生していた。
一つ目の奇病は、女性の治癒率は極めて高かったけど、男性の致死率は99%以上と、男性だけを選別して殺すものだった。
この奇病が全世界的に大流行し、半月もしないうちに男性人口は女性人口の1%未満まで落ち込んだ。
マジですか?
地球で色々と世界中を騒がせてくれた、あのCOVID-19の例から考えても、ものすごい感染スピードだと思う。
あの時だって、中国の武漢で発症が初めて確認された半月後に、日本でピークに達したわけじゃないからね。
ハンパじゃないね、その奇病の感染速度。
現在の地球ほど、医療も医療概念も発達していたわけじゃないので、この星のほぼ全員が罹患するに至ったようだ。
マスクも無いしね。
端末情報ではウイルス性って書かれていたけど、ネペンテスの人々はウイルスの存在を知らないだろうね。
なので、彼女達からすれば原因不明の奇病でしかない。
これで、人口は4億人から2億人に一気に減ったってことらしい。
要は男性が、ほぼ全滅状態だったから単純に半分になったってことだ。
生き延びた……と言うか治癒した男性は抵抗力を持っていて、その奇病に再び罹患することは無かった。
なので、この段階では、生き延びた男性の子をドンドン生むことで男性の比率を少しずつ戻すことが可能と考えていた。
ところが、その一ヵ月後、二つ目の奇病が水面下で大流行していた。
これもウイルス性で、女性の生殖器官に感染して、男児の出生率を大幅に低下させると言うものだったようだ。
感染しても軽い風邪程度の症状しかなく、しかも致死的では無い。
そのため、この奇病は知らないうちに全世界の女性に感染して、その結果、男性人口は女性人口の0.5%で定着したようだ。
しかも、男性の数が極端に少ないために、今では止むを得ないこととは言え近親相姦まで生じているとのこと。
何と言うけしからん世界だ!
どこがネペンテス……憂い無しだろう?
生き延びた男性達にとっては『憂い無し』かもしれないけど、世界全体としては、どう考えても『憂いしかない』気がする。
それから、ネペンテスの人達は、二つ目の奇病の存在には気付いていなかったみたいだ。
一つ目の奇病が、男性人口を減らした全ての諸悪の根源と思っているっぽい。
サイエンスのレベルが低いのだから、そこは仕方が無いだろう。
恐らくだけど、全く同じことが地球で起きても、その全容が明らかになるには、結構時間がかかるだろうしね。
この世界では全容を明らかにするのは到底不可能だろう。
それにしても、何故、こんな奇病が発生したんだろう?
これも女神様の端末から情報を取ることが出来た。
知的生命体が誕生した各惑星を管理するために、各宇宙を統べる神が自らの分体を創ったんだけど、その分体が、担当する惑星世界をより詳細に管理するために、さらなる分体を数多く創っていたらしい。
端末には、マザーユニバースを統べる神を起点として、チャイルドユニバースを統べる神を第一分体、各惑星を管理するため創り出された者を第二分体、そして、第二分体から詳細管理に向けて創り出された者を第三分体と記載されていた。
第三分体になると、意識レベルが神様から人間に近づいてくるらしく、中にはイタズラをするヤバイ者も出てくるらしい。
案の定、ネペンテスの第三分体にもヤバイ問題児が誕生してしまった。
そいつが、これら奇病のウイルスを作ってネペンテス世界にばら撒いたそうだ。ネペンテス(憂い無し)がペンテス(憂い)に変わった瞬間だ。
この二つ目の奇病のせいで、人口はドンドン低下する一途を辿ったようだ。
ところで、この世界で前にボクが死んだ時と二つの奇病が発生した時期って同時期だけど、ボクが死んだのは奇病の前なのかな、それとも後なのかな?
その辺の記憶がボクには無い。
と言うか思い出させてもらえていない。
女神様の端末からの回答では、ボクが死んだのは、どうやら二つ目の奇病の後らしい。
しかも性体験無しのまま死んだとか……。
ってことは、女性をとっかえひっかえ出来る世界にいながら、それを堪能できずに死んだってこと?
前世も前々世も不憫なボク。
二つ合わせて50年も童貞だったのか?
今世では絶対に性春……じゃなかった青春を取り戻すぞ!
そう言えば、今世では魔法が使えるようになったけど、これって50年も童貞をこじらせて魔法使いになったってのとは違うよね?
さて、どうだろう?
ちょっと自信が無い。